クマタイチ
建築家。ドイツのシュツットガルト大学にて建築を学ぶ。東京大学博士課程を経て、2017年からニューヨークの設計事務所に勤務。コロナ禍のタイミングで帰国し、2020年から東京を拠点に活動を行っている。
https://taichikuma-blog.tumblr.com/
クリエイターからクリエイターへと、インタビューのバトンをつないでいく新連載「クリエイターの『わ』」。編集部がお話をうかがったクリエイターに次のインタビューイを紹介してもらうことで、クリエイター同士のつながりや、ひとつのクリエイションが別のクリエイションへと連鎖していくこと=「わ」の結びつきを辿っていくインタビューシリーズです。
前回の浜田晶則さんからバトンを受け、今回お話をうかがったのは、建築家のクマタイチさんです。東京大学大学院修士課程で建築を学び、ドイツのシュトゥットガルト大学へ留学、その後はニューヨークの設計事務所に勤務していたというクマさん。昨年春にニューヨークから帰国し、現在は日本に拠点を移して活動しています。最近6年越しのプロジェクトが竣工したというクマさんに、代表作や仕事場のこだわり、日課にしていることなどをお聞きしました。
「SHAREtenjincho」は、神楽坂と江戸川橋の間にある新築9階建てのシェアハウスです。3月に竣工したばかりで、いま入居者を募っているところです。一から設計したこともあり6年くらいかかっているのですが、僕と空間研究所、A studioの3社共同で手がけました。これまでにもシェアハウスの案件にはいくつか携わっていて、近くには「SHAREyaraicho」などがあります。
僕自身がシェアハウスに住んでいることもありますが、場所の使われ方やコミュニティをつくるということに興味があり、SHAREtenjinchoでは設計だけでなく運営も行っています。ほかのシェアハウスは住居のみの構成ですが、ここは街にひらく要素をつくりたいなと思っていたため、その前段として、工事に入る前にトレーラーハウスを使った「TRAILER」というワインバーをこの場所で営業していました。
場所柄もあってか、けっこう人が来てくれて評判がよかったんですよ。お店を運営してみると「このあたりはこういう人たちが住んでいるんだ」ということがわかったりしたので、完成してから何かしらお店をやりたいなと考えています。
SHAREtenjinchoには、住民が自由に上下階を移動できる非常階段をつけています。これはニューヨークに住んでいた経験からきていて、みなさん一度は目にしたことがあると思いますが、ニューヨークの建物って非常階段があることが特徴なんです。テラスとして使っている人や、クリスマスにはサンタクロースの格好で歌っている人がいたり、ニュースやSNSで話題になった医療従事者への拍手も、非常階段で行われていたんですよね。あれだけのスペースでもそういうさまざまなシーンをつくれるのは大きいなと思い、シェア天神町にも非常階段を付けたんです。
日本では、日常的に非常階段が使われることはありませんが、ここでは住んでいる人が気軽に歩けるようにつくっていて、言ってしまえば人の部屋の前を歩けるようになっているというか。1階に住んでいる人にとって家の前を人が通ることは普通ですが、上階に住んでいる人も1階に住んでいるような感覚になるイメージですね。シェアハウスでみんなが顔を知っているからできることです。ちなみに「SHAREtenjincho」は入居者を募集中で、インスタグラムでプランや写真を確認できます。
ドイツのシュトゥットガルト大学に留学していた際に制作した、カーボンファイバーとスパンデックスという伸縮性の高い布でつくったパビリオンです。さまざまな建築で使用されている、グリッドシェル構造を使っています。
修士課程でデジタルファブリケーションを勉強していた際に、パソコンの中では自由にかたちをつくれているようで、そこには模型をつくりながら試行錯誤しているときのような、自分の手や身体感覚が介在している感覚がありませんでした。当時日本ではまだデジタルファブリケーションが始まったくらいの時期でしたが、ドイツのシュトゥットガルト大学の先生が東大にレクチャーをしにきてくれたことがあって、その講義は僕が学びたいことが詰まっていたんです。それでシュトゥットガルト大学への留学を決めました。
シュトゥットガルト大学は、ミュンヘンオリンピックのスタジアムの設計も手がけた、フライ・オットーという建築家がもともと教えていた場所で、彼はケーブルネット構造や膜構造を使った空間を多く手がけた人なんですね。たとえばシャボン玉や石けん膜を使って設計の実験を行ったり、メッシュを垂らして理想的な形を探したりという、「フォーム・ファインディング(形状探索)」を行っていました。彼の時代は第二次世界大戦のあとで素材(建材)が圧倒的になく、その時にいかに最低限の素材で空間をつくるかということを実践していたんですね。僕が教わっていた先生も、そのフライ・オットーの流れを汲んでいる方でした。
