「東京ビジネスデザインアワード」審査委員が語る、ものづくりの未来(1)

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「東京ビジネスデザインアワード」審査委員が語る、ものづくりの未来(1)

企業とデザイナーのマッチングを目指すコンペティション「東京ビジネスデザインアワード(以下、TBDA)」をご存知でしょうか?

TBDAは、都内のものづくり中小企業が持つ技術や特殊な素材などをコンペの「テーマ」として募集・選定をおこない、選定されたテーマに対して「新たな用途の開発等を軸とした事業全体のデザイン」をデザイナーから「提案」として募り、優れた事業提案の実現化を目指していくコンペティション。

東京都が主催し、公益財団法人日本デザイン振興会が企画・運営をおこなっているもので、2012年のスタート以来、企業テーマは延べ100件以上、デザイナーからの提案は延べ1,300件以上、マッチングしたものから20件以上の商品化や協働事例が生まれています。

(左)2014年度最優秀賞:FROM NOWHERE(右)2020年度最優秀賞:さかなかるた

2012年にスタートしてから11年目。企業とデザイナーによる「ビジネスの化学反応」をめざすTBDAはどんなコンペなのか。そしていまの時代に、どんなデザイン・事業提案が求められているのか。審査委員を務める山田遊さん、宇南山加子さん、坊垣佳奈さんの3名にお話をうかがいました。

ものづくりのプロセスを審査委員が見守る、ユニークな仕組みのコンペ

──はじめに、みなさまの普段のお仕事についてうかがえますか。

山田遊さん(以下、山田):僕はフリーランスのバイヤーをしていて、2007年に「method(メソッド)」という会社を立ち上げました。お店づくりを中心に、メーカーさんのブランドづくりをしたり、企業の経営改善に関わったり、産地でイベントをやったりと、「モノにまつわることをなんでもやる」というスタンスで仕事をしていまして、昨年からTBDAの審査委員長を拝任しています。

山田遊 南青山のIDÉE SHOPのバイヤーを経て、2007年「method」を立ち上げ、フリーランスのバイヤーとして活動をはじめる。現在、株式会社メソッド代表取締役。おもな仕事に、国立新美術館ミュージアムショップ「スーベニアフロムトーキョー」「21_21 DESIGN SIGHT SHOP」「GOOD DESIGN STORE TOKYO by NOHARA」「made in ピエール・エルメ」「燕三条 工場の祭典」など。

宇南山加子さん(以下、宇南山):私は台東区でデザイン会社を経営していて、ホテルやレストランなどの商品開発やブランドづくりをするコンサルティングをしています。また、オリジナルの「SyuRo(シュロ)」というブランドでは、職人さんの手仕事や失われつつある伝統技術、福祉作業所などと協働してプロダクトの企画開発をしており、それらを発表する場としてセレクトショップも経営しています。

宇南山加子 1999年にSyuRoを設立。町工場が多く残る東京・台東区を拠点に活動。生活で使い続けることのできる道具を日本の伝統や職人の技術、それらをSyuRoのフィルターを通して、日常のデザインプロダクトとして提案している。デザイン事業をはじめ、他社製品の企画やプロデュース、またオリジナルブランドを卸販売して、世界各国で展示会を実施。東京の東側を拠点とし直営店とギャラリーの運営もおこなう。

坊垣佳奈さん(以下、坊垣):私は、共同創業者と共に、2013年からアタラシイものや体験の応援購入サービス「Makuake(マクアケ)」の運営を始めました。日本のクラウドファンディングは、東日本大震災を契機に寄付として活用されることが多かったのですが、世界的にみると、起業支援やプロダクトの新規開発で多く使われていました。そこで、地域に根ざしたものづくりを、先行予約販売の仕組みを持つ「Makuake」で購買体験を通して応援したいと考えたんです。

たとえば近年では新しい日本酒をつくるプロジェクトも多く、これまで500以上実施されており、私自身も全国の生産地を訪れたりしています。コロナ禍によってオンライン販売をはじめる作り手が増えたこともあり、日本各地にあるいいものを広く知ってもらうお手伝いができればと考えています。

坊垣佳奈 2006年に新卒で株式会社サイバーエージェントに入社。子会社である株式会社サイバー・バズの立ち上げに参画し、同社の取締役に就任。その後、ゲーム関連の子会社を経て、2013年に株式会社マクアケの立ち上げに共同創業者・取締役として参画。金融機関や自治体と共に地方創生も手がける。

──山田さんはこれまでTBDAの審査に6回参加されています。ほかのコンペで審査委員を務めることも多いと思いますが、このコンペにはどんな印象をお持ちですか?

