テクノロジーの視点で、漆の非現実的な魅力を探求する―メディア芸術祭受賞者・石橋友也インタビュー

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テクノロジーの視点で、漆の非現実的な魅力を探求する―メディア芸術祭受賞者・石橋友也インタビュー

アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門で優れた作品を顕彰するとともに、受賞作品の鑑賞機会を提供する「文化庁メディア芸術祭」。1997年の開催から歴史を重ね、毎年最も勢いのあるメディアアート作品が集まる、世界的に注目されるメディア芸術の祭典だ。

23回目を迎える今回、アート部門の優秀賞を受賞したのは、アーティストや漆職人、エンジニアなど、異なる分野の精鋭たち12人で結成されたチーム「ReKOGEI」の作品、『between #4 Black Aura』。謎の飛翔体が謎の布に衝突し、めり込んでいく。流麗なフォルムと3DCGや3Dプリンティング技術を使い、漆の持っている美的質感をテクノロジーの視点を通して探求した作品だ。

「ReKOGEI」を代表し、アーティストの石橋友也さんに、受賞作品のコンセプトや受賞の感想、メディア芸術祭への思いなどをうかがった。

漆の“非現実感”への追求から生まれた受賞作

――本作の制作プロセスについて教えてください。

between #4 Black Aura

『between #4 Black Aura』(上)実写画像(下)3DCG画像
ディレクター:石橋友也/漆芸職人:京田充弘/原型師:嶋光太郎/3Dデザイナー:松本祐典/アルゴリズミック・デザイナー:堀川淳一郎/フォトグラファー:平田正和/レタッチャー:西尾美智子/プロジェクト・マネージャー:沼俊之/デザイナー:橋本孝久/エンジニア:水落大/プロジェクト・マネージャー:引地悠太/コピーライター:新宅加奈子

石橋友也(以下、石橋):2枚の写真は、上段が漆彫刻を実写撮影したもの、下段が3DCGによる画像です。手業では再現が難しい造形を物理演算シミュレーションによって生成し、得られたデータを3Dプリンターで出力。漆職人の手で何層にもおよぶ塗りと研磨を繰り返し、漆彫刻に仕上げています。さらに、その漆彫刻をCGと同じライティングを施して撮影しました。

石橋友也

石橋友也 2014年早稲田大学大学院卒業(理工学術院 電気・情報生命専攻)。2011年より早稲田大学生命美学プラットフォーム「metaPhorest」に参加。生命や言語をおもな対象に、科学的なアプローチで、それらの性質や隠された構造に迫る表現活動を行う。

物理演算シミュレーションの様子

物理演算シミュレーションの様子。重力や物体の硬さを設定し、バーチャル上で衝突の実験を繰り返すことで、3D造形データを作成。その後、3Dデータを3Dプリンターで出力し、漆塗りを施した。

――本作は、「伝統工芸の技術・歴史・美学をテクノロジーの視点から見つめ直すこと」を目的とした、漆の魅力を再解釈する「between」シリーズのひとつだそうですね。誕生の背景には、シリーズ1作目の『between #1 #2 #3』で得た、気付きがあったとお聞きしました。

石橋:この「between」シリーズは、2017年に富山県高岡市で開催された「工芸ハッカソン」から始まりました。「工芸ハッカソン」は、後継者不足やライフスタイルの変化によって需要が縮小している伝統工芸・産業に対して、アートやテクノロジーの視点で新たな展開をもたらそうというプロジェクトで、高岡を舞台に、伝統工芸の価値や抱えている課題などを探りながらアイデアを出し合い、7つのチームがそれぞれアウトプットの制作を進めていきました。

「工芸ハッカソン」開催時の様子

「工芸ハッカソン」開催時の様子。さまざまな工房や工場を訪ね、プロジェクトにつながるヒントを探った(写真提供:工芸ハッカソン)

