家具ビジネスとデザインによるブランディングの起点
2019年4月9日から4月14日まで開催された「Salone del Mobile.Milano 2019(第58回ミラノサローネ国際家具見本市、以降サローネ)」。世界最大の家具見本市であり、世界中から数多くの企業やデザイナーが参加する「ミラノデザインウィーク」の核である。サローネは1年おきに併催見本市が異なり、今年は照明とオフィスが併催された。来場者は386,236人と、併催見本市が同じ構成だった2017年と比較して12%増加した。キッチンとバスルームが併催された昨年は43万人が来場している。来場者の過半数がイタリア国外からで、ここ数年は中国の増加が著しい。
規模の比較例をあげると、東京モーターショーの来場者が日本最多で77万人(2017年)、コミックマーケットが57万人(2018年冬)。業界のプロ向けに限ると東京ギフトショーの32万人(2019年2月)が日本最多となり、サローネは東京ギフトショーの1.2倍程度となる。ただし、東京ギフトショーの海外からの来場者は6372人と2%に満たず、半数以上を国外から迎えるサローネの構成とは全く異なる。家具見本市との比較では、2番目のimmケルン国際家具見本市が15万人、ストックホルムファニチャーフェアが4万人、NYのICFFが3万人、東京のIFFTは2万人弱で、こちらはサローネが群を抜いている。
また、サローネ期間は「ミラノデザインウィーク」と呼ばれ、サローネの門前町的に市内で数多くの展示「フオーリサローネ(見本市の外の意味、以下フオーリ)」が開かれる。フオーリを総括する存在がないので公式な記録はないが、1000近い展示に100万人におよぶ来場者数と言われている。他の都市と比較すると、ロンドンのLondon Design Festivalの来場者が58万人(2018年)、ニューヨークのNYC X DESIGNが33万人(2018年)、東京のDESIGNART TOKYOが12万人(2018年)で、こちらもミラノへの集中が分かる。
2000年頃からファッション業界が家具などのホームコレクションに参入し、2005年頃から家具とは関係のない企業がグローバルに向けたブランディングの起点として活用する事例が現れ、現在のミラノデザインウィークは様々な文脈が入り乱れた状況にある。たとえばARMANI/CASA、LOUIS VUITTON、HERMES、SAMSUNG、LG、Peugeot、miniなどが定番の参加者となっていて、2016年にはNIKEの大規模な展示が話題になり、2018年に続き参加したGoogleが今年は3時間以上の入場待ち行列を生んだ。
2019年にフオーリに参加した日本企業はLEXUS、AGC、サンワカンパニー、SONY、グランドセイコー、ダイキン工業、ヤマハ、DNP(大日本印刷)、INAX、住友林業、スズキなど。目的もグローバルブランドとしてのブランディング、先端技術のプレゼンテーション、新製品発表、企業文化のアピールなど様々。こうした多様性を受け止めるのもミラノデザインウィークの特徴といえる。
家具やインテリアビジネスの起点であるばかりでなく、ブランディングの起点としても広く認知され世界中から注目される4月のミラノ。中核であるサローネは攻めの姿勢を続けている。2018年のマニフェスト発表に続き2019年は新たな策「S.Project」を打ち出した。
2019年のサローネの新たな目玉「S.Project」と、21年目の「サローネサテリテ」
ジャンルを横断して著名企業を集める「S.Project」というエリアが今年のサローネに新設された。「S.Project」の意図は、建築や内装の設計者やデザイナー、インテリアスタイリストやコーディネーターといった空間の構成要素を選定するキーパーソンに向けて、導入アイテムの一括検討を支援しコントラクトと呼ばれる住宅以外のビジネスを促進することにある。
家具、アウトドア用品、ファブリック、照明、音響や内装仕上げなどの分野でトップを走る84社が選抜され、日本でも馴染みのブランドではB&B、Carl Hansen & Sons、FRITZ HANSEN、Kvadrat、Flos、Louis Poulsen、muutoなどが、そして日本からはマルニ木工が選ばれた。ブースでは製品の展示だけではなく、コントラクトに向けた空間プレゼンテーションが条件となっており、たとえばマルニ木工は長さ6メートルにもなる大型テーブルを中心にオフィスとラウンジ空間を演出していた。
