美しい錆を育てて収穫し、家具やファッションに
つづいて、「Transformation of material/拡張するマテリアル」というキーワードのもと紹介されているのはデザインディレクター、デザイナーの狩野佑真さんの《Rust Harvest|錆の収穫》です。狩野さんは以前、川崎の造船所の一角にアトリエを構えていたとき、錆(サビ)の美しさに感銘を受け、それをきっかけに、錆にフォーカスしたマテリアルの実験プロジェクトをスタート。やがて、鉄や銅などの金属の美しい錆を育て、錆のみをアクリル樹脂に転写させる技法の開発に成功しました。
狩野さんは、日光・雨・土・海水などの自然要素で金属板を錆びさせて、その旬の状態を見極めて転写する工程を、農作物を生産するサイクルと同じように捉え、錆の模様を「収穫」しています。
2019年のミラノデザインウィークで発表された《Rust Harvest|Shelf》は、さまざまな美しい表情を持つ錆を転写したアクリル板を家具にした作品で、大きな話題となりました。アクリルに転写された鉄錆を間近で見ると、血の通った生きもののような、不思議な生命力を感じます。狩野さん自ら錆を育て、アクリル樹脂に転写するそのプロセスは、会場内のメイキング映像でも見ることができます。
なお、2022年には、異分野・異業種の人たちとの協業で新しい視点で衣服の可能性を広げている「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」の宮前義之さんと狩野さんによるものづくりが実現。美しい錆模様やその繊細な質感を、高度な技術で再現したテキスタイルやジーンズなど、ファッションに応用、展開されたプロダクトは圧巻です。
あっけなく消える、光にしかすぎない「もうひとつの世界」
映像作家の林勇気さんは、「Visualizing/可視化、視覚化」をキーワードに、代表作の《another world-vanishing point》を展示。このシリーズでは公募で提供された写真を素材に、写真のなかのオブジェクトをパソコンの画像編集アプリケーションで切り抜いています。その切り抜かれた数千の写真の断片を、画面の中に配置して動かして制作されたものです。
宇宙のような空間に漂うのは、猫、コーヒーカップ、バナナ、クルマなど、ごく身近なものの画像ばかり。そして、街なかのさまざまな音が重なって聞こえてきます。画像は、はじめはゆっくりと右から左に流れていますが、やがて轟音とともに猛スピードで消え去っていきます。副題の「vanishing point」とは、遠近法で画面の一番遠くにある消失点のこと。
日々、膨大な画像や情報が蓄積、共有され、ものすごい勢いで消費されていく世界を可視化した作品が「もうひとつの世界」。たくさんの情報に囲まれているようでも、結局それらは光にしかすぎず、猛スピードでゼロになっていく様子には、どこか虚しさすら感じます。世界や日常をちょっと俯瞰してみる林さん独自の「もうひとつの世界」の捉え方。画面に近づいて体感してみると、より没入感と不思議な感覚が味わえます。
林さんの作品は、このほかに館内無料ゾーン展示として、QRコードをスマートフォンで読み取って体験するコーナーもあります。ここでは、事前に参加者がワークショップで撮影した写真が使われていて、YouTubeで再生して見ることができます。
意識と無意識の間でゆらぐ「あわい」のひととき
「Sensation/あわい、共感覚」をキーワードにしたアーティストの志村信裕さんの映像作品のタイトルは《Blue Hour》です。ベンチのような縁台が二つ置かれ、その上には二つの光が重ねられています。
一つは、水槽越しに分光された太陽光のスペクトルを撮影して、三原色の一つである赤だけをデジタル上で取り除いた光。もう一つは、青色の波長を増長させるフィルターを使って照射する舞台照明の効果によるものです。その二つの光によって、映像投影だけでは生まれない波長の青い光が出現します。
色の波長が水の波動によって動きを与えられ、可視化された光の振動は生命のようです。縁台には座ることができ、手を光にかざしてみると、ゆらめく光と手の動きが、やわらかで不思議な陰影をつくり出します。
タイトルの「ブルーアワー」とは、夜明け前、虫や草花が寝静まり、地上の生物たちが眼を覚ます前の息を止めるような瞬間を言いあらわした言葉だとか。まさに、意識と無意識の間でゆらぐ「あわい」の時間です。