僕は「ReKOGEI」というチームで、「高岡の工芸がこれまで培ってきた歴史や技術、美学をテクノロジーの視点で再解釈・再構成する」ことを目指して活動してきました。そして生まれたのが、シリーズ1作目の『between #1 #2 #3』です。これは、現代の機械や建築などのイメージを学習させたAIが生成した画像を元に造形した、用途不明・形態不明瞭の彫刻に漆塗りを施した作品です。「歴史的な文脈を持たない新しい知性であるAIが、伝統工芸を解釈したらどのようなものになるのか?」というアイデアから生まれました。

between #1 #2 #3

『between #1 #2 #3』

漆塗りは名前の通り、漆を「塗る」だけの作業だと思われがちですが、実際は一層塗ったら全面を研磨して、また塗って研磨をしてと、「研磨」にかける時間の方が圧倒的に長いんです。チームメンバーに漆職人で仏壇師の京田充弘さんがいたことから、漆という素材に挑戦することになったのですが、面を極限までフラットにする、その執拗ともいえる研磨の作業から生まれる漆の表面の美学には圧倒されました……。

『between #1 #2 #3』の写真を撮影した時に、白バックに完全な漆黒で形態も用途も不明瞭な漆を撮影してみると、サイズ感やスケール感がわからなくなり、「何だこれは?」と純粋に感じました。後日、友人の3Dモデラーの松本祐典さんにその写真を見せた時に、「3DCGみたいだな」と言われたことが2作目をつくるきっかけになったんですよ。2作目は、​そういう漆が持つ奇妙な非現実感を追求していきたいと思っていました。

『between #1 #2 #3』

『between #1 #2 #3』

感情を動かす“ざわつき”を帯びた作品

――2作目となる『between #4 Black Aura』のタイトルにはどのような意味が込められているのでしょうか?

石橋:「Aura」は、ドイツの哲学者ヴァルター・ベンヤミンの著書『複製技術時代の芸術作品』から引用したものです。漆が持っている固有の美学やオーラ、存在感に迫るためのキーワードとして名付けました。

伝統工芸は「つくるプロセス」にも美学があると思いますが、漆の場合は表面を完璧に仕上げるあまり、そのプロセスが最終的な作品やプロダクトから見えてこないという弱点があるかもしれないという話をメンバーとしていたんです。あと、海外の人が漆の美しさを「まるでプラスチックのように美しい」と表現したという逸話があるそうで、漆には「プロセスが見えにくい」「大量生産できるマテリアルと表面の質感が似ている」という2つの弱点があるのではないかとチーム内で議論しました。

そこで、CGや写真で漆の表面の美学に対して執拗にアプローチすることで「漆の持っている本来の美しさとは何か?」ということを考えてもらう作品をつくることにしました。

『between #4 Black Aura』制作プロセス動画

――制作で苦労した点について教えてください。

石橋:反射で生まれる白い光のにじむような輪郭線をCGで再現するのが困難でした。ひとつの考察として、そのきめ細かな光の反射こそ、漆の持つ本来的な魅力なのではないかと思います。でも、その漆の魅力を一番に引き出すには、どのような物理演算シミュレーションをして造形を作り出すか……これには何より悩みましたし、メンバーと一番話し合った点です。

大切にしたのは、漆の持っている“非現実感”やテクノロジーとかけ合わせた時の“幾ばくかの未来感”です。さまざまなアイデアを出し合う中で、「浮遊している物体」であること、「手業では不可能な造形」にしたいという発想にたどり着き、抽象的な2つの物体を「衝突」させた瞬間を表現することにました。

between #4 Black Aura

『between #4 Black Aura』(上)実写画像(下)3DCG画像

between #4 Black Aura

『between #4 Black Aura』(上)実写画像(下)3DCG画像

「衝突」のほかにも、「融解」や「爆発」といった表現も考えましたね。具体的なものに似せないようにということは意識していましたが、今思えば、漆職人であり仏壇塗師でもある京田さんから何となく「死」のインスピレーションを受けて、この形に行き着いたのかもしれません。

