クリエイター5人に聞く―2020年、なに買った?

クリエイター5人に聞く―2020年、なに買った?

デザイナーやアーティストなど、さまざまな審美眼を持つ方々に「さいきん、買ったもの」をテーマにお話をうかがい、「買う」という行為から、その人らしさや考え方を少しのぞく連載「さいきん、なに買った?」。

これまで不定期に連載してきた企画ですが、もうすぐスタートから2年が経ちます。今回、特別編として2020年に買ったものを5名の方に紹介していただく『2020年、なに買った?』を企画しました。

イラストレーターの大津萌乃さん、UI/UXデザイナーの小玉千陽さん、グラフィックデザイナーの清水彩香さん、関本明子さん、テキスタイルデザイナーの藤澤ゆきさんの5名にお話をうかがいました!

大津萌乃さん

美しい線の表現と、じわりと浸透する色彩、どこかの民族のような人物など、独特な世界観の絵を描く、イラストレーターの大津萌乃さん。今回、「2020年、なに買った?」のタイトル画像を大津さんに描いていただきました。大津さんが2020年に購入して印象に残ったものとは?

想像を掻き立てられる、ゴトーヒナコさんの作品

一つめは、イラストレーターのゴトーヒナコさんの絵です。昨年の秋にゴトーさんが原画の通販をされていたことがあって、その際に1枚購入しました。「誰も知らない約束」というタイトルが付けられています。

ゴトーヒナコさん作品『誰も知らない約束』

ゴトーヒナコさんの作品「誰も知らない約束」

ゴトーさんはファンタジーでありながら、どこかほの暗さのある絵を描かれる方で、そんな世界観や透明感ある色使いが好きでファンだったんです。Twitterで絵を売る機会があるということを知り、販売時間をパソコンの前で待ち、開始と同時に駆け込んで買いました(笑)。

この作品で気に入っている点は、まず、ステンドグラスの部分です。局所的にファンシーでカラフルな色づかいなのに、作品全体で見てもまとまりがあるのがすごいなぁと。あとは、二人の人物の関係性や背景にあるストーリーの想像を掻き立てるシチュエーションが素晴らしくて、暗さを感じるのに、メインに明るく透明感のある色を置いているギャップに惹かれました。

ゴトーさんの作品をはじめて手にとれたので、描いた跡や、こういう描き方でつくられているんだということが直に見れてうれしいです。今は作業机に置いておいて、たまに眺めて気持ちをしゃんとさせています。ゆくゆくはアンティークのごてごてした額に入れて飾りたいなと思っています。

描きたい線を実現した、ハードGペン

もうひとつは華がありませんが、仕事道具として買ってよかったものです。ふだん線を描く時は漫画などでよく使われるGペンを使っていますが、昨年の夏にハードGペンというものを買ってみたんです。

ハードGペン

Gペンは柔らかくて筆のように線の強弱をつけられるんですが、ペンの走りにあわせて描いているとコントロールしきれない部分があって。でもこのハードGペンはペン先が硬くて、力を入れれば太くかけますし、軽い力で描いていてもGペンより均一に細い線を描くことができ、自分的にすごく扱いやすかったんですよ。「これだ!」としっくりきて、いいペン先を見つけて嬉しいんですが、もっと早く知りたかったなと……(苦笑)。

もともと線マニアなところがあるので線がきれいな絵が好きですし、自分も線を美しく描きたいと思っています。だからこそGペンで描いている時にうまく描けないジレンマがあったんですが、ハードGペンならきれいに描けるなと気付きました。昨年の秋頃にイラストレーターのunpisさんと二人展を行ったんですが、そこに展示した作品は全部ハードGペンで描いていて、かなり線がきれいに描けて、線を強調するように淡い塗りの仕上げにしました。

“買い物”について

普段あまりものを買わないんですが、計画して買いに行くことが多い気がします。ただ、画材は仕事柄多く、決まったものであればネットショップで購入しますが、世界堂などの画材屋さんに行くと、衝動買いのようについたくさん買ってしまいます。絵に活かせるのか謎なものや、いつ使うんだろう?というものも買ってしまうんですが…(笑)。画材はその場の勢いで買っておかないとあとから買い直すのもテンション的に難しいし、買っておけば何かしら自分の肥やしになるかなと思って、言い訳している部分もありますね(笑)。

