編集部の「そういえば、」2021年9月

編集部の「そういえば、」2021年9月

ニュースのネタを探したり、取材に向けた打ち合わせ、企画会議など、編集部では日々いろいろな話をしていますが、なんてことない雑談やこれといって落としどころのない話というのが案外盛り上がるし、あとあとなにかの役に立ったりするんじゃないかなあと思うんです。

どうしても言いたいわけではなく、特別伝えたいわけでもない。そんな、余談以上コンテンツ未満な読み物としてお届けする、JDN編集部の「そういえば、」。デザインに関係ある話、あんまりない話、ひっくるめてどうぞ。

「ふつう」を振りかざさないためのドキュメンタリー3本

そういえば、先日HBOのドキュメンタリー『Qアノンの正体/Q: INTO THE STORM』をU-NEXTで観ました。

オンライン掲示板に突如登場した「Q」と称する匿名(Anonymous=アノン)の投稿が、トランプ支持者を中心にカルト的な盛り上がりをみせ、前代未聞の連邦議事堂侵入という暴動に発展するまでの過程を、精緻な取材とともに描いていく本作。監督を務めるカレン・ホーバックによる丁寧で執念深い取材と編集に感服しながら、Qの正体を明らかにするための仮説と検証をひとつひとつ積み上げていくその語りからは、ミステリーのようなスリリングさを感じてしまう作品です。

1エピソード1時間ほどの全6話構成のこのシリーズを見ながら徐々に感じていたのは、「陰謀論者」とされている人たちとそうじゃない人たちの境界はどこにあるんだろうということでした。あわせて同じ時期に観たドキュメンタリー『ビハインド・ザ・カーブ -地球平面説-』においても、「ふつうの人」と「陰謀論者」の境界について考えてしまうテーマが語られています。

Qアノン信者と同じく、陰謀論の文脈で無視できないほどの広がりをみせている「地球平面説」を信仰する人たちの姿を追ったこのドキュメンタリーは、『Qアノンの正体』とは異なるタッチで、一般的には信じ難いことを全面的に支持し、人生のすべてをそこに注ぎ込む人たちが描かれています。

映画の中では、地球平面説を語り合う人々のつながりやコミュニティが描かれており、それぞれが当たり前に人間としての生活を送っている姿からは、理解し難いふつうではない人たちに対する奇異の目を向けるというよりも、「ふつう」とはなんだろうということを、観る人たちに対して逆照射するような作品になっていると思います。

作品の中でも語られますが、「ふつう」ではない人に対して、どこか上から目線で語ってしまうことはつい陥りそうなものです。ですが、多かれ少なかれ人は何か誤解をしながら生きているもので、陰謀論者とされている人にとっては、それがたまたま地球が平面であるという考え方だったのかもしれないと思うと、そういった人々に対してどのように接したらいいのか、つい考え込んでしまいます。

Netflixのドキュメンタリー『監視資本主義 デジタル社会がもたらす光と影』でも描かれているように、日々情報を得るために当たり前に使っているSNSが、プラットフォーム側の広告収益を上げるためのアルゴリズムに則っている限り、あるひとつの情報に対して、多角的な視座を得ることが難しい社会になってきているのは事実です。陰謀論といった不穏なテーマに限らず、たとえばスパイダーマンの新作に過去の主演俳優たちが総出演するのではないかという、いまのところ事実的根拠がないことに対して過剰な期待が寄せられていたりと、あらゆるところでひとつの考えに陥ってしまうことが、誰にでも起こりうる状況になってきています。

『ビハインド・ザ・カーブ』では「エンパシー」の必要性にも語られていますが、誰ひとりとして同じ「現実」の中で生きることができないいま、自分の中にしかないかもしれない「ふつう」という先入観やステレオタイプを、他者に対して振りかざしていないだろうかと、内省することの必要性を感じるようになりました。ここで触れた3本の作品は、どれもいまの時代を生きる上で大切な視座を与えてくれるドキュメンタリーだと思います。

(堀合 俊博)

遊び心満載の展示空間

そういえば、9月20日まで世田谷文学館で開催されていた「イラストレーター 安西水丸展」に行ってきました。

1970年代から小説や漫画、絵本、エッセイ、広告など多方面で活躍した安西水丸さん。「その人にしか描けない絵」を追求し、身近なものを独自の感性で表現した作品で知られています。本展では、水丸さんの幼少期から晩年にいたるまでの足跡を、原画と関連資料あわせて500点以上を紹介していました。

イラストレーター 安西水丸展

イラストレーター 安西水丸展

会場は、「小説」「装丁・装画」「漫画」「絵本」「広告・立体物」など細かく分けて作品が展示されていましたが、水丸さんの作品はもちろんのこと、遊び心あふれる展示空間であることが、本展の魅力を一層強くしていたように思います。

イラストレーター 安西水丸展

ガラスケース内に展示された作品内容にあわせて壁が切り取られていました。

会場デザインを行ったのは、原田圭さん率いるデザイン事務所「DO.DO.(ドド)」。今回、会場デザインにあたっては水丸さんのイラスト製作方法に習い、イラストを切り抜いたり、貼り付けたりして、工作のように空間が構成されたそう。

展示作品に合わせて野菜や果物などさまざまな形で壁が切り取られていたり、「隠れ水丸さん」として会場内には8つの水丸さんが設置されていたりと、一度見終わってからも何度も会場をぐるぐると回遊していた人が多かったように思います。

村上春樹さんの著作の装丁が並ぶスペースでは、大きな村上春樹さんが来場者を見下ろしていました。

非常口のサインの隣にも「隠れ水丸さん」が。

なお、水丸さんの作品の特徴として画面を横切る1本の線がありますが、この線のことを水丸さんは「ホリゾン=水平線」と呼んでいます。会場で紹介されていたコメントが印象的だったので紹介します。

「ホリゾンを引くことで、例えばコーヒーカップはちゃんとテーブルの上に載っているイメージを出せるし、花瓶なら出窓の張り出しに飾られているイメージを出せる効果があるのです。そして、紙にホリゾンを引くとき、なかいつも千倉の海の水平線が浮かぶのです」

この線を引くスタイルは、イラストレーターとして仕事をするようになり、シンプルな絵を描き始めた水丸さんが、たくさん仕事を受けたときでも絵の質が落ちないよう、時間をかけずに描けるようにと考えられたスタイルだったそうです。仕事に対する厳しい姿勢を保ちつつ、納得できる絵を描くことを諦めない覚悟の表れとも言えます。

私が会場を訪れたのは平日の昼間でしたが、展示会場だけでなく、記念撮影ブースやお土産コーナーなど大変な賑わいを見せていた本展。子どもから高齢の方まで、幅広い方から愛される水丸さんの作品を体現したような展示でした。

(石田 織座)