それでも、「自分たちの興味に対して適切な手段を踏んだか?」「もっとスマートなやり方があったのでは?」など、作品発表後も整理がつかない部分がありました。これまでに発表したAI領域やバイオアートの作品は、お客さんに見せた時の反応である程度うまくいったか否かを測れる感覚があったんですが、この作品はデジタル領域も含めた職人たちの技とさまざまなテストを猛烈な密度でぶち込んだプロジェクトなので、どう評価してもらえるかわかりませんでした。

なので、今回賞をいただいてとても驚きましたが、さまざまな職人の技を組み合わせ、3Dイメージ、漆彫刻、その写真と複数のマテリアルを横断しながら漆の魅力に迫る、そのプロセス自体が、何か感情を大きく動かすざわつきみたいなものを帯びたのだと今は思っています。

テクノロジーの視点で、マテリアルを探求する

――石橋さんの作品制作の根本にあるものは何でしょうか?

石橋:モチベーションにしているのは「テクノロジーやサイエンスの視点でマテリアルを探求する」ことです。今回の作品も、漆という伝統工芸が持つ技術や美学をテクノロジーの視点から追求していて、これまで手がけてきた作品の多くもこのモチベーションから生まれています。

高校生の頃は、SF作家になりたくて、遺伝子や生物の進化、バイオテクノロジーなど、人間ひとりでは観測しきれないようなスケールの大きい「生命」の変化に興味を持っていました。大学では遺伝子治療や再生医療といった分野を勉強していたんですが、「もう少し表現的なことをしたい」と思っていたんです。

そこで出会ったのが、前回のメディア芸術祭アート部門で優秀賞を受賞した、岩崎秀雄教授が率いる、早稲田大学生命美学プラットフォーム「metaPhorest(メタフォレスト)」です。僕は今も在籍しているんですが、ここには生命科学に興味があるアーティストや、アートに興味がある科学者が所属しています。メタフォレストに入ってからは、バイオアートと呼ばれる生物学の技術や知識を用いたアート領域の作品をつくり始めました。

たとえば、人間の手によってフナから品種改良された金魚に逆品種改良を施して再びフナの姿に戻す『金魚解放運動』という作品を大学院の頃にスタートしました。その後、広告会社に入社してからは仕事を通じて、SNSマーケティングやAIによる表現という新しい領域に出会い、Twitterのトレンドワードからリアルタイムに詩を生成するAI『バズの囁き』などの作品を発表しています。

金魚解放運動

『金魚解放運動』。金魚に逆品種改良を施し、その祖先である野生のフナ姿へと戻すことによって、人間の手から解放するプロジェクト。実際に5年以上かけて交配実験を行っている。
https://youtu.be/jxHg5Hmd0zo

『バズの囁き』

『バズの囁き』GengoRaw(石橋友也、新倉健人、吉田竜二、二口航平、吉田智哉)。Twitter上で日々生み出される「トレンドワード」を素材に、AIが発想し詩を綴り続ける作品
https://vimeo.com/362523338

金魚も漆もそうですが、それらが育まれてきた文化や技術を理解するためには、テクノロジーやサイエンスの視点を持つことが大切だと思っています。金魚や漆、現代社会を語るうえで欠かせないSNS……それらが、なぜこれほどまでに人類を魅了するのか。そこをテクノロジーの視点から探求していきたいとうのが僕の根本的なモチベーションになっているんです。先端テクノロジーで伝統的な素材を探求するというコンセプトで、プロジェクト自体を作品化した『between #4 Black Aura』は、僕にとって20代の集大成的な作品になったかなと思います。

複数の職人から生まれるアートの可能性

――石橋さんは第18回文化庁メディア芸術祭にて、『金魚解放運動』で審査委員会推薦作品に選出されていますが、メディア芸術祭についてはどんな印象を持っていますか?