シュトゥットガルトは工業の街で、ベンツやポルシェ、ボッシュなどカチッとしたものをつくるイメージがあるんですが、それがじゃっかんドライというか機械的だなと思うところがあり、もう少し身体感覚があるものをつくりたいなと思って、この作品では、カーボンファイバーやスパンデックスのような伸縮性のある素材ですごく軽い構造体をつくりました。
生地屋に行って縫製をするところから始めましたが、できあがった建築はどこか衣服的というか、テントとはまたちがう柔らかさが生まれたと感じています。素材に合わせた形はコンピューターで計算していきました。テントとはちがってカーボンファイバーは曲がるし、生地も収縮するので、その折り合いによって形ができるようになっています。そういう軽くて柔らかい形態を探すことを、素材と手とコンピューターの三つ巴でやるという研究をしていました。
Q.なくてはならない仕事道具はありますか?
東京に帰ってきてからは、基本的に移動に自転車を使っていて、いまは台湾の「BESV(ベスビー)」というブランドの電動アシスト自転車に乗っています。
ニューヨークにいた頃はシティバンクが運営しているレンタルバイクを利用していました。日本でもレンタルバイクは見かけますが、ニューヨークのほうがバイク自体もよくてアプリも使いやすく、ゲーム性もあったりとよく利用していました。ニューヨークは道がフラットですが、東京はけっこう坂も多いので電動バイクがマストかなと思って探しましたね。ちなみにこの自転車もカーボンファイバーでできています。
Q.あなたの仕事場とそのこだわりについて教えてください。
「BOSE」のグループスピーカーを複数同期して使っていて、部屋のどこにいてもムラなく音を聴きたいというこだわりは強いかもしれないですね。時間帯によって聴く音楽は違っていて、朝はグレン・グールドなどのクラシックを聴いたり、昼は基本的にはJ-WAVEを聴いてますけど、たまにBLACKPINKなどのK-POPを聴いてみたり(笑)。夜はKhruangbin(クルアンビン)というバンドのファンクな音楽を聴いたりと雑食ですね。J-WAVEはニューヨークでも聴きたかったくらいで、いつかナビゲーターをやってみたいなという密かな野望があります(笑)。
Q.クリエイティブな仕事をする上で、大切にしている日課はありますか?
日課は毎日のように行っているので、サウナかな。「サウナが好き」と言っていたらサウナのお仕事も最近増えています。実はニューヨークに行く前はサウナに行ったことがなかったんですが、ニューヨークに行く時に餞別でタナカカツキさんの『サ道』という漫画をもらって、飛行機の中で読んでいたらすごく興味が湧いて。でも向こうはロシアサウナで、日本とちがってめちゃくちゃ暑くてめちゃくちゃ水風呂が冷たいんです(笑)。
おもしろいなと感じるのは、日本だとサウナは「温浴施設」というくくりですが、向こうのロシアサウナは基本的に「レストラン」なんです。場所によっても違いはありますが、まずはテーブルに通されて普通にピロシキやボルシチなどおいしいごはんやお酒を飲み、そのあとお風呂に入って水風呂してリラックスしてという流れが普通でした。入場料は5,000円くらいで高いけど、時間制限がないので朝から夕方くらいまでずーっとそこで過ごす人もいたり。でも日本は銭湯が安いところが何よりいいですよね。1,000円でサウナもあってバスタオルまでついてくるなんて!と、帰国して思いました(笑)。
あと、サウナはデジタルデトックスする場としていいなと感じています。基本、携帯をあまり触りたくないんですが、やっぱり習慣で常に触ってしまうんですよね。でもサウナに行くとぜったい触らないから、そうすると仕事の優先順位を正しく並び替えられるんです。なにか通知が来ているのを見てしまうと、優先順位が低かったものでもついすぐに反応してしまったりするので、1回デジタルデトックスすることで正しく整理できるかなと。
◯影響を受けたデザイナーやクリエイター
たくさん影響を受けた方はいますが、イームズはすごく好きなんですよね。L.Aにあるイームズの家も4回くらい訪れていますが、あそこに行くと「デザインってやっぱりいいな」と感じられたり、感覚がリセットされるというか。プロダクトだけじゃなく“生活”までつくってしまっていて、しかもそれをああいう形で見せられるところがすごいなと思います。ほかにもFRPやプライウッド(合板)などの素材開発にも取り組んでいたり、数多くのコレクションや、映像なんかもつくったりと視点の切り替えがすごくて理想的ですよね。
◯前回の浜田さんからの質問①:クマタイチさんが博士論文の研究などで取り組んできた、やわらかい素材や軽い素材を用いた建築を社会に実装していく可能性をどのように感じていますか?
