クリエイターに聞く、「つくる」のこだわり―小野直紀×佐藤ねじ×辰野しずか トークイベントレポート

クリエイターに聞く、「つくる」のこだわり―小野直紀×佐藤ねじ×辰野しずか トークイベントレポート

つくってから届けるまで。ものづくりにおいて大切なこと

――次に「つくる時」というテーマでお話を聞いていきたいのですが、みなさんはたとえば質感や色、オリジナリティなど、制作する上で大事にしていることや決めていることはありますか?

小野:僕は締め切りギリギリのタイミングでも粘ることを大事にしています。一緒にやっている仲間や職人の方に「無理です」と言われることもありますが、やれる方法を探してもらいます。嫌がられているかもしれないのですが……(苦笑)。ただ、ここまでは無理だというラインは自分の中にもあって、でもやればやるだけクオリティは上がると思っているので、本当に無理だと思えるまではとにかく粘るようにしています。

小野直紀

辰野:私もやっぱり締め切りギリギリまで考えますね。いいものを出したいと思うので、結構胃を痛めながらやったりしています(笑)。

佐藤:僕の場合はクオリティももちろんですが、つくったものがどんなふうに届くかも重視しています。つくることに集中するあまり、届けるという部分まで細かく目が向かないことってあると思うので、そこはいつも意識していますね。

たとえば最後にシェアする時のTwitterの投稿文など、実はそここそおろそかにできない部分でもあると思うんです。提携的なリリースも必要ですが、SNSでどう届くかというところまで責任をもって考えられる方って比較的少ないような気がするので、僕もそこのプロではない分、すごく大事にしています。

――届くまでがクオリティということですね。小野さんや辰野さんはそのあたりはいかがでしょうか。

辰野:私はみなさんほど届けることについてはできていないかもしれませんが、少なくともこんな時代なので、写真のクオリティに関してはいつも意識しています。使っているシーンが浮かぶようなプレゼンテーションだったり、美しい見せ方だったり、そういう普通のことを大事にしていて、撮影ディレクションも自分でやることが多いですね。

辰野さんが手がけた、一昼夜おくだけで水がまろやかに美味しくなる備前焼のウォーターカラフェ「hiiro」。

小野:広告会社として届ける部分のプロではありますが、自分がやるよりこの人がやる方が上手くいくということもたくさんあるので、その場合は任せます。自分でつくるものには自分で責任を持ちつつも、自分がやらない方がいい部分のバランスも大事にしています。

少し話がずれるかもしれませんが、“伝える”ことと“伝わる”ことは違うと思っていて、必ずしもすぐ伝わる必要があるのかどうかは、自分の中でまだ熟成できていないポイントかもしれません。時間をかけて浸透していくような、即興的に話題になることとは逆の届き方って、とても大事だなと思っています。

「仕事」と「作品」をどう位置づけ、考えるか

――みなさん本業のお仕事がありながら、自主制作もされているという共通点があります。つくることの本質の部分につながりますが、仕事と自主制作のバランスをどのように考えていますか?

辰野:自主制作については以前からやりたいと思っていたのですが、コロナ禍で多少時間に余裕ができたこともあり、昨年からようやくはじめられました。クライアントワークは基本的に制限がある一方で、自主制作の取り組みは自分の中で実験だと思ってやっています。はっきりとした用途もなく、誰の得になるかわからないようなものもあるのですが、そういった中にこそあらゆる発見の要素が含まれていると感じます。

辰野さんによる自主制作作品「a moment in time -ume-」。展示会場の庭に生えていた齢60年ほどの梅の木からインスパイアされ、辰野さん自身が近年、興味をもっていた草木染めの技法で抽出した梅の木の色を、砂糖と水を煮詰めて閉じ込めた作品(photo: Gottingham)

辰野:たとえば飴のオブジェにもいろいろな実験要素があって、草木の季節や年齢、育った場所によって出る色の違いや、色を留めない変化するマテリアルとしての実験要素、さらにそういう一瞬のものに対峙した時に人が持つ印象など、さまざまな部分に興味があり、あえて自分ではコントロールできない素材に触ってみたかったんですよね。普段のプロダクトの仕事ではまず扱わない題材なので、自分の新たな発展につなげたくてやっている面もあります。

佐藤:僕は、会社に勤めていた時は仕事以外でつくるものは作品という感覚が強かったんですが、独立してからは特に、作品も仕事の一部のような位置付けです。そういう中で、最近はいい企画があったとして、どこから出るとよりいいかを考えるのがおもしろいですね。

たとえば絵本に関する企画なら、自社からももちろん出すことはできますが、絵本専門の出版社の方がより良い形で出せるかもしれません。アイデアの嫁ぎ先じゃないですが、「この子がどこから出るといちばんいいだろう」という感覚に近いというか。技術と出会い待ちで、企画書を用意して温めておくということはよくやっています。

くらしのひらがな

ねじさんの自主制作作品「くらしのひらがな」。日常生活の中に“ひらがな”を配置し、子どもに楽しみながら自然と覚えてもらう「空間あいうえお表」。

――アウトプット先ということですね。小野さんは、自主制作と仕事のバランスの考え方はどうでしょうか。

小野:ハンナ・アーレントという思想家が、仕事を「労働」「仕事」「活動」の3つに分けて考えていて、簡単に言うと、「労働」は生きるためにご飯を食べるため、「仕事」は誰かの目的を達成するため、「活動」は自分のアイデンティティを示すためということなんです。僕は、YOYについてはなるべく労働の要素を省こうという気持ちでやっているんですが、博報堂やそれ以外で仕事をする時は、この労働と仕事と活動の要素がすべて入るようにしています。これらが全部入ったものは「作品」と呼べるんじゃないかと僕は考えていて、最後の活動の要素が入らなければ、それは単なる仕事だと思うんです。仕事を作品と呼ばないタイプの人もいると思いますが、僕はこの3要素が入っていれば作品と呼んでいます。

YOYの作品「PUDDLE」。水たまりに咲いた一輪の花の風景を生み出す花器。

人間らしさや楽しさを忘れず次世代のものづくりに取り組む

――ここ数年、画像生成AIなどの実用性が高まったり、3DCGやVRが誰でも使えるようになってきたりと創作においても変化がありますが、ご自身の制作にまつわる今後の変化をどう捉えていますか?

