第1回:久保田晃弘×小野寺唯(nor) - テクノロジーが更新するサウンドの未来

第1回:久保田晃弘×小野寺唯(nor) - テクノロジーが更新するサウンドの未来
建築家、デザイナー、音楽家、エンジニアなど各分野の一線で活動するクリエイターが集い、2017年に結成された『nor(ノア)』。「人工生命」や「共感覚」など、画一的な定義では捉えにくい領域に踏み込み、サイエンスやテクノロジーの知見などを活用したインスタレーション作品を制作・発表し、各界から注目を集めているnorのメンバーたちが、さまざまな領域で活動するクリエイターや研究者らと対談を行う連載企画「be beyond」。

今回は、音楽と建築を学び、サウンドプロデューサーとしてサウンドに関わる幅広いプロジェクトに携わっているnorの小野寺唯さんが、多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コースで教鞭をとり、世界初の芸術衛星と深宇宙彫刻の打ち上げに成功した衛星芸術プロジェクト「ARTSAT:衛星芸術プロジェクト」や、ライブコーディング(プログラムをリアルタイムに実行しながら、音や映像をその場で即興的に生成していく行為)によるパフォーマンスなど、領域を横断し活動するアーティストとしても知られる久保田晃弘さんとともに、サウンドとテクノロジーの関係性や未来の可能性について考える。

なぜいま、コーディングなのか?

小野寺唯さん(以下、小野寺):norはそれぞれ異なる専門領域のメンバーで構成されています。私の場合はやはりサウンドに関わる部分での貢献が大きくなりますが、それでもあえて役割分担を明確せず、全員がアートディレクターのような立場でコンセプトづくりから関わります。近年、最も関心をもって取り組んでいるのが、「環境デザインとしての音」という建築/空間と音楽の領域を横断するようなサウンドデザインです。これは「アンビエント」や「サウンドスケープ」という概念に通ずるもので、最近は航空機内のためのサウンドプロデュースを手がける機会がありましたが、例えばホテルなどの商空間におけるブランディングの観点から、あるいはオフィスや学校など知的生産性に直接影響を及ぼす場における心理的な作用など、どのように音環境を最適化してゆくかという「見えないデザイン」への意識はここ数年で社会的に高まっていると感じています。今日は久保田先生と一緒に、そのような広義のサウンドやアートについてのお話ができればと思っています。

小野寺唯 サウンドプロデューサー/サウンドアーティスト/作曲家。サウンドアート/エレクトロニックミュージックの分野にて、これまでにドイツの名門KOMPAKTをはじめとする欧米各国より数多くの作品を発表。広告/アートにおける音表現を主軸としたクリエイティブエージェンシー「invisible designs lab」に参画し、アート/建築含めた環境デザイン領域におけるサウンド表現を主としたコンセプトデザイン/サウンドプロデュースを担当。

小野寺唯
サウンドプロデューサー/サウンドアーティスト/作曲家。サウンドアート/エレクトロニックミュージックの分野にて、これまでにドイツの名門KOMPAKTをはじめとする欧米各国より数多くの作品を発表。広告/アートにおける音表現を主軸としたクリエイティブエージェンシー「invisible designs lab」に参画し、アート/建築含めた環境デザイン領域におけるサウンド表現を主としたコンセプトデザイン/サウンドプロデュースを担当。

久保田晃弘さん(以下、久保田):はい。まず、自分のバックグラウンドから少しお話しします。僕はもともと東京大学の人工物工学研究センターで工学と設計を研究していました。当時は、同時にピアノやキーボードなどの楽器を演奏したり、音楽ライターとしての仕事をするなど、いわば2足のわらじで活動していました。しかし1990年代以降、パーソナル・コンピュータの高性能化によって、ラップトップ・パフォーマンス(リアルタイム音響合成)などが可能になることで、エンジニアリングやプログラミングと音楽がより密接に結びついてくるのではないかと感じるようになりました。ちょうどその頃(1998年)、多摩美術大学から、これまでとは異なるパラダイムの美術教育をはじめたいという話をいただき、情報デザイン学科の立ち上げに関わりながら、プログラミングやソフトウエアを軸として、メディア・インスタレーションやパフォーマンス、アルゴリズミックな映像音響制作に取り組みはじめました。

久保田晃弘 1960年生まれ。多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース教授。東京大学大学院工学系研究科船舶工学専攻博士課程修了。工学博士。数値流体力学、人工物工学(設計科学)に関する研究を経て、1998年から現職。世界初の芸術衛星と深宇宙彫刻の打ち上げに成功した衛星芸術プロジェクト「ARTSAT.JP」をはじめ、バイオメディア・アート、芸術の数学的描写、ライブコーディングによるライブパフォーマンスなど、さまざまな領域を横断・結合するハイブリッドな創作の世界を開拓中。

