——まずお聞きしたいのは、作品内の家や電車などの設定にデザイナーやクリエイターを起用されていますが、それはどのような理由からでしょうか?
思い付きでやっているのかというとそうではなくて、特に今回の『未来のミライ』で言うと、子どもが見ている世界をどう描くかというのがおもしろさだし、チャレンジだったと思うんですよね。子どもが見ている世界を自分のイマジネーションだけで描くのではなくて、ジャンルを超えたプロフェッショナルな人たちと議論しながらつくっていきました。僕らは忘れてしまっていますが、きっと子どもが見ている世界とか未来というのは、生命力に溢れていて瑞々しくてキラキラしている、その世界をどう描けるかというのを表現してみようと。そういう考えのもと、建築家の谷尻誠さん(SUPPOSE DESIGN OFFICE)に家の設計をお願いしました。
アニメーションでも実写でも、美術監督やメカデザイナーの人が、監督の意図を汲んでデザインするというつくり方が普通だと思います。これまでもキャラクターの衣装は伊賀大介さんにスタイリングをお願いしていたり、今回のように、谷尻さんや、川崎重工業車両カンパニーの亀田芳高さんなど、ジャンルを超えた才能と一緒に映画をつくる。そんな人は、細田さんだけだろうなって思うんですよね。

スタジオ地図 プロデューサー 齋藤優一郎さん
普通は親の都合で一軒家を建てるんだけど、でも本作ではお父さんが建築家という設定もあるので、子どもがワンダーだと思える家を建てるとしたらどういう考え方があるのか?谷尻さんと話し合いを重ねがら生まれたアイデアが段差を使った家です。
段差は主人公のくんちゃんと同じ100cmくらいで構成されていて、壁が取っ払った状態で部屋が層になっている家のつくりですが、それは大人にとっては場所によっては窮屈かもしれないし、すごく不自由な空間かもしれない。けれど、それが4歳の子どもが見た時にものすごくおもしろい不思議な空間、逆に言うと子どもにしか見えない隙間が見えたりとか、そういうことが子どもにとってはワンダーな世界で、何か不思議な世界に扉が開くんじゃないかと思うんです。児童文学でも、タンスを開けたらナルニア国でしたとかありますよね。
つまり、子どもが見ている世界をどう保障するかということだと思うんです。それをとてつもない才能ある建築家と積み上げた。我々の常識にとらわれない、子どもが見ている世界が生まれたんです。

傾斜を生かして段差を使った構造
——記者会見(2017年12月)で細田監督が、「細かく描かれてはいるけど、すべてが本編では使われなかった」といった主旨のことをおっしゃっていましたが、そういう部分がしっかりとつくられていることによって、より物語の厚みが増すということですか?
それは先ほどの「世界の保障」ということですよね。ディテール部分も積み上げて描くことによって、語られていない裏側の説得力に繋がると思うんです。『バケモノの子』の時には、『渋天街』というバケモノたちが住んでいるもうひとつの世界を描きました。美術設定をお願いした『永遠の0』や『ALWAYS 三丁目の夕日』の美術監督をされている上條安里さんと、まず話し合ったのは、「この世界には電気があるのだろうか?」「上下水道はどうなっているんだろうか?」ということでした。渋天街には昼も夜もあるわけだし、人間と同じように営みがあるバケモノたちがいるなかで、衣食住も含めてどのように息づいているのか、そこにきちんと生活があることをどう保障できるか、そこに説得力を描くことで渋谷と対比する世界を構築することができると思うんですよね。それは建物を建てて色を塗ればデザインとして完成する、そういうことではないんです。
今回、映画の大きな舞台は家と庭なんですね。だからこそ、映画のかなりの部分を占める家と庭の設定という舞台装置を、どれだけおもしろくできるかというのは、映画のクオリティに繋がってくるし、そこへのこだわりは非常に強かったと思います。
——tupera tuperaや亀田さんに依頼された理由は?
シンプルなところから言うと、細田さんがtupera tuperaさんの大ファンだった(笑)。細田さんから現実世界と異世界の差をつけるために、tupera tuperaさんの世界観で映画の一部をつくったらどうかという話が挙がり、お願いすることになりました。tupera tuperaさんには異世界のキャラクターデザインだけではなく、劇中に登場する絵本も描いていただき、最初は劇中の数ページ描くだけだったのに、最終的には出版するしないにかかわらず、絵本としてちゃんと完成させたほうがいいということになりました。

