日常の“再発見”から、デザイナーに必要な視点を育てる−桑沢の「デザイン学」が重視する基礎教養

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日常の“再発見”から、デザイナーに必要な視点を育てる−桑沢の「デザイン学」が重視する基礎教養

1954年の設立以来、優れたデザイナーを多数輩出してきた桑沢デザイン研究所(以下、桑沢)。2019年に創立100周年を迎えたドイツの芸術学校「バウハウス」のカリキュラムを基礎とした教育手法で、学生に限らず幅広い層に門戸を開いています。

これまでJDNでは同校の専門学科に注目してきましたが、今回は3年間を通じて学ぶ、「デザイン学」という共通学科を取り上げます。いまデザイン経営が謳われるなか、デザイナーに求められることは、技術だけでは十分ではありません。自分がつくったものを人に伝えるための土台になる、知識や教養を身につけるデザイン学とはどんなものでしょうか? 担当専任教員の御手洗陽さんと北田聖子さんに、教える立場からの視点を伺いました。

デザイン業界を生き抜くための「デザイン学」

――「デザイン学」は桑沢ならではの科目群ですが、その概要と特徴を教えてください。

御手洗陽さん(以下、御手洗):デザイン学では昼間部の3年間をかけて、すべての専門学科の学生を対象に講義を受ける機会を用意しています。デザイナーに必要な教養を身につけられるように、1年間に前後期2科目ずつ、計12科目が充てられています。ほかの芸術系大学や専門学校にはない共通学科で、そもそも実習中心の認識で入学してくる桑沢生に対し、デザインに携わる上での教養の重要性を伝える役割もあります。3年間で学ぶことをキーワードにすると「1年次:デザインに触れる」「2年次:社会・文化を知る」「3年次:自分なりの問題・テーマを見つけ出す」という流れになります。

(右)御手洗陽: 桑沢デザイン研究所デザイン学分野責任者(左)北田聖子:桑沢デザイン研究所デザイン学分野専任教員

デザイン学 受講の流れ

北田聖子さん(以下、北田):必要な科目を過不足なく設定しているため、どこから勉強すればよいか戸惑いがちな学生も、入学直後からスムーズに学べるコンパクトな内容です。専門のデザイン分野に分かれる2年次以降では、専門の学びの間をつないで全体を見渡す視点になる役割を担います。桑沢は専門学校なので即効薬のような教育も必要ですが、創立当時から実技だけでなく教養科目にも力を入れてきました。デザイナー育成にはデザイン学が必要だと説いた創設者の桑澤洋子さんの理念や、前所長の内田繁さんの談話にもそうした思いが込められています。

――これらの科目を学ぶことは、学生たちが社会に出た時にどんな効果をもたらすのでしょう。

御手洗:一般にデザインのノウハウというとき、直接見えることだけをイメージしやすいのですが、専門的に学んで身につけた技術を使い、デザインができることは何かを考え、社会へ向けて提案をするということまでが含まれています。60年代にパリで生まれた高級既製服も、時代の変化を街中で体験させた70年代日本の商業空間も、当時は新しい提案や問いかけでした。

だからデザイン学では「デザインができることは何か」を考えるために欠かせない教養を、みんなが共有できるように心がけています。さまざまな専門の視点から、これまでの暮らしを視野に入れ、いま現在の生活を知り、今後の社会を考える機会を用意することで、卒業生の未来を支援したいと思っています。

当たり前が当たり前でないことに気づく3年間

――では、そうした力をつける上で特徴的だと思われる科目を教えていただけますか。

北田:1年次では「デザイン概論」と「近代デザイン史」でしょうか。概論で現在のデザイン動向を広く知り、近代デザイン史では欧米と日本のデザイン史をそれぞれ学びます。日本の場合は、近代化の中でデザインが果たしてきた役割やデザイナーの職能が確立する過程などが中心ですが、デザイン界だけの単線的な説明にならないよう注意しています。

1年次で学ぶ「デザイン概論B」。講師のデザインジャーナリスト川上典季子さんと、デザイナーの吉泉聡さん。

1年次で学ぶ「デザイン概論B」。講師のデザインジャーナリスト川上典季子さんと、デザイナーの吉泉聡さん。

北田:歴史や概論と聞くと苦手意識を持つ学生も多いのですが、たとえば私たちが何の疑いもなく使っているA4紙のサイズひとつにしても、これは日本では戦時中に強制実施を経て普及した規格で、歴史的に見たら当たり前のことではないんです。そういった複雑な関係性を知り、今の当たり前が当たり前でなかった事実に気づけば、デザインの見方も変わります。その余白こそがデザインする余地なのだと実感し、さらに自分の興味対象と史実を繋ぐ力もつけていくことができると思います。デザインが思想や政治経済、科学技術と複雑に絡んで生まれたこと、その積み重ねで今があるのだと理解してもらうことが目標です。

