自分がやりたいことを続けていくための、「呼吸法」を見つける-桑沢生が学ぶ「デザイン学」

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自分がやりたいことを続けていくための、「呼吸法」を見つける-桑沢生が学ぶ「デザイン学」

1954年、日本初のデザイン学校として誕生した桑沢デザイン研究所(以下、桑沢)。ドイツの芸術学校「バウハウス」をモデルにした最先端のデザイン教育を実践し、世界を舞台に活躍する優秀なデザイナーを輩出してきました。そんな桑沢に来年4月から夜間附帯教育の新コース「基礎デザイン専攻」が開講します。

基礎デザイン専攻のもととなる、共通学科「デザイン学」は、創設者の桑澤洋子さんがデザイナー育成に必要だと考えたもので、技術を助ける知識や教養を身に付けることができます。前回の記事では、カリキュラムの立て方やデザイナーが持っておくべき視点などについてフォーカスをあてました。

今回は、担当専任教員の御手洗陽さんと、集中講義で「ユニバーサル・デザイン」を担当する講師であり、同校の卒業生でもある髙橋正実さんに、デザインがこれからの社会のために果たすべき役割や、その先にある未来とはどんなものかなどのお話を聞きました。

デザインと社会のつながりを再発見する「デザイン学」

――改めてお聞きしますが、「デザイン学」とはどういった科目なのでしょうか?

御手洗陽さん(以下、御手洗):昼間部の学生全員が3年間にわたり、現代のデザインに欠かせない視点や発想、知識を学ぶ共通学科です。デザインの歴史や生活に根付いた文化を知り、デザインと社会とのつながりを再発見することを目標にしています。プロダクトデザインやファッションデザインなどの専門学科で身に付けたスキルを社会で活かすために、デザイン学で教養を学び、専門と共通の学習を結びつけます。そうすることで社会の問題を自ら見出し、解決するという、デザインの力が養えるんです。

デザインに特化した質の高い教養を主眼に置きながらも、デザイン界だけにとどまらない幅広い視点で練られたカリキュラムは桑沢ならではだと思います。1年次の「デザイン概論」「近代デザイン史」といった基礎知識を土台に、2年次には「文化論」「メディア論」「人類学」「認知科学」といった専門的な視点を重ねて理解を深めます。そして3年次には、デザインに関わるさまざまな業種の講師による「デザインの視点」などの科目で、自分なりの問題やテーマを見つけ出していきます。

御手洗陽: 桑沢デザイン研究所デザイン学分野責任者

御手洗陽: 桑沢デザイン研究所デザイン学分野責任者

共働の経験ができる、実践的な授業

――髙橋さんは、3年次の「ユニバーサル・デザイン」という授業を担当されていますが、どういった授業なのでしょうか?

髙橋正実さん(以下、髙橋):講義と実践的なチーム演習をセットにした、最終報告を含めて5日間の集中講義です。授業ではまず、これまでに私が取り組んできた「見えないデザイン」と称する社会をデザインする概念や、未来を創造する仕組みについて考えてきたことをお話します。

たとえば、これは私が空間デザインを担当した「成田国際空港第一旅客ターミナル中央ビル」の事例です。

成田国際空港第一旅客ターミナル_Design by. Masami Takahashi 〈MASAMI DESIGN〉

成田国際空港第一旅客ターミナル_Design by. Masami Takahashi 〈MASAMI DESIGN〉

成田国際空港第一旅客ターミナル_Design by. Masami Takahashi 〈MASAMI DESIGN〉

成田国際空港第一旅客ターミナル_Design by. Masami Takahashi 〈MASAMI DESIGN〉

髙橋:南北のウイング双方、幅30mの巨大壁面等を含む成田空港最大の空間を使い、世界の玄関で日本の伝統やさまざまな技術などを紹介することも含めてデザインしました。金箔と銀箔で表現した金魚のモチーフは、桑沢時代に手描きで描いたもの。対面の空間には北斎画のコラージュのパネル群を展開し、近代へ繋がる多くのものごとを金魚が浮遊して案内をしているイメージです。過去と未来と現在をつなぎ合わせる存在として空間をデザインしました。

髙橋正実さん

髙橋正実:有限会社マサミデザイン 代表取締役。クリエイティブディレクター・アートディレクター・デザイナー

また、「ラーメンフォーク」という食器をデザインして、新しい食の楽しみ方を提案したり、「ヒト・コト・モノ」「ブランドストーリー」「特殊印刷特殊加工」「社会の問題解決」「社会のデザイン」などの言葉や概念を作ったりなど、社会に新しい価値観を生み出すことを考え、社会が活性化していくことを念頭に仕事をしてきました。

こういった事例や考えを学生と共有したうえで、後半のチーム演習をスタートさせます。演習では、専攻分野を混合した200人ほどの学生が13~14のチームに分かれて、今の社会の問題を解決するための「社会のデザイン」を提案してもらいます。

――提案にいたるまで、学生たちはどんなプロセスをたどるのでしょうか?

