「データの向こう側には人がいる」。映画「サマーウォーズ」公開から8年、「いま」改めて考える仮想世界の情報デザイン

「データの向こう側には人がいる」。映画「サマーウォーズ」公開から8年、「いま」改めて考える仮想世界の情報デザイン
2009年に公開された、細田守監督の長編アニメーション映画「サマーウォーズ」は、ネット上の仮想世界「OZ(オズ)」へのサイバー攻撃によって現実世界のシステムが狂わされる事態に、高校生の少年と田舎の大家族が立ち向かっていく、ひと夏の壮大な物語だ。広島原爆をテーマとしたデジタルアーカイブ「ヒロシマ・アーカイブ」を制作・運営する首都大学東京の渡邉英徳(わたなべひでのり)准教授は、この大ヒット映画に、自らの取り組みとの共通点を感じているという。公開から8年がたち、「OZ」的な仮想世界が現実的になったいま、その試みをデザインの視点から振り返るべく、渡邉さんに仮想世界と情報デザインの「いま」を聞いた。
到達できないけど、近くにある。「サマーウォーズ」の先進性と懐かしさ

——渡邉さんは、2011年7月に広島の戦争体験者の証言や写真資料をまとめ、デジタル地球儀にマッピングした多元的デジタルアーカイブズ「ヒロシマ・アーカイブ」を発表されました。当時の記憶を伝えるため新しい情報デザインに取り組んでこられたわけですが、「サマーウォーズ」のようなアニメーション映画からヒントを得ることもあるのでしょうか?

渡邉英徳さん(以下、渡邉):僕は建築学科出身です。建築家は設計にあたって、映画や文学をはじめ、ほかのたくさんの分野の作品を参照します。建築出身の僕たちがデザインした「ヒロシマ・アーカイブ」にも同じことがいえます。アーカイブに触れる人のうち、多くは専門家ではありません。初見で誰にでもわかるような、一般に開かれた面が求められるところは建築と同じです。制作にあたってはさまざまな分野の作品からヒントを得ていますし、もちろん「サマーウォーズ」などのアニメ作品も参照します。

——「サマーウォーズ」は当時としては、かなり先進的な世界を描いていたように思います。

渡邉:いわば「来るべき未来」の社会像を予見したような作品だったと思います。永遠にやってこないけれど、すぐそこにありそうに感じる未来です。「OZ」のようなサービスが日常に滲み込んだ時代の描写は、いつまでも先進的に見える。「ヒロシマ・アーカイブ」は、そうした仮想世界の表現にインスパイアされてつくりました。そのおかげか、リリースから7年経ったいまでも、初見のかたは「斬新」と言ってくれたりします。

「ヒロシマ・アーカイブ」は、広島原爆についてのさまざまな資料を、デジタルアースにマッピングした「多元的デジタルアーカイブズ」。被爆当時の体験談、写真、地図などの資料を、現在の航空写真・地形と立体的に重ねあわせ、俯瞰的に閲覧することができる。

「サマーウォーズ」がヒットした要因はほかにもあると思います。おそらく、ほとんどの人はこういう「夏休み」を過ごしたことはありません。素敵な先輩と田舎に行き、婚約者のふりをするといった、ありえない夏休み。でも、「僕の少年時代はこうあるべきだった」「どこかでこういう夏休みを過ごしたはずだ」と感じさせるような、色づかいや物のあしらいがなされている。到達できないけど、近くにある感じ。先ほどの「永遠にやってこないけれど、すぐそこにありそうに感じる未来」と同じです。「ヒロシマ・アーカイブ」のデザインにも、そうしたニュアンスを込めています。

「OZ」はアニメーションにおける仮想世界表現の秀逸な回答

——「OZ」のヴィジュアルデザインについてはいかがでしょうか?

渡邉:「サマーウォーズ」は、そもそもアニメーション作品です。「OZ」のリアルとはほど遠い、トゥーンレンダリング的な描写は、アニメーションで描いた世界のなかに、さらに入れ子になった「仮想世界」を表現するための、秀逸な回答だと思います。

もしいま、実世界で「OZ」のようなサービスが展開されるとしたら、おそらくフォトリアリスティックな表現になるでしょう。一時期「Second Life」が流行し、僕も授業などで活用しました。あのサービスもリアル指向でしたよね。「仮想」世界に実感を伴わせるために、リアルな表現が必要になるわけです。

映画「サマーウォーズ」内のネット上の仮想世界「OZ」。人々は自分の分身となる<アバター>を設定して、現実世界と変わらない生活をネット上で送ることができる

映画「サマーウォーズ」内のネット上の仮想世界「OZ」。人々は自分の分身となる<アバター>を設定して、現実世界と変わらない生活をネット上で送ることができる

「サマーウォーズ」の「OZ」には、アニメーション表現された映画の舞台である長野県上田市の風景よりもさらに情報量を減らした、トゥーンレンダリング的な表現が施されています。アニメーションという虚構のなかで描かれる仮想世界であることを、初見で伝えようとする配慮を感じます。ことさら「仮想」的にみえる世界と、観客が健二や夏希とともに過ごす世界がつながっている。描き分けと接続がとてもドラマティックでわかりやすい。

一方、「ヒロシマ・アーカイブ」の表現には、虚構が含まれていません。画面内に登場する顔写真、地図、デジタルアースなどは、すべて実世界のものです。でも、例えば1945年の広島の街の上空に、たくさんの顔写真が浮かぶ構図は一見、奇妙ですよね。このアンリアルな表現によって「過去のできごと」を示そうとしているのです。このあたりは、「サマーウォーズ」の構造の、ちょうど裏像になっているように感じます。

——「ヒロシマ・アーカイブ」を立ち上げ、デジタル空間にアーカイブを重ねていくことで、どんな効果がありましたか?

