デザイナーやアーティストなど、さまざまな審美眼を持つ方々に「さいきん、買ったもの」をテーマにお話をうかがい、「買う」という行為から、その人らしさや考え方を少しのぞく連載「さいきん、なに買った?」。
今回は特別版として、2022年の1年間で買ったもので印象に残っているものを5名の方に紹介していただく『2022年、なに買った?』。今回は、映像作家の石川将也さん、イラストレーターのカチナツミさん、デザイナーのサリーン・チェンさん、建築家の桝永絵理子さん、ザリガニワークス工作担当の武笠太郎さんに、2022年に買ったものと買い物にまつわるお話をうかがいました!
石川将也さん
映像作家やグラフィックデザイナーという複数の肩書きをもつ石川将也さん。2019年までクリエイティブグループ「ユーフラテス」に所属し、Eテレの「ピタゴラスイッチ」や「2355/0655」などの制作に携わり、2020年に独立。デザインスタジオcogを設立後、2022年には、その前年に21_21 DESIGN SIGHT 企画展「ルール?展」で発表した作品「四角が行く」が、文化庁メディア芸術祭アート部門の優秀賞を受賞しました。そんな石川さんが、苦手意識から購入にいたった買いものとは?
習字の筆
ひとつは、習字用の筆です。実は去年仕事をほとんどお休みしていたんですが、家の近くに書道教室があるのを知り、夏頃から通いはじめました。
私はグラフィックデザイナーとして活動していますが、デザインに触れはじめたときからコンピューター中心なことや、帰国子女で習字の授業を受けたことがなく、ペンや筆で字を描くという行為に触れることが少なかったんです。だから画面上ではないタイポグラフィに対して苦手意識があり、その解決のために習いはじめました。この筆は、習字に慣れてきた際に手頃な筆として教室の先生におすすめされて購入したものです。
書道にまったく触れてこなかったので、習う前までは楷書体など「なぜ角にあのような膨らみができるのか?」と思っていましたが、筆の動きによって生まれるものだということをいまさらながら知ることができたのはおもしろかったです。知ったからといって別にデザインのセンスが上がったりはしませんが、ベースになる考え方と手の部分で「知っていること」は意味のないことではないだろうなと思っています。あとは、単純に徐々に字を書くのがうまくなっていくことがうれしいですね。
コンピューターを楽しく使うためのソフトづくり
「PIKUMA」というコンピューターやゲームにまつわる数学のオンライン講座があるのですが、昨年11月から「3D Computer Graphics Programming(3Dコンピューターグラフィックスプログラミング)」というコースを受講しはじめました。これがすごくおもしろく、正直昨年で一番いい買い物だったなと思っています。
このコースは、3Dグラフィックスの理論や数学について学ぶことができ、3Dゲームエンジンをゼロから作成しようという講座です。受講理由は、習字と一緒で苦手意識から来ています。
僕はアドビが20年以上前に発売した「Adobe Dimensions」という3Dソフトをずっと使っていて、これはIllustratorのパスをコピペで3D空間に持っていき、回転させたりいじったものをまたIllustratorにコピペして戻せる便利なソフトなのですが、とうとう来年にはこのソフトが動かなくなるんじゃないかというタイミングになってきまして……。そのかわりに「Blender」などほかの3DCGソフトを覚えたいと思い続けて20年経ちますが、いつも入口で追い返されているような状況で(苦笑)。20年経っても自分の理想の3Dソフトが出なかったから、自分でつくるしかないんじゃないかと思い立ち、この講座を受けはじめました。
この講座では、3DCGとはどういうことなのかを基礎から教えてくれます。プログラミング言語の「C言語」を使ってグラフィックスエンジンを書いていくのですが、線形代数や三角関数など学生時代に学んだことが実学として登場します。学びながら、JavaScriptでブラウザ上で動くソフトを去年からつくりはじめました。まだ「Adobe Dimensions」で使っている機能を一部再現したり、ペラペラの平面パスを回転させたりしかできませんが……。
