まちづくりの取り組みがアートと建築を楽しむ国際芸術祭に結実。初開催の「前橋国際芸術祭」レポート(1)

photo by tatsuki nakata

群馬県前橋市の中心部で、今年が初めての開催となる「前橋国際芸術祭」が開幕しました。12月20日までの80日間にわたり、アーツ前橋や白井屋ホテル、まえばしガレリアなど、個性的な建築や文化拠点を舞台に多彩な展示やイベントが繰り広げられます。

会場を巡りながら、地域や街の歴史を知り、そこに暮らす方々と言葉を交わし、多層的な魅力と出会っていく体験そのものが本芸術祭の最大の魅力と言えるでしょう。

本記事では、主要な会場や作品をピックアップしてご紹介しながら現地の様子をレポートします。

メインビジュアル:photo by tatsuki nakata

現代アート、建築、デザイン、詩、そして食まで。芸術祭をいま前橋で開催する理由

「前橋国際芸術祭」のユニークさの一つが、これまで10年以上にわたり進められてきた、前橋市の中心市街地再生の取り組みの延長線上に企画・開催されている点です。芸術祭の実行委員長兼総合プロデューサーを務めるのは、前橋市出身で、ジンズホールディングスの創業者である田中仁代表取締役会長CEO。開幕を前に開催されたプレスプレビューで田中さんは、芸術祭の開催に至った背景を以下のように語りました。

「県庁所在地でありながら、魅力の乏しかった前橋を何とかしたい、と仲間と共に取り組み始め、まちづくりビジョン『めぶく。Where good things grow.』を策定して10年が経ちました。この先の10年にむけた新たな実験として、これから2年に一度、芸術祭を開催していきます」。

前橋国際芸術祭 実行委員長兼総合プロデューサー・田中仁さん。芸術祭の実現に関わった多くの方々への感謝の言葉とともに、芸術祭開催の背景と意義を語った

そもそもなぜアートなのか、なぜ芸術祭なのか。田中さんは「アートには世界の遠くまで届く力がある」とし、人口減少社会において前橋市が選ばれる街であるためにもアートの力が重要だ、と述べます。

「この芸術祭が街をこれからどう変えていくのかは、私にもまだわかりません。それでもこの前橋の街を訪れ、作品はもちろん、作品と作品の間にある街並み、建物、そこで暮らす人々の様子をぜひ観てほしい。そういったものが集まって初めて、前橋の街中での芸術祭が完成します」と挨拶しました。

街を歩いて巡り、発見し、体感する芸術祭

芸術祭のメイン会場となるのは、群馬県前橋市の中心市街地にある市営の美術館、アーツ前橋。そこから約500m圏内のコンパクトなエリアに、20以上の会場が点在しています。それぞれの場所を記したマップを手に街歩きを楽しみながら巡っていくと、古い建物や路地、商店街のそこかしこに美術作品やインスタレーション空間、建築やデザインの要素などが点在し、芸術祭の風景をかたちづくっています。

■白井屋ホテル

白井屋ホテル外観(photo by tatsuki nakata)

すべてはここから始まった、と言っても過言ではないのが「白井屋ホテル」でしょう。建築家の藤本壮介さんが全体のデザインと設計に関わり、取り壊される寸前だった建物を6年もの時間をかけてリノベーション、2020年に開業しました。ジャスパー・モリソンや、ミケーレ・デ・ルッキらのコンセプトルームをはじめ、多数の現代アートの作品が敷地内に点在し、今や「わざわざ訪れたくなるアートホテル」として国内外に知られる存在です。

グリーンタワー(緑の丘)

芸術祭の会期中は、画家で絵本作家のミロコマチコさんによる「アートイルミネーション2026 ミロコマチコ at SHIROIYA《空気に根をおろす》」を実施しています。馬場川通りに面したグリーンタワー(緑の丘)には、ミロコさんが普段暮らしている奄美大島から飛来した「空想の種」が根をおろし次々と芽吹いていく、という物語の風景が広がっていました。カラフルな昼の風景も素敵ですが、日が暮れた後の光の演出も幻想的で、地域の人々や宿泊客を楽しませています。

