日本各地に広がるムーブメントを目指して、先端テクノロジーと伝統産業が交差する『工芸ハッカソン』

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日本各地に広がるムーブメントを目指して、先端テクノロジーと伝統産業が交差する『工芸ハッカソン』

2017年に『国際北陸工芸サミット』の一環として富山県高岡市で開催された『工芸ハッカソン』。金属工芸や漆芸などの手業が400年以上受け継がれてきた高岡市を舞台に、地元の伝統産業の職人や工芸作家と、エンジニアや研究者、アーティストなどがチームを組み、伝統産業の新たな活路を探る出会いから7つのプロジェクトが生まれた。

2017年の工芸ハッカソンの様子

「ハッカソンから新しいアイデアを…!」と期待するのは、言ってみればよくある取り組みなのだが、そうした企画と『工芸ハッカソン』が決定的に異なったのが参加者の熱量だ。漆塗りを用いたインスタレーション、伝統工芸にIoTを組み込んだプロダクト、AIと職人の協働による作品、エンジニアリングを用いた技術継承のための新しいシステム……それらは単なるアイデアに終わらず、その後も取り組みが継続している。

2017年の『工芸ハッカソン』を追った記事ではこうまとめた。

“出自の違うメンバーが集まり、短期間で集中してアイデアをカタチにしたからこそ、可能性の兆しのようなものは生まれたように思う。ここからなにか事業に……と考えるとそれなりにまた高いハードルはあるだろう。なにか新しいモノやサービスが生まれるのはもちろん期待したいことだが、それよりも異文化が混ざり合うことによって、人から人へなにかが伝播することにむしろ期待したい。”

2017年11月に株式会社能作で行われた公開プレゼン&審査会

【関連記事】「アート×伝統産業×先端技術」、工芸の地力を再発見する『工芸ハッカソン』から新たに生まれた可能性
https://www.japandesign.ne.jp/report/kougei-hackathon-1/

つまり、「可能性の兆し」は兆しではなく、「可能性の続き」として実を結びはじめていたのだ。その「可能性の続き」が一堂に会したのが、去る2018年11月30日から12月2日まで開催されたのが『工芸ハッカソン2018』だ。各プロジェクトの最新の状況が展示やトークセッションを通じて紹介された。

会場は、創発を促すための大規模な施設として昨春オープンした、イノベーターのためのゲームチェンジャーズ・スタジオ『EDGEof(エッジオブ)』。工芸に新たな視点をもたらすようなプロジェクトのお披露目には、ある意味うってつけの場所かもしれない。

『工芸ハッカソン2018』展示の様子

『工芸ハッカソン2018』展示の様子

まずは、いくつかのプロジェクトの現在進行形を紹介しよう。

Re工芸

コンピューテーションや人工知能の技術を活用し、高岡の工芸の歴史や造形、制作プロセスを新たな視点から捉え直し、その表現と産業の可能性に新たな展開をもたらすことを目的としたプロジェクト。第一弾では、効率化や驚異といった文脈で語られがちな人工知能を「予期せぬ答えを返してくれる隣人」として捉え、人工知能と職人との協働によって、漆工芸の造形性の拡張を試みた。

「Re工芸」第一弾の作品

第一弾の作品

第二弾となる『Black Aura』では、漆の持つ美的質感に着目し、3Dモデリング・3DCG技術を導入し、漆の持つ魅力をテクノロジーの視点から探求すると共に、その造形性と制作プロセスの拡張を試みている。

制作のプロセスとしては、先にデジタル上で漆の質感をシュミレーションしながら漆彫刻の3DCGを作成。かつ、コンピューテーションならではの造形性を入れるために、衝突実験のシミュレーションをして3D造形データをつくったそう。そのデータを3Dプリントし、漆芸職人の手によって漆塗りを施し、そうしてできた漆彫刻をCGと同じライティングをして実写撮影したという。会場では元の3DCG画像と実写写真が対比される形で展示されており、現実と虚構の両面から漆の持つ“非現実感”に迫っている。