もっとも、ブランド力を持つ出展者ばかり集めているので、「S.Project」として意図した成果について判断するには今しばらく時間がかかるだろう。また、野心的な取り組みである反面、家具なら家具、照明なら照明という既存の流通の枠組みを反映したゾーニングの方が見やすいと感じる来場者もいたのではないだろうか。2020年はどのような展開になるのか見守りたいところだ。
また「S.Project」の展開された場所が、若手デザイナーの世界的な登竜門であるサローネサテリテ(以降サテリテ)の隣であったことにも注目しておきたい。業界でトップ中のトップと言われるブランド群と業界に出る前のデザイナー達が隣接している。新規エリアを作るにあたり、既存エリアへの影響を最小にしながら確保できた場所という現実的な面もあるだろうし、「S.Project」を訪れる業界のキーパーソン達をサテリテに流したいという意図もあるように感じた。サローネがサテリテをその基盤として重要視していることは昨年のマニフェストでも発表されたが、21年目を迎えたサテリテをさらに強める意図も「S.Project」にはあるのではないだろうか。
来場者数は横ばいながら、デザイナーの活躍で存在感を示す日本
2019年は、そのサテリテのアワードで日本人デザイナーが1位と3位となった。1位はkuli-kuliの山内真一さん、3位は坂下麦さんだ。そもそもサテリテに参加するには審査を通過しなければならず、まずこの時点で世界のデザイナー達との競争がある。今年の参加デザイナー数は105組、そのうち日本人は14組と1割以上を占めている。この結果を受けて、合同記者会見でサローネ代表のクラウディオ・ルーティさんとサテリテの産みの親であるマルヴァ・グリフィン・ウィルシャーさんに「何が日本人デザイナーの強みだと考えていますか?」と質問した。
ルーティさんは「日本人デザイナーとは40年前から同じアプローチ、同じ関心を共有している」と答えた。2か月ほど前に吉岡徳仁さんと一緒のルーティさんにお会いしたばかりなので「たとえば吉岡さんや、nendoですか?」と聞くと、今度はマルヴァさんが「nendoはサテリテから生まれたのよ」と答えた。
ルーティさんの言う40年前というのは、様々な日本人デザイナーがイタリアの家具メーカーと共同したポストモダンの時期で、デザイナー集団メンフィスなどの新しいデザイン活動が隆盛だった頃を指しているのだろう。確かに当時は、成熟した市場を持ち、先進国に仲間入りした東洋の国は日本しかなかった。
またnendoがサテリテに出た2003年は、東洋人でサテリテに参加するデザイナーは日本人だけと言ってよい状況だったし、そもそもサローネに来る東洋人は日本人が一番多かった。この年の記録によるとアジアからの業界関係の来場者は15,055人、そのうち日本からは三分の一の4,980人、中国は1,585人とある。ここ数年、日本人の数は5000人を上回る程度で推移しており、中国はもちろんインドにもその数は抜かれ、アジア内での比率は1割を下回っている。日本人の数は変わっていないが周囲が急激に伸びて取り残されているという状況だ。
私の質問の前にシンガポールのジャーナリストが「ほとんどの家具は中国で作られている。だが、中国人デザイナーの活躍が少ない、なぜだろう?」とルーティさんに質問していた。答えにくそうにも思えたが、ルーティさんは「我々はオープンだよ」という趣旨の回答をした。この日の合同記者会見には20人ほどが集まりその過半数は中華系であった。前日の記者会見はほぼ全員が中国人だったそうだ。家具を作っているだけでなく、世界中が中国を市場として最重要視している今、日本の存在感、存在意義は改めて何なのだろう?とも考えさせられた。
日本人デザイナーの活躍は例年通り豊作であった。マルニ木工やB&Bの深澤直人さん、KartellやGlass Italiaの吉岡徳仁さん、Minottiのnendo、Fiam Italiaなどの伊藤節さんと伊藤志信さん、Poltrona Frauの大城健作さん、Depadovaのオミタハラさん。今年は、こうしたお馴染みのデザイナー達に加えて、大理石を使ったイタリアの家具ブランドBUDRIをキュリオシティが手がけ、柴田文江さんがチェコ共和国ボヘミア地方の照明ブランドBROKISから新作を発表するというニュースがあった。
そんな中、岩崎一郎さんの活躍には注目だ。昨年はイタリアのコントラクト向け家具ブランドArperから公共空間用システム家具を大々的に発表し話題を集めたが、今年は新たにバルセロナを拠点とする照明ブランドVIBIAから新作を2点、しかもブースの主役扱いで発表した。
