デザイン集団「ヘザウィック・スタジオ(以下、スタジオ)」の創設者、トーマス・ヘザウィックは子どもの頃、職人がつくった小さなものに宿る魂に心を躍らせていたといいます。「建物や空間にも魂を込めることはできるのか」という問いが、スタジオのデザインの原点となりました。
東京・六本木の東京シティビューにて2023年6月4日まで開催されている展覧会「ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築」。スタジオの主要プロジェクトが一挙展示される同展では、実物展示が難しい建築分野について、スタジオの思想や哲学をどのように伝えるのか、トーマス・ヘザウィックと美術館が何度も議論を重ねたそうです。同展では、「ひとつになる」「みんなとつながる」「彫刻的空間を体感する」「都市空間で自然を感じる」「記憶を未来へつなげる」「遊ぶ、使う」の6つのセクションで展示が構成されています。
本来は2020年4月からの開催を予定していた同展ですが、新型コロナウイルス感染症の拡大にともない、輸送された作品を木箱から開ける直前に延期が決定し、今回念願の開催となりました。この記事では、スタジオの魂がこもった展示の様子をご紹介します。
ハードのデザインではなく「ヒューマン・スケール」を基準に
スタジオのすべてのデザインは、自然界のエネルギーや建築物の記憶を取り込みつつ、都市計画のような大規模プロジェクトも「ヒューマン・スケール(wellbeing)」が基準となるという信念に基づいています。プロダクトや建築物などのハードのデザインよりも、スタジオの原点「魂がこもった建築(building soulful)」を軸に人々が集い、対話し、楽しむという空間づくりへの思いが根底にあります。
■イントロ
セクション前のイントロでは、電動自動車「エアロ」の実物が展示されています。「エアロ」は、新しい住居空間の提案として、居住空間を車の中に持ち込んだ車です。
サンプルテーブルには、プレゼンする前に試行錯誤した跡がわかるようなパーツが展示。トーマスの大学時代の素材サンプルもあわせて、スタジオが手がけてきたプロジェクトがどのように繋がっているのかわかるようになっています。
■セクション1:ひとつになる
小さなものが集まって大きくなる、個々の人が集まって大きなコミュニティになっていく。スタジオは、細部が集合することで、1つの大きな形になるデザインを多く手がけています。
セクション1の入り口には、「上海万博英国館」の模型が登場。実際のサイズは、内側に高さ7mのアクリル棒が6万本設置されたインパクトあふれる建築で、イギリスにある25万を超える野生植物の種が埋め込まれています。
また、このセクションでは「ロンドン・オリンピック聖火台」で実際に使用された、銅製の花びらの現物も展示されています。花びらはオリンピック閉幕後に日本に贈られたもので、花びらの表面には国と地域の名前がそれぞれ入っています。
■セクション2:みんなとつながる
セクション2では、「シンガポール南洋理工大学ラーニング・ハブ」など、建物をつくることによって人が集まる場所を創出した建築が並びます。閉鎖的になりがちな空間を開き、隣接する空間と繋げていくことで、人と人が自ずと出会えるような意匠的配慮が施された建築を、模型を通して探ることができます。
■セクション3:彫刻的空間を体感する
ヒューマンスケールで人がつくった立体作品が、そのまま建築スケールに拡大されたような印象を受けるものが多く展示されているセクション3。
スタジオ初期に制作されたパブリックアートのような作品「パーテルノステル通気口」、2019年にニューヨークのハドソン川沿いに完成した、インドの階段井戸から着想を得てデザインされた「ヴェッセル」など、彫刻的な建築を模型で閲覧することができます。それらのデザインは、形状だけでなく、素材やテクスチャーにもアーティストや職人による手作業の温もりが残されています。
■セクション4:都市空間で自然を感じる
セクション4では、自然界のエネルギーと都市のエネルギーはどのように融合させていくのか?それから私たち人間が大きなエコロジーの1つであるという関係性を明らかにしてくれるようなプロジェクトが展示されています。スタジオは、人々が親しみ、楽しむ場所をデザインし、心豊かで充実した体験を提供することで、持続的なプラス効果を生み出すことを常に目指しています。
スタジオが日本ではじめて手がけるプロジェクト「麻布台ヒルズ/低層部」が2023年秋に誕生予定。なんと会場に入ってすぐの窓から開発中の様子を見下ろすことができます。スタジオは高層ビル3棟をすべて繋ぐ低層部を担当しており、神谷町と六本木1丁目を結ぶ、歩行者のネットワークも整備されることになります。
上海にある「サウザンド・ツリーズ」では、構造上1,000本の柱が必要となり、それらをヒーローにしていくために柱を中心とした形をつくり上げています。柱の1番上はプランターになっており、木が植えられ、片側から見ると木が生い茂った山のように見えます。スタジオは、都市環境における自然のもたらす役割を検証したうえで植栽を行い、自然界のエネルギーをふんだんに都市空間に取り込んでいます。
■セクション5:記憶を未来へつなげる
テーマに入っている「記憶」は人々のエモーショナルを搔き立てる、心に関係するとても強い要素です。展示では、これまでの街の記憶、建物の記憶を残しながら大胆にデザインを介入させることで、記憶も活かしながらスタジオらしい形をつくる作品が並んでいます。
ロンドンにある「コール・ドロップス・ヤード」は、石炭を降ろしていた列車の到着口にあった建物。その屋根をほぼ無理やり繋げ、下に工業空間を作った作品です。
「ツァイツ・アフリカ現代美術館」は、90年代以降使われていなかった、巨大なとうもろこしの貯蔵庫でした。真ん中の空間は、トウモロコシの1粒の形をくり抜いたデザインになっています。デザインする際はコンピューターでワンクリックでしたが、実際に1粒の形をくり抜くのに2年かかったそうです。
■セクション6:遊ぶ、使う
遊び心に溢れているところも、スタジオのデザインの特徴の1つです。「遊ぶ、使う」というキーワードは、展覧会全体に通じるものになっています。
スタジオを設立して以降、10年以上制作されているというクリスマスカードは、カードのように人の手に収まるような小さな物でも素晴らしいアイデアでデザインしていく、世界を少しだけ違うように見せるスタジオの心の奥にあるスピリッツが詰まっています。
展覧会では、すべてのセクションで暖簾が垂れ下がっており、自由に会場を行き来できる構成になっています。それぞれのプロジェクトが1つの視点に限定されるというわけではなく、さまざまなプロジェクトが重なりあって関係しているため、各セクションはあくまでも参照するものとして捉えてほしいとのこと。
トーマス・ヘザウィックは今回の展示に関して、「建築の展覧会では、複雑なものをあえて複雑に展示することが多い。それでは新しいものを感じられないのではないかと思っていました。建築でもどんなにデザイン的に素晴らしいものを建てたとしても、温もりがない、人に愛されない建築は壊されてしまっています。人々に共感する、『嬉しい』『怖かった』など魂を失わないようにデザインをしています。展覧会では、私自身を裸にされたような気分ですが、魂を感じてもらえるように美術館と議論を重ね、展示構成を考えました」と、コメントしました。
パネルに説明が書かれている展示ではなく、模型や暖簾に描かれたテクスチャーを通して、心や感性を響かせるような展示デザインとなっている同展。実際に会場で、それぞれの作品にある魂を感じてみてはいかがでしょうか。
文章参照:「ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築」公式サイト、プレス説明会での片岡真実(森美術館館長)、トーマス・ヘザウィックのコメント
編集・構成:岩渕真理子(JDN)
■「ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築」公式サイト
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/heatherwick/