蔟屋 MABUSHI-ya

まち全体をひとつの大きなホテルに見立てた宿泊施設

群馬県富岡市にある、築80年の二軒の長屋をリノベーションしてつくられた「蔟屋 MABUSHI-ya」。富岡市は世界遺産で有名な富岡製糸場がありますが、それだけではない街の魅力を感じてもらうため、街全体の資源を活かした宿泊施設のかたちとして「蔟屋 MABUSHI-ya」がつくられました。

プロデュース・ディレクション・設計を担当したのは、東京・谷中の最小複合文化施設「HAGISO」も手がけた、株式会社HAGI STUDIOの宮崎晃吉さん。宮崎さんに、制作の背景やコンセプト、あたらしい宿泊施設のかたちである「まちやど」についてうかがいました。

■制作背景

富岡市は、2014年に世界遺産に登録された生糸のまちとして名が知られるようになり、一定の観光客が増えました。しかし製糸場の見学に訪れる団体の観光客は、バスが駐車する駐車場から製糸場までの道は歩くものの、多くはすぐさまバスにもどり近傍の温泉街に行ってしまう…。路面の土産物屋がかろうじて恩恵にあずかるのみで、その全体数も年々減っているのが現状です。

蔟屋のある、上州富岡駅。JR高崎駅から上信電鉄に乗り換え約40分

蔟屋のある、上州富岡駅。JR高崎駅から上信電鉄に乗り換え約40分

一方で、富岡の街には等身大で暮らしながら商いを営む人たちが変わらず息づいています。大通りと製糸場に囲まれた富岡の中心街は、縦横にはりめぐらされた迷路のような細い路地によってできた、中心性のない界隈の町。ある界隈は日用品を扱う店々、ある界隈はスナックと置屋、ある界隈は料亭など、街を歩く間に表情を変えます。

そんな街で、2017~18年に開催されたリノベーションスクールをきっかけに「まちやど」を生み出す動きが生まれました。「まちやど」とは、まち全体を一つの宿と見立て、地域の既存の資源を活かした考え方のこと。まず事業を主体となって運営する法人「富岡まち繰るみ舎」が、富岡の商店主や私を含めた地域外の者たち計6名によって組成されました。出資金を集め、地元信用金庫から融資をとりつけたうえで、町中の空き家となっていた二軒の長屋をリノベーションし、まちやどの宿泊室としました。

「まちやど」を主体となって運営する、富岡まち繰るみ舎のメンバー。一番右が宮崎さん

「まちやど」を主体となって運営する、富岡まち繰るみ舎のメンバー。一番右が宮崎晃吉さん

■コンセプト

施設の特徴は、「まちやど」ならではの、旅館やホテルといった従来の宿泊施設に内包されている機能を持たないこと。宿にはフロントがなく、近くの洋品店にチェックインしなければなりません。食事や買い物においてもすべて街へ出なければなりません。

「蔟屋 MABUSHI-ya」のフロントでもある洋品店「いりやま」。不定期開催で、お店の前が居酒屋になることも

「蔟屋 MABUSHI-ya」のフロントでもある洋品店「いりやま」。不定期開催で、お店の前が居酒屋になることも

宿のまわりにはレトロで味わいのある建物があり、魅力的な商店主や地域の方が住んでいます。新鮮野菜を使ったイタリアンやB級グルメの「ホルモン揚げ」といった豊かな食文化も楽しめます。味わいある昔ながらの木造建物の記憶を残しつつも、快適に過ごせるよう室内環境を整え、居心地のよい宿へと生まれ変わらせました。

■手法・特徴

まず既存の床を部分的に抜き、垂直方向にダイナミックな視線の抜けを作りました。これによって水平方向に限定されがちな視線を上方にも向けさせています。この吹抜けによって、上下階に気持ちの良い風の流れを生み出し、吹抜けに面した既存窓から室内奥へ光を導いています。また、吹抜けに面した建具を開閉することで、共用部分とのつながりをコントロールできるようになっています。

入口

入口

吹抜けの照明は「きびそ」という蚕が最初に吐く糸を使って制作したオリジナルの照明。1階は、通りに面して広めの縁側をつくり、既存ブロック塀を腰高まで解体することで、客室と通りの距離感をデザインしました。

オリジナルの照明が建物に味わい深さを演出しています

オリジナルの照明

一棟貸しタイプの浴室には、工務店の倉庫に眠っていた木桶風呂を、譲り受けて使用している。既存の浴室のスケールを踏襲しつつ新たに開口部をつくり、裏庭に面して開けるようにした。

浴室

浴室

宿のすぐ裏手はスナック街になっており、夕方になるとポツポツを明かりが灯り始めます。この宿ができたことで、通りに新たな明かりが灯りました。ぜひ世界遺産だけではない、富岡の街をお楽しみください。

宮崎晃吉
建築家、株式会社HAGI STUDIO代表取締役。1982年群馬県前橋市生まれ。2008年東京藝術大学大学院修士課程修了後、磯崎新アトリエ勤務。2011年より独立し、建築設計やプロデュースを行うかたわら、2013年より、自社事業として東京・谷中を中心エリアとした築古のアパートや住宅をリノベーションした飲食、宿泊事業を展開。「最小文化複合施設」HAGISO、「まちやど」hanare、「食の郵便局」TAYORIなどを設計および運営している。
http://studio.hagiso.jp/
所在地 群馬県富岡市富岡28-1
設計 HAGI STUDIO
施工 荻野工務店
構造 木造
敷地面積 406.59m2
延床面積 75m2×2棟
開業日 2019年4月13日
照明デザイン 西川香織/インテリアリオ
撮影 HAGI STUDIO