武蔵野美術大学16号館

パリの街から着想を得て設計された、使い手自らが変化させていく空間

空間を利用する使い手が、自ら空間を変化させていく“余白”を残して完成した「武蔵野美術大学16号館」。

設計を手がけたのは、町を考えつつ、家具から建築までデザインするスキーマ建築計画の長坂常さん。パリの街から着想を得たという空間のコンセプトや特徴について、コメントをいただきました。

■背景

「武蔵野美術大学16号館」は、武蔵野美術大学インテリア学科が利用する半建築の校舎だ。半建築とは未完成な建築のことをいい、使い手自らが手を加え、変化し続ける建築のことをあらわしている。そもそも、美術大学の校舎はその場でデザインし、製作し、講評され、時に発表会までその場で行われるため、間仕切りや家具などはその都度の希望に応じて移動し、利用される必要がある。

そのため、この空間ではそれを可能にするシステムを設計した。また、真っ白の完璧なホワイトキューブで学生に汚す恐怖を与えるのではなく、創作意欲を掻き立てるためにも将来に想像の余地を残すような仕様で空間を統一した。

武蔵野美術大学16号館 外観画像

■特徴

天井には規則的なグリットに穴の開いたレースウェイ(照明器具の設置や支持に使用する金具)を吊るし、その穴にポールを立て、ポール同士をつないで壁をつくれるようになっている。

武蔵野美術大学16号館 内観画像

武蔵野美術大学16号館 つなぎ壁画像

さらに、そのレースウェイに並走させる配線ダクトや、そこに取り付けられ、個別にオンオフ可能なスマートライト、そして移動可能なリールコンセントによって、簡単に部屋の増減がコントロールできるようにしている。

そのほか、ポールシステムやハンドリフターで自由に動かせる棚とロッカー、自分の好きなようにつくり替えられるスタッキング可能な作業台など、さまざまな仕組み・装置を施した。

武蔵野美術大学16号館 内観画像

武蔵野美術大学16号館 内観画像

仕上げは、必要最低限を目指し、それ以上は学生自らが求めに対して仕上げを施していくことを想定して、PB(石膏ボード)のパテ仕上げやスチール錆止め仕上げなどで構成している。各所のサインについては、あとで上塗りされて消される想定のため、ステンシルやハンコなどで施した。

武蔵野美術大学16号館 PBのパテ仕上げ画像

武蔵野美術大学16号館 サイン画像

こんな半建築にこそクリエイティビティが宿る。その考えを体現した空間は、我々からバトンを受け取ったこの校舎の担い手である、学生や先生によって日々その表情を豊かに変えている。

武蔵野美術大学16号館 内観画像

そもそもこのアイデアは、パリでプロジェクトに関わり、頻繁にパリの街に行っていた頃に着想したものだ。パリの街は建築自体ほぼすべて歴史的建造物のため、外観をほとんど変えられないが、街には豊かなアクティビティが溢れかえっていた。特に夏は楽しそうに踊っている人や永遠とカフェで喋る人たち、チェロを引く青年など、そんな魅力的なアクティビティが溢れており、パリに行くたびに憧れていた。

あるとき注意深くパリの街を見返したことがあり、そこで見えてきたのが、あらかじめ穴が空いている地面ににポールを立てれば一瞬でできあがるマルシェのテントシステムだったり、ハンドリフターで動かすベンチや植木鉢、市が賃料をとって歩道をカフェに貸し出すオープンカフェなど、仮設の仕組みが見事にできていて、そういったものから豊かなアクティビティが生まれていることに気が付いた。

そのアイデアを拝借し、建築の室内外のアクティビティを豊かにしたいと考え、最初に提案したのが先の京都市立芸術大学移転設計プロポーザルでのインターフェースの提案だった。その翌年、HAY TOKYOのプロジェクトでそのシステムを実現し、4年後にさらに踏み込んだ形でできたのがこの武蔵野美術大学16号館である。

所在地 東京都小平市小川町1-736
主用途 大学
設計 長坂常/スキーマ建築計画
担当 會田倫久、王芷妍
施工 株式会社大和リース(建築)、TANK(内装)
協力 Village(サイン計画)
階数 地上3F
敷地面積 37,730m2
建築面積 1,178m2
延床面積 3,444m2
構造 鉄骨造
竣工 2020年12月
写真 長谷川健太