ホテル敷地内にある小さな小屋の中にもミロコさんの作品世界が広がる

■まえばしガレリア

白井屋ホテルやアーツ前橋から徒歩数分の場所にある「まえばしガレリア」は、建築家の平田晃久さんが設計を手がけ、2023年5月に開業しました。Taka Ishii Gallery、小山登美夫ギャラリー、rin art association、MAKI Gallery、アート・オフィス・シオバラという、日本を代表する現代美術のギャラリー5つと、レストランや滞在制作もできる宿泊施設が一体となった、複合型アートレジデンスです。

まえばしガレリア外観(photo by tatsuki nakata)

今回は「MAEBASHI ART GROUND」と題し、Yutaka Kikutake GalleryとKOTARO NUKAGAが加わって、7つのギャラリーそれぞれが注目する気鋭のアーティストを紹介しています。

「MAEBASHI ART GROUND」展示風景

また、タカ・イシイギャラリー 前橋の空間では、グループ展「スモール・アーキテクチャーズ:光、空隙、都市」も同時開催。ここを巡るだけで、国内外から注目を集める若手の現代美術家たちの作品群を一度に目にすることができます。

■前橋中央通り商店街

「まえばしガレリア」のほど近くに位置し、地域の人々が行き交う「前橋中央通り商店街」は、個人経営の店舗が立ち並ぶレトロな雰囲気が魅力です。約300m以上も続くアーケードには、本芸術祭の会期中、巨大なコミック調の作品《赤城山リミナリティ Part 3 山と凧と十二様》が掲げられました。

尾花賢一+石倉敏明《赤城山リミナリティ Part 3 山と凧と十二様》

手がけたのは、さまざまな土地の民俗をリサーチし、虚構と事実をミックスして表現する、尾花賢一さんと石倉敏明さんのお二人。今回は2019年から継続しているシリーズの新作として、山岳信仰の聖地である群馬県の赤城山の民俗と、その周辺の暮らしの「境界(リミナリティ)」を、聖・俗・周縁をクロスオーバーさせて表現しています。

赤城山から吹き下ろすからっ風にも着目し、山からの強風を受けて飛翔する「凧」に、古くからこの山に祀られてきた、謎めいた山の神「十二様」にまつわる伝承や風景が描きこまれています。

また、商店街の中心に位置する鉄骨4階建ての旧藤屋洋品店ビルは、2025年にリノベーションされました。1階が「本屋 水紋」、2階が多目的ラウンジ、3・4階がシェアハウスになっています。

旧藤屋洋品店ビルの前には、《移動式公開編集会議アルケノード》が。「アルケノード」とは前橋市役所にぎわい商業課の田中隆太さんを中心とするチームで、前橋中心市街地における若い世代のスモールビジネスの出店をサポートしている。同展では、アルケノード編集委員会によるZINEの編集プロセスを公開しながら、まちづくり勉強会やまち歩きツアーなどのプログラムを展開する取り組みを紹介

水紋の店内には、芸術祭の関連書籍も多数。会期中はさまざまなイベントの開催を予定しているそう。

店内の様子

他にも、商店街では「前橋デザインプロジェクト」の一環として著名建築家が手がけた店舗が並び、飲食や手土産の立ち寄りスポットとしても楽しめます。

左手前の建物から、パスタ店が入る「Mビル(GRASSA)」(設計:中村竜治)、和菓子店の「なか又」(設計:長坂常/スキーマ建築計画)、さらに奥には、和食店「つじ半 前橋」(設計:髙濱史子小松智彦建築設計)、「前橋アーケードテラス」(設計:永山祐子建築設計)と続く

■オリオン通り商店街

昭和や平成のまま、時が止まったかのような雰囲気がただようアーケード商店街「オリオン通り」では、音楽家・渋谷慶一郎さんのサウンドインスタレーション《Abstract Music》が楽しめます。

