混浴宇宙宝湯(石川直樹)
珠洲にある現役の銭湯「宝湯」を丸ごと一軒使った展示を行うのは、写真家の石川直樹さん。この「宝湯」は、現在までの歴史のなかで、銭湯のほかに旅館や遊郭、芝居小屋だったという背景を持ち、さまざまな用途で使用されてきました。その都度木造3階建の建築はセルフビルドで改築を重ねてきたそう。中を巡っていると「え、ここにも部屋あったんだ!」という混沌とした建築に、石川さんが世界中で撮影してきたビジュアルや、各地で購入してきた置物などが融けあって“混浴宇宙”を表現しています。奥能登の知られざる歴史が掘り起こされた作品。
はじめてこの建物を見た際、「こんな迷路みたいな建物があるんだ…ここで作品をつくってみたい」と思ったという石川さん。たしかに中を巡っていると誰も踏み入れたことのない部屋がありそうだったり、妙なワクワク感に包まれました。各部屋を見ていると、その時代時代の「宝湯」を垣間見たような不思議な気持ちになります。時間の都合で無理でしたが、ぜひ銭湯にも入ってほしいところ。
ま-も-なく(アデル・アブデスメッド)
2005年に廃駅となった、のと鉄道の「旧鵜飼駅」。鬱蒼と草木が茂るプラットフォームや風化した待合所。人の記憶から忘れ去られ、手つかずとなった旧鵜飼駅に、静かに佇む1台の列車。そして列車を貫く一筋の発光体。誰もいないはずなのに、誰かの記憶の気配や、止まった時間が動き出し、“まもなく”何かが起こるような気さえしてくる作品。
さいはての「キャバレー準備中」(EAT&ART TARO)
食とアートを結びつける活動を行う、EAT&ART TAROさんが“いつも準備中の”「さいはてのキャバレー」をオープン。昔は定期船の待合室として使われていた建物だそう。会期中は食事やお酒を楽しめるオトナの社交場として、文化の集う場所となります。設計は藤村龍至さん、運営企画は、みよしようこさんが担当。
小さい忘れもの美術館(河口龍夫)
駅の忘れもので、いちばん多いものは何だと思いますか? 現代美術作家の河口龍夫さんは、“忘れもの”をテーマに旧飯田駅に作品を展開しました。駅舎の中には傘や服、小物など忘れられたものの痕跡で小さな駅舎を満たしています。駅舎からホームまでには、忘れものとしていちばん多い「傘」を使った表現が、ノスタルジックな雰囲気を醸し出しています。
また、この作品のために移設された貨車の内部は、全面黒板塗料でチョークで文字が描けるようになっています。来場者に「忘れたくない言葉」や「未来への伝言」をチョークで書いてもらい、駅舎は過去(忘れ物)、貨車は未来へと運ぶイメージをつくり出しています。忘れ去られていた廃駅が、忘れもの美術館として未来へ向けてよみがえりました。
into the rain(井上唯)
旧銭湯(恵比寿湯)の女湯を使った、ファンタジックでわくわくする作品。「織り」や「編み」といった生活の知恵に根ざした技法や、身近にある素材を用いながら、特定の場所に対して新しい何かを生み出す井上唯さん。かつて銭湯だった場を再び水で満たすようなイメージで作品を展開。今は使われていない銭湯に雨が降り、草木が芽生え、すべてのものに水が染み込んでいく自然の営みを「染め」の技法で表現。作品の中には入ることが可能で、鑑賞者は色とりどりの波紋に包まれます。
信心のかたち(麻生祥子)
インスタレーションを中心に制作している麻生祥子さんは、珠洲の祭りに、目に見えないことや、はっきりとは確かめられないものを信じる奥能登の心を見たそうです。かつて憩いの場だった銭湯を会場に、泡のインスタレーションを展開。浴槽から絶え間なくあふれ出ては消えていく泡の、儚くも力強いインスタレーションです。
スズズカ(ひびのこづえ)
保育所だった会場を舞台に、ひびのこづえさんの世界が展開。珠洲の海から発想を得たという衣装のインスタレーションをつくり、さらにはその衣装をつかったパフォーマンスイベントも行われます。上空からはいつも光が降りそそぎ、海の中の生物のように静かにふわふわと揺れる作品。吊られていた服は人の体をとおして動き出します。
作品のほかにおすすめしたいことは、芸術祭会期中、連日のように市内各所で行われる魅力的な「祭り」。なかでも「キリコ祭り」という、高さ数メートル〜数10メートルの巨大な切子灯籠がまちを練り歩く伝統的なお祭りは必見です。
また、祭りの日に親戚や友人を自宅に招いて御膳料理やお酒をふるまう「ヨバレ」という文化が特徴的。能登では祭りに招かれることを「呼ばれる」と言い、地元の人は「おばさんちにヨバレたから、ちょっと行ってくるわ!」などと家に呼ばれるのだそう。ぜひ芸術祭の作品以外にも、奥能登ならではの「キリコ祭り」や「ヨバレ」、御膳料理を楽しんでほしいところです。
これまであらわにならなかったこの土地の潜在力を、アートの力で活かした芸術祭。さいはての地ならではのきりっとした厳しさを感じる自然や、媚びない風土が印象的でした。作品と大自然のコラボレーション、祭りやまちの人の空気など、固有の魅力を楽しんでください。
取材・文:石田織座(JDN編集部)
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