毎年サローネを訪問して嬉しいのは、このような日本人デザイナーの活躍を目の当たりにすることだ。ルーティさんの回答も、こうした状況をふまえたものなのだろう。とはいえ、アジア諸国のデザインへの投資や関心の高さからすると、いつまでも安泰とはいえないだろう。
10年以上にわたりサローネに出展し続ける日本の3社
一方、サローネに毎年参加している日本の家具メーカー3社はどうだっただろうか。マルニ木工とRitzwell(リッツウェル)は2009年より、KNS(カリモクニュースタンダード)は2017年から、母体のカリモク家具は2008年から参加し続けている。マルニ木工とRitzwellは合同出展から始まり、今ではそれぞれ独立したブースで個性を打ち出している。KNSはミラノ市内で7年展開した後にサローネに場所を変えた。3社ともサローネ会場の定番の出展者として認知されている。各社に今年の手応えを聞いた。
マルニ木工
「2009年よりサローネに出展し、各国のトップディーラーのみ28ヵ国56店舗に展開を進め、同時にメディアへの露出を高め、著名建築事務所やデザイナーとの関係を構築し、ブランドの確立を図ってきた。今年は新たに設立されたS. Projectに選ばれ、面積も倍増し、ブランドの認知度が高まりつつあるのを実感している。これまで日本の家具メーカーの中に世界でブランドを確立した会社は一社もなく、インフラの整備に始まり、各国のレギュレーションへの対応、PR活動等、全てが初めてのことばかりで苦労をしたが、体制が整いつつあり、ようやくこれまでの投資を回収するタイミングになってきた」(株式会社マルニ木工 代表取締役社長 山中 武さん)
Ritzwell
「唯一無二の世界的なブランドとなるべく、サローネへの出展を通して世界の販売ネットワークを拡大することが重要なビジネス戦略となっている。トップブランドが集まる中での差別化は重要で、日本発のものづくりに対するこだわり、独自性と上質さ、洗練さと手仕事を感じる心に響く価値ある製品の提供を常に考えている。今年は1.5倍のブース面積と良いロケーションを頂き、多くの来場者を集め知名度向上を実感した。また、市場投入した新製品が世界の主要アワードを受賞するようになっていることも成長要因だ」(株式会社リッツウェル 代表取締役 宮本晋作さん)
KNS(カリモクニュースタンダード)
「KNSもカリモク家具の名前も知られていない状況から始めた。高品質なものづくりを背景に、対話のできる才能溢れるデザイナーとの協働によってコレクションを発表してきた。家具は生活で使うものなので、空間や暮らしとともに想起してもらえよう工夫をしてきた。フオーリで様々な業界の方に知っていただき手応えを感じていたが、ビジネスの可能性を広げるためにサローネに会場を移した。来場者も異なり初めてKNSに接するという人の多さに驚いた。伸び代があると前向きに考えている。サローネをビジネスに効果的に結びつけるための課題も認識できた」(KNDクリエイティブ・ディレクター ダヴィッド・グレットリさん)
各社それぞれ状況は異なるが、いずれのコメントからも確固たる信念を感じるとともに、ブランド確立に近道はなく地道な道のりであることを思い知らされる。
2019年を振り返ると、昨年よりもさらに中国の存在感を実感するサローネであった。ミラノに着いてすぐの空港の通路と地下鉄駅を降りてからのサローネ会場の広告枠は、中国の家具見本市CIFF(China International Furniture Fair)がジャックしていた。世界へのブランディングでもあり、ミラノに来る大勢の中国人たちに向けた告知でもあるこれらの広告。サローネおよびミラノデザインウィークを一番上手に活用しているのは、もしかすると中国なのかも知れない。
また、デザイナーの活躍という観点でも、上海を拠点とするNeri & Huに続くような中国のデザイナーや建築家がさらに登場し、中国がデザイナー輩出国として注目される時代も近いのではないだろうか。中国市場を含むグローバルマーケットに向けた製品のデザインは、Neri & Huのようにアメリカで学んだ中国出身のデザイナーにこそ強みがある。
そんな中、日本のデザインやブランドはどのような特徴を打ち出し、どのように存在感を示し続けるべきなのか。まさに大きな時代の変わり目にいる今、日本人デザイナー、日本の企業の展開について引き続き見守っていきたい。
ミラノサローネ国際家具見本市
http://www.milanosalone.com
構成・文:山崎泰(JDN)