石橋友也さん(「Re工芸」メンバー):前回はAIを取り入れた漆彫刻をつくって、用途なしで正体不明、かつ漆で真っ黒。写真で撮ったらスケール感もわからないものになりました。それをCGモデラーに見せたら「コレはCG?」と聞かれたので、そこから着想を得ています(笑)。

真っ黒で反射率も高くて、自分たちが生きている時間スケールを超越したような佇まいが漆にはあります。自然由来の素材なのに、半バーチャルみたいな性質を持っている。そうした漆の“非現実感”がテーマだったので、漆が映える曲面から成る構造体をイメージしました。工芸は現在から過去を見る視点になると思うんですが、その視点を未来に向けてみて、ちょっとSF的なモチーフにしようというところで行き着いたのが「飛行物体と布的なものの衝突」です。

工芸ハッカソン的な文脈でいうと今回の取り組みの特徴は、3Dシュミレーションと3Dプリンターで、人間のスケッチや手作業では難しい造形をつくり出したことによる「造形性の拡張」が1点。もう1点は、デジタル上で仕上がりイメージを確定させてから、その後に実作業に入るという「制作プロセスの拡張」ですね。

石橋友也さん(「Re工芸」メンバー)

Metal Research Lab

人工知能、3Dモデリングや3Dプリンタ、ロボットアームといったコンピュータ技術によって職人の仕事を奪われるのではないかという危惧があるなか、逆にこの技術を工芸技法に組み込むことによって、まったく新しい「金属表現」ができないかを探るプロジェクト。

つくり手の意図と素材の意図(性質)の間に偶発性を伴いながら生み出される工芸的ものづくりに、アルゴリズムやシミュレーション、データ解析などを介在させ、これまでに見たことのない金属表現を探った。

今回、展示された『ENGRAVE』は、人間が制作した鋳物作品に対してコンピュータが鋳物表面の着色パターンを解析し、ロボットアームがその着色パターンに応じた切削加工を行っている。それにより、人間の意図から作られた金属の表情を拡張させ、金属表現の新しい景色を探っている。

上田剛さん(「Metal Reseach Lab」メンバー):もともと銅器の着色は、作家の意識的な部分と無意識な部分があります。それは素材の偶然性に任せているからです。ロボットアームも解析に基づいた必然的な動きをしているのですが、僕ら職人からしたら偶発的なことをやっている。それも大きな意味で素材として扱える。

だから、この表情が出てきたときは歓声を上げました。とはいえ、まだロボットアームに対しては疑ってかかっています(笑)。最終的な美しさのジャッジみたいなものはまだ深まっていなくて、こういうことができるという実験段階です。

上田剛さん(「Metal Reseach Lab」メンバー)

素材調

「工芸品は素材が昇華したもの」だという考えのもと、プロダクトデザインではなく、見せ方がデザインされた“素材”をつくることを目指し、コンセプチュアルな「楽器」を制作。「真鍮」に着目し、銅と亜鉛の配合率を変えた3種類の素材を用い、素材の響きの違いが強調される形状を模索。棒状、丸型、トライアングル、などをつくっては周波数解析などで音の響きを検証し、合計で53もの素材と形状を試したという。今後はミュージシャンによるパフォーマンスなどに展開していくことも目指している。

本山貴大さん(「素材調」メンバー):前回のラインのような形状だと、たたきづらいというのがまずありました(笑)。テストピースの中に、たたく場所によって音が変わってくるというモノもあったので、それを打楽器として展開してくことを考えました。正直なところ、どのカタチになったら、どういう音になるのか、つかめているようでつかめていませんでした。いくつかそれを決定する要素はあったのですが、鋳造してみて音が変化するのかどうか、はじめてわかるというものでした。その点は苦労しましたね。また、前回のライン状のモノは音が長く響かなかった。おりんのような椀状のものが響くことがわかったので、それをベースに、より響きを豊かに、たたく場所によって音色が変わるようホーン型に変化していきました。