久保田晃弘
1960年生まれ。多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース教授。東京大学大学院工学系研究科船舶工学専攻博士課程修了。工学博士。数値流体力学、人工物工学(設計科学)に関する研究を経て、1998年から現職。世界初の芸術衛星と深宇宙彫刻の打ち上げに成功した衛星芸術プロジェクト「ARTSAT.JP」をはじめ、バイオメディア・アート、芸術の数学的描写、ライブコーディングによるライブパフォーマンスなど、さまざまな領域を横断・結合するハイブリッドな創作の世界を開拓中。

小野寺:久保田さんが監修されている『ポスト・テクノ(ロジー)ミュージック』は私のバイブルです。テクノロジーが限りなくパーソナルなものに近づき、コンピュータによって作曲家が考えていることが具体的な音として直接的に扱えるようになったことで、これまでとは異なるやり方で表現の意味を探り、リスニングの質を問うような音の新しい価値観を提示しようとするサウンドアートが自分のなかの原風景としてあります。

メディアアートという言葉に一貫した明確な定義を与えようとすることが難しいように、サウンドアートも極端な言い方をすれば美術や音楽の対象にならない部分を扱う、領域横断的な分野とも言えます。かつて吉村弘さんがそうであったように、従来の音楽家に求められてきた職能に捉われず、今日的なテクノロジーを応用してより自由に音表現の領域を拡大することで、もう一歩踏み込んだオルタナティブな音(環境)の未来を考えたいと思っています。これはnorというチームにおいても個人的な裏テーマのひとつとしてひっそりと抱えていることです。

久保田:そうですね。いまから20年ほど前に僕が期待していたのは、かつてのように「自分は◯◯家である」と言えるようになるために大学に通ったり、仕事をするのではなく、自分のことを名付けずに、常にあいまいさと雑種性を持ちながら、個人がさまざまな領域にアメーバー的に広がっていくような世界でした。しかし、結局はそうはなりませんでした。キャリアデザインのような、進路指導という名のセクショナリズムにより、チャレンジよりも偽りの確実性を求める風潮が、教員にも学生にも蔓延しています。いまだに、理系だとか文系ということばがあること自体が信じられません。

小野寺:バックミンスター・フラーの言葉で「Think global, act local」というのがあります。「包括的な思考者=デザイン・サイエンティスト」といういまでは当たり前のことを60年以上も前に言っていて、それはつまり「職業」ではなく「生き方」であるということですね。久保田さんとは、2008年に川越市立美術館で開催された彫刻家の金沢健一さんの「音のかけら」展で、作曲家の一ノ瀬響さんらと共にご一緒したのが初めてだったと思います。その時は、久保田さんはハイブリッドな自作楽器による演奏でしたね。

久保田:以前、知人のインターフェースデザイナーが、インターフェースのデザインは物語を書くことに近い、と話していました。ボタンの配置やインタラクションの設計は、舞台設定や登場人物を決めて、ナラティブを時間発展させていくことと同じだと。つまり、人間自身の特徴やものごとのとらえ方といった人文学的な洞察抜きには、インターフェースデザインはできないというわけです。自作楽器というのは、つまりは人間と音楽のインターフェイスをデザインする、ということです。そのインターフェイスに、人間の身体や知覚も、音楽の構造も、すべてを含めることができるのです。自作楽器というのは、そのインターフェイスをハードウェアの側から見た名前ですが、逆にソフトウェアの側からインターフェイスを見たものが、ライブコーディングです。そこにはもうひとつ、コードと文化という問題もあって、コードというメディアにどのような文化が交錯しているのか、ということを考えなければなりません。

今日、スマートフォンのアプリやGoogleやFacebookなどのサービスがあまりにも高機能になったことで、プログラムを自分で書くインセンティブがなくなりつつあります。それは一種の格差社会の現れなのですが、そうした時代だからこそ、改めてソフトウエアやコーディングの意味と役割について考えなければなりません。ライブコーディングに対する、さまざまな観点からの検討が必要です。

人間を超えた視点から芸術をとらえる

小野寺:『メディア・アート原論』のなかでも、メディアアートを考えるための9つのキーワードのひとつにライブコーディングを挙げられていましたね。

久保田:コードを操作することがそのまま音楽になるライブコーディングというのは、プログラミング言語の構造と音楽構造の関係を考える上でも、とても重要な意味を持っています。例えば、オブジェクト指向というパラダイムと音楽構造の関係、関数型言語から生まれる音楽構造というのがあるように、ある音楽構造を記述するためのプログラミング言語を設計することもできます。ギターという楽器が有している六本の弦と指板、それを弾く人間の手指というインターフェースと、そこから生まれる音楽構造に深いつながりがあるように、ライブコーディングの場合、音響合成のアルゴリズムとインターフェースが一体化していて、インターフェイスデザインによって、楽器(音響合成)と作曲(音楽構成)が統合される、という側面もあります。

