2020年12月に、奈良市アートプロジェクト「古都祝奈良2020-2021」の美術プログラムとして開催された「石の菓子店」。
現代美術家・EAT&ART TAROさんが奈良の石に着目したことからはじまったという本プロジェクト。コンセプトや制作プロセスについて、会場デザインを手がけたやぐゆぐ道具店の鈴木文貴さんにお話を伺いました。
■背景・コンセプト
「石の菓子店」は、食をテーマに現代美術をつくり続けるEAT&ART TAROさんとディレクターの西尾美也さんによる、奈良を舞台に開催されたアートプロジェクトです。
1300年前、奈良は日本の都でした。当時の寺院の礎石や神社の神石(神が宿る石)などは今も残っています。「石の菓子店」には、それらの石を模した宝石のような菓子が並びます。その菓子はお金では買えず、来場者は思い入れのある「石」を持参すると菓子と交換することができます。
TAROさんは本プロジェクトについて、「奈良を紐解くのは石の記憶をたどること。石の記憶とは、石の移動である。はるか昔、どこかから移動させられて今も残る石は、奈良から感じ取ることができる歴史、記憶、価値である」と考えました。
やぐゆぐ道具店はその思いをもとに、歴史ある春日大社参道の茶屋を「石の菓子店」へと変えました。10日間だけの店舗デザインであり、インスタレーションとなりました。
■手法、特徴
店内には木の円盤が88枚並びます。それらは組木のフレームに支えられており、茶屋の大部分を占めます。木の円盤はお客様が持参した石を展示する皿であり、合間の椅子で「石に囲まれ、石を模した菓子を食べる」ことのできるテーブルです。
座敷は石と菓子の交換所になっており、大小の丸穴を通じて持参した石と、石を模した菓子とを交換できます。丸穴のどこかにはTAROさんがいて、石についてのエピソード交換ができるようになっています。
木の円盤は地元の端材や古材を切り出したものです。よって樹種も色もさまざま。好きな木に石を盛り、愛でてほしいと思いました。思い出と共に運ばれてきたたくさんの石を鑑賞したり、石を食べる姿を写真に撮ったり、隣のテーブルのお客さんとクスッと笑いあったり。石を介在して会話が生まれればいいなと計画しました。
最終的には「いつしか木の円盤は菓子皿に、石は菓子に見えてくる」ことがねらいです。「石が菓子に見えてくる」ことは、石の記憶を辿れば奈良の歴史や価値と出会えるというTAROさんの考えの比喩であり、一見何気なく見えるものに魅力が潜んでいるという希望の暗示でもあります。
思い出の石が会場に集まるにつれ、それぞれの石が放つ気や念のようなものが空間に立ち込めました。決して怖いわけではなく(笑)、賑やかで楽しい気配を感じました。貨幣ではなく、石で交換・石が空間を飾る・石が菓子に見えてくるなど、新しい体験に人々の笑顔や会話がたくさん生まれました。コロナ禍で不自由な今、身近な物にも価値を見出したり、思いを馳せる機会だったり、この空間や石たちが人々の希望のきっかけとなれば嬉しいです。
所在地 | 奈良県奈良市春日野町160 |
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竣工日 | 2020年12月 |
床面積 | 103.1m2 |
構造 | 木造 |
工事範囲 | 内装、部分改装 |
アーティスト | EAT&ART TARO |
プログラムディレクター | 西尾美也 |
制作コーディネーター | 西尾咲子、吉田真弓、櫻井莉菜 |
会場デザイン・制作 | 鈴木文貴、岩田茉莉江/やぐゆぐ道具店 |
グラフィックデザイン | 川路あずさ |
撮影 | 衣笠名津美/奈良市アートプロジェクト実行委員会 |