縁台に座ると、エメラルドグリーンのような、肉眼でしか感じられない、あたたかでやさしい青い光に包まれます。記憶の濃淡、陽だまり、陽射しという言葉も思い浮かぶような、静かなひととき。光や波という自然現象を見つめて、内省的なよろこびを感じられる作品です。
知っていると思い込んでいたものの、知らなかった愛らしさ
本展で、デザイナーの三澤遥さんは「Trivial/ささいな」というキーワードのもと、日本デザインセンター三澤デザイン研究室で継続的に開発を進めてきたオリジナル素材「動紙」による最新の研究成果を、12点の新作で発表しています。タイトルは《紙が動くと》。
磁気に反応することで、多種多様な動きを見せる紙。砂、釘、紙束、ガラス玉、タイル、ゴム紐など、12の身近な素材に動紙がかかわることで、それぞれの物性の本質のようなものを立ち上げられないか?と、考えたといいます。
紙らしからぬ動きと、紙ならではの微細なふるまい。それらが素材と出会ったときの新たな可能性、そして、発見や気づき。なんてことのないもの、ささいなものに潜む「らしさ」。知っていると思い込んでいたものの、知らなかった愛らしさに気づけます。
しばらく作品を眺めていると、まるで生きているかのような動紙が途中で止まった際など、思わず「頑張れ!」と応援したくなる、小さくて、健気で、かわいらしい存在に思えてきます。また、それぞれの素材や展示台とも擦れ合うことで生じる微かで心地いい音も、会場でしか体験できない楽しさの一つです。
ものごとの背後にあるものを感じ取り、日常を新鮮な目で捉え直すこと
見えているようで見えていないもの、感じてはいても知覚できないことはたくさんあります。アーティストの鈴木康広さんは、制作を通してものごとの見方や感じ方を自分なりの方法で発見。ものごとの背後にあるものを感じ取ることでしか、日常を新鮮な目で見ることはできないのではないかといいます。
「Embodiment/ないものの具現化、身体化」をキーワードに、鈴木さんの代表作である《空気の人》最大級の全長25mの作品や、無料スペースのホワイエには《日本列島の地球》が展示されています。
《日本列島の地球》(2022)は、今回の展示のための新作です。2Fホワイエには、富山県を中心にしてしなる、4m大の日本列島の地図が吊るされています。バルサ材を削ってつくられた地図は重力によって自然としなり、地球が丸いことを示しています。また、富山県が製作した「逆さ日本地図」と《日本列島の方位磁針》も、そばに展示されています。《日本列島の地球》の制作過程を収めた映像では、日本列島のすべての輪郭に、丁寧にやすりをかけていく鈴木さんの姿が印象的。ないものを具現化、身体化していくそのプロセスや思いが魅力的です。
展示室いっぱいに横たわる《空気の人》、そして、手前の透明なトランクには《空気の人》の持ち物として見立てた《近所の地球 旅の道具》が収められています。そこには、《銀閣寺のチョコレート》、《ファスナーの船》、《月のゴルフボール》、《キャベツの器》など、これまで発表されてきた数多くの作品が収められています。普段見慣れたものが、鈴木さんのユーモアに満ちた視点や言葉や意味の捉え方によって、鮮やかな飛躍を見せています。その切り口は来場者をハッとさせ、笑顔にする力を持っています。
本展で印象的だったのは、デザイナーやアーティストそれぞれが、問いや課題に真摯に向き合い、自分や人、素材と対話を重ね、膨大な時間をかけて次への可能性を探っていること。そして、人の手でつくられるものの手触りや温もり、その面白さです。閉会までトークイベントなども開催予定です。大きな可能性を秘めたデザインやアートの力とその面白さを、ぜひ会場で体感してください。
「デザインスコープ―のぞく ふしぎ きづく ふしぎ」開催概要
会期:2022年12月10日(土)~2023年3月5日(日)
https://tad-toyama.jp/exhibition-event/16596
■TADヴァーチャル3Dミュージアム
「富山県美術館開館5周年記念 デザインスコープ―のぞく ふしぎ きづく ふしぎ」
https://my.matterport.com/show/?m=UhJut2QrS84
取材・文:タダカツ 写真:大木賢 編集:石田織座(JDN)
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