■大津萌乃
多摩美術大学造形表現学部デザイン学科を卒業後、デザイン事務所に就職。その後、イラストレーターとして独立。水彩を中心にした表現で、雑誌や書籍、フリーペーパーなどの挿絵を手がける。
https://ootsumoeno.tumblr.com/

小玉千陽さん

複数の会社・クリエイターで構成されたクリエイティブ・ファーム「THE GUILD」に、昨年ボードメンバーとして加わったアートディレクター、UI/UXデザイナーの小玉千陽さん。1年間を振り返ると家の環境アップデート系の買い物が多かったという小玉さんに、その一部をご紹介いただきました。

自分を飽きさせない、おうち時間の工夫

もともと海外旅行が好きでよく行っていたんですが、コロナウィルスの影響で家にいる時間がほとんどの生活になり、家にいながら自分を飽きさせないようにできないかなと思ったことが環境アップデートを行うきっかけでした。

大きいところで言うと床を張り替えたんです。家は賃貸ですが、調べてみると比較的手軽に敷くことができそうな無垢材のフローリングタイルがたくさんあって、サンプルを取り寄せて床材を決定し、初DIYだったので敷き方や工具を調べたり、施工など含めて計8時間くらいで張り替えが完了しました。R不動産のtoolboxで販売している無垢材を敷いています。

無垢材で張り替えたという床

あとは家で仕事場をつくるためにデスクを購入したり、オンラインミーティングが増えたのでwebカメラ用に「SIGMA fp」を購入したり。照明も高いものは買えないなと思っていたんですが、いざ変えてみると空間の使い方も変わって驚きました。

小玉さんが購入した、3つの照明。左から「FLOS」「Peter Ivy」「TURN」

いま家には「FLOS」「Peter Ivy」「TURN」のライトがあります。家がワンルームなので、前は気持ちの切り替えがしづらいということもありましたが、照明が変わることでオンオフの切り替えがしやすくなったと思います。電球の色も調整できるようにしているので、仕事の時は白くして仕事が終わったら黄色くして変化させたりもしています。

あと、引きこもり時間に助かっているのはいろいろなサブスクですね。「霽れと褻(ハレとケ)」というお花のサブスクを利用していますが、月に1回、農園で採った新鮮なお花が届きます。

最近アートディレクションに関わらせてもらっている「LIFFT 定期便」もお花のサブスクで、月に1回、お花とジャーナルがセットで届くサービスです。ジャーナルには花農家さんにお聞きした話やコラムが収録されていて、毎月の特集テーマは文学作品から花にまつわる一節を引用しています。花が届くだけではなく、花を眺めている時間や、枯れてしまったあとも花のある生活を楽しめるヒントになったらいいなと思ってディレクションしています。

以前はデザイン的に気に入らないものは置かないくらいのこだわりしかなく、コロナ禍になるまで家を快適にするという感覚があまりなかったように思います。家にいる時間が長いいま、自分を飽きさせないようにするために、いかに部屋の景色が変わるエッセンスを持っておけるかが大事かなと思います。

“買い物”について

いいデザインに触れておきたい気持ちがあって、デザインプロダクトは「自分のインプットにもなる!」と言い訳をして買うことが多いです(笑)。特にライトも購入した「Peter Ivy」は、質実剛健さもありながら繊細なところに魅了される、好きなブランドのひとつです。富山に住んでいるアメリカ出身のガラス作家さんによるブランドで、ライトのほかにも、コーヒージャーとお米のジャーも買ってしまいました。インテリアや仕事まわりのガジェット系もそうですが、最近は生活の中で接する時間が多いものはつい更新しがちかもしれません。

「Peter Ivy」のコーヒージャーとお米のジャー

■小玉千陽
東京工業大学卒業。フリーランス、大手広告代理店を経て、2017年8月にデザインスタジオium inc.を設立。アートディレクションやUX/UIのコンサルティングを担い、ユーザー体験を起点とした設計とつくり込みを得意とする。
https://ium.jp/

清水彩香さん

ブランディングやパッケージデザインを中心に手がける、アートディレクター/グラフィックデザイナーの清水彩香さん。最近ではミキモトのウィンドウディスプレイやコニカミノルタが運営するプラネタリウムのアートディレクションまで、多岐にわたる仕事に携わる清水さんが、2020年に買ったものとは?

