印刷からひも解く、日本のグラフィックデザインのルーツ。「たば塩コレクションに見る ポスター黄金時代」展

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印刷からひも解く、日本のグラフィックデザインのルーツ。「たば塩コレクションに見る ポスター黄金時代」展

2015年に渋谷区から墨田区に移転し、リニューアルオープンした「たばこと塩の博物館」。スカイツリーのお膝元で、たばこと塩に関する資料の収集、調査・研究を行い、その歴史と文化を広く紹介しています。同館ではたばこと塩を中心に、幅広いテーマの特別展を年に5回ほど企画しています。

2020年2月16日まで開催されている「たば塩コレクションに見る ポスター黄金時代」は、同館のコレクションの中から、1890年代から1960年代に製作された、広告メディアで花形だった時代のポスターやたばこのパッケージなど、約100点を展示する特別展です。

たばこと塩の博物館 外観

明治期の美しい石版印刷ポスターや、大正から昭和にかけて活躍した杉浦非水をはじめとする図案家のポスターなどから日本のグラフィックデザインの変遷を紹介するほか、サヴィニャックなど海外の有名デザイナーの作品も並びます。

この記事では、印刷技術の歴史や時代を映すデザインについて知ることができる本展の魅力や内容を紹介します。

石に描いた絵を、そのまま再現できる「石版印刷」

本展のキーワードは「石版印刷」です。石版印刷とは1790年代に発明された「石」を版材にした平版印刷のことで、研磨した石面に墨やクレヨンで直接文字や絵を描いたり、転写紙に描いたものを転写して製版し、水と油の反発性を応用して印刷する仕組みになっています。

実際に使用されていた石版

実際に使用されていた石版。「これが石?」と思うくらい、マットでしっとりした不思議な質感を持っています。

石版印刷のおもしろい点は、細かなタッチや表情をそのまま再現できるところ。石を彫らずに直接描く方法なのでグラデーションがつけやすかったり、自分が描きたいように印刷できることも同様です。

石版印刷で刷られた、たばこパッケージ

石版印刷で刷られた、たばこパッケージ

もともと、日本専売公社(現・JT/日本たばこ産業株式会社)により1978年に設立された、たばこと塩の博物館。本展の学芸員である鎮目良文さんによると、同館が所蔵するポスターコレクションの量は、前身の大蔵省専売局の時代から引き継がれてきたものから現在までの資料も含めると、数えきれないほど残されているとのこと。なかでも、石版印刷のポスターと一緒にその原画が現在まで残っていることは珍しいそうです。

世界における近代ポスターの誕生は1880年代とされており、石版印刷の技術とともに発展していきました。江戸時代の日本では、現代のチラシや折り込み広告にあたる「引札」や「絵びら」という、多色刷り木版印刷の手法が用いられていました。

明治期の代表的なたばこ会社の商品やキャラクターが描かれた引札

多色刷り木版で刷られた、明治期の代表的なたばこ会社の商品やキャラクターが描かれた引札。現代のものかと思うくらい色鮮やかな発色をしています。

江戸時代後半になると海外で石版印刷が登場し、日本でも欧米からの輸入紙巻きたばこ(シガレット)を宣伝するために現地で作られた石版刷りのポスターが街を飾るようになりました。もちろん木版印刷がすぐになくなるわけではなく、本展では同時代の木版印刷のものと、海外から入ってきたポスターをくらべることができ、文化や技術の違いを感じられます。

会場では、海外のポスターと日本のポスターが一緒に並んでいるので、比較するのもおもしろい

会場では、同時期につくられた海外のポスターと日本のポスターが一緒に並んでいます。

ポスター全盛期と「明治たばこ宣伝合戦」

日本のポスター全盛期といわれる1890年代から1900年代初頭には、日本でも多色石版印刷のポスターが製作されるようになりました。明治初期に紙巻たばこが国内で製造されるようになると、たばこ製造業者が販売競争を繰り広げるようになっていきます。当時の3大メーカーだった、岩谷商会・千葉商店・村井兄弟商会の争いは看板・新聞・ビラ・宣伝隊など当時のあらゆるメディアを使い、「明治たばこ宣伝合戦」と称されるほどの盛り上がりを見せました。

こうした宣伝活動は明治の広告業界をリードし、その中でもこれまでの木版印刷とは異なる繊細な表現が可能な石版印刷のポスターは時代の先端を行くメディアでした。たばこ産業は、パッケージ製作や宣伝活動などによって印刷技術の向上に大きな役割を果たしました。こうしたことから20世紀初頭、日本でポスターというメディアの幕を開き、リードしたのはたばこ産業と言えます。

(左)村井兄弟商会「ピーコック」ポスター(右)村井兄弟商会「ピーコック」ポスター原画

(左)村井兄弟商会「ピーコック」ポスター(右)村井兄弟商会「ピーコック」ポスター原画。2つをくらべると、原画を正確に石に描いていることがわかります。「うまい」にかけて馬を描いた、独創的でユーモアのあるポスターです。

会場でじっくり見てみてほしいのは、同じポスターでも版によってその出来栄えが異なることです。石版印刷は描き手(画工)の腕によって、着物の柄やシワの描き方、女性の細やかな表情などに顕著に違いがあらわれました。下記の美人画を使った作品も、見くらべてみると明らかに画工の力量差が感じられます。