御手洗:現在とは選択とその結果の集積ですが、まずは史実を通じて、今では当たり前になったそれらの選択にかかわってきたのがデザイナーなんだと学んでもらうわけです。2年次では、「文化論」を中心に「メディア論」や「認知科学」、「人類学」と広く視点を交流させ、日常を“再発見”する視点を身につけます。

2年次で学ぶ「メディア論」。講師は御手洗陽先生

2年次で学ぶ「メディア論」。講師は御手洗陽さん

御手洗:3年次では、再発見した日常への疑問や違和感を、自らの専門性や技術でいかに解決できるかを考えていきます。「デザインの視点」という授業では幅広い業種からゲスト講師に来ていただき、それぞれの仕事を共有して、卒制から卒業後にも繋がるテーマやヒントを見つけてもらいたいと思っています。近年、学生の関心が高いソーシャルデザインの分野はもちろん、学生は意識したことがなくても不可欠な分野の講師は必ず入れてバランスのいい人選となるよう注意しています。

3年次の「デザインの視点」。写真はプロダクトデザイナーの清水久和さんの回。

3年次の「デザインの視点」。写真はプロダクトデザイナーの清水久和さんの回。

今と歴史の学びを元に導き出す「再発見」の視点

――現在のカリキュラムになるまでには変遷があったと伺っています。カリキュラム作成にあたってどんな点を意識されましたか。

御手洗:以前のカリキュラムでは、学生はデザインを本格的に学ぶ前に、自分の限られた体験から科目を取捨選択しなければならなかったんです。それを当時の所長だった内田繁さんと話し合い、特に重要な核となる科目を抽出して教える今のカリキュラムへと再編しました。当時、内田さんが文化人類学的な視点の重要性を強く話されていたのですが、その科目は2年次の「文化論」になっています。

2年次で学ぶ「文化論」。講師はインテリアデザイナーの長谷部匡さん

2年次で学ぶ「文化論」。講師は内田デザイン研究所代表・インテリアデザイナーの長谷部匡さん

北田:先ほど出た“再発見”というキーワードがとても重要なんです。私も授業を考える上で大きな軸となりました。再発見とは多方面から見ることではなく、元からあったものを見直すスタンスですよね。

御手洗:そうなんです。当たり前すぎて見えなくなったものや環境を視野に取り戻す作業ですね。当たり前でないことが当たり前になる流れを遡り、当時と今の違いを学生に意識し続けさせる。かなり独特な知の作業が必要なので、教える僕らも日々勉強です。

3年次には、デザイナーに必要な著作権を学ぶ「デザイン法規」の授業もおこなわれる。講師は弁理士の渡邉知子さん。

3年次には、デザイナーに必要な知的財産権を学ぶ「デザイン法規」の授業もおこなわれる。講師は弁理士の渡邉知子さん。

――北田先生は3年次の「デザインリテラシー」を担当されていますね。

北田:はい。デザイナーとしてほかの人に言葉だけで伝える時に必要な、文章の読み書きについて考える授業です。デザインリテラシーの最初の課題は、「言葉じゃないものを言葉にする」ということをやっています。絵や画像を文章だけでいかに他者に伝えられるかという課題です。視覚情報を文章で説明するにはどんな工夫が必要か考えながら、それまでの自分の言葉の枠組みを疑い、再構築していく訓練になります。これもいわゆる再発見ですが、いかに自分のプレゼンが伝わっていないか、視野が偏っているかを認識できるようになるんです。

御手洗:言葉はデザイン学の講義の重要な要素なんですよ。デザイナーというのは自分のつくったものを自分の言葉で説明しないと、違った意味に曲解されてしまい問題になることもあるので。

北田聖子さん

北田聖子さん

社会に対して「問いを立てること」

――デザイン学では「問いを立てること」を重視されていますが、デザイナーが問いを立てることの強みとはなんでしょうか?

