個性と品格を伴う次世代のデザイナーを育成する―Shed Inc.(後編)

[PR]
個性と品格を伴う次世代のデザイナーを育成する―Shed Inc.(後編)

デザイナーとエンジニアで構成される問題解決型のデザインファーム「Shed Inc.(以下、Shed)」。8月17日に公開した前編では、「個性と品格で社会を彩る」という企業理念に込められた想いや、15年以上第一線で走り続けるShedが感じる近年のデザイン・依頼内容の変化などについて伺った。

今回の後編では、Shedが力を入れるオンボーディングやキャリアプラン設計などを中心についてうかがっていく。

若者の価値観に順応しないと、会社としての成長はない

――前編では依頼内容の変化などをうかがいましたが、年月の変化に伴い、Shedの教育体制にも変化はありますか?

橘友希さん(以下、橘):前編では、ものづくりを目指す若い人が減ってきているというお話をしましたが、若い人が入りたくなるにはどうしたらよいかと考えたときに、これまでの教育体制を見直すことが必要なのではと考えました。

これまでデザイナーの教育というと、「美大や専門学校出身の子が中心で、師匠や先輩に付いて下積みを何年」といった世界が一般的でした。でも今はそうではなく、早くから挑戦のチャンスが与えられ、きちんと生活の保証を得ながらスキルを身に付けられるような体制がスタンダードになってきていると思います。若者の価値観も時代とともにどんどん変わってきているため、我々も試行錯誤を繰り返しながら教育体制をつくり上げています。

――若者の価値観の変化について、橘さんが感じる点をもう少し詳しく聞かせてください。

橘:ひと昔前であれば、「いいデザイナーになるためには自分の多くの時間を費やすことが当たり前」という方程式が成り立っていました。さらに、「ほかでは身に付けられないような量と質の教育を短期間で詰め込むことで、人よりも早くスキルアップできる」ということも、環境としての魅力としてとらえられていると考えていました。

でもこれはいまではまったく成り立たなくなっています。私は教育機関ではなく会社としてこういった実践的教育を提供できることが大事だとずっと思っていましたが、どうやら現代には合わない方法だったと徐々に気付きはじめました。こんなことをしても、若いスタッフはただおなかいっぱいになって食べきれないのだなと……(苦笑)。若者の仕事に対する価値観は確実に変わってきているし、私も変わらなければいけないと思ったところですね。

橘友希 Shed Inc.代表取締役/デザインコンサルタント/アートディレクター。都内の制作会社でデザインとプログラミングに従事した後に独立。2006年に株式会社Shed設立。現在はブランディングを中心としたコンサルティングやディレクションに注力しつつ、若手の育成に務めている。

――時代の変化によるところも大きいですね。

橘:そうなんです。今はSNSもあるので、ネット上にもいろんな情報があふれています。だから、「ここでしか聞けないデザイン教育」といったものに対する価値がほとんどなくなっているんです。SNSでバズっているイケてるデザインテクニックやデザイナーの金言などと、うちで教えることとの違いが見えないという話もあります。そういう時代の中で、若者たちが現場で学ぶことの意味をもっと見出だせるようにしなければ、と気付きました。

――そんな変化の中、Shedが力を入れているオンボーディングについて、また、教育体制に込められた想いを聞かせてください。

橘:私は弊社を退職したスタッフと可能な限りコンタクトをとって、その後どんなキャリアを積み上げているのかを飲み会と称してこっそり調査したりするのですが、独立などを除いて、私が想像しているようなキャリアを歩んでいる人はほとんどいませんでした。弊社の教育体制のもとで身につけたスキルを、転職などで自身の市場価値の向上につなげられているような人がほとんどいなかったんです。

その現実を知ったとき、いま一生懸命頑張って勉強しようとしているスタッフが将来的に幸せにならないような教育は意味がない、と感じたのです。もう私の自己満足だけで教えていても仕方がない、時代に応じたオンボーディングをしないと会社としての成長はないと感じました。

橘さんが開催している、広義のデザイン力を身につけるための講義「未塾(Mijyuku)」。

橘:これまで私は「いかにクオリティの高いものをつくるか」という観点で見ていたのだと思います。しかし、現代はそれだけではない。若者自身が、いま自分が学んでいることが今後社会にとってどう役に立つのか、自己成長は自分の人生にとってどんな意味があるのか、などを常々意識できる環境が必要だと気付いたんです。

