当事者の声を「知る」ことで実践する、丹青社のユニバーサルな空間づくり(1)

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当事者の声を「知る」ことで実践する、丹青社のユニバーサルな空間づくり(1)

2018年11月のバリアフリー法の改正や、開催を目前に控えた2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会などを背景に、交通機関や公共施設を中心としたユニバーサルデザインの重要性は高まる一方だ。

株式会社丹青社は、2005年からNPO法人と協働で行う「ユニバーサルキャンプ in 八丈島」や、多様な社会への学びや気づきを促す「ダイバーシティ研修」など、多様性に関する継続的な取り組みを全社で行ってきた。2019年春には、東京都が登録を進める「心のバリアフリー」の好事例企業として選出された。

空間づくりのプロフェッショナルである丹青社デザインセンターでクリエイティブディレクターを務める田中利岳さん、大山久志さん、ダイバーシティ研修などの運営にあたる人事部の秋山奈美さんに、空間づくりに欠かせないユニバーサルデザインの視点や、本来の意味でのユニバーサルデザインのあり方、そして今後の課題について伺った。

空間づくりを行う会社だからこその「多様性」を重視した取り組み

――はじめに、みなさんのおもな仕事内容を教えてください。

田中利岳(以下、田中):僕は丹青社デザインセンターのカルチャー&コミュニケーションデザイン局という部署でクリエイティブディレクターを務めています。おもに公共施設や博物館、子ども関連の施設などのデザイン分野に携わっています。

田中利岳/株式会社丹青社 デザインセンター カルチャー&コミュニケーションデザイン局 第3デザインユニット クリエイティブディレクター

田中利岳 株式会社丹青社 デザインセンター カルチャー&コミュニケーションデザイン局 第3デザインユニット クリエイティブディレクター

大山久志(以下、大山):田中さんと同じく、僕もデザインセンターに所属しています。コマーシャルデザイン局という部署で、大型の複合商業施設や開発・再開発案件などのクリエイティブディレクターを務めています。開業まで10年や、それ以上かかるロングスパンの案件が中心ですね。

秋山奈美(以下、秋山):私は人事部で、全社の階層別の社員教育や研修に携わっています。育児や介護をする社員が増える中、仕事との両立支援をおこなう委員会などの活動や、多様な社員の活躍を応援することにつながるダイバーシティに関する研修の運営にも関わっています。

――丹青社は「ユニバーサルキャンプ」に2005年から参画し、2017年からは全社員が対象の「ダイバーシティ研修」を本格化していますね。こうした長年の多様性への取り組みにはどういった背景があったのでしょうか?

秋山:空間づくりをする当社にとって、ユニバーサルデザインの視点はとても大切です。バリアフリー新法の施行などの世の中の流れもあって、2005年にNPO法人ユニバーサルイベント協会と一緒に「ユニバーサルキャンプ in 八丈島」を立ち上げました。キャンプという非日常空間でさまざまな方と行動をともにすることで、多様性を理解し、受容するためのさまざまな「気づき」を得ることを目的としていました。

そしてこうした「気づき」は、当社にとってはユニバーサルデザインの実践につながっていくと考えたんです。この取り組みは2019年で15回目を迎え、これまでに参加した人数は2,000人を超えています。

秋山奈美 株式会社丹青社 経営管理統括部 人事部 人材開発課

また、近年は「女性活躍」や「働き方改革」が社会の重要なテーマになるなど、一人ひとりが多様性を認め合いながら仕事をし、お客さまと関わっていくことが一層大切になっています。当社は「多様性への取り組み」をCSRの重要な課題と位置づけてさまざまな取り組みを進めていますが、「ダイバーシティ研修」もその一環として、多様性や多様な働き方を理解し認め合う組織風土醸成の一助となるよう取り組んできました。

――ダイバーシティ研修ではどういったことが行われるのでしょうか?

秋山:ダイバーシティについての基本的な情報や考え方を伝える講義や、車いす使用者、聴覚障がい者、視覚障がい者、LGBTQなどさまざまな特性をもつ当事者と率直な意見を交わし合う「ダイバーシティコミュニケーション」、「視覚障がいサポート体験」などをおこなっています。全役員、全社員が対象で、ほぼ全員が受講済みです。

丹青社 ダイバーシティ研修の様子

丹青社 ダイバーシティ研修の様子

秋山:そのほか、社内セミナーやイベントなどに手話通訳者をつけたり、「UDトーク®」というアプリを社内で普及させるなどの情報保障をおこない、障がいのある社員が働きやすい職場環境を整えています。「UDトーク®」は話者の発話内容がテキスト化され表示されるので、聴覚障がいのある社員も会議や打ち合わせに参加しやすくなり、実際に使用した社員からはとても助かるという声を聞いています。

「UDトーク®」を使用した、打ち合わせの様子

「UDトーク®」を使用した、打ち合わせの様子

「UDトーク®」の使用画面

「UDトーク®」の使用画面

また、多様な社員を支援するため、社員の仕事と子育てを両立させるための制度を整えたり、女性の活躍を支援したいという思いから、女性向けのキャリアアップセミナーを昨年から始めたりと、社員の声を聞きながら少しずつ色々な取り組みを増やしています。

――全社員対象の研修制度があれば、まずは「知る」ことから始められそうですね。「ダイバーシティ研修」は現在3年目ですが、社員の方々の意識や視点が変わってきたと感じる部分はありますか?