渡邉:はじめて触れる子どもたちは、いの一番に「自分の家」を探しはじめます。そうして、72年前の広島と、現在の自分の家が「地続き」であることを確認しているのです。

もともと広島や長崎に強い興味を持たなかった人たちが、原爆投下は、自分たちの生きる土地と地続きの場所で起きた出来事だと実感できるとしたら、それは意義のあることだと思います。

仮想世界を介すとコミュニケーションは浄化される?

——デジタルな仮想世界が、人間的な共感を生み出す助けになるというのはおもしろいですね。

渡邉:そうですね。「仮想世界」を媒介にすることで、人の心の善き面が引き出されているのではないでしょうか。

「ヒロシマ・アーカイブ」の被爆証言のうち一部は、広島女学院中学高等学校の生徒たちが集めたものです。彼女たちはふだん、署名活動を行なっています。街頭に立つと、いろんなことを言う人がいるそうです。嬉しい感想ばかりじゃない。悪口や、嫌がらせを受けることも多く、まだ若い彼女たちは、そうした悪意をうまく受け止めきれず、悩むこともあるそうです。

地元の高校生と連携して被爆証言の収集活動をすすめながら「記憶のコミュニティ」を生成。人々のつながりが、デジタルアーカイブを育んでいく

地元の高校生と連携して被爆証言の収集活動をすすめながら「記憶のコミュニティ」を生成。人々のつながりが、デジタルアーカイブを育んでいく

「ヒロシマ・アーカイブ」では、デジタルアースという「もう一つの地球」を介在させることで、人の心の切ない面ではなく、善き面を引き出すことができたように思います。実際、批判を受けることはほとんどありません。

そこが「OZ」と似ている気もしています。主人公たちのアバターには、仮想世界をはさんで多数のユーザーが共感し、協力を申し出ます。Twitterなど、文字だけが並ぶネット上のコミュケーションでは、人の心の切ない面が強調されるきらいがあります。「炎上」がその例です。でも、「OZ」あるいは「ヒロシマ・アーカイブ」のように、仮想世界が介在することによって、人々がお互いの心の善き面を感じあい、高めあうこともあるようにも思います。

データの向こうには人がいる。仮想世界の可能性を感じる「サマーウォーズ」

——「ヒロシマ・アーカイブ」の設計に際してはどんなことに注意されましたか?

渡邉:「データの向こう側には人がいる」ことを表現するためのデザインを心がけました。戦争体験を文字のみで表現すると、当然、深く読み込むことはできますが、広島につながりがない読み手にとっては、実感しにくくなることもある。でも実際は、私たちが生きているこの地球のどこかで、生身の人間が体験した出来事です。そこが重要です。だから、地球の上に浮かぶアイコンは「人の顔」なんです。表現手法自体は裏像ですが、「OZ」にも同じことがいえます。あの抽象化されたアバターたちの向こう側には「人」がいます。それが巧妙に表現されています。

——「OZ」も「ヒロシマ・アーカイブ」も、決してネット空間だけで存在しているわけではなく、基本には生身の人間によるやりとりがある。デザイン面で表すのが難しい点ですが、そこを抜きにはつくれないとも感じます。

渡邉:「ヒロシマ・アーカイブ」を訪れて、広島の記憶に立ち会う人たちには、悲しい物語のその先に、未来に向けての希望も感じてもらいたいと思っています。

仮想世界、そして実世界の可能性を明るく謳いあげたい、という意思を込めています。確かに世界には問題が山積みだけれど、きっと、さらにいい未来・楽しい世界につながっているんだと思えるようなデザインや語り口を目指しています。学生の指導をするときもそうです。

「サマーウォーズ」にも、同じような表現者の意思を感じます。僕は戦争を題材にした高畑勲さんや、人の心の闇を描いた今敏さんの作品も好きでよく拝見します。でも、時には鑑賞後に落ち込んでしまうこともあります(笑)。そして「サマーウォーズ」は、とにかく元気が出る。ただただオプティミスティックに描いているわけではありません。ここまでお話ししてきたような細心の注意を払いつつ、明るい方向へと太い筋を通しているからではないでしょうか。そうした細田守監督のスタンスに、僕は強く共感します。

聞き手:瀬尾陽(JDN) 構成・文:高松夕佳

映画「サマーウォーズ」
キャスト:神木隆之介 桜庭ななみ 谷村美月 富司純子
スタッフ:監督/細田守 脚本/奥寺佐渡子 キャラクターデザイン/貞本義行
(C)2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS
http://s-wars.jp/

ヒロシマ・アーカイブ
http://hiroshima.mapping.jp/

渡邉英徳(わたなべひでのり)
首都大学東京大学院システムデザイン研究科准教授。情報デザイン、ネットワークデザインを研究。ハーバード大学客員研究員、京都大学客員准教授などを歴任。これまでに「ナガサキ・アーカイブ」、「ヒロシマ・アーカイブ」、「東日本大震災アーカイブ」、「沖縄戦デジタルアーカイブ」「震災犠牲者の行動記録」などを制作。著書に「データを紡いで社会につなぐ」(講談社現代新書)がある。