小野寺:これまで私はライブコーディングの結果としての音楽にあまり魅力を感じられなかったのですが、いわゆるジャズから派生したフリーインプロヴィゼーションの延長線上にこれを位置づけているのはとても興味深く、ライブコーディングが問題提起しているものがようやくスッと理解できた気がします。

久保田:現在のライブコーディングには、どちらかと言うとプログラミングに対する探究心が強い人たちが集まっているので、音楽的にはまだまだ未熟な部分が確かにあります。要は、その技術を使う人がどんな文化を持っているのかということが重要なんです。例えば、同じ電子音楽というテクノロジーでも、シュトックハウゼンやブーレーズのような人が使えばアカデミックな現代音楽にしかならないし、スクエアプッシャーが使うとハードコアになってしまうように。

小野寺:コードを学ぶことに、外国語を習得することに近いハードルの高さを感じる人も多いですが、久保田先生が著作でも書かれているように、文系の人ならではの“コードの作法”というものもあるかもしれないですよね。

久保田:そうですね。例えば、コードで詩を書く「コードポエトリー」の世界があり、これもとてもおもしろいのですが、なかなか文化としては(そのスケール的に)育っていきません。先ほども話したように、ソフトウエアが進歩し過ぎたことによって、コードというのは限られた能力を持つ人だけが書けばいい、というイメージが浸透しつつあります。でも、そのテクノロジーに対するあきらめが、いまは非常に危険だと思うんです。テクノロジーやネットワークというのは、別に神様や大自然が生み出したものではなく、人間がつくっているものだから、その起源は人間の欲望や信念、あるいは経済性や政治性にある。「私は技術のことはわからない」と決してあきらめることなく、常に考えることをやめない姿勢こそが大切だと思っています。人間がつくったものを、人間が変えられなくなったとしたら、それこそ本末転倒です。でも、そうしたものがすでにたくさんありますよね。

小野寺:人間がつくっているものという話が出ましたが、前回対談させていただいた、人工生命研究者の池上高志先生もしばしば、「人間以外のためのアート」という言い方をされます。久保田さんは「ARTSAT」というプロジェクトでは、ポスト・ヒューマンというキーワードのもと、人の認識に依拠しない表現の可能性も探求されていますねよね。

久保田:「◯◯である」ことを考えるとは、「◯◯ではないもの」、つまり「〇〇を除くすべて」を定義することです。芸術も暗黙のうちに、人間による人間のためのものとされていますが、非人間の知能が出現した現代において、ナイーブな感情論や感性論ではない形で、芸術についても考え直すべきだと思っています。そのためには、「芸術を除くすべて」を見ることができる、サードパーソンビューを持つことが必要です。現代のテクノロジーを使って、その視点を人間の外側に持っていくことで、芸術というものが、より明確になってきます。コンピュータが生み出す芸術や、地球外生命体のための芸術について考えることは、人間そのもの、つまり「人間を除くすべて」を考える上でも有効な方法だと思っています。

小野寺:このアプローチは直接、音楽に置き換えてみてもおもしろそうですね。

久保田:はい。例えば、人間の可視光と水の吸収スペクトルが結びついているように、人間の可聴域が20~20,000ヘルツであることにも、音の波長という物理的なスケールからの必然性があります。こうした人間の知覚の起源にまで立ち返ることで見えてくるものがたくさんあります。それはきっと、小野寺さんが志向している、知覚全般に訴えかける環境音楽などとも通じているはずです。僕には、根源に立ち返ることで領域を超えていくことと、まだ見たことがない程遠くに行くことに対する根源的な願望があって、自分にとって芸術や音楽というのは、それを叶えてくれるものなんです。

取材・文:原田優輝 撮影:細倉真弓

Digi Salon
MUTEK.JPとUltraSuperNew Galleryが共催するデジタル創造性の国際展示会。クリエイティブ・レーベル『nor』によるインスタレーション「dyebirth(ダイバース)」と、そこから生まれたプリント作品のスペシャルエディションが展示が企画・販売される。

開催期間:2018年10月19日(金)~11月1日(木)
時間:10:00~19:00
入場料:無料
会場:UltraSuperNew Gallery
https://gallery.ultrasupernew.com/tokyo/ja/exhibition/digi-salon/

ニュー・ダーク・エイジ テクノロジーと未来についての10の考察
〈情報の海〉で溺れないために ―― 最注目アーティストによる未来の洞察。現在最注目のアーティスト・思想家による初の著書。
著者:ジェームズ・ブライドル
監訳:久保田晃弘 
訳:栗原百代 
発行:NTT出版
http://www.nttpub.co.jp/search/books/detail/100002458.html

nor(creative label)

建築家、デザイナー、音楽家、エンジニアなど多様なバックグラウンドをもつメンバーによって2017年に発足。テクノロジーを活用して、一般化された定義では捕捉しきれない領域へのアプローチを行っている。
https://nor.tokyo/