石橋:メディア芸術祭は、『金魚解放運動』での選出や、メディア芸術クリエイター育成支援事業の支援を受けて『バズの囁き』を制作したりと強い思い入れもありますし、大学3年生の時に初めて展示を見に行って以来、すごく影響を受けています。

メディアアートは、ある種ブームでもあり、ビジネスとも深いつながりを持っています。そのため、大衆に向けたわかりやすい作品が受容されやすい一面がありますが、その中でもメディア芸術祭はある一定の品格を保っている。だから、メディアアートと呼ばれる領域のひとつの世界的な基準になっているのではないかと思います。

「ReKOGEI」はアーティストだけでなく、工芸や建築、CGデザイナーにフォトグラファー、公務員と、さまざまな分野から人が集まっていて、アートについてくわしいのは12人のメンバーのうち数人です。それでも、メディア芸術祭のことはみんな知っていたようで、受賞を報告したらすごく驚いていましたね。

メディア芸術祭は20回の開催を超えて、だんだんと新しいメディアやテクノロジーにまつわる作品を作っている若い人たちの甲子園、目指さざるを得ない場所のようなものになってきているのかなと思っています。そうすると、僕みたいな20~30代の作家は、今後自分たちで、それに替わる新たな発表や評価の場を作っていく必要もあるのかなと感じています。

――石橋さんは、2018年にメディア芸術クリエイター育成支援事業に採択され、今回、メディア芸術祭の優秀賞を受賞するという道を通ってきました。最後に、今作を通して感じた思いと、今後の制作について教えてください。

石橋:このプロジェクトを通して一番感じたのは、コラボレーションの可能性です。「between」シリーズは、漆職人や原型師、3Dデザイナー、フォトグラファーにレタッチャーなどさまざまな分野のプロフェッショナルが集まってできた作品です。つまり、この作品をひとりで全部つくれる人は、この世にいないんです。「複数のプロフェッショナルが集まって共同で作品をつくる」というスタイルは、これまでにももちろんありましたが、今後ますます進んでいくのではないかと思っています。

チームで制作時の様子

チームで制作時の様子(写真提供:工芸ハッカソン)

本シリーズの次回作として考えているのは、同じ手法を使った漆彫刻のコマ撮りアニメーションです。膨大な量の3D彫刻を1つ1つ漆塗りして、撮影してとなると莫大な予算と時間が必要なんですが(苦笑)。それでも、コラボレーションの力を信じてメンバーと一緒に挑戦していきたいですね。

「専門家が納得して驚き、専門外の人も驚く」という点はどの表現でも僕が共通して目指していることです。専門家が納得するけど、知らない人は全然わからないアートはたくさんあると思うし、その逆はエンタメやSNSの創作でたくさんあるので、両方を満たすことをやりたいと思っています。まぁ、それを目指すとすごく時間がかかるんですけどね……(笑)。

【文化庁メディア芸術祭】

文化庁メディア芸術祭はアート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門において優れた作品を顕彰するとともに、受賞作品の鑑賞機会を提供するメディア芸術の総合フェスティバルです。平成9年度(1997年)の開催以来、高い芸術性と創造性をもつ優れたメディア芸術作品を顕彰するとともに、受賞作品の展示・上映や、シンポジウム等の関連イベントを実施する受賞作品展を開催しています。
https://j-mediaarts.jp/

【第23回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展】
会期:2020年9月19日(土)~27日(日)
会場:日本科学未来館(東京・お台場)を中心に開催

【メディア芸術クリエイター育成支援事業】
メディア芸術クリエイター育成支援事業は、若手クリエイターの創作活動を支援することにより、次世代のメディア芸術分野を担うクリエイターの水準向上を図るとともに育成環境を整備しています。国内クリエイター創作支援プログラムでは 、文化庁メディア芸術祭の歴代受賞者(審査委員会推薦作品を含む)を対象に、新しい作品の企画を募り、制作費の支援をはじめ専門家からのアドバイスや成果発表の機会の提供など様々な形で企画の実現を支援します。また、海外の優れたクリエイターを招へいし、メディア芸術分野における国際交流を推進するとともに、交流機会を通じた国内クリエイターの育成を促し、日本のメディア芸術水準の向上と発展を目指しています。
http://creators.j-mediaarts.jp/

文:室井美優(Playce) 写真:高木亜麗 取材・編集:石田織座(JDN編集部)