2019年9月6日から10日までの5日間、フランスのパリ・ノール・ヴィルパント見本市会場にて開催された、デザインとライフスタイルの国際展示会「Maison et Objet(メゾン・エ・オブジェ)」。家具やインテリア、ファブリック、照明、ギフトなど、さまざまなブランドやメーカーが世界中から集い、毎年多くのバイヤーや業界関係者が足を運ぶ世界最大級の規模の展示会だ。
1995年より開催されているメゾン・エ・オブジェは、1月と9月の年2回開催され、出展者であるインテリア・ライフスタイルに関する企業、デザイナーと、来場者である小売業者や空間デザイナー、エージェントなどとの商談やビジネスが生まれる場所としての役割を担っている。今年の出展者数は2,762を記録し、3,137ブランドが世界69ヶ国から集まり、来場者数は76,862人を記録している。
会場となるパリ・ノール・ヴィルパント見本市会場は、東京ビックサイト2つ分の広い敷地で、巨大な7つのホールが放射状に並び来場者を出迎える。それぞれホール内には隙間がないほど出展ブースが軒を連ね、端から端まで見てまわるとしたらとても1日では終わらない規模だ。
テーマ展示「WORK!」が示す「あたらしい職場」とデザイン
メゾン・エ・オブジェでは、例年家具やインテリアなどのデザインのトレンドや、社会的な関心の高まりを反映したテーマが設けられ、コンセプターによって出展者の中からテーマにあったブランドの商品がセレクトされる。今年1月のテーマだった「エクスキューズ・マイ・フレンチ!(失礼を言ってごめんなさい、という意の、イギリスの慣用句)」に続き、9月のテーマには「WORK!」がかかげられた。
「WORK!」のテーマにもとづいたプロダクトがセレクトされたエリアは、壁面にはファニチャーが並び、ファブリックや小物などはガラスケース内に陳列されている。テーマの設定およびセレクトをおこなったのは、フランスのデザイン誌『INTRAMUROS』のファウンダーであるChantal Hamaide。会場展示設計は、建築家でありデザイナーのPhillippe Boisselierが担当しており、展示スペース横の壁面には、本テーマに対してのステートメントが記されている。
ステートメント内では、「あたらしい職場(the new workspaces of today)」の特徴として「mobility」「connectivity」「use」「comfort」があげられている。それぞれ、動かしやすさ、つながりやすさ、使い勝手、快適であるということ、などと読み取られ、これらの要素がいまのオフィス家具やはたらく環境におけるデザインのあり方として求められていることがわかる。たしかに、従来のオフィス家具ということばから想起されるのは、直線的でずっしりと重く、堅牢性があり、区画されたスペースの中で作業に臨む空間、といったイメージがあるが、「WORK!」内に展示されている家具や雑貨などは、どれも軽やかな印象で、曲線的なフォルムなカラフルな色合いには親しみを感じ、引き出しや鞄の中に入れたシチュエーションを想像したくなるような使い勝手のよさが考えられているものばかりだった。
おなじくステートメント内には、「interactivity」「connectedness」ということばが使われている。それらを直訳すれば「相互作用」「接続性」などの意味で、はたらくことを通してひととひととが互いに影響し合い、新しいアイデアや価値観が生まれること、さらにはおなじ事業やプロジェクトにかかわるひと同士が心を通わせあい、共通の目的意識を持つことが「あたらしい職場」に求めれていることがわかる。さらに使用されている「autonomy=自律的」ということばからも、会社という組織の意思決定に個人が従うかたちのはたらきかたではなく、自らの意思で仕事を選択し、自分らしいスタイルの仕事で実践していくという価値観が示されているように思う。
今回のテーマに関する展示は、それまで「くらす」ための家具やインテリア、雑貨、道具としてとらえられていたものを、「はたらく」という文脈で捉え直す、という意味があるように思える。働き方改革に限らず、「はたらく」ということについて語られることが増えてきている中で、「好きであること」「自分らしくあること」が、おなじ文脈として結びつけられることがとても多くなってきた。
こういった働き方の変化への注目の高まりには、ノマドワーカーやリモートワークのスタイルが一般化していく中で、カフェなどの「サードプレイス」の重要性や価値が語られるようになってきた流れがあったように思う。“カフェっぽい”オフィスこそが「おしゃれ」であり、快適に仕事ができる場所だと取り上げられるようになり、木材を使用したテーブルや椅子、観葉植物、間接照明などが配置された空間が多く紹介された。やがてそういった価値観が、オフィスやコワーキングスペースに取り入れられていったのが現在までの流れだと言えるかもしれない。
なくなっていく「はたらく」と「くらす」の境目
「くらす」ための家と、「はたらく」ためのオフィス、その区別が生まれたのは産業社会が発展した20世紀のことだと言われている。インターネットの普及とテクノロジーの進歩が進む21世紀は「クリエイティブ」と呼ばれる職種を生み、はたらきかたの多様化が進んだ。情報化が進む以前のはたらく場所では、いかに効率的かつ合理的で、安定的に製品を多く生み出すことができる環境としての職場のあり方が求められてきたけれど、コミュニケーションや情報といったかたちのないものを生み出すための場所には、はたらくひとたちのアイデアや個性が発揮されることによってクリエイティビティが生み出されているような場所が求められている。
「WORK!」でセレクトされているものは、家具からファブリック、ステーショナリー、さらにはiPhoneの充電ケーブルにいたるまで、「はたらく」のまわりを豊かにしてくれるものばかりで、それはそのまま「くらす」ことも豊かにしてくれるものだと思う。「はたらく」自分と「くらす」自分に明確な区分をつけるのではなく、なにを好み、なにを望むのかといった、個人の感情に寄り添うことができるデザインが、これからのはたらく場所には求められているということを表しているように思う。ワークスタイルとライフスタイルの区別はなくなり、「はたらく」と「くらす」の境目がだんだんなくなっていくことで、よりひとびとが生き生きと仕事をしている姿が、このテーマ「WORK!」で思い描かれているのかもしれない。
取材・文:堀合俊博(JDN)