映画の世界を立体的に体感する『未来のミライ展』ができるまで-天野清之(面白法人カヤック)×伊藤整(スタジオ地図)

映画の世界を立体的に体感する『未来のミライ展』ができるまで-天野清之(面白法人カヤック)×伊藤整(スタジオ地図)
『時をかける少女』や『サマーウォーズ』などの話題作を世に送り出してきた、細田守監督の最新作『未来のミライ』(スタジオ地図作品)が現在公開中だ。そして現在、体感型展示・最新テクノロジー・原画・背景画などを通じて表現した『未来のミライ展〜時を越える細田守の世界(以下、未来のミライ展)』が東京ドームシティ Gallery AaMoで9月17日まで開催している。「映画とは違う、イベントならでの表現で、子どもと大人が一緒に楽しめる空間を作ってほしい」という細田監督のオーダーにどのように応えたのか?同展のキーとなるインスタレーションを手がけた面白法人カヤックの天野清之さん、そしてスタジオ地図の伊藤整さんにお話をうかがいました。
未来のミライ展 ~時を越える細田守の世界

未来のミライ展 ~時を越える細田守の世界

——まずは、スタジオ地図がカヤックとお仕事をするようになったきっかけから教えてください。

スタジオ地図・伊藤整さん(以下、伊藤):3年前の『バケモノの子展』でカヤックさんにインタラクティブ展示でご協力いただいたのが最初ですね。

カヤック・天野清之さん(以下、天野):『バケモノの子展』は日テレさんから弊社にお声がけいただいて、その時は過去4作品をインタラクティブに体感するようなコンテンツをつくりたいというところまでは決まっていました。『サマーウォーズ』の「OZ(オズ)」の空間の中に感想を投稿できる寄せ書き的な3Dコンテンツや、『おおかみこどもの雨と雪』の雪ちゃんと雨くんに手をかざすと身長を測定できるという体験コンテンツなどを手がけました。

面白法人カヤック クリエイティブ・ディレクター 天野清之さん

面白法人カヤック クリエイティブ・ディレクター 天野清之さん

伊藤:各作品の名場面をインタラクティブに体験できたのでお客さんの満足度も高くて。一方で、原画や背景美術の展示エリアもありながら、本当にバランスのいい感じになっていました。

スタジオ地図 アソシエイトプロデューサー 伊藤整さん

スタジオ地図 アソシエイトプロデューサー 伊藤整さん

——今回の展示にあたって、天野さんたちにはどうのような要望がありましたか?

天野:今回も作品の原画などと体験型コンテンツで構成されるので、体験型コンテンツのデジタル部分でおもしろくしてほしいということ。特に大事なこととして、お子さんが展示を楽しめるような体験コンテンツにしてほしいという要望は、スタジオ地図の齋藤(優一郎)プロデューサーからいただいていました。

弊社では、オープニングエリアの「プレショー・不思議な庭(以下、不思議な庭)」と、展示の最後になる「ポストショー・細田作品インデックス(以下、細田作品インデックス)」をメインで手がけています。この2つは庭がテーマになっていて、『未来のミライ』が庭ではじまることから、ストーリーに沿った演出にしています。

「不思議な庭」は、いろんな景色に切り替わっていく映画の演出を体験できるプロジェクションマッピングです。白い空間から原画、カラー画へと変わっていき、いろんなシーンが山下達郎さんのオープニングテーマ「ミライのテーマ」に合わせて切り替わっていきます。もう1つ演出として入れたのは、床にもプロジェクションしていて、人の動きに反応して動くようなつくりにしています。

「細田作品インデックス」は劇中で系統樹(系統関係を系図状に図示したもの)で見せる演出があり、その部分の演出を本コンテンツのコンセプトにしています。細田守という世界観と作品のつながりをすべて樹木のように根っこで繋げ、一直線に表したコンテンツです。ライン上にある葉をタッチすると、切り取られた1カットの映像が見られるようにしています。切り取られた映像はすべて細田守さんが描く世界感を切り取ったものです。子供にもタッチして欲しかったので、身長に合わせて低いところまでインタラクションを入れています。

——作品の制作と並行して展示の企画をつくっていたんですよね。

伊藤:『バケモノの子展』といちばん違うところはそこですよね。でき上がった作品があった上で、企画して展示をつくっていくのではなかった。

天野:前回の『バケモノの子展』は新作映画ではなく、過去作品のプロモーションでした。何度も観ていたから、それなりに作品への理解が強い自負があって企画をしているんですけど、今回は最初にお話をもらった時は絵コンテもなかったので、「主役は男の子」ということと作品の概要だけだったんですよね(笑)。全然想像できないというか、未来から妹が来るんだなというくらいしかイメージがなかったです。

伊藤:天野さんだけではなくて、この映画のキーポイントはどこなのかみんな正確にはわかってなかったですよ(笑)。全員が一致していなくて、絵コンテを見ても映像にならないと……。