山田:一言でいうと「変わったコンペ」ですかね(笑)。グッドデザイン賞の審査委員なども務めさせていただいていますが、TBDAは若手デザイナーが対象というわけでもなければ、企業が対象というわけでもなく、その両方を募集してプロダクトやブランドの実現化をめざすもので、一般的なデザインアワードとはまったく違う。長く続いているわりにはほかに競合もない、不思議なコンペになりつつありますが、それが個性になっているのだと思います。

──宇南山さんと坊垣さんは、2021年度にはじめて審査委員として参加されましたね。

宇南山:TBDAはエリアが東京に限られているので、東京の産業があぶりだされるところが興味深いなと思いました。全国的に中小企業の後継者不足が課題になっていますが、東京でもやはり同じ課題をお持ちなのだということもわかりました。あと、東京はデザイナーさんの数が多いので、提案も多岐にわたりますし、商圏も広がっていく可能性が大きいので、そこは期待しているところです。

坊垣:私もビジネスコンテストの審査をしたり、企業や大学生の事業プランを見せていただく機会がよくありますが、一般的なビジネスコンテストはアイデアを評価して終わり、というところが多いんです。でもTBDAは、企業とデザイナーをマッチングし、プロダクトを生み出すところまで見ている。本質的な課題に向き合った仕組みだなと感じました。

授賞式の様子

坊垣:「Makuake」でもよく、BtoBからBtoCの事業をはじめる事業者さんのチャレンジをご一緒していますが、完成品があるところからのスタートなので、その手前からサポートしたいという思いがあったんですね。そうした課題にも取り組めるコンペだなと思いました。

山田:僕もメーカーさんやデザイナーさんから提案をいただく機会が多いのですが、完成した製品を見ることがほとんどのため、決めきっていない余白のある状態で見せてほしいという話はよくしています。基本的にバイヤーはイエスかノー、つまり「仕入れる」か「仕入れない」かでしか答えられないんです。そうすると、ものはいいけど価格が合わないとか、色やサイズ展開に問題があるといった些細なことで「ノー」になってしまうケースが多い。

でも、その前から関わることで、ちょっとしたボタンの掛け違いみたいなところを修正できて「イエス」となるかもしれません。それは実際に感じていたことなので、プロセスを審査委員が見ることができるTBDAの仕組みは、とても意義があると思っています。

東京ビジネスデザインアワード ワークショップの様子

過去に開催された、企業とデザイナーの協業ワークショップの様子

ほころびを感じさせない「売れる」商品の共通点

──2021年度は、7月に企業から募集した「テーマ」を審査し、11月にデザイナーから公募した「提案」を審査。翌年1月にテーマと提案のマッチングが決定して2月に最終審査がおこなわれ、そこから企業とデザイナーの本格的な協働へ進む、という流れでしたね。

TBDA全体の流れ(2022年度版)

坊垣:企業やデザイナーは、参加した年度と翌年の2年にわたるプロジェクトになります。審査委員もとても細かく過程を見ていくことになるので、生半可ではできないと思います。あと、どんなプロジェクトでも主催や運営側が本気でいいコンペにしたいと思っているかどうかで変わってくるもので、特にTBDAの場合は日本デザイン振興会のみなさんの熱量をすごく感じて、なんだか巻き込まれていくんです。

宇南山:母性がすごいですよね(笑)。

坊垣:そうそう。女性スタッフが多いからか、ずっと母のように見守っている(笑)。でもそれってとても大事なことだと思います。

山田:審査委員も、デザイン会社とショップを経営する宇南山さん、クラウドファンディングの坊垣さん、PR&コミュニケーションディレクターの小池美紀さん、デザインイノベーションを手がける石川俊祐さん、デザインマネジメントが専門の日髙一樹さんと、それぞれ専門領域が違う。そうしたさまざまなプロフェッショナルの知見を、デザインアワードという形で得ることができるのは大きな特色だと思います。

──2021年度は、選考した企業12社の「テーマ」に対し、155件の「提案」が集まり、両者をマッチングした11件が「テーマ賞」に決定しました。あと一歩で賞に選ばれたかもしれないという惜しいデザイン提案は、うまくいった提案と何が違うと思われますか?

宇南山:システムや技術は優れているけど、もし色や柄が違っていたらもっと広がったんじゃないか、と思う提案はありました。色や柄の印象で、販売先が限られてしまうので。

山田:プロダクトやブランドをつくるにはコンセプトも大事ですが、ディテールやパッケージ、価格設定も含めて相当細かいところまで見て考えて、各要素を水準以上のクオリティーでつくり込まないといけません。「この柄がちょっと気になる」といった不安要素がひとつあるだけで、一気に売れ方が変わってしまいますからね。売れているものってそういうほころびを感じさせない、完全無欠なプロダクトでありブランドなんだと思います。だから審査では、「惜しい」というより「足りない」と感じることがよくありました。

坊垣:売れるものには、基本機能とオリジナリティの両方が必要だと思います。私は「2階建て理論」と呼んでいますが、たとえば食品だったら、おいしさという基本機能が1階部分で、2階部分にベネフィットの提供につながるオリジナリティが付加されることで差別化でき、「買いたい」と思ってもらえる。それが、オリジナリティを追求するあまりに基本機能が足りなくなることって、けっこうあるんですよね。

山田:もちろん、プロトタイプをつくる過程で精度を上げていくこともできますが、最初の設定に甘いところがあると、届くものも届かなくなってしまう。そこは最初から完成度が高いほうが、より高いレベルまで到達できるのだと思います。

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