デザインの“ものさし”をつくる、Shed Inc.の人材育成(1)

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デザインの“ものさし”をつくる、Shed Inc.の人材育成(1)

メディアやコミュニケーションのかたちが多様化する中、デザイン制作会社がクライアントからの多種多様なオーダーに応える「いいデザイン」を導き出すためには、所属するクリエイターたちの能力を最大限に引き出す組織づくりが不可欠だ。橘友希さん率いるShed Inc.(以下、Shed)は、デザイナーとエンジニアだけで構成される職能特化型の制作会社として数々の企業のブランディングなどを手がけ、10年以上にわたってクリエイティブ業界を走り続けてきた。

会社のカルチャーとの相性を重視した新卒採用や、「個」の力を大切にする組織のあり方について伺った前編に続き、後編では、橘さん自らのデザイナーとしての実務経験をベースに作成された独自の教育カリキュラムを実践するShedの人材育成についてうかがった。

新卒デザイナーのスキルを引き上げる“ブースターパック”

ーーShedでは人材育成のための教育カリキュラムを実践されているとのことですが、どのようなきっかけでカリキュラムをつくりはじめたのですか?

橘友希さん(以下、橘):現在、Shedでデザインチームのリーダーを務めるデザイナーがまだ入社したばかりの頃に、「これからデザイナーとしてどんなキャリアを歩んでいけばいいのか、何をどういう順序で学ぶべきなのか」という質問をされたことがそもそものきっかけです。その時に、自分自身が新卒で制作会社に入り、独立して現在にいたるまでにどんなキャリアを歩み、その中でどのような技術を習得してきたのかということを整理してみたんです。自分がデザイナーとして生きていくために必要だったことを棚卸ししたことが、結果としてデザイナーに必要なスキルをパーツ単位に分けて学んでいくという現在のカリキュラムをつくるきっかけになりました。

Shed Inc. 代表取締役 橘友希さん

Shed Inc. 代表取締役 橘友希さん

ーーカリキュラムの具体的な内容について教えてください。

橘:「タイポグラフィ」「組版」「Web制作」など各回のテーマに沿った1時間半程度の講義を週1回くらいのペースで行っています。講義内容はすべてをオリジナルでつくっているわけではなく、他所の教材なども適宜取り入れています。こちらで用意したスライドを見せながら話すこともありますが、基本的には手渡ししたプリントをもとに学んでもらうというオールドスクールなやり方です(笑)。

ーーカリキュラムをひと通り受講するまでにはどのくらいの期間がかかるのですか?

橘:基礎的な部分はおよそ半年くらいで学べるようにしています。サイクルが早いデザイン業界において、新卒のデザイナーがデザインの歴史を紐解き、本質についてじっくり考えながら成長していくのを残念ながら待ってはくれません。そのため、Shedの教育カリキュラムは、新卒で入ったスタッフのスキルを最短で一定のレベルまで引き上げる“ブースターパック”のようなものにしているんです。

逆を言えば、このカリキュラムで学ぶことができるのはあくまでもデザインの表層的な部分で、本質にまでは踏み入っていないということはデザイナーたちにも伝えています。Shedでは、新卒のデザイナーたちが少しでも早くクライアントの合格をもらえるようになることを目指しています。その成功体験が自信に繋がりますし、デザイナーとしてまずは仕事を回していけるサイクルに入った上で、そこからゆっくり自分自身やデザインについて掘り下げていってもらえばいいと考えています。

組織としてデザインするための“ものさし”をつくる

ーー講義で大切にしていることを教えてください。

橘:カリキュラムをつくるということは、デザインのやり方を定義したり、メソッド化していく作業とも言えるのですが、デザインは基本的に自由と捉えているので、断定的な物言いはしないように気をつけています。また、自分が獲得してきたスキルをベースにしたカリキュラムなので当然偏りはありますし、デザインを全方位的にカバーできているものではありません。そのため、日々の仕事を通して新しい方法論を見つけたり、講義の中でのスタッフの反応などを参考にしたりしながら、カリキュラムの内容を毎回アップデートしていくようにしています。

教育カリキュラムの資料の一部

教育カリキュラムの資料の一部

ーー教育カリキュラムを実践する背景にはどんな考えがあるのでしょうか?

橘:組織でデザインをしていく上では、制作物のクオリティを一定に保つ必要があります。それを実現するためにデザイン会社としてするべきことは、共通の単位を持った“ものさし”のようなものを社内で共有することだと思うんですね。Shedの教育カリキュラムは、そのものさしをできるだけ短いスパンで身につけてもらうことで、制作会社として目指すべきクオリティや方向性の統一化を図ることを目的につくられています。

ーー共通のものさしをつくるためには、それを共通意識として持つための言語化が大切になりそうですね。

橘:そうですね。デザインのものさしと一口に言っても、色々な種類があると思っています。その中でも最もわかりやすいものは、クオリティに対する評価軸です。デザインの良し悪しの基準はさまざまですが、組織としてはある程度共通化しておく必要があると思っています。これはデザイナーたちが日々見ているものから形成される部分が大きいので、さまざまな良いデザインに触れたり、トレンドをリサーチするように勧めています。そしてそれらの良さをできるだけ言語化して、デザインチームのリーダーが主導する勉強会で共有するようなことをしています。これによっていま自分の制作しているものが、そのクオリティの基準に対してどんな位置にあるのかということがわかるようになるんです。

最近力を入れているのが、感性のものさしをつくることです。例えば、「かっこいい」「かわいい」ということばが表すイメージはひとによって異なりますよね。でも、それぞれの解釈でこれらの言葉を使っていると、当然そこにはコミュニケーションの齟齬が生まれてしまうので、Shedでは、感性を表現する言葉の用法を社内で統一するという試みにも取り組んでいます。例えば、クライアントから「ポップな雰囲気にしてほしい」という依頼があった時に、その担当者がイメージしている「ポップ」という言葉に対して社内の言葉に変換作業を行った上でコミュニケーションをするようにしています。

Shedでは、新卒のデザイナーでも1年目からクライアントと直接やり取りをすることがありますが、会話やメールの文面からどんなニュアンスを掴むのか、その背景にどんなコンテクストがあるのかということを捉えることを大切にしています。文脈を汲み取った齟齬のないコミュニケーションによって、プロジェクトを可能な限り円滑に進めるというもの、Shedにおけるものさしが持つ重要な役割だと考えています。

教育カリキュラムの資料の一部