秋山:大きく二つあります。一つはさまざまな当事者の声を直接聞くことで、空間づくりの仕事において、多様性の視点から何が必要かをイメージしやすくなったという声があがっています。もう一つは空間づくり以外の場面でも、「世代や価値観が異なる同僚・部下とのコミュニケーションの仕方を見直すきっかけになった」「街で困っている障がい者を見かけたら以前より声をかけやすくなった」という感想も多いです。研修を通じて少しずつでも多様性への認識が深まっていると感じます。空間づくりにおける気づきだけでなく、その大前提となる、もっと身近な意識の醸成ができる良いきっかけになっています。

さまざまな特性をもった人が八丈島に集う「ユニバーサルキャンプ」

――田中さんと大山さんは実際に「ユニバーサルキャンプin八丈島」に参加されたそうですが、どのような内容なのですか?

田中:毎年八丈島に100人ほどが集まって2泊3日のキャンプを行います。年齢・性別・国籍・障がいの有無を問わず、多様な参加者が集まるのがこのイベントの特徴です。参加者の3〜4割が「障害者手帳」を持った方です。キャンプという普段の生活とは異なる環境の中で3日間一緒に過ごすことで他者と自分とのちがいを理解し、さらにそこからもう一歩踏み込んで、多様性を今後どのように活かしていくべきかを考えるためのイベントです。企業の研修として参加する場合はキャンプの前後に1日ずつ研修があるので、計5日間ですね。

ユニバーサルキャンプ in 八丈島 開催の様子

ユニバーサルキャンプ in 八丈島 開催の様子

多様なメンバーが協力して料理をつくる(ユニバーサルキャンプ in ⼋丈島)

多様なメンバーが協力して料理をつくる(ユニバーサルキャンプ in ⼋丈島)

――実際にお二人は参加されてみていかがでしたか?

田中:キャンプでは10人ほどのグループに分かれますが、丹青社の社員を含めて企業研修としての参加者はグループリーダーを務める立場にあります。僕のグループには耳の聞こえない方が複数いたんですが、手話で盛り上がった際は取り残されてしまって、最初はなかなかコミュニケーションがうまくできませんでした。

料理やスポーツ、レクリエーションなど、さまざまなプログラムを進めるにあたって、リーダーである自分が率先して動かないといけないのに、できない。社内の業務では自分の意思のまま指示を出せていても、ユニバーサルキャンプでは自分がどうするべきかわからない状態で……。僕は笑いをとりながら人とコミュニケーションをとるタイプだと認識していたのですが、それがまったく通用しなかった(苦笑)。自分は何のためにここにいるんだろうって考えさせられました。

ユニバーサルスポーツとして「ペタンク」を体験(ユニバーサルキャンプ in ⼋丈島)

ユニバーサルスポーツとして「ペタンク」を体験(ユニバーサルキャンプ in ⼋丈島)

――たしかに難しい状況ですね。大山さんはいかがでしたか?

大山:僕はこのキャンプが、障がいのある方々とコミュニケーションを図り、それを今後どうユニバーサルデザインに反映させるかのヒントを得る場だと思っていたんですね。でも実際に参加してみると、「ユニバーサルとは何か?」をもっと根本から考えさせられる場だったと感じています。

見た目に障がいを抱えていることがわかる場合と、そうではない場合があるんですよね。例えば、ある精神障がいの参加者の⽅は、普通に会話ができて一見特に障がいはないように思えるのですが、キャンプを通じてふれ合っていくうちにさまざまな困りごとを抱えていることに気が付きました。このキャンプのプログラムは、いわゆる空間づくりで必要な「⾞いす対応の⼨法を知る」とかそういったことよりも、本当の意味での多様性というか、もっと新しい視点でユニバーサルデザインと向き合っていく必要があることを気付かせてくれました。

大山久志/株式会社丹青社 デザインセンター コマーシャルデザイン局 第1デザインユニット クリエイティブディレクター

大山久志 株式会社丹青社 デザインセンター コマーシャルデザイン局 第1デザインユニット クリエイティブディレクター

――その中でも特に印象的だったプログラムや出来事はありましたか?