今回の形状(写真中庸の渦巻き型)で方向性が定まったので、この原型をアップデートし、真鍮、洋箔、ブロンズ(B6/B3)、アルミ、鉄の6種類で追加制作を進めています。

会場では、ほかにも工芸の価値をアップデートしていくような、独創的なプロジェクトの展示が行われていた。

トントントヤマ:『トントントヤマ』 展示の様子

トントントヤマ『トントントヤマ』。ハンマーの先端をデザインすることにより、「紙のように曲げることのできる錫の器「すずがみ」の模様をオーダーメイドできるシステムとサービスのプロトタイプを制作。

つくるラボTakaoka:『結音』 展示の様子

つくるラボTakaoka『結音』。伝統工芸の「おりん」とIoTを組み合わせたプロダクト。「おりん」を鳴らすと、離れたとこにあるペアの「おりん」が鳴る。音を聞きながら相手を想う時間に。

「9+1」:漆の反射を活かした作品『CRAFTSCAPE』 展示の様子

「9+1」。2018年にはオランダ最大のデザインイベント「Dutch Design Week」にも出展し注目を集めた、漆の反射を活かした作品『CRAFTSCAPE』。古来より水面に見たてられて使われることがあった漆の反射の特性とテクノロジーを用いて、現代的に水面を再解釈した。

最後に、本プロジェクトを主催する、エピファニーワークス代表の林口砂里さんに、改めて『工芸ハッカソン』というプロジェクトの目指すこと、そして社会にどのように作用させていこうとしているのかをうかがった。

――2017年に開催された『工芸ハッカソン』から、今回の『工芸ハッカソン2018』にはどのようにつながっていったのですか?

林口砂里さん(以下、林口):2017年の9月にアイデアソンがあって、そこから11月には最終プレゼンと審査会、短期間にこれだけのクオリティのものがよくつくれたなと驚きました。また、地元からは生まれてこないような、新しい発想がたくさん出てきて率直におもしろいなと思いました。

林口砂里
富山県高岡市出身。東京外国語大学中国語学科卒業。大学時代、留学先のロンドンで現代美術に出会い、アート・プロジェクトに携わることを志す。東京デザインセンター、P3 art and environmentなどでの勤務を経て、2005年に(有)エピファニーワークスを立ち上げる。国立天文台とクリエイターのコラボレーション・プロジェクト『ALMA MUSIC BOX』や、僧侶、芸術家、科学者など多様な分野の講師を招く現代版寺子屋『スクール・ナーランダ』など、現代美術、音楽、デザイン、仏教、科学と幅広い分野をつなげるプロジェクトの企画/プロデュースを手掛けている。また、2012年より拠点を富山県高岡市に移し、地域のものづくり・まちづくり振興プロジェクトにも取り組んでいる。
http://www.epiphanyworks.net/

参加者みんなの熱量がものすごくて、その盛り上がりを間近に見ていたから、「このまま終わらせるのはもったいない」という気持ちがその頃からありました。とは言え、時間が経ったら熱は冷めていくことが多いんですけど(笑)、『工芸ハッカソン』が終わってからも、それぞれが自主活動をされていたんですよね。こちらからなにかをお願いしたわけではなく。私は事務局としてSlackなどのグループに入っていたので、みんなのやり取りをそ〜っと見ていて、ワイワイやっているのがわかっていました。

商品開発のプロトタイプが出たり、サービスのアイデアが出たりという人たちもいたから、私たちとしてもなにかサポートしなくてはと考えました。そこで、文化庁の「平成30年度戦略的芸術文化創造推進事業」に申請し、採択していただきました。

2017年の工芸ハッカソンの様子

――みんなが続けたいと思った理由は何だと思いますか?