つまりデザインスキルだけではなく、現在の社会やこの業界のルール、「リベラルアーツ」と言われるような一般教養なども身に付けていく場がないと、次世代の人材を育てるオンボーディングとして成り立たなくなると思いいたりました。そうでないと、不確実性のこの時代を「生きていく力」が身につかないのではないかと。 それで、全面的に教育体制を見直すことにしました。

社員に幸せになってもらいたいから見直した教育体制

――具体的には、教育体制にどのような変化があったのでしょうか?

橘:これまでは、新人が入社すると私が直接デザインの講義を週に2回程度行い、みっちり教育をしていました。弊社のような小さな組織だからこそ、純度の高い教育ができることが利点だと思っていたんです。でも先ほども話したようにそれは時代に合わないと気付いたので、今年から勇気を出してスタッフに新人教育を任せることにしました。

いま教育を担当している樽川は入社4年目で、これまでの私の詰め込み型の教育を乗り越えて成長したスタッフです。だから彼女を信頼し、デザインの実践的な教育に関してはすべて任せています。私が教えたことをそのまま教えてほしいとも思っておらず、私の教育の中から自分なりに咀嚼できたものこそが、若いスタッフが受け取るのにちょうどよいパッケージだと信じて、実施してもらっています。結果が出るのはこれからですが、私よりも近い距離感で新人の課題に向き合ってくれていると思います。

――最新のカリキュラムについて教えてください。

橘:樽川が担当する「デザインセッション」と名付けられたデザインの実践のためのカリキュラムでは、座学としてだけではなく、アクティブラーニングを意識して、ワークショップやフィールドワークなども取り入れています。それに対して、私のほうでは「未塾(Mijyuku)」と名付けられた、ビジネスの話やデザイン思考についてなど、これからの時代に必要な広義のデザイン力を身につけるための講義を週に1時間程度で開催し、レポーティングさせています。この2軸が現在の基本のカリキュラムです。ほかにも、外部の方を呼んで講師をしてもらったり、別の会社と合同で勉強会を行ったりしています。

――外部の方による講座には、どういったものがあるのでしょうか?

橘:専門の講師を迎えてのビジネスマナーの講習をはじめ、新人向けに限らない、ファイナンシャルプランナーによる資産形成の話、労務士や弁理士による法律の講座なども用意しています。現場で働くデザイナーやエンジニアはどうしてもお金に疎くなってしまうことが多いのですが、この仕事を続けることで幸せな人生を送ることが大事なので、そういったことに少しでも役に立つような講座を設けました。経営者としても、支払う給与を効率的に運用していってほしいですし。

ファイナンシャルプランナーによる資産形成の講座の様子

橘:合同勉強会は、弊社と同じ規模の同業の会社3社ではじめたプロジェクトなのですが、どの会社も新人の育成やコミュニケーションで同じような悩みを抱えているので、それを一緒に解決していこうという取り組みです。自社のノウハウや技術スタックを交換し合ったり、一緒に何かものをつくってみたりと、交流を兼ねた勉強会でお互いに刺激を与え合っています。自社で閉じがちな人の問題を共有することで、我々のような小規模な会社でも多様性やモチベーションをうまく保っていけるようにしています。

――社員のキャリアプランについては、どうお考えですか?

橘:実はキャリアプランと評価基準も今年刷新しました。キャリアについては以前から講義で扱ってはいましたが、「今の組織体制では未来のキャリアを想像することが難しいのでは」というところに思いいたりました。新卒から10年目というキャリアのデザイナーもいますがShedはまだ若いチームなので、それ以外で自分の未来を想像できるようなキャリアモデルが不在でした。そしてそのモデルには私のような経営者は含まれないことにも気が付きました。

そこで、社員の評価基準としてミッショングレード制を導入し、今は存在しないポジションも含めてキャリアと求める役割を一覧にしました。それを見ながら「今あなたはここにいるから、こういう役割を果たしていけるようになったら目標に近づけるし、給与も上がる」と、スタッフ自身が迷子にならないよう、明確に示しながら話ができるようにしたんです。Shedでのキャリアはもちろんですが、もし外に出た場合でも迷わないように業界の一般的なキャリアと親和性があるようにしています。

「デザインが楽しい!」と思ってもらうために

――では、実際にShedのオンボーディングを受けてきた樽川響さんに、経験談を教えいただきたいと思います。当時のことを振り返っていかがでしょうか?