天野:そうですね。それも難しかったです。

伊藤:原画を選んでいくチームもいるんですけど、まずそもそも映画制作中のため、原画がまだない(笑)。過去作の時は、良いシーン、良い原画、良い背景をキュレーションされる方が選ぶんですけど、それが4月時点ではまだそろってこないんですよ。最後のポストショーもまさにそうですけど、映画のラストが映像的にどうなるのか、僕らスタジオ地図のスタッフでもわからなかった。

天野:絵コンテにラストの演出が「系統樹」って書いてあったので、最終的にこういう見せ方にしようってお話になりましたよね。おそらく家系図なのか、それとも木の根っこみたいなものなのか、そういうかたちの繋がりを表現しましょうと。じゃあ、どういう風に見せるかというのは絵コンテからだけだとどうしても難して……。細田さんの圧倒的なイマジネーションで絵コンテから飛躍していくので。

伊藤:実際、映像を見るまでは細田監督以外誰もイメージがついていないんです。ほぼ公開と同時期にこの展示がはじまるわけですから、制作の進行を待ちながら、追いついたところですぐにカタチにしていかないと。最終的に「あ、こうなるのね!」と、皆さんびっくりしていましたよね(笑)。

天野:そうそう(笑)。今回、映画としてやっぱり印象的だったのは、作品全体のキレイさですよね。細田監督はもともと美しい背景をつくられる方ですけど、絵の具で描かれているものと、CGでつくられているものが混じっていて、それがわからないくらい馴染んでいる様は圧巻でしたね。そこが個人的にはびっくりしました。「不思議な庭」は背景描写メインの演出のところなので、原画からカラーへ移っていくところのトランジションで、絵のきれいさが少しでも見せられたらいいなと思いましたね。

伊藤:普通だったらレイアウト・原画・背景美術で絵を見せるところを、今回それをプロジェクションマッピング見せるというのはほかにはないと思います。たいてい美術設定は紙で展示するんですけど、今回は、建築家の谷尻誠さん(SUPPOSE DESIGN OFFICE)に設計していただいた家をほぼ同じサイズの白い模型で立体的につくりました。これは映画ではできないイベントならではの方法だと思います。

——プレショー、ポストショーというのは、どういう意味なんですか?

伊藤:『バケモノの子展』の時は明確に、絵コンテ・キャラクター・原画・背景と、いわゆるアニメーションの制作工程に分かれていて、最後にインタラクティブエリアっていう感じだったんですけど、今回は日本テレビイベント事業部の福井プロデューサーと細田監督が話すなかで、同じことをしても意味がないし、やっぱり『未来のミライ』という作品に寄り添いましょうとなりました。『未来のミライ』が5つのショートエピソードの組み合わせで構成されていて、絵コンテがAからEパートに分かれているというのもあったので、そのお庭を巡る旅みたいなものと考えて、その旅のはじまり(プレ)と終わり(ポスト)があるでしょうと。企画自体は1年くらい前からスタートしました。

『未来のミライ展〜時を越える細田守の世界』会場内マップ

『未来のミライ展〜時を越える細田守の世界』会場内マップ

映画ではワンカットで通り過ぎてしまうようなシーンでも、イベントでは際立たせることができるし、それを立体的に見ることによって、映画とは違った楽しみ方があると思っています。展覧会を企画するにあたり、映画とは違うかたちで立体的に表現してほしい、意訳をして空間的に表現してほしいというリクエストがありました。福井プロデューサーらと企画について話していくうちに「やっぱりそうなるとカヤックさんでしょ」と。

細田監督とも、『バケモノの子展』で「渋天街」の門を通るというのが、別の空間に入っていく演出効果としてすごく大事だったという話をしていて、今回この展覧会のプレショーとポストショーをカヤックさんがやっているっていうことは意味深いなと思います。かつ映画的な話で言うと、両方とも木がモチーフなんですよね。「不思議な庭」でも家族ともに1本の木があり、ポストショーでも大きな時間の流れという視点で見た時の木があり、始まりと終わりに木があるという。それをただ実際の木を置くということではなくて、天野さんにそれぞれ意訳していただいて「なるほど……!」という感じがしますね。

天野:いろいろお話をいただいたうえで、「こういうことなのかな…?」と回答させていただいているので、そのなかで「いい演出」あるいは「いいアイデア」、「いいクオリティ」にするように考えている感じですね。

伊藤:天野さんとは、これまでいろんな施策でご一緒させていただいているんですけど、天野さんは「ここでOK」というラインを引かない方なんです。「不思議な庭」の床のインタラクティブ演出もそうですが、絶対こっちの方がおもしろいと新しい演出を足してくれるんですよ。結果的に、それが体験する人にとって、より満足度が高くなっているので、僕らが頼んだことを超えてくるだろうなといつも期待をしています。天野さんにはプレッシャーをかけているのかもしれないですけど(笑)。

天野:いえいえ全然(笑)!

