丹青社のホスピタリティ空間への取り組み
医療施設をデザインの力で刷新した鶯谷健診センター。その経験から得られたのはどんなことだったのか、三石さんにうかがった。
三石:鶯谷健診センターの空間づくりを経験させていただいたことで、ほかの医療サービス施設をお手伝いするにあたり、医療施設に適したデザイン、レイアウトの提案が行えるようになりました。たとえば、多くの医療施設では医師が使う部屋に大きなスペースがとられがちですが、鶯谷健診センターでは、お客さまのための空間は広くとられている一方で、バックヤードはとてもコンパクトにまとまっています。
これは、お客さまの視点に立ちつつ、スタッフの働きやすさも確保し、収益を上げるための空間設計を重視する中條さんの考えによるもので、学ぶことも多かったです。
丹青社ではこれまで、医療施設をはじめ多くのホスピタリティ空間を手がけてきた。そこでも、丹青社が積み上げてきた経験が活かされている。
三石:丹青社では、ホテル・ブライダル施設、医療サービス施設など日本全国のホスピタリティ空間を手がけています。僕自身で言いますと、直近では新宿追分クリニックや浅草ビューホテルのリニューアル、ラグーナベイコート倶楽部 ホテル&スパリゾートなどの空間づくりのお手伝いをしました。
「ホスピタリティ」という大きな括りのなかで、さまざまな施設を手がけることで、常に施設を利用するエンドユーザーを意識し、事業主さまからの要望を超えた提案につなげられるようになりました。僕自身、プロジェクトマネージャーとしてデザインについても意見を細かく伝えていますが、見た目だけではなく、導線についてはどの施設でも特にチェックしています。
これからの予防医学には、デザインとサービスが必要
三石:最初のリニューアルから10年以上が経った今も、鶯谷健診センターには全国から見学に来られる方が多くいらっしゃいます。特にほかの医療機関の方が見学すると、鶯谷健診センターのクオリティを追求したデザインや、考え抜かれた導線に驚かれることが多いようです。
中條:リニューアルを考えはじめたのは15年ほど前ですが、その頃に比べると、どの医療機関も空間のあり方を意識するようになってきました。でも、まだまだ、これからだと思います。今後、少子高齢化が加速する日本では医療費の増加が進み、社会保障制度の変革も予想されます。国民健康保険の自己負担割合も、将来的に引き上げられるかもしれない。その状況は、コロナ禍を経て拍車がかかり、予防医学がますます重要とされる時代になるでしょう。
これから、世の中に快適で居心地のいい健診センターがどんどんできて、健康診断を受ける人が増え、継続的な受診につながり、病気の予防や早期発見ができれば、医療費の抑制にもなり、何より私たちの生き生きとした暮らしに結びつくはずです。そのための「病院らしくない」空間であり、そのためにデザインとサービスが必要なんです。
コロナ禍、そして高齢化が進む今、医療機関はますます暮らしに身近なものになっている。これからのホスピタリティ空間を手がけるうえで、目指しているものとは何か。
三石:新型コロナウイルスの影響で医療機関へ足を運びづらいと感じている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、デザインの面で改善を図ったり、より利用しやすい導線計画をしたり、さまざまな提案を行っていきたいと思っています。そして、超高齢化社会の街の重要な機能の一つとして、今後さらに必要とされるであろう老人ホームや介護施設についても、安心かつ快適な空間の提供を行っていきたいですね。
プロジェクトの“中の人”に聞く
猪瀬恭志(株式会社丹青社 デザインセンター リテールデザイン局 クリエイティブディレクター)
猪瀬さんは、2017年の鶯谷健診センターのリニューアルでデザインを担当。営業の三石さんと方向性を決め、中條さんからのハイクオリティな要望に応える役目を担った。
猪瀬:事業主さまの意向を汲み、一番こだわった点は、受診される方が緊張せずリラックスして健診が受けられる空間にすることです。特に女性専用の人間ドックフロアの待合室や診察室内の椅子は座り心地を考慮し、生地の肌触りをサンプルで1点1点確認して、選定しました。サービス面では、受付を個室にしてプライバシーを確保し、採血エリアはパーテーションでしっかり仕切って囲われたブースにするなど、できるかぎり他者の視線を気にすることなく健診が受けられるよう配慮しました。
また、鶯谷健診センターは施設全体でみると、フロアごとに「一般健診」「女性人間ドック」「外来」「男性人間ドック」と機能が分かれています。そのため、各フロアそれぞれの目的やターゲットに則したデザインとし、個性をもった空間となるよう心がけました。
猪瀬さんはこれまでに、医療施設だけでなく、商業空間やオフィス空間などさまざまな案件を手がけてきた。他分野から得たノウハウを、どうホスピタリティ空間に落とし込んでいるのだろうか?
猪瀬:一つは、医療機器まわりの造作です。医療機器はそれが置かれる台や、並べたときに仕切るパーテーションまで既成品であることが多いのですが、商業店舗でつくる造作テーブルのような特注で製作した台にしたり、パーテーションも木を基調とした素材感のある造作にしたりと、できるかぎり医療機器の既製品を使わずに無機質さを感じさせない工夫を行いました。
また、受診後に食事をするラウンジやカフェがある場合は、基本的にはお一人で利用される方が多いので、カウンター席や一人で座れるソファ席で構成しています。こうした飲食空間での居心地のよい客席配置や、スムーズなサービス導線の取り方なども、気を付けているポイントです。
そのほか照明計画についても、普段商業空間を手がける際のノウハウを活かしています。受付や待合室といった滞在時間が長い空間では、必要最低限の機能をおさえながらも間接照明を主体としたリラックスできる照明計画を提案しています。ホスピタリティ空間に限らず、今後もさまざまな分野で得たノウハウを空間づくりに活かして、幅広い領域で事業主さまの課題解決につながるようなデザインを進めていきたいですね。
取材・文:矢部智子 撮影:中川良輔 編集:石田織座(JDN)
鶯谷健診センター 施設写真撮影:株式会社 ナカサアンドパートナーズ、山本育憲
鶯谷健診センター
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