オリオン通り商店街(photo by tatsuki nakata)

緻密に設計・配置されたスピーカーから聴こえてくるのは、膨大なデータからプログラムによってリアルタイムに組み合わされたサウンド。無限に変化・拡張しているため、今この瞬間にしか聴くことのできない一期一会の音響体験が味わえます。

オリオン通りに設置されたスピーカー(photo by tatsuki nakata)

かつて映画館や書店、ゲームセンターなど、さまざまなお店が営業していたものの、現在はシャッター街になってしまったオリオン通り。昼間でも人がまばらな道を歩きながら、さまざまな音が絶えず移動し続けるのを体感すると、見えている風景の印象までも変わっていくような、不思議な感覚がありました。

またオリオン通り沿いの旧近藤時計店のスペースでは、詩人の最果タヒさんとグラフィックデザイナー佐々木俊さんによる言葉のパブリックアートや、造形作家の関口光太郎さんが手がける、ガムテープと新聞紙でできた巨大なインスタレーション作品《前橋は女の顔をしている》も鑑賞できます。

最果タヒ+佐々木俊《詩の点灯》

関口光太郎《前橋は女の顔をしている》展示風景・外観

■STREET FURNITURE EXHIBITION

広瀬川河畔緑地で、毎年秋に開催されている「STREET FURNITURE EXHIBITION」。プロアマを問わず、公共空間に関心のあるクリエイターや前橋工科大学の学生らが参加しています。会期前半には、川沿いの遊歩道に約1kmにわたって自作のベンチやテーブル、照明など、屋外に置かれるストリートファニチャーが展示されました。10月9日からは展示場所を移し、中央通りの各所(KAZE MACHI PARC、中央通りポケットパーク、まちなか駐輪場)にて作品を展示しています。

「STREET FURNITURE EXHIBITION」(photo by tatsuki nakata)※広瀬川河畔緑地での展示の様子。10月9日からは中央通りの各所へ展示場所を移動

川辺を歩きながら、自由な発想でつくられたストリートファニチャーを鑑賞できる ※10月9日からは中央通りの各所へ展示場所を移動

2年に1度の開催を通して、変わりゆく前橋のまちそのものが見どころに

会期中は公式プログラムに加えて、地域の方々が企画したスピンオフ的な展示やイベントが街のあちこちで多数行われる予定です。その数は開幕時点で30以上。しかもプログラムディレクターの宮本武典さんによれば「実行委員会も把握しきれていないくらい、今後も増えていく予定」だそう。地域の方々が積極的に芸術祭と関わっている様子が伝わってきました。

また街歩きの途中、一見すると何もないような空き地や空き店舗の傍らに紹介パネルが設置されていました。よく見ると、今後その場所に建設予定の建物や施設についてのテキストが。建築や街並みも見どころである本芸術祭らしいユニークなプレゼンテーションであり、芸術祭の開催ごとに前橋市を訪れ、街並みの変化を楽しんでほしい、という意図が伺えました。

《前橋さくらや跡地プロジェクト》、2028年竣工予定。設計を手がけるのは建築家の山田紗子さん

《広瀬川PROJECT》、2028年竣工予定。前橋工科大学教授の駒田剛司さん、駒田由香さん、久保田祐基さんの共同設計による、広瀬川河畔に建つレジデンスの計画

■寺町藝術センター

築64年の元編物学校を、芸術家や旅人、地域の人々が日常的に交差する劇場やアートホテルへと再生させるプロジェクトが進行している「寺町藝術センター(寺藝)」。1階は小劇場の「百劇」、2階はギャラリー/スタジオ、3階はスタジオ/ライブラリー、4階はレジデンスが入ります。

寺町藝術センター(寺藝)外観

会期中は、演劇の上演やアート作品の展示、映画祭、音楽ライブなど、さまざまなコミュニティによる多彩な表現が即興的に⽣み出されていく予定です。

クワクボリョウタ+前橋工科大学阿部研究室《風穴を編む》。前橋の歴史を物語る建物の中に、風の通り道をつくる

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