Apple社のMacintosh(Mac)が最初に発売された際のキャッチコピーが「The computer for the rest of us」というもので、要するに「残りの人たち(私たち)のためのコンピューター」っていう意味なんですよね。いま僕がつくっているソフトでもそういうものになればと思っていて、誰でも感覚的に動かしたり変形できる機能をつけ、ピクセルではなくパスで立体グラフィックをつくりたい人(つまり自分)がずっと使っていけるようなソフトになったらいいなと感じています。
まだ人に表現として見せられる段階ではありませんが、コンピューターを楽しく使う意識を持てるような、ちょうどいいバランスのツールがつくれたらと思っています。
買い物について
これまで「仕事の役に立つから」という理由でたくさんものを買ってしまうことがありましたが、昨年はなるべく買わずに吟味することを目標にしていました。ただ、オンライン講座に関してはついつい買ってしまうかもしれません。講座関連って少し高いですが、特にセールの時期があると急に安くなったりするので、そういうのには弱いです(笑)。
映像作家/グラフィックデザイナー/視覚表現研究者。慶應義塾大学佐藤雅彦研究室を経て、クリエイティブグループ「ユーフラテス」に所属。科学映像「NIMS 未来の科学者たちへ」シリーズやNHK Eテレ「ピタゴラスイッチ」「2355/0655」の制作に携わる。2020年独立し、デザインスタジオcog設立。「光のレイヤー」、「マグネタクトアニマル」を発表。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科 非常勤講師。
https://www.cog.ooo/
カチナツミさん
今回、「2022年、なに買った?」のタイトルイラストを描いていただいたカチナツミさん。2019年からフリーのイラストレーターとしてジャケットのアートワークや書籍のイラスト、オリジナルZINEの作成・販売などの活動をしています。直近では、渋谷パルコの「Mid-Century MODERN」にてポップアップを開催するなど今後が期待される彼女に、印象に残る買いものについてうかがいました。
印刷の参考に購入した『SHOPLIFTERS ISSUE 9』
これは、アメリカの出版社/デザインスタジオ「Actual Source」が不定期に発行している書籍『SHOPLIFTERS ISSUE』です。毎回イラストレーターやアーティスト、写真家などクリエイターの作品を紹介する冊子で、私が買ったのはイラストレーターの作品がまとめて載っている号です。これが9冊目で、毎号電話帳のようなボリュームでつくられています。
もともと「Actual Source」は「A24」っていう映画会社のグッズのデザインをやっていたことから知りましたが、彼らがデザインするグッズがすごくかっこいいんですよね。
この書籍は印刷に特色インクを使っていて、イラストの発色がとても良く、原画のような鮮やかさがあって惹かれました。自分も作品をつくるとき、基本的にデジタルのものをリソグラフ印刷で表現しているので、その参考にもなるなと思って購入しました。
作品はすべてデジタルで描いていますが、手描きっぽいテクスチャーを入れたりして、完全にデジタルに見えないような表現にしています。作品は毎年ZINEにまとめ、リソグラフで印刷しています。基本的に描いた絵は作品集に載るというつもりで描いているので、作品集にしたときにリソグラフの発色がよくなるような色使いかどうかは気を付けています。
人生の楽しみと言える『DEATH STRANDING』のサントラレコード
もうひとつは、『DEATH STRANDING(デス・ストランディング)』というゲームのサントラレコードです。『メタルギアソリッド』シリーズで有名な小島秀夫監督のゲームなのですが、このレコードはけっこう前に海外で発売されたものだったのですでに販売が終わっていて、オークションサイトで購入しました。小島監督は海外にもコアなファンがいるので、そういう流れから海外で発売されたのかなと思います。
