人々が集う環水公園の中にあり、立山連峰の美しい眺望も楽しめる富山県美術館が5周年を迎えました。2017年に、前身の富山県立近代美術館から移転・新築オープンした際に掲げたコンセプトの一つは、「アートとデザインをつなぐ、世界で初めての美術館」。同館では開館5周年を記念し、2023年3月5日まで「デザインスコープ―のぞく ふしぎ きづく ふしぎ」展を開催中です。
第一線で活躍するデザイナーやアーティスト8組と対話を重ね、これからデザインがどのような提案をすることが可能なのか。また、デザインとアートが限りなく近づく現在の状況を、ミクロ/マクロの視点から俯瞰することができる本展。楽しさや驚き、そして刺激に満ちた体験ができる展覧会の様子をご紹介します。
いまを代表する、若手デザイナーやアーティストが富山に集結
タイトルの「デザインスコープ(design-scope)とは、「デザイン」というレンズを通した視点という本展独自の言葉。さまざまなリサーチやトライアルをつづけるデザイナーやアーティストの活動や表現、そのプロセスを、まさにのぞくことができるような展示となっています。
本展に参加しているのは、we+、岡崎智弘さん、狩野佑真さん、志村信裕さん、鈴木康広さん、SPREAD、林勇気さん、三澤遥さんという、1970年代後半から1980年代生まれの若手デザイナーやアーティストたち。富山県美術館副館長の桐山登士樹さんらによって選ばれた、いまを代表するメンバーであり、東京でも一堂に会することは、ほぼないという豪華な顔ぶれが話題です。
100年に一度の大変革の時代と言われるいま。パンデミックや戦争、気候変動などによる混沌とした時代の中でも、若い才能が富山に集結し、中央からではなく地方から新しく発信していくことの重要さ。「デザイン」というレンズを通して、次への多様な可能性を感じさせてくれることに、大きな希望を感じます。子どもも大人も、誰もが笑顔になれる気づきや発見、刺激に満ちた展覧会です。
また、展示作品は写真や動画撮影、SNSへの投稿が可能(一部展示には撮影不可のものがあります)。ぜひ、多くの方に現地で体験して、楽しさを味わって、シェアしていただけたらと思います。
会場は、2F展示室と無料スペースのホワイエのほか、今回はじめて美術館の外観にも作品が掲げられています。また、ポスターや図録、バナーなどのデザインアイテムは2022年から富山県美術館企画展のグラフィックデザインを担当するアートディレクターの永井裕明さんが手がけたもの。いずれもタイトルにちなみ、穴からのぞけるユニークなデザインとなっているので、そちらにもご注目ください。
「散歩するような感覚」で、日々、積み重ねる膨大な試み
各展示には、これまでの活動や作品、人となりなどから、それぞれのキーワードが選ばれています。
デザイナーの岡崎智弘さんは、「Distance/道のり、散策」をテーマに、マッチ棒をデザインの視点で捉えて実験し続ける《Matches Wall》を出品しています。岡崎さんはNHK Eテレの人気番組『デザインあ』の人気コーナー「解散!」でご存知の方も多いはず。今回は、岡崎さんが毎日制作し、ライフワークとしているマッチをモチーフにしたコマ撮りアニメーションが、壁に設置された6台のモニターに映し出されています。
一つが約10分のアニメーションで、マッチというありふれたアイテムや英文字が変幻自在に形を変えていく様子を観察する私たち。その尽きることのない発想力に感嘆します。また、モニターまわりの壁一面には、撮影に使用した、たくさんの素材群が美しくレイアウトされており、アニメーション制作のための工程数や、かけた時間の膨大さに圧倒されます。
ただ、岡崎さんはごく軽やかに「散歩するような感覚」で、日々、作品制作の時間を積み重ねているのだそうで、Twitterにも毎日新作がアップされています。「デザインとは、人がこの世界をどのように捉えるのかについての『まだ確立されていない方法』だと語ります。その探究や試みの驚くべきプロセスを、私たちは気軽にのぞくことができるのです。
ポジティブな色彩と対話し、世界を俯瞰する
山田春奈さんと小林弘和さんによるクリエイティブユニットSPREADの展示のキーワードは、「Dialogue/景色と対話する」です。2Fの展示室では《Much Peace, Love and Joy》と《Different Worlds》という二つの作品が力強いエネルギーを放っています。
まず、目に飛び込んでくるのは、鮮やかな発色のグラデーションのちぎられた無数の紙がかたどる峰々。SPREADのお二人が富山県美術館に下見に訪れた際に、美術館の窓から眺めた立山連峰からインスピレーションを受け、壁3面を大きな山並みのように彩ったインスタレーションです。
紙は特殊な活版印刷によって、一つとして同じものがないグラデーションを鮮やかな発色で印刷し、手でちぎられたもの。真ん中に置かれたベンチに腰掛けると、「色彩のランドスケープ」の中に自分が入り込んだような感覚に。《Much Peace, Love and Joy》というタイトル通り、ポジティブな色彩のメッセージを全身で浴びることで、元気をもらえるような作品です。
もう一つの作品は、196種のQRコードによって構成されている《Different Worlds》。一つひとつのQRコードは196カ国の政府のWebサイトにつながっていて、スマートフォンをかざすと、思いもよらぬ国、言葉もわからないサイトの入り口をのぞくことができます。これは、「現在の社会を表した四角い地球」で、「世界を俯瞰する情報のランドスケープ」を表現したのだといいます。実際に体験してみると、普段いかに自分が狭い世界で生きているのかを思い知らされるので、世界への違った眼差しが広がる作品として、ぜひ試してみてください。
そして、美術館の3Fの外観に掲げられた鮮やかなアスタリスクの作品《Star*》が、離れた場所からも目を引いています。世界三大デザイン賞の一つとされる「Red Dot Design Award」で2年連続グランプリを受賞したSPREADが発する「色」の力に、心地よく揺り動かされる体験でした。
光をのぞき、楽しむ、素材のいままでにない価値を発見
林登志也さんと安藤北斗さんによるコンテンポラリーデザインスタジオwe+は、「Curiosity/好奇心、視点をずらす」をキーワードにした作品《Peep》を展示。we+は、リサーチや実験などのプロセスを通し、いままでにない価値をいかにつくっていくかを大切に、デザインやエンジニアリング、リサーチなど専門分野の異なる人材がチームとなって活動しています。
都市の廃材を土着の素材と見立てる「Urban Origin」などのものづくりにも取り組み、自主プロジェクトや企業とのプロジェクトを国内外で発表。「乾燥」をテーマに、2017年に発表した椅子「Drought」は、ドイツのヴィトラ・デザイン・ミュージアムに永久収蔵されるなど、その取り組みが評価されています。また、林登志也さんは富山県南砺市(旧福野町)出身で、今回、唯一の富山県出身者です。
今回の作品《Peep》には「のぞく」という意味があり、まさに本展開催のきっかけとなった作品だそうです。シンプルに光を「のぞく」ことで、新たな景色を楽しむことができます。
素材は、医療用のフィルターやシルクスクリーン印刷の版に使われる高精細メッシュで、we+は、このメッシュ素材を通して光を見ると、分光やモアレが生み出されることを発見しました。そのことから、光をのぞき、楽しむための装置として、照明としての役割が新たに捉え直されたといいます。
《Peep》は、2017年に最初に制作された作品ですが、本展では高さの違うものがいくつも用意されています。一つひとつのぞき込んでみると、それぞれに見え方が違う虹色のような乱反射が楽しめ、シンプルでありながらとても面白い体験ができます。
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