田中:僕は盆踊りですね。2日目の午後に八丈島の地元の方も一緒になってみんなで盆踊りをするんですが、障がいがあるとかないとか関係なく、何の屈託もなく自然に手を取り合ったり、目の見えない方を誘導したりできたんですよね。あれを体験した時に「ああ、ユニバーサルってこういうことなのか」と腑に落ちました。一つのことをみんなでやるという一体感を感じる意味でも、盆踊りはいい体験でした。

ユニバーサル盆踊りの様子(ユニバーサルキャンプ in 八丈島)

ユニバーサル盆踊りの様子(ユニバーサルキャンプ in 八丈島)

あと、僕のチームのお一人が手話はある種アート的だという話をしていて、最後に手話で伝えたいこととして、たしか「八丈島」を表現してくれたんです。その手と青空がリンクして、あの時は本当に込み上げるものがありました。「手話」って言葉では理解していても、あれだけ豊かな表現ができることや奥深さがあることをそれまでは知らなかったので。

大山:僕は全般的に楽しかった印象があります。初日の夜にお酒を飲みながら、筆談などを交えてチームのみんなでコミュニケーションをとったんですが、そこで砕けた話もできてメンバーとの距離がぐんと縮まったのは嬉しかったです。全盲の方とは、羽田に降り立つ時まで付き添うほど親しくなりました。さらにその年の年末にはみんなと再会して飲み会をしたり、キャンプをきっかけに関係が続いていくっていいですよね。

「設置基準を満たす」だけではなく、当事者目線に立って設計する

――丹青社は毎年ユニバーサルキャンプに参加されていますが、この15年間で変化などは感じますか?

秋山:社内事務局のメンバーによると、「ダイバーシティ」という言葉もキャンプを立ち上げた頃に比べ、かなり社会に浸透してきましたし、特に東京オリンピック・パラリンピックが決まったあたりからユニバーサルキャンプに対する企業の見方も変わってきて、それまで以上に興味をもってもらえるようになったと聞いています。

また、ユニバーサルキャンプを始めた当初は、企業の商品開発やサービス開発担当が「ユニバーサルデザイン」に関する気づきを得る研修という位置付けが色濃く出ていました。でも途中から打ち出すメッセージを変え、多様性を理解し活かすための「リーダーシップ」や「コミュニケーション」の研修にしたことで、今は業種や職種に関係なく参加されるなど、参加者層も変わってきているようです。

――たしかに東京オリンピック・パラリンピックに向け企業も変化していると感じます。田中さんと大山さんは、ユニバーサルキャンプから得た知見を実際にご自身の業務に活かせていると感じる部分はありますか?

大山:キャンプで一緒に過ごした全盲の方から聞いたエピソードのひとつを例として挙げると、ある航空会社が機内に音声ガイド付きプログラムを導入し、それ自体はとてもユニバーサルな取り組みなのですが、そのページにいくまでのインターフェイスが整っておらず、どこをどう操作すればそのプログラムが見られるのか結局わからなかったそうです。もちろんそういった声が反映されて現在は改善されていると思いますが、その話を聞いて、「設置基準を満たす」といった考えではなく、その上で当事者目線に立って設計することの大切さに気付かされました。

現在関わっている案件では、車いすの幅であったり最低限のことは当然守りながら、そのあたりも意識していこうと。逆に「UDトーク®」などテクノロジーの進化で高機能なデバイスも登場しているので、今後のテクノロジーの発展を見据えつつ、僕たちにできることはもっとアナログな、人としてより快適に過ごせる空間づくりだと思います。当事者の目線に立った視点をもちながら、より豊かな空間づくりに向けた提案を少しずつ盛り込んでいるところです。

「ダイバーシティ・どっぷりコミュニケーション」では、さまざまな特性をもつ“主人”と率直に語り合う(ユニバーサルキャンプ in ⼋丈島)

「ダイバーシティ・どっぷりコミュニケーション」では、さまざまな特性をもつ“主人”と率直に語り合う(ユニバーサルキャンプ in ⼋丈島)

田中:設計ベースの話なので僕も似ていますが、視覚障がい者の方が解読する点字って、実は読むのに非常に疲れるそうなんです。だから入れるにしても当事者が読みやすい文量や、設置する場所をしっかり吟味していく必要があると感じていて、そういったことから整備していくことが経験値を踏まえた活かせることかなと。大山さんが言ったように「やればいい」という部分ではないところでの判断基準を、手探りながらも見出せているのかなと思います。

――秋山さんは、参加者を見ていて特に感じることはありますか?

秋山:2泊3日のキャンプは体力的にハードな部分もあると思いますが、学ぶことはとても多いはずです。自分が前に前にということではなく、周りの特性を認め合っていかに個々のポテンシャルを引き出すか、という「支援型リーダーシップ」の視点が身についたと話す参加者も多く、それは部門や社内外のプロジェクトチームなどにおいても活かせることですし、素晴らしいと感じました。

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