御手洗:デザイナーの仕事は提案することですが、そこに“造形力”を加えられる強みがまずあると思います。つくりながら探究できるので具体性がありますし、感覚も使って考えるので独特な思考プロセスになりますからね。また、ものを見せて提案するので、見る人に体験をふまえた言葉の理解を促すこともできます。一番大きいのが、社会自体をデザインできること。街での影響や使われ方、社会にどう作用させたいかまで考えることがデザイナーの問いにある面白さであり、特徴だと思います。

北田:少し抽象的ですが、問いを立てるとは、自分の中のぼんやりした違和感を言葉にすることかなと。考える方法なのだと思います。社会に出た時には、考える方法をいくつも持っている人のほうが強いんです。幅広い業界や領域の人々と仕事をするデザイナーには、違和感を問いという形の言葉にして、関わる人と共有できるようにすることが、手法として大事なのではないでしょうか。

――今年、デザイン学の内容をもっと広く伝えるために、ひとつの冊子がつくられました。中を拝見すると「学ぶ」という言葉があまり使われておらず、反対に「共有する」「触れる」といった言葉が多いように感じましたが、そういう部分は意識されていますか?

今年はじめてつくられた、デザイン学の冊子

今年はじめてつくられた、デザイン学の冊子

御手洗:僕のイメージだと、学校や教室はいわゆる「広場」のような感じなんです。僕たち教師は門番で、入口で鍵を開けてみんなが安心して中に入れるようにしておく。その広場に学生もデザインにまつわるさまざまな人に来てもらい、みんなでそこで起きていることを共有し、また夜になったらじゃあね、また明日と手を振って別れる……そんなイメージがあるからこそ、「共有」という言葉になるんだと思います。

――先生方が考える、デザイナーに必要な視点と姿勢を教えてください。

北田:桑沢は課題が多いので、時間内に一定のクオリティで提出するプロセスには次第に慣れると思います。でも、そこで疑問や理解できない点、違和感が生まれることがあるはずです。課題を完成させることとは別で、その違和感や問題意識をちょっと棚上げしておくというか、グレーゾーンのままで考えておく、そういう耐久力や持久力を一方で持っておいてほしいなと思います。それを支えてくれるのが教養だと思うんですよね。長い目で見た時に何か別のテーマに結びつくかもしれませんし、棚上げしておく力は必要かなという気はしています。

御手洗:これからの社会のなかでデザインは何ができるか、と考える姿勢でしょうか。長年、デザインでよい仕事をされている方は、提案したことが社会のなかでどう活きるのかまで含めてデザインを考えています。デザインができることはまだまだありますし、デザインが必要なのに行き届いていない分野も多いです。自分なりに活かせる場を見つけ、その第一人者になってほしいです。

御手洗陽さん

御手洗陽さん

デザイナーを目指さなくてもいい、重要なのは“デザインの体験”

――最後に、新たに開講される「基礎デザイン専攻」のご説明もお願いします。

御手洗:基礎デザイン専攻は、プロジェクトとレクチャー&ワークショップからなる夜間1年間のコースです。デザインの制作プロセスの体験と教養の核が一年で学べる、桑沢の学びの真髄が詰まった内容になっています。プロジェクトでは4つのデザイン専攻に沿ったデザインプロセス体験ができ、レクチャー&ワークショップではデザイン学のエッセンスを凝縮した座学と課題を行います。

――社会人の経験と繋がると何倍も効果が出そうですね。

北田:そうですね。私たちがやっていることはデザイナーに必要な教養と言いますが、その教養は土台ではなく、間をつないだり全体を見渡すものだと思っています。日常生活でも、自分の家に届くチラシや行政からのお知らせなどにしたって、ここにデザイナー的視点があれば、もっと良いものになっただろうに!と感じる機会ってありますよね。そういった意味でもいろんな人に学びに来ていただけたらと思います。

御手洗:デザイン体験って誰にとっても影響が大きいんです。別にデザイナーを目指さなくてもいいんですよね、デザインの体験ができることがすごく重要なことなので。これからは、桑沢のノウハウを社会に還元することも重要だと考えていて、学びの可能性をこの「基礎デザイン専攻」で広げていけたら嬉しいです。

取材・文:木村早苗 撮影:高比良美樹 編集:石田織座(JDN)

■桑沢デザイン研究所
https://www.kds.ac.jp/
■新たに「基礎デザイン専攻」が開設される夜間附帯教育
https://www.kds.ac.jp/curriculum/kisozoukei/