——今回の展示の見どころを教えてください。

天野:1番は細田さんのイマジネーションをどうやって今回のインタラクションのコンテンツに消化していくかというのは、技術的なところよりは表現的な部分でかなり苦労していますし、1つのつくり方というか、考え方のベースになっています。技術的なところでは、「細田作品インデックス」にはソニーさんの超単焦点レンズを使った4Kプロジェクターを使っています。最近、すごく注目されているレンズで壁面距離と投射範囲がものすごい近くで打てるんですよ。

その利点としては、通常の2mとか3mの壁面に投射しようとすると、1〜2mくらいプロジェクターを離さないといけないんですけど、それをグッと近づけて打てます。「細田作品インデックス」は壁面タッチ系のプロジェクションなので、2〜30cmくらいまで近づいても影が出ないでタッチできるんです。子どもがタッチする範囲とかも考えていくと、プロジェクターの距離を離して打つと、影になる部分がストレスになったりするんですね。超単焦点レンズを使うことによって、限りなく影が出ない状態でで体験ができるというのは技術的にはおもしろいポイントだと思います。

ポストショー・細田作品インデックス

ポストショー・細田作品インデックス

あと、この系統樹はラインの色で作品ごとに識別されていて、分岐しているポイントが感情でカテゴリに分かれているんですね。笑うとか泣くとか。細田さんが各作品でされている演出を加味した分岐をさせていて、そのポイントに地図さん監修していただいたシーン映像が入っています。それが作品ごとに両壁面にあって、タップすると大きくなって映像が流れます。全部で150シーンあります。細田作品のファンなら、いろいろ触っていただくとすごいおもしろいんじゃないかなと思います。サイズは4タイプあって、それぞれサイズ干渉はしないようにつくっています。もちろんランダムにすることもできたんですけど、ある程度あらかじめ強弱をつけるようにしました。

ポストショー・細田作品インデックス

ポストショー・細田作品インデックス

——天野さん個人として、印象的なシーンはどこですか?

天野:ファン目線から言わせてもらうと、細田さんは『時をかける少女』の青春ものとか恋愛ものにSFをかけていくような作品が得意な印象だったんですけども、今回は完全に日常、家族愛的なものを切り取ったのが新鮮でした。僕が最近親になったということもあるので、親目線で見てしまっているんですけど、くんちゃんの存在が親からの視点と、そうではない人から視点とでは、かなり違う風に見えるんじゃないかなと思いました。子どもがいる僕の見え方としては、愛らしいというか自分の子を見ている感じですね。

それは細田さんの日常を切り取る描写力ですよね。親心をくすぐるような感じになっているのがおもしろいというか。基本的なアニメのストーリーラインというか、人の感情をくすぐるような、わかりやすいロジックじゃない感じで泣けるんですよ。僕の感情のどこをくすぐってくるのかはわからないんですけど、はらはらはらって涙が出てくるようなつくりになっている。

伊藤:僕自身は結婚していないし、子どももいないですけど、映画を観て、自分の子ども時代を思い出したりしました。天野さんは自分自身の子どもの頃のことは思い出しませんでした?

天野:一緒につくったカヤックのメンバーは、昔の自分が子どもの頃のことを思い出したと言ってた人もいましたけど、僕は正直そこはなかったですね。

伊藤:同じ人が見てもその人の状況だとか、年齢とか、結婚しているしていない、子どもがいるいないで、この作品の印象は映し鏡のように変わりますね。

天野:あとは、1本のストーリーの中にショートストーリーで構成されているのもいいですよね。これがいままでの細田監督の作品とは違う印象が僕はあったんですけど。何だろう……ヨーロッパのショートアニメーションに近いというか、7分間で少女の心情とその月日の流れを再現する『岸辺のふたり』(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督作品)とかに近い見せ方を感じましたね。5つのコンテンツの1つずつが美しいショートストーリーになっていて。

伊藤:四幕構成とか三幕構成というのが映画では一般的な手法としてはあるけど、『未来のミライ』はそうじゃないからそういう風に感じられるのかもしれないです。

天野:カタルシスをどうつくっていくかというところだと思うんです。全体を通してカタルシスをつくっていくのではなくて、ショートストーリー1個で完結しているので、起承転結が1個ずつ入っているんですよね。その1つの中にくんちゃんという主人公とお庭の演出が入っているんですよね。98分の構成の中でこれをやりきるのはちょっと独特な感じをしました。ある意味では、いまの時代っぽいつくり方をされている気もしますし、すごく挑戦的な感じがしましたね。

取材・文:瀬尾陽(JDN) 撮影:葛西亜理沙

未来のミライ
http://mirai-no-mirai.jp/

未来のミライ展〜時を越える細田守の世界
https://mirai-ten.jp/#/

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