デス・ストランディングは、すごくシンプルに言うと依頼された荷物を運ぶゲームで、アイスランドの大自然のようなフィールドを孤独な主人公が走り回ります。小島監督の作品はストーリーが重厚でかっこよくて、映画を見ている気持ちになるところが好きですね。私はこのゲームにかなり影響を受けていて、1つ何かモノとして家にほしいなと思って購入しました。
もちろん音自体もいいですが、レコードだとものとしても飾っておけるのでうれしいです。内容はサントラなので環境音っぽいものが多く、かけていると落ち着きます。ちなみにデス・ストランディングは続編が発表されていて、発売は先ですがいまはそれが人生の楽しみになっています(笑)。
作品をつくるときに影響を受けているものはゲームや映画で、特に構図や色の使い方にあらわれていると思います。私の作品は1枚絵ですが、背景にストーリーを感じさせたり、その前後に何か起こったような気配を感じさせることを意識していて、そういうところは映画の影響なのかなと思います。
一番好きな映画監督はアキ・カウリスマキという方で、彼の映画には人物がただ部屋に座っているシーンがよく出てきますが、部屋の壁が妙にカラフルだったりちょっと花がしおれていたり、そういう印象的なシーンに影響を受けています。
買い物について
形から入るタイプなので、徹底的にこだわるというよりは統一感を考えて家に置くものを買っています。大きい買い物の場合はかなり調べてお店に行き、さらに悩みますが、イラストや制作に関係があるものは仕事の参考になるし、躊躇せずに買うことが多いです。あとは料理をするのが好きなので、食器などを買うのも好きです。基本は引きこもって家で楽しむ派で(笑)、ゲームは時間を見つけてやっていて、仕事が終わったあとに夜や空き時間に楽しんでいます。
2016年 愛知県立芸術大学美術学部デザイン学科卒業。 Web制作会社でデザイナーとして勤務、2019年からフリーのイラストレーターとして企業のプロモーション動画の作成、ジャケットのアートワーク、書籍のイラスト、オリジナルZINEの作成、販売などの活動を展開中。また、国内のアートイベントやグループ展に参加。2021年よりvision track inc.所属。
https://www.natsumikachi.com/
サリーン・チェンさん
香港生まれで2017年に来日し、クリエイティブユニット「KIGI(キギ)」に所属して6年になるというサリーン・チェンさん。デザインワークはもちろん、強くて芯のあるイラストレーションも魅力的です。プライベートでは日々の料理の写真をアップするInstagramもやっているサリーンさんが、2022年に買ったお気に入りのものは?
年明けに購入する縁起物たち
2022年の買いものがテーマということで、去年最初に購入した、お守りと縁起物を紹介します。
日本に来てから毎年お正月は旦那さんと初詣に一緒に行って、神社でお守りや縁起物を購入しているんです。お守りは1年後にお焚き上げで燃やさないといけないのはわかっていますが、どれもすごくキレイにできているしかわいいから、どうしても手元に残しておきたくて…(苦笑)。お守りというよりもはや工芸のように思っていて、色合わせや素材のちがう糸や布の組み合わせなど、グラフィカルな構図のセンスに毎回感心してしまいます。
刺繍関連で言うと、ワッペンに関してはお仕事でメーカーさんとやり取りをしたことがありますが、糸の合わせ方やレイヤーなどが難しく、試作をしながら何度も調整を重ねた覚えがあります。だからこういうお守りを見ると、刺繍の影の表現や、意図して密度を変えることで濃さを出しているなとか、背景のことを考えてしまいます。
香港のお寺にも昔からお守りがありますが、基本は赤紙に筆文字が書かれているものなので、日本のお守りは、お守りという概念に縛られず、自由にデザインされているのが面白いなと思っています。
思いがけない、新たなクリエイティブ体験
オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーの櫛をずっと前から使っていたんですが、去年急に持ち手が折れてしまったんです。同じ色のものはもう完売してしまっていたので、新たに虹色のものを購入しました。メガネのフレームに使われる樹脂素材の塊から掘り出した形で、柄が同じものがないそうなんです。