ベッドやソファなどは柔らかいものとしてすでに成立していますが、硬いものと柔らかいものがはっきりと分かれている状態ではなく、グラデーションのある状態をうまくつくりたいなと思っています。たとえば人の体のように、骨という硬いものと、柔らかい皮膚が混ざり合いながらうまく機能しているような、そういったものを見つけたいなというところがあるんですよね。
新しい素材を使う時は常にリスクがあり、柔らかさを建築に持ち込む時は耐久性や耐熱性の話が関わってきます。なので、たとえば建築じゃなくて移動できるものだったら法規的に問題がなかったり、場所によって規制が厳しくない場合もあるので、まずはそういう実験できる場所で柔らかいものをつくっていきたいなというのは考えています。
◯前回の浜田さんからの質問②:シェアハウスの運営や店舗の企画もされていますが、建築設計だけではなく、運営や運用に建築家が関わることの可能性や都市に与える影響をどのように考えていますか?
シェアハウスは住人だけで完結してしまうので、何かしら街との接点はつくりたいなと思っています。「かっこいい建物が完成しました!」ということよりも、建物とシンクロした機能や企画を、建築家が提案してもいいんじゃないかな?とは思っていて。たとえば、その建物にコーヒー屋さんをつくることで、街との接点も生まれるし、建物の印象や見え方も変わってくると思うんですよね。
◯前回の浜田さんからの質問③:今後取り組んでいきたいことは?
地方で何かしたいということはずっと考えています。たとえば、沖縄などはすでに楽しい場所だというイメージはありますが、地方にはまたまだ何かできると思う場所はたくさんあって、その糸口を見つけるために、浜田君と「scene」というオンライントークイベントを定期的に行っていたりします。
コロナ禍で都会を離れる人もいると思いますが、やっぱりただ自然があるというだけでは難しくて、その場所の魅力をつくる仕事が今後大事になってくるのかなと感じます。建物とかコンテンツだけではダメで、結局大事なのは自分が属したいコミュニティがそこにあるかどうかなんじゃないかなと思います。
◯ご紹介したいクリエイター
クマさんにご紹介いただくクリエイターは、アーティストの新城大地郎さんです。
◯新城大地郎さんへのメッセージと質問
新城さんとは、ランドスケーププロダクツの中原慎一郎さんに紹介していただき、一緒にワインを飲みました。とても落ち着いた印象で、ワインの趣味も合い(笑)、すぐ打ち解けました。
建築を勉強されたという新城さんですが、いまの作品や作風のなかに建築的な部分はあると思いますか?また、新聞紙などに墨で描かれる絵のコントラストにはっとさせられるのですが、キャンパスとなる素材を選ぶ基準はありますか?あと、宮古島で仕事をしていてよかったなと思うことについてもお聞きしてみたいです。
次回のクリエイターの「わ」は、新城大地郎さんにお話をお聞きします。
タイトル画像:金田遼平 聞き手:石田織座(JDN)
建築家。ドイツのシュツットガルト大学にて建築を学ぶ。東京大学博士課程を経て、2017年からニューヨークの設計事務所に勤務。コロナ禍のタイミングで帰国し、2020年から東京を拠点に活動を行っている。
https://taichikuma-blog.tumblr.com/