小野:「design」と「designer」の差分が何かというと「er」なんですよね。つまり「人」です。僕はデザインするのはAIでも機械でもいいと思っています。デザインをする「人」がデザイナーであって、デザインをするAIや機械はデザイナーではないと考えています。たとえ道具やデザインする主体が新たに生まれたとしても、人は新たには生まれないので、人として何を提示していけるかだと思っています。

たとえば、倫理や文化みたいなものをAIや機械が考え出すのはまだ先のことだと思うので、当面はその辺を考えながらものづくりをしていくでしょうね。

佐藤:僕は振り返りが好きで、これまでやってきたことを振り返りながら、どんな意味があったのか、その時によかったこと、悪かったことを整理して、じゃあここから2年、10年どう生きるかみたいなことはよく考えます。ここ数年の世の中の変化をみると、いまあるベースがいつ崩れるかはわかりません。だから、自分はクリエイターですが、デザインやつくることだけではない、複数の視点や立ち位置を持ちたいとよく思います。

それこそもっと遊ぶとか楽しく生きるとか、そういう部分も大事にしたいですね。制作環境におけるAIそのものについては、単純に有能な部下ができたという感じでありがたくもあり、どんどん進化していってほしいと思います。

佐藤ねじ

辰野:私も小野さんが話されたように、哲学や倫理が重要だと最近すごく考えるようになっています。研究者の方の話を聞くと、AIが人間に変わるようなレベルにまで達するのはかなり先のようですが、技術面でいろいろなことができるようになってきている中で、人間らしい感覚は絶対に代われない部分だと思っています。だからこそ自分の中身を育てたいですし、ねじさんと同じようにできるだけ楽しいことをして、仕事も楽しい中でやろうというのはここ数年の心がけでもあります。できるだけ人間のポジティブな感情を育てながら、ものづくりに取り組み続けたいですね。

――ありがとうございます。人間らしさを自分の中にたくさん増殖させつつ、自主制作にも仕事にも活かしていくことが大事かもしれないですね。

視野を広げることの重要性

――最後に、視聴者の方からみなさんに次のような質問をいただいています。「20代で知名度も業績もコネクションもない中で、どうキャリアを歩み、デザイナーとしてどう振る舞ったらよいかアドバイスをお願いします(20代・クリエイティブ職)」という質問ですが、みなさんの経験も踏まえていかがでしょうか?

小野:僕は社会人になったのが27歳で、YOYをはじめたのが30歳の時でした。それで感じるのが、人と違うことを一生懸命やることは一つ大事かなと思います。もう一つは、3年諦めないでやってみることですね。実際にYOY、monom、雑誌『広告』もすべて、3年は全力でやろうと自分の中で決めていました。3年やってみてダメだったら諦めようと。もう一つ補足するなら、行列には並ばないことです。僕自身早めに言葉の職人としてのコピーライターに見切りをつけたのは、先人たちが築いた名作の行列があったので、とてもかなわないとそこに並ぶのはやめました。

佐藤:短期的に2年3年と、どうモチベーションを保てるかがすごく大事だとは思いますが、時代とともにデザイナーそのものの形やニーズが変わっていく可能性もあるので、デザイナーがデザイン畑だけにいるのは危険な気がしています。だから仕事以外でも意識してさまざまな情報を得て、いろいろな人と接することは視野を広げる意味でもとても大事だと思います。ここ最近、国内外問わずたくさんの人たちと話すようになって特に感じるので、賞も大事だけど、もっといろいろなことがあると20代の自分にも言いたいですね。

辰野:少なくとも私も独立したての頃は、ほぼコネクションはなかったですね。海外の大学を出ていたこともあって、同級生も先生もいない状況で、ただひたすら工芸の世界のデザインをしたいという理由でがむしゃらにやっていました。でもちゃんと見てくれている人がいることにだんだん気付きはじめ、そうしたら思いがけない賞をいただきました。あまりに思いがけない出来事だったので、知らせをもらった瞬間に号泣しました。そのくらい追い詰められていた部分があって、その点では質問者の方と境遇が似ているかもしれません。でも自分がやりたいと思ってやっていれば、必ず誰かが見てくれているはずです。

一方で、いまはこんな時代なので、これまでのオーソドックスなデザインの世界だけを見る必要はないとも感じています。もし違うかもと思ったら、より広い視野を持ってデザイン以外の何かに取り組んでみるのもありかもしれません。必ずしもデザイナーとして何かやろうとしなくても、大事なのは何がしたいかなので、それに自然と評判はついてくるもの。個人的にはそんな気がしています。

――視聴者のみなさんのヒントになるお話がたくさん聞けたと思います。本日はありがとうございました!

アーカイブ動画

文:開洋美 編集:石田織座(JDN)