御手洗:まず条件として、アイデア出しやリサーチをして提案の形にするまで、与えられた日数は実質的にはたったの2日間。しかも、チーム分けはくじ引きで決めるので、ほとんどが今までしゃべったことのない人ばかりです。そんななかで、メンバー同士のスケジュール調整も含めてみんなで話し合って決めていきます。もちろん、その間はほかの授業も同時にこなさなければいけません。

髙橋正実さん

ユニバーサル・デザイン 授業風景

ユニバーサル・デザイン授業風景

ユニバーサル・デザイン授業風景。チームでどんな提案をするか話し合っていく。

御手洗:時間がないなかで、いかに工夫して実行していくか…桑沢が実践的と言われる所以は、常に締め切りがあることだと思っています。普段から、毎週、それぞれの科目で課題が出て、とにかく期日までに仕上げる。そのスキルが、ここでも試されるんですね。

髙橋:学生からは、「違う分野の仲間と共働が経験できてよかった」という感想も多く聞きますよね。分野によって考え方やプロセスが違うからこそ新しい発見があるし、それぞれが得意なことをきっちり担当するという責任感も芽生えます。

御手洗:もちろん、人によっては「本当はこうしたかったけれど、自分の意見が通らなかった」ということもあるでしょう。でも、そういったことは社会に出ると当たり前にあります。だから、卒業を控えた3年生が学生のうちに経験できる意義は大きいと思っています。

――実際、授業ではどんなデザインの提案がありましたか?

御手洗:今年は、選挙のリデザインの提案が2チームからありましたね。「選挙について考え直さなきゃいけない」「自分たちの世代が選挙に行くようになるにはどうしたらいいのか」。その提案の一つに、Twitterで選挙できるようにしようというアイデアがありました。Twitterを使っているのは若い世代が中心ですから、つまりTwitterを使わない高齢者は弾き飛ばしてしまおうという……。極端ですけど、おもしろい問いかけですよね。

髙橋:まさに一つの社会のデザインですよね。

実際に授業で発表された提案・「桑沢選挙委員会」 <br />メンバー:ダミーダミーダミーダミーダミー

実際に授業で発表された提案(報告チーム名「桑沢選挙委員会」)

御手洗:ほかには、街中のアートが社会に影響を与えるんじゃないかという発想の元に生まれた、ファッションビルの壁面に設置したアートボードの使い方の提案がありました。親しみのあるキャラクターを登場させて、「このキャラクターがいるスペースには、みんなが自由に描いていいんだよ」という仕組みを考えたようです。絵の中身を考える前に、まず「絵を社会の中でどう機能させるのか」「街のどこに置くと何が起きるのか」といったことがしっかりデザインされていて、驚きました。

実際に授業で発表された提案・「UDA PROJECT」

実際に授業で発表された提案(報告チーム名「UDA PROJECT」)

髙橋:デザイン的な発想から、社会の問題解決を全チームのメンバーが真剣に考えてくれていてすばらしいなと思いました。

時代の流れに呼応し、「社会のデザイン」が“自分ごと”になっていく

――ではここで、髙橋さんの授業が始まった経緯を教えてください。

御手洗:髙橋さんにお声がけしたのは、2010年でした。ちょうど私が桑沢の非常勤講師から専任教員になった頃で、当時の所長である内田繁さんから「合同講義を見直したい」と相談を受けたんです。そのときすでにユニバーサル・デザインの授業はあり、髙橋さんも講師のひとりに含まれていたのですが、全体としては毎回講師が変わるオムニバス形式で展開していました。

ユニバーサルに関する情報をたくさん知ることはできるのですが、受講する学生が概念や考え方の共有をしやすい内容にしたくて、制作するときの発想が自然に「ユニバーサル」になっていた髙橋さんに、科目全体の担当をお願いすることにしました。

髙橋:2010年以前の講義にもずっと参加していましたが、当時いろいろな講師がいた中で、私はあの時代的には一番、話すことが海のものとも山のものともわからない存在だったと思います(笑)。私の講義はユニバーサル・デザイン然としていないというか、たとえば、靴を脱いで敷居をまたいで入るところにほっとするとか、それ自体がユニバーサル・デザインだというような話を学生に伝えていました。こういうことはほかの先生の授業ですと、「段差はNG」といった教え方をされていたと思います。

御手洗:そういった授業を拝見していたので、「ユニバーサルな発想でデザインしている髙橋さんがいい」と思いました。髙橋さんは、ユニバーサル・デザインの概念が出てくる前からすでに実行していたと思うんです。たとえば髙橋さんがつくった「キューブカレンダー」は、特殊印刷を使って文字のインキを盛り上げた「視覚障がいのある人も、そうでない人も楽しめる」がコンセプトのカレンダーです。決してこれは目が見えない人のためだけにつくっているのではないんです。

キューブのため6面あり、ひっくり返せば1年分になっている、ユニバーサル・デザインという言葉がまだ使われていない時代に「障害を持つ方も、そうでない方も、使えるものを」という考えから様々な工夫で誕生したプロダクト