tuperatupera オニババ対ヒゲの巨大絵本
「黒い新幹線」をデザインした亀田さんも本当におもしろい方でしたね。最初、子どもも大人も大好きな新幹線って、誰がデザインをしているのかという素朴な疑問があったんです。カモノハシみたいに顔が長いのは、きっと空気抵抗とか摩擦抵抗とか、トンネル突入時にいかに騒音を減らすとか、そういった力学からの逆算から、たぶんAIがデザインをしているんじゃないかと思っていたんです。でもそれは大間違いで、亀田さんの鉛筆のスケッチから全てが始まっていたわけですよ。しかも、亀田さんのアイデンティティや哲学、あこがれや理想などが詰め込まれている。それって映画づくりと同じだと思ったんですね。
監督が亀田さんとの打ち合わせ時に、「黒い新幹線」は子どもが見ると怖いけれど、子どもから成長した大人や親が見ると、それはもしかすると少し滑稽なものなのかもしれないなどと話をしていたら、「いま僕が興味があるのが生体と機械の融合なんですよ」とか、「僕の妄想ですけど新幹線に毛が生えていたらどうしますか?」みたいなことを、次々と亀田さんがおっしゃって(笑)。ふつうは「目が大きくて毛が生えていて……」みたいなことを監督からオーダーしたりするものなのですが、「僕はこれがおもしろいと思います」というアイデアが亀田さんから次々出てきて。その発想のすごさに監督も圧倒されて、おもしろがっちゃって「それでいきましょう!」となりました。きっと亀田さんは本物の新幹線をデザインするときも同じなんだと思います。だから、僕らも一緒になって驚きやかっこよさ、喜びを感じられるんじゃないかなと。そういう想いがデザインに宿り、フィルムになっていく、それは大事なことだと思うんですよね。

川崎重工業車両カンパニーの亀田芳高さんがデザインした「黒い新幹線」

「黒い新幹線」の車内
——映画にあわせた展示「未来のミライ展〜時を越える細田守の世界」も開催中ですが、このイベントはファンにどういうことを伝えたくて企画されたんですか?
前回の『バケモノの子展』もそうなんですが、まず映画のスタッフが関わっている。特に今回は細田監督も企画とかアイデア出しに参加している。あと映画のスタッフだけではない、ものすごいプロフェッショナルな人々、展示企画や空間デザインを手がけていただいた石津尚人さんや、いままで誰も見たことがないようなインタラクティブ展示を企画制作していただいた面白法人カヤックの天野清之さん、そういう方たちが寄ってたかって、1本の映画をつくってる感じです。映画『未来のミライ』とはまた違った表現でつくられた、展示という映画『未来のミライ展』をたくさんの方々に楽しんでいただきたいですね。
——最後に、齋藤さんが感じる細田監督の芯というか、共通しているけど変化していっているものがあれば教えてください。
首尾一貫しているのは常に新しいモチーフやテーマ、そして表現に挑戦するチャレンジャーだということですね。バイタリティを持って、全く新しい映画という大地を切り拓いて、映画の可能性を押し広げていく、そういったチャレンジ精神を持った人だと僕は思うんですよ。
また細田さんは映画の公共性をとても大切にしている。映画は公共の利益に適うべきものである、公共性こそが大事なんだと。だからこの展示会も、新しいことに果敢にチャレンジをし、そして公共の利益に適う、たくさんの方々に集っていただけるような展示会になることを願っています。

未来のミライ展 ~時を越える細田守の世界
取材・文:瀬尾陽(JDN) 撮影:中川良輔
未来のミライ
http://mirai-no-mirai.jp/
未来のミライ展〜時を越える細田守の世界
https://mirai-ten.jp/#/
©2006 TK/FP ©2009 SW F.P. ©2012 W.C.F.P ©2015 B.B.F.P ©2018 CHIZU
- 1
- 2