原風景を感じる、井澤由花子さんの作品

特に印象深かったものが2つあって、ひとつは夏に購入した、井澤由花子さんの絵です。井澤さんはご自分の出産の経験から、胎内で子どもが見ている風景を絵にしているという作家さんです。

井澤由花子さんの作品「DEEP FOREST」

井澤由花子さんの作品「DEEP FOREST」

この作品はきれいだけど少し怖い気もする不思議な絵で、胎内にいる時の記憶って鮮明に思い出せるはずはないけれど、なぜか懐かしく感じたり、原風景のように感じるというか。井澤さんいわく、女性が見ると「きれい」と感じ、男性が見ると「ちょっと怖い」と感じることが多いそうなんです。

井澤さんの作品は、たまたまギャラリーでDMを見つけてビビッときて、そのあとすぐに作品としてポスターをつくろうと思っているので絵を使わせてほしい、とご相談したんです。

井澤さんの作品を使ったポスター

この作品は水彩で描かれていますが、カラーインクのように鮮やかで、特に青色が飛び抜けているなと思います。水彩自体、青が一番透明感を出しやすい色だと思いますが、奥行きをすごく感じます。湿度があるようで、澄んだ空気を感じたり、風が吹いているようだけどすごく静かに感じたり。現実世界じゃないような独特の世界観が好きです。

嫉妬を感じた、山の上ホテルのパッケージ

山の上ホテルで売っている、ルームキーの形のキーホルダーです。昨年、建築倉庫ミュージアムで開催された「クラシックホテル展」のアートディレクションを担当させてもらったことがきっかけで、山の上ホテルに2回宿泊したんです。「クラシックホテル展」が文章できちんと読ませるタイプの展示だったので、それぞれのホテルの内容に触れているうちに私も泊まってみたいと思うようになりました。

キーホルダーは山の上ホテルのルームキーを模したミニチュアサイズのもので、かつて展望室として使われていた最上階の幻の部屋のルームナンバーが刻印されています。おみやげとして人気のものですが、私としてはキーホルダーよりパッケージのほうに反応してしまって。もともとパケ買いをすることが多いんですが、これにいたってはまだ開封もしていません……(笑)。

山の上ホテル キーホルダーのパッケージ

山の上ホテル キーホルダーのパッケージ

武骨なゴシック体の日本語に絶妙な緑、そして三角形のロゴ。こういう組み合わせは、この着地にしようと思っても絶対にできないというか、デザインに慣れてしまった人にはつくれない、嫉妬を覚えるデザインです。ラベルもヨーロピアンな筆記体と、ニューヨークを感じるようなサンセリフ体が一緒になっていて、ちぐはぐなものが集まった感じの全体感がいいんですよね。

このパッケージがどういう工程でこの形にいたったかはわかりませんが、現代に合わせて一新されてしまうものが多いなか、このパッケージの「なんでここはゴシック体なんだろう?」とか少し違和感を覚えるような不思議な魅力は、これまで積み重ねてきた歴史があるからなんじゃないかなと勝手に想像しています(笑)。時間の経過で培われるものは手に入れようと思って手に入れられるものではないので、ブランドづくりにおいて「時間」は一番価値があるものだと思っています。山の上ホテルはそれを持っているし、そういうものを捨てないで大事にしているところが魅力だと思います。

仕事でもパッケージデザインを依頼されることが多いんですが、パッケージはそれひとつ見ただけで全体感を感じとれるくらいのものにしないといけないし、中身がいくら良くてもパッケージが悪ければ売れない、そもそも手に取ってもらえないものになってしまう。すごく重大ですが、だからこそやりがいもあって楽しい仕事ですね。

“買い物”について

モノが増えてしまうと「整理しなきゃ!」とプレッシャーになってしまうので、衝動買いはあまりしないかもしれません。でも、山の上ホテルのキーホルダーのように、その場所に行った時に買っておいたほうがいいというものは買うことがあります。計画はしていないけど出会いは大切にしたい、でもあとで後悔するような買い物はしないでおこうといつも思っています。

■清水彩香
多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。good design companyとBLUECOLORを経て、2017年に独立。ブランディングやパッケージデザインを中心に手がけるほか、自主制作のポスターづくりも定期的に行う。
https://ayaka-shimizu.com/

次ページ:2020年、なに買った?後編―関本明子さん、藤澤ゆきさん