キューブのため6面あり、ひっくり返せば1年分になっている、ユニバーサル・デザインという言葉がまだ使われていない時代に「障がいを持つ方も、そうでない方も、使えるものを」という考えからさまざまな工夫で誕生したプロダクト

御手洗:一緒に出かけようとしたときに目が見えても見えなくても、このカレンダーを使いながら「じゃあこの日に行こうか」と、お互いに出かける日を決められるのは障がいのあり方に関係なく自然なことだなと。それが普通のカレンダーだとできないだけなんですよ。ユニバーサルフォントも同様で、点字は読む訓練をしないといけませんが、キューブカレンダーのように文字のインクを盛り上げたフォントの提案がありうるんじゃないかとか。髙橋さんはそういうことを普通にデザインとしてやっているんだと思います。

――学生の反応は、年月とともに変化していますか?

髙橋:毎年、提案がブラッシュアップされている実感はあります。でも実は、この授業を立ち上げた当時は、学生たちが「社会の問題解決策としてのデザイン」という発想方法を通して社会の中で展開していくには何十年もかかるんじゃないかと思っていたんです(苦笑)。

ユニバーサル・デザインの講師となる以前にも、別のデザイン講義や単発のユニバーサル・デザインの授業の際にも一貫して同じ内容を学生に伝えてきましたが、長くこのテーマを掲げてきた自身と、社会にも大きな変化があったのは2011年の東日本大震災のあと。震災を目の当たりにして、学生たちが「社会のために」「日本のために」「地域のために」……さまざまな視点でデザインを考え始めたんです。これまでのデザインの概念が、一気に塗り替えられていくのを経験しましたね。震災は大きな悲しみを生みましたが、学生たちに新たな意識を芽生えさせた出来事だったと感じます。

御手洗:そうですね。若い世代の人たちが、「社会を良くしたい」と抵抗なく言えるようになったのは、非常に大きい変化だと思います。

「問題解決はまずデザイナーに相談」が、当たり前になる未来

――桑沢の卒業生でもある髙橋さんにお聞きします。在学中に見つけた、今でも大切にしていることはありますか?

髙橋:桑沢時代からずっと思っているのは、「すべては繋がっている」ということです。すべてとは、過去から現在、そしてデザインした先にある未来まで。だから、現在の視点から時空を超えて将来の夢を語ったり、起こり得る問題の解決策を考えたり。そして、想像した未来から逆算して、今やるべきことを考えるということを繰り返してきました。この一連の流れは、個人的に幼い頃から頭の中で訓練のように発想してきた流れではありますが、桑沢時代にも訓練ができていたのだと思います。

もちろん、そのほかにも桑沢で学んだことは、すべて今の仕事に繋がっています。デザインを型にはめずに考える訓練をしてきたので、お声がかかる案件も「前例のないケース」が非常に多いんです(笑)。仕事の仕方をデザインするところから関わっていく案件を複数同時に進めている状態ですが、これも桑沢時代にいろんな課題をパンクせずに同時に進めていくスキルを身につけた結果ですね。自分がやりたいことをずっと続けていくための、非常に息の長い「呼吸法」のようなものも学んだように思います。

――では、最後に。お二人が思う、学ぶことの意味は何でしょうか?

御手洗:一番は、自分が変化する原動力ですね。というのも、人はみんな、自分自身を変化させたいと思っているんじゃないかと考えていて。なぜなら、何も変わらないと自分が自分に飽きてしまうからです。特に若いうちは気持ちの変化が視覚的にも顕著に表れるので、学生に伝えることにも躊躇しなくなりました(笑)。

髙橋:変わらない自分に飽きる……その視点はありませんでした! ですが、人や社会をより良い方向に変化させていくための仕組みを創造することこそが、デザインを学ぶ目的だと思っています。多くの人が学んで、「社会の問題を解決したいとき、真っ先にデザイナーに相談する」。そんな時代になるといいなぁと願っています。

御手洗:もはや、ユニバーサル・デザインを超えていますね(笑)。ちなみに次年度から科目名を変える予定なんです。これからのデザイナーに求められるのは、問題のありかを自分自身の力で見つけて、問いかけていくことだと思います。同時に、自分の持つデザインのスキルを、社会のどこに適用して、何に取り組んで、何を変えたいのかを考えることが大切です。ものごとを多角的な視点で立体的に捉えるといった応用的なスキルは、基礎的な造形力があってこそ。それにいち早く気づいた人は、自分ならではの役割や価値を見つけられるのではないでしょうか。「デザイン学」は、そういった多くの気づきのある場でありたいと思っています。

取材・文:佐藤理子 撮影:中川良輔 編集:石田織座(JDN)

■基礎デザイン専攻
「デザイン学」の内容を凝縮した、デザインの見方を学ぶ「レクチャー&ワークショップ」と制作プロセスを体験する「プロジェクト」からなる夜間1年間のコース。
https://www.kds.ac.jp/curriculum/kisozoukei/kisodesign/
■桑沢デザイン研究所
https://www.kds.ac.jp/