2010年にスタートし、3年に1度開催される「瀬戸内国際芸術祭」。現代アートの作家や建築家と島に暮らす人々とボランティアの協働によって、そこでしか見ることのできない数々の作品が生まれてきた。第3回目となる今回は、会場と会期は第2回を踏襲。直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、沙弥島(春)、本島(秋)、高見島(秋)、粟島(秋)、伊吹島(秋)、高松港周辺、宇野港周辺、12島14会場で展開しています。
7月18日から開催された「瀬戸内国際芸術祭2016」の夏期、せっかく取材に行くなら作品を観るだけでは何だかイマイチだなと思っていました。会場も広範にわたることもありますが、それぞれの島が持っている表情は当たり前ですが異なります。そこで、今回のレポートでは、ある「視点」を設けてみることにしました。ひとつは「サイクリスト」、もうひとつは「20代女性の一人旅」です。
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瀬戸内国際芸術祭実行委員会による「瀬戸内国際芸術祭の開催による地域再生の取組」が、第1回「ジャパン・ツーリズム・アワード」の大賞を受賞していることもあり、アートという切り口から瀬戸内の島々の魅力も発見するのが素直な姿勢のように思えます。
週末に50~100kmくらい自転車を漕ぐ、サイクリスト(というのにはおこがましい)である私が選んだ行き先は「小豆島(しょうどしま)」。瀬戸内海で2番目に大きな島で、高松、宇野、岡山、日生、姫路、神戸の6つの航路があり、瀬戸内の海の道の中心というべき存在です。日本三大渓谷美のひとつ寒霞渓や、二十四の瞳の映画村などの観光名所も多く、醤油・素麺・オリーブ・佃煮・地魚など美味しいものもたくさんあります。
小豆島を1周するとだいたい100km、ごくふつうのサイクリストなら難なく回れる距離です。今回は高松港から出航することにしたので、自転車を輪行バッグにしまいこんでフェリーに乗り込みました。小豆島の土庄港までは約1時間の船旅です。点在するアート作品を見ながらのルート設定には、フェリーの出航時間の制約もあり少し手こずりましたが、海と山の2つの視点から島の魅力を満喫できる場所です。実際、リアス式海岸からの瀬戸内の眺めは「ご褒美」としか言いようがない美しさでした。結論からいうと、サイクリストはぜひ自転車を持って小豆島に遊びに行ってほしい!……だとレポートにならないので、アート作品についての所感や小豆島で感じたことについてお伝えしたいと思います。
土庄港・土庄本町
小豆島最大の玄関口である土庄港。宿泊施設やお土産も集まりにぎわっています。まず出迎えてくれるのは、チェ・ジョンファ「太陽の贈り物」。オリーブの葉を王冠の形に仕立てた彫刻で、金色の円環からは瀬戸内海が眺めらることができ、「小豆島に来たんだなあ…」と気分が盛り上がります。いったんバラしていた自転車を組み、いざ出発です。
土庄港から数百メートルの土庄本町にもいくつか作品が展示されています。個人的にマストだと思うのが、大岩オスカール「大岩島2」とアーティストユニット・目(め)「迷路のまち~変幻自在の路地空間~」です。
「大岩島2」は、外から見た限りでは古びた倉庫か工場といった趣きですが(実際は旧醤油倉庫)、その中に入ってみると圧倒的な異世界が広がっています。直径12mの気球のようなエア・ドーム内に、瀬戸内をイメージした風景が前後上下左右に描かれています。近くに寄ってみると、油性ペンで描かれたような筆跡がしっかり見て取れますが、少し離れて全体を見ると、小豆島に降り注ぐ光と潮風を感じさせるような壮大な作品です。
近年の芸術祭に行く際の楽しみのひとつになっているのは、個人的には間違いなく「目」の作品を体験することです。「迷路のまち~変幻自在の路地空間~」はまたしても「やられた……!」としか言いようがない怪作です。細い路地が入り組んだ「迷路のまち」、土庄本町に異界への入り口となるような作品をつくりあげました。そもそも、この「迷路のまち」は海賊から島民の生活を守るため、そして潮風から建物や島民の生活を守るために意図的に入り組んだまち並みにしていたとのことです。
その空間の不思議さに着目した今作、古い日本家屋の玄関に入ると、部屋から階段から廊下にいたるまで白い壁によって埋められ、元の空間構成とまったく異なる立体迷路に変容しています。まるで雪の洞窟を進むような気分になる異空間です。身をかがめながら細い通路をさまようと、1階にいるのか2階にいるのかさえわからなくなってきます。この作品から少し離れた場所にある元たばこ屋を利用した作品は前回の出展されたものだが、元あった空間を歪ませたことで別の現実が立ち上がるような不可思議な体験が味わえます。合わせてぜひ!
肥土山・中山
土庄本町を離れて、県道26線~県道252線を漕いでいくと、小豆島のもうひとつの魅力である山々と田園風景が広がる景色に変わります。車も比較的少ないので風景を楽しみながらのサイクリングにはぴったりです。
このエリアで見ておきたいのはやはり「日本棚田百選」にも選ばれている中山千枚田です。およそ1万年前の地崩れでできた急斜面を利用して、南北朝時代から江戸時代にかけて石を積んでつくられたそうです。大地の恵みへの祈りは、農村歌舞伎や虫送りといった行事として、この地に伝統文化として300年以上伝えられてきました。もちろん、そうした前知識がなくても十二分に美しい風景として楽しめます。
この中山千枚田に出現した作品は、地元産の約5000本の竹で構築する巨大ドーム、ワン・ウェンチー「オリーブの夢」です。オリーブがテーマだという今作は、いうなれば圧倒的な異物だと思います。いま、そこにある風景を一変させるような試みは、ある意味では現代アートのおもしろさのひとつです。しかし、内部に入ってみると、その迫力とは裏腹に包み込まれるような気持ちよさがあります。靴を脱いで寝っ転がってみると、竹と竹の間から差し込む光、稲穂が揺れる音などが感じられ、自然の真ん中にいるような心地良さです。
「瀬戸内国際芸術祭」に限らずですが、近年の芸術祭は「食」にも力を入れています。やはり参加者にとっては、「芸術祭に足を運ぶこと=旅」という感覚が大抵なので、美味しいものを食べたいというのはごくごく当たり前の心理だと思います。「食」を通すことで訪れた地域のことが見えてきますしね。
というわけで(?)、このレポートでは食べたものも参考程度にお伝えします。肥土山・中山エリアまで行ったら、「こまめ食堂」でお昼ごはんを食べておきたいところです。元々は2010年の「瀬戸内国際芸術祭」 に合わせてつくったお店で、芸術祭閉幕後はプロジェクト解散と共にクローズ。しかし、地域の住民からの要望もあり、ほどほどに忙しく、ほどほどにぎわいがある、”ほどほどなお店” を目指して2011年4月1日に「こまめ食堂」 をリニューアルオープンさせたそうです。
私が注文したのは、看板メニュー「棚田のおにぎり定食」ではなく、「身体を動かしたらやっぱり肉でしょ?」とばかりに「小豆島オリーブ牛バーガー」をいただきました。肉の旨みが詰まっていますが嫌な脂っぽさがなくて美味しいです!セットのあんずソーダがまた格別です(飲み物は数種類から選べます)。ちなみにオリーブ牛とはオリーブのしぼり粕を配合した特別な餌で飼育された牛のことだそうです。
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