林口:いくつか理由があると思うんですけど、高岡という土地によるものが大きかったのかなと思います。素晴らしい手業は全国各地にあるけれども、高岡は先立っていろんなチャレンジをはじめた産地で、早くから地元の人たちの危機意識が高い。何とかしなくては、何とかしたいという切実な想いがあり、すでにいろんなことに取り組んできている。職人自身もそういう新しいことに対してマインドがオープンだから、離れた分野のプロフェッショナルとやり取りすることに抵抗がなく、やりやすかったからじゃないかなというのがひとつ。

もうひとつは先端のテクノロジー系の方や、アートやファッション系の方から見ても、何百年あるいは千年近く蓄積してきた文化や歴史の厚み、それから生まれた工芸にはほかにはない魅力がある。工芸の職人と一緒に何かをするという機会もなかなかないと思うので、そういうところにもひかれたんだろうなと思います。

2017年の工芸ハッカソンの様子

――最初から継続していくことを見越した取り組みかと思っていました。

林口:もちろん希望としてはありました。ハッカソンでアイデアを出しただけで終わるのはもったいないというのは企画段階からわかっていたけど、でも継続することを担保できる予算もその時点ではなかったし、実際に参加する方たちにそこまでの意思があるか正直わからなかったです。

みんなが自主的に続けたいという思いがあって、こちらから何か働きかけをしなくても進めてくれていたから、これは事務局もがんばらないと思って、継続していくことを決意しました。民間企業に協賛いただくとか、あるいは継続的に富山県から予算をいただくとか、いろいろ考えたんですけど、文化庁の方に興味を持っていただき、最終プレゼンも観に来てくださったんですよね。そこで、文化庁の「戦略的芸術文化創造推進事業」に申請してみたんです。

この『工芸ハッカソン』から生まれたプロジェクトが社会実装されたり、商品としてカタチにしていきたいと思っています。なので、展示の時にできるだけ参加者には在廊してもらうようにしました。それはなぜかというと、来場した方がスポンサーになるかもしれないし、技術提供してくれるかもしれない、そういう人たちが集まるスペースとして『EDGEof』を選んでいます。今後の彼らの活動をどこまでサポートできるかはわからないけど、できるだけ継続していけるようにしたいなと思っています。

あと、今年は渋谷で高岡の成果発表でしたけど、また別の工芸の地域でやっていけないかと考えていて。今後は『工芸ハッカソン』を日本各地で開催する可能性もあります。『工芸ハッカソン』というスタイルで、もう少し各地で広めてみたかったり、もしかしたら海外で開催したりするかも知れませんね。海外のエンジニアさんと日本の職人さん、あるいは逆もあるかもしれないし、そういう風にして展開はしたいなと思っています。いまの時点では野望ですけど(笑)。

――「新しい名産品をつくろう!」みたいなことではなく、「工芸をどうやってアップデートするか?」みたいなところに熱量が注がれていたように思います。

林口:そうですね。やっぱりここまでモチベーションが保てていたのは、みなさん本当にものづくりが楽しいからだと思うんですよ。オンラインでやり取りしている時の、みんなの高揚感とかワクワク感がこちらにもすごく伝わってきました。商品化のための特許を取ったり、オランダで展示したチームもあるし、やっぱりそれをどれだけやりたいかという動機があるかですね。

『工芸ハッカソン』の大きな目的は、私たちの心を動かす手業や文化を失ってしまっていいのか?あるいはどうやったら残せるのか?ということを考えるためのものです。それは日本各地に共通してある問題意識だから、たくさんの人が関わることでムーブメントになるし、その問題について多くの人に考えていただくことが目的にかないます。だから、どんどん人を巻き込んでいきたいなと思います。

取材・文・編集:瀬尾陽(JDN) 撮影:里永愛

工芸ハッカソン 2018
2018年11月30日(金)~12月2日(日)
会場:東京都 渋谷 EDGEof TOKYO
文化庁委託事業「平成30年度戦略的芸術文化創造推進事業」
主催:文化庁、有限会社エピファニーワークス
制作:有限会社エピファニーワークス
https://kogeihackathon.com/EDGEof
「EDGEof」は世界中のスタートアップや起業家、投資家、クリエイターにエンジニア、メディアから研究者、各国政府機関にいたるまで、あらゆるイノベーティブな才能を繋げ、革新的事業の創出を加速させていくゲームチェンジャーズ・スタジオ。
http://edgeof.co/