誰も取り残すことなく同じ体験を分かち合いたい―「心がときめく五感サイン」開発プロジェクト(2)

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誰も取り残すことなく同じ体験を分かち合いたい―「心がときめく五感サイン」開発プロジェクト(2)

前例のない音のサインはやがて施設の日常へ

――音のプロフェッショナルの知識と経験を結集させてでき上がった食事時のサインですが、実際に流してみた時の現場の反応はいかがでしたか?

西中:最初は本当に緊張しましたね。実施前に利用者のみなさんには音のサインが流れることを告知していましたが、音を聞いて拒否反応が出てしまう方がいたらどうしようと不安でした。しかし流してみると誰も拒否反応を示すことはなく、1カ月もするとまるで前から音のサインが存在していたかのような受け入れ様。加えて、音のサインを導入したことで食事の終了が格段にスムーズになりました。

西中:今回「食事前」「食事終了15分前」「食事終了5分前」の3つのサインをつくってもらったのですが、利用者とスタッフが同じ音を聞くことで共通の目的を持ちながら過ごすことができています。

大泉障害者支援ホーム[夕食の様子]

鶴谷:いままでは食事の時間になったらスタッフの方が利用者の方を呼びにいって、時には急かしながら食堂まで連れてくることもあったのですが、音のサインができたことで利用者の方々が自主的に食堂まで来るようになったそうです。

これってお母さんに「宿題しなさい!」と催促されてやるのと、自らの意志で宿題をする違いに似ていると思っていて。利用者の方も人に言われてしょうがなく食べるのと、サインに気づいて進んで食べるのでは達成感がまるで違うと思うんです。音のサインが施設で生活するみなさんのストレスを緩和する一助になれてとても嬉しいです。

丹青社 鶴谷真衣

田村:音のサイン導入後、食事時間を見学させてもらった時に面白い発見がありました。音の使い方が人によって違っていたんです。当初「食事終了15分前」と「食事終了5分前」のサインは食べ終わりを促すための音を想定していました。しかし、食べるのが早い人は「食事終了15分前」の音を聞いてから食べはじめるなど、私たちが想定していなかった使い方がされていて、音のサインの可能性を実感することができましたね。

広がりつづける音のサインの可能性

――第1弾の食事時のサインが成功し、第2弾は「朝のサイン」に挑戦したとのことですが、どのような工夫を施されたのでしょうか?

畑中:第2弾は朝の6時から8時までの2時間、施設内に流れる曲をつくりました。基本的には鳥のさえずりや風の音といった自然の音をベースにしながら、10分おきに「パラララン」と音が流れ、時間の経過がわかる構成にしました。ですので、聞く人によって「この音が鳴ったらこれをしよう」と使い方を自分なりに工夫できる曲になっています。また時間の経過に合わせて鳥のさえずりの密度が濃くなっていくので、自然と活動的な気持ちになるように作曲しました。

大泉障害者支援ホーム[朝のサイン]

田村:第2弾は食事時と違って長尺のサインなので、途中で音量調節をすることができません。そのため作曲の段階で細かく全体の音を調整しながらつくりあげていきました。音には気づくけど、うるさいとは感じない。その塩梅を探るのが大変でしたね。

――施設のみなさんの反応はいかがでしたか?

西中:私含め、スタッフからの喜びの声が大きいですね。夜勤明けは眠気と疲労感で気分が下がってしまいがちなのですが、この朝の音を聞くと「朝が来た!一晩乗り越えたぞ!」と達成感に満ちあふれるんです(笑)。おかげで爽やかな朝を迎えることができています。また、施設には光を感じられない方もいらっしゃるので、そういった方々にとっても朝起きる目安の音になっていますね。

西中宏子

五感サインが当たり前に存在する世の中に

――着々と音のサインを生み出しつづけているみなさんに、今後の展望をうかがえたらと思います。

鶴谷:まだトライアル段階ではありますが、大泉障害者支援ホームさんでみなさんが同じ方向を向いて時間を共有できるサインをつくることができました。このトライアルを通して、音のサインの可能性を実感し、もっと多様な場所でも役立つ存在になるはずだと自信を持つことができたと思います。

引き続き大泉障害者支援ホームさんの協力のもと五感サインを生み出しつつ、また違うジャンルの施設とも協働して音のサインの可能性を広げていけたらと考えています。そして最終的にビジュアルサインと同じくらいほかの五感サインが当たり前な世界にしていきたいですね。

空山:私も鶴谷さんと同じく、音の可能性をもっともっと広げたいと考えています。例えば、聞くといじめが起こりにくくなる音、聞くと血圧が下がる音、聞くと味が変わる音など、音が人に与える影響はまだまだ計り知れません。鶴谷さんたちとも共創しながら、社会の中で音をどのように活用すれば人々は幸せになるのか模索していきたいと思います。

畑中:音を活用できる余地は街のいたるところにあると思っていて、中でも空港のサウンドデザインはぜひやってみたいですね。空港は言語の異なる人や、移動に慣れた人とそうでない人などさまざまな状況の方が行き交う場所です。そんな多様性の豊かな場所でこそ、同じ体験を共有できる音が必要になるのではないかと考えています。

田村:音は世の中にあふれていて、常に何かが聞こえている状態が当たり前ですが、同時に良くない音質のものも多く存在しています。聞こえなくてもいい音が大きかったり、聞きたい音が聞こえにくかったり。サウンドデザインに携わる者としては、より良い音を増やしていくことで人々が快適に過ごせる環境をつくり出したいです。

右から2番目は大泉障害者支援ホームの大津律子さん

文:濱田あゆみ(ランニングホームラン) 撮影:井手勇貴 取材・編集:石田織座(JDN)