それで、購入した際にうれしいことがあって、店舗のスタッフさんにカリグラフィーのワークショップに誘っていただいたんです。店舗でのワークショップだったのですが、一人一人カリグラフィーのセットが用意されていて、しかもすべて無料でした。ただ櫛を買っただけなのに、こういう体験までさせていただけたことがすごく不思議で…(笑)。1時間半のワークショップでは、ペンの握り方や力の入れ方などの基本から教えてくれて、アルファベットを書くところまでやらせてもらいました。
カリグラフィーは初体験でしたが、新しいものを開拓できた気がしていてすごくいい思い出になりました。キギでデザインをするときは、よく絵具でグラフィックの要素やテクスチャーを描いてスキャンし、PCで再構成しています。だから今回、カリグラフィーの要素を身に付けられたのは表現の選択肢の幅が増えていいことだなと思っています。
毎朝オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーの櫛を使って髪をとかしているとテンションが上がりますし、髪の毛がきれいになる気がします(笑)。私がこの持ち手を折らなければカリグラフィーの体験ができなかったので、すごく不思議な縁だなと感じた買い物でした。
デザインで目指すべきものを教えてくれるお菓子
これは、映画をきっかけにした物語性のあるお菓子を制作する「cineca(チネカ)」さんが、去年期間限定の茶室をオープンした際に購入したお菓子「砂場」です。一昨年、cinecaさんが個展「She watches films. She tastes films.」を開催したときに、私が展示のビジュアルまわりを手がけたことがきっかけで仲良くしてくださっています。
中身はもう食べてしまったんですが、蓋を開けるとほろほろとしたクッキーが砂糖の砂の中に隠れていて、自分で掘り出して食べるという体験ができます。砂の上には貝のクッキーがぽつんと1つ設置されていました。すごく可愛いし、砂遊びをした経験は誰しもが共感できるものだと思っていて、お菓子からパッケージまで全部一貫したシンプルさの中で賢くつくられていて感動しました。
パッケージデザインは、アートディレクターの古谷萌さんによるものです。パッケージ上面の砂の表現や側面の「砂場」の文字デザインは発泡印刷で浮き出ていて、より“砂感”が出ています。印刷手法を熟知した上で自分のアイデアとうまく合体し、生み出されたものだなと感じます。ただかっこいいデザインや目に刺激的なグラフィックもたくさんありますが、人の心にまで何かを与えられるのはよりレベルが高いデザインで、自分の中で「デザインはこうあるべきだ」という部分がリマインドされましたし、こういうものを目指すべきだと思った商品でした。
買い物について
買い物をしにわざわざ出かけることがあまりなく、だいたいネットショッピングで完結しています(笑)。趣味的に多く買うのは、本や器です。
Instagramで料理の写真をあげているアカウントをやっているのですが、香港にいたときは料理はまったくしておらず、キッチンに入ったことがないくらいでした(苦笑)。料理ができるようになったきっかけはキギに入ってからです。キギでは毎日みんなで晩ごはんを食べています。
Instagramであげているのは、プライベートでつくったご飯ですね。ご飯をつくる時間はほかのことを忘れて無心になれるのでいいんですが、集中しすぎてて怖いと旦那さんに言われます(笑)。香港の料理に限らずさまざまな料理をつくっていて、それは自分が飽き性なことや料理歴が短いからで、今後もできるだけいろんな料理をつくってみたいと思っています。
1990年香港生まれ。2013年香港理工大学デザイン学科卒業。香港では新聞社でデザイナーとして勤務しながら、フリーランスイラストレーターとしても活動。インフォグラフィックやイラストを用いたデザインを多く制作した。2016年香港ヤングデザインタレント賞を受賞。2017年に来日し、株式会社キギに所属。
https://www.instagram.com/sarenechan/
https://www.instagram.com/sareneshokuji2/