「香り」は記憶と結びつきやすいと言われています。街なかで漂ってきた香りをきっかけに、懐かしい記憶が掘り起こされたという経験は誰しもあるのではないでしょうか。
そんな「香り」を用いた空間デザインを提案する香り専門ブランドの「アットアロマ」が、香りと密接な関わりを持つ建築空間にフォーカスした「ARCHITECTURE×SCENTING DESIGN 建築のための香り展」を西麻布にある「Karimoku Commons Tokyo」1階のギャラリースペースで2023年4月29日まで開催しています。
建物の印象を大きく左右する香りの空間デザイン。その事例とともに展示会の様子をレポートします。
建築家もつい忘れてしまいがちな「香り」
本展では「センティングデザイナー」と呼ばれる香りのエキスパートが、日本を代表する建築家とそれぞれの代表作のために6つのアロマオイルを調香。会場ではその香りを実際に体験しながら、香りによる空間デザインについて理解を深めることができます。
今回コラボレーションした建築家は芦沢啓治さん、乾久美子さん、手塚貴晴さん+手塚由比さん、永山祐子さん、平田晃久さん、藤本壮介さんの計6組。
「香りがある空間とない空間では、印象が全然違う。ところがホテルやお店など1つのブランドをつくるとき、香りは『忘れていた!』といっていい加減な対応をされてしまう立ち位置にあります。もう一つ、『音楽も忘れていた!』と。この2つはすごく大事なのに忘れてしまう」
そう語るのは本展の展覧会デザインおよび建築家として展示にも参加した芦沢さん。香りに対するこのような認識は空間やブランドをつくり上げる上で間違っていると言います。空間を正しく認識すること、そして建築家が香りについて考えることの重要性を感じてもらうのが、この展示の目的のひとつです。
建物の性質をよく理解し、香りのある空間をデザインする
ギャラリー中央に設置された3つの細長いテーブル上に並ぶのは、香りが閉じ込められたいくつかのグラスボウル。天井から吊るされた紙には、その香りが実際に使われている建築の情報や香りに込められた思い、香りの構成要素などが書かれています。
これらの香りは、各建築の空間のあり方や担う機能、コンセプト、利用者層といった情報をもとに調香された、自然な香り体験を提供するもの。建築ごとに受ける印象がガラッと変わります。
たとえば乾久美子さんが手がけた「日比谷花壇 日比谷公園店」は都市公園の中にある建物で、開口部となる窓が広く、外の環境を近くに感じることのできる空間です。そのため香りも建物内外の境界線をなくすような、開放的なイメージで調香されました。屋内にいてもまるで木陰で花壇の花を眺めているような感覚をもたらします。
香りを構成する要素には公園の土や噴水の湿気を感じるものをはじめ、日比谷花壇の商品である花々と混ざり合っても自然に香るものなどが選ばれました。さらに、建物自体が周辺に建つ皇居や歴史あるホテル、劇場などの落ち着いた雰囲気と調和する石造りとなっているため、コンクリートの都会的な香りも含まれています。
ここに展示されているのは、単なる「いい香り」ではありません。それが香る空間についてさまざまな角度から考え抜き、繊細な感性によってデザインされた香りと言えます。
調香を体験できるワークショップも開催
展示スペースの隣の部屋では、アットアロマのセンティングデザイナーによるワークショップも開催されていました。
参加者はまず、ベースとなるアロマオイルを選び、どのようなシチュエーションで香らせたいかを伝えます。活動的になる朝のシーンやリラックスしたい夜のシーンなど、会話を通してイメージを膨らませるセンティングデザイナーのミニーニョさん。1種類のアロマオイルを足すたび、香りの印象が微妙に変化していく過程を体験することができます。
持ち帰ったアロマオイルは同封された木片をディフューザー代わりに楽しめます。木片は会場のKarimoku Commons Tokyoを運営するカリモク家具が提供するもの。「家具作りを超えた、木材の活用による豊かな暮らし」を提案するカリモク家具とアットアロマならではのお土産です。
人の感覚に直接的に訴え、場の印象をも左右する「香り」。居心地の良さや快適さに大きく影響するという意味では、建築との親和性の高さは明らかだといえます。そんな香りによる空間デザインの事例を体験できる本展。センティングデザイナーの高い技術と、香りに込められた建物への思いを感じに訪れてみてはいかがでしょうか。
会期:2023年4月7日(金)~4月29日(土)
https://www.at-aroma.com/architecturescentingdesign/
取材・文:萩原あとり(JDN)