(左)合名会社村井兄弟商会「ヒーロー」ポスター(右)ポスター用の美人画校正刷り <br />美人画を多く使った村井兄弟商会

(左)合名会社村井兄弟商会「ヒーロー」ポスター(右)ポスター用の美人画校正刷り

「図案=デザイン」の概念のはじまりと、表現活動の場としてのたばこポスター

日本のグラフィックデザインの礎を築いた人物の一人である杉浦非水も、もともとは大蔵省専売局の嘱託デザイナーとして在籍し、たばこのポスターやパッケージを手がけていました。彼の弟子である野村昇も同局の嘱託デザイナーとして活躍した一人です。

明治時代のポスター製作は、美人画を精巧に描くことがメジャーでしたが、大正末~昭和初期になると写真を使った広告に移行していきます。技術の発達にともない写真を利用して製作できるようになったことで、図案家たちは「写真ではつくれないものをつくろう!」という、手描きならではの面白さや構図を追求しました。これが図案=デザインのはじまりといっても過言ではありません。

杉浦非水がデザインした、大蔵省専売局「みのり」ポスター

杉浦非水がデザインした、大蔵省専売局「みのり」ポスター

野村昇をはじめとした、ポスター

右から3つ目までのポスターは、野村昇がデザインしたもの

杉浦非水がデザインした、たばこのパッケージ

杉浦非水がデザインした、たばこのパッケージ

また、たばこのポスターは戦時中に仕事ができなかったデザイナーの表現活動の場としても重要でした。1940年以降に民間会社の広告活動が減るなかで、たばこは「専売」という国のための制度だったことから、比較的自由に宣伝や広告活動ができました。戦後、高度経済成長期になるとたばこだけでなくさまざまな業種のポスターがつくられますが、ポスターの製作数としてはたばこが圧倒的だったそうです。

1955年頃にはカラー写真が使われるようになり、撮影の際の陰影のつけ方やぼかし方、照明をどう作りこんでいくか、レンズのしぼりの調整などが写真の出来を左右しました。たばこのポスターでは、煙をうまく撮らなければいけなかったため、1枚を撮るために長い時間をかけ、ここぞという瞬間を撮ることが重要とされました。

名コピーが散りばめられた作品や、秋山庄太郎や樋口忠男といったフォトグラファーによる美しい写真が使用された作品などには、広告ポスターに勢いがあった時代を感じることができます。当時は時代的にも女性の社会進出や、映画が流行した時代で東映や日活などの新人女優さんがモデルで使われることが多かったそう。

当時は女性の社会進出や映画が流行した時代で、東映や日活などの新人女優がモデルで使われることが多かったそう。

名コピーが散りばめられた作品や、秋山庄太郎や樋口忠男といったフォトグラファーによる美しい写真が使用された作品などから、広告ポスターに勢いがあった時代を感じることができます。

会場の最後に展示されているのは、海外のたばこポスターです。日本と世界のポスターの圧倒的なちがいは大きさにありました。その理由は貼る場所で、日本はポスターを貼る場所が店先や家が多かったために小さいポスターが多く、反対にフランスは公共の大きな壁があったり、アメリカはビルや道路上に大きな看板を載せる場所があったので大きいものが多かったそうです。

レイモン・サヴィニャック Gitanes 1953年 <br />©️ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2019 C3041

レイモン・サヴィニャック Gitanes 1953年
©️ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2019 C3041

上記のサヴィニャックのたばこポスターもサイズは149.4×99cmと大きく、会場ではそれぞれのポスターがどんな場所に貼られていたのかを想像するのもおもしろいかもしれません。

1951年につくられた「ピース」の貴重な試作品9種。デザインはレイモンド・ローウィが手がけています。

1951年につくられた「ピース」の貴重な試作品9種。デザインはレイモンド・ローウィが手がけています。

歴史を交えつつ紹介した本展では、ポスターや広告の歴史、グラフィックデザインのはじまりなど、今日につながるルーツをたくさん感じることができます。グラフィックデザインを学んでいる方はもちろん、ここでは紹介しきれないパッケージや印刷自体に興味のある方にも行ってみてほしい展覧会です。会期中には本展に関連した講演会や特別映画の上映会もおこなわれるので、ぜひチェックしてみてください!

取材・文:石田織座(JDN) 撮影:川瀬一絵

「たば塩コレクションに見る ポスター黄金時代」開催概要
会期:2019年12月14日(土)~2020年2月16日(日)
会場:たばこと塩の博物館 2階特別展示室
入館料:大人・大学生 100円、小・中・高校生 50円、満65歳以上の方 50円
※満65歳以上の方は、年齢がわかるものをお持ちください。
※障がい者の方は障がい者手帳などのご提示で付き添いの方1名まで無料。
https://www.jti.co.jp/Culture/museum/exhibition/2019/1912dec/index.html

【展示関連イベント】
●講演会「戦前期日本のポスター史におけるたばこポスター」
日時:2020年1月11日(土)14:00~
登壇者:田島奈都子(ポスター研究者、青梅市立美術館学芸員)

●講演会「印刷技術とポスターのデザイン」
日時:2020年1月19日(日)14:00~
登壇者:寺本美奈子(キュレーター、武蔵野美術大学非常勤講師)

●講演会「杉浦非水 その生涯と仕事」
日時:2020年2月8日(土)14:00~
登壇者:長井健(愛媛県美術館専門学芸員・学芸グループ担当係長)

※会場はいずれも、たばこと塩の博物館 3階視聴覚ホールです。
※そのほかのイベントや詳細は公式サイトをご参照ください。