樽川響さん(以下・樽川):私は入社して1年目に、橘さんのカリキュラムで教育を受けました。私はデザインの専門学校を出ていたので基礎的なことに関してはある程度学んだと思っていて、そして実際に橘さんから受けた教えはその土台をさらに固めていけるような内容だと感じました。ただ、実務の経験が乏しかったため、講義を聞いたときは「なるほど」と納得しても、実際に手を動かすときに学んだことと目の前のことを結び付けられないということが起こりました。

樽川響 Shed Inc.デザイナー/チームリーダー。桑沢デザイン研究所総合デザイン科、ビジュアル専攻にてデザインの基礎、パッケージデザインを学ぶと同時にブランディング、Webデザインに興味を持ち、2019年にShedに参加。

樽川:でも2年目になってくると学びと実務のふたつが結びつく感覚があり、芯から理解できるようになってきました。とはいえ、「やっても意味がなかったのか?」と言われればそんなことはなく、わからないなりにも自分が知らないことを吸収できる貴重な場でもあり、知らないことを調べてみる、そんな機会になったと思っています。

――学びの場を会社が積極的に用意してくれるのは貴重ですよね。今年から樽川さんはデザインセッションをカリキュラムから任されていますが、そちらについてはどうでしょうか?

樽川:もともと話すのが得意ではないため最初は戸惑いましたが、いま試行錯誤しながらチャレンジしてみているところです。橘さんに教えていただいたカリキュラムをベースにはしていますが、「自分が必要だと判断したものを入れてほしい」というお話を最初にうかがったので、私自身が確実に覚えていて印象に残っているところは入れるよう意識しています。自分が実際に体験もしてきたので、ただこういうものだと教えるより、「なぜこうなるのか」という面からも説明し、文脈を理解してもらうことを念頭に置いてカリキュラムを組み立てていきました。

――デザインセッションを行う期間と、どれくらいの頻度で行われているのかを教えてください。

樽川:入社1年目の社員に対して、1年かけてじっくり行っていきます。秋頃までは1週間に2回、1回1時間ずつを続けていき、秋以降は週1回1時間の予定です。完全に座学ではなく、実際に手を動かしながら学べるようにしています。

デザインセッションの様子

デザインセッションの様子

――樽川さんがデザインセッションをする中で、大事にしていることはなんでしょうか?

樽川:とにかく「デザインは楽しい」と思ってもらいたいと常に考えています。でも「楽しい」と思えるためには、ある程度の知識がないとそのレベルに到達できません。デザインセッションを通して知識を蓄えてもらい、実際に作業をするときにそれを応用する、ということを繰り返し、デザインの楽しさを味わえるところに行き着いてほしいですね。

――樽川さん自身、デザインセッションを行ってみての発見はありますか?

樽川:たとえばセッション中に質問を受けたときに、自分の不勉強を実感することがあります。人に教えるということは、自分がよくわかっていないとだめだということを身をもって体感しており、私も日々勉強です。

――Shedで働いていて、仕事をするやりがいについて教えてください。

樽川:メディアの垣根なく、1年目から幅広いジャンルにどんどん挑戦させていただけるところが、個人的には楽しくてやりがいがあります。

――では最後に橘さん、Shedが今後目指す方向について教えてください。

橘:Shedはまだ若く、完成されたチームではありません。でも、時代に合わせた新人教育やオンボーディングを着実に積み重ねていけばメンバーが育ち、いつか我々のチームが多くの企業の課題解決に役に立っていけるようになる、そんな未来を目指しています。

組織としても、時代に合わせて柔軟に変化することで、お客様はもちろん、社会にとっても存在する価値のある集団にしていきたいと思っています。

Shed Inc.
https://www.shed.co.jp/

文:橋本裕子(Playce) 撮影:加藤雄太 取材・編集:石田織座(JDN)