組織がデザイナーのスキルを評価するために
ーー教育カリキュラムに対する理解度や習熟度はひとそれぞれだと思いますが、個人差に対してどのようにフォローしていますか?
橘:おそらく他の会社とあまり変わらないと思いますが、年に4回、各スタッフと面談の機会を設け、そこでフィードバックをしています。日々の仕事を通して、教えたことが身についているかどうかを見ているのですが、こちらのオーダーに対してうまく応えられないスタッフがいた場合は、習得すべきスキルなどの目標を細かく設定したリストのようなものを本人に渡し、各項目の達成度を日々確認できるようにしています。
ShedではブランディングやWebサイト制作など、案件の種類によってそのプロジェクトが達成すべき目標を明確に分けて考えています。デザインというのは、良くも悪くも視覚的な要素によってそれらしく曖昧にまとめることもできてしまうものです。だからこそShedでは、その目標をものさしで定義し、それに対してどこまで近づけているのかを評価の基準にしています。一方で、そういったものさしだけで評価できないものを含めてデザインする勇気も時には必要だとスタッフには話しています。それが、全体の90%をロジカルに組み立て、残りの10%を感覚的な要素で飛躍させる「感性のジャンプ」というShedのデザインメソッドにもつながっていくんです。
ーーそうした明確なフィードバックが得られるとデザイナーとしても納得感が大きいでしょうし、その後のキャリアにおいても糧になりそうですね。
橘:デザインに対してネガティブなフィードバックをされると、自分のセンスや人格が否定されたと受け取ってしまう若いひとも少なくないように感じています。だからこそ、デザイナーの人格とスキルというものをしっかり切り分けて、足りていない部分を明確にするということを意識しています。
ちなみに、私たちの世代では、デザインとアイデンティティーが一緒くたになっていることが多く、そんなつまらない生き方をしていたらいいデザインなんてできないだろうみたいな話がよくありました(笑)。その中で“普通であること”のコンプレックスを抱えていたひとも少なくないわけですが……。Shedでは、プロジェクトとして何を解決するべきかというデザインの目的を整理し、そこに対して必要なスキルを用いながらロジカルにデザインを組み立てていくことで、組織として運用し続けられるようにしています。
ものづくりの「孤独」に向き合うこと
ーーデザイナーが「感性のジャンプ」を生むために、人材育成においてどのようなことを実践されていますか?
橘:たとえば、個人の空想、妄想をベースにしたストーリーテリング、あえて違和感を残したデザイン、あるいはフェティシズムを突き詰めた表現など、驚きや感動を生む「感性のジャンプ」を実現するために有効な手法や型のようなものはいくつかあります。ただ、その中でどのようなジャンプができるのかというのは、個々のデザイナーがどんな人生を歩み、どのように世界を見てきたのかという部分によるところが大きいですし、結局デザインというのは本人の写し鏡のようなところがあるんです。だから、「感性のジャンプ」について自分が教えられることというのは、辛いことやくだらないことなどもいろいろ経験すると良い、ということだったり、いま自分が見ているものの背景にどんな文脈があるのかを掘り下げる癖をつけようということくらいなんです。
まずは自分で考える、ということが大事だと思っています。Shedでは「感性のジャンプ」はブレストなどを通してみんなで生み出すことも多いのですが、必ずその前に自分だけでアイデアを考える時間を設けています。特に我々のように新卒のデザイナーが多い会社では、個の力を育てるという意味でも、誰の助けも借りずに孤独になってアイデアと向き合うことが非常に大切です。大切なのは、ものづくりにおける孤独に背を向けず、苦しい状況の中でも精一杯力を出し切って仕事を終えるというサイクルを自分の中に持つこと。それによって得られるカタルシスというものもありますし、素敵なジャンプができなかった自分に気づくことも、成長するために必要なプロセスだと思っています。
ーーShedの人材育成における今後の展望をお聞かせください。
橘:もともと私は、デザインというのはひとそれぞれのやり方があるもので、それを定義づけたり、メソッド化するようなことは難しいと思っていました。でも、例えば宗派のように、ひとはどうやって幸せになれるのかという共通の目標があり、そこに向かうプロセスが違うだけだととらえることもできますよね。デザインにもそれに近いことが言えるのではないかと気づいた時に、あくまでもひとつの考えかたとして、自分たちなりのデザインのメソッドがあってもいいのではないかと考えられるようになりました。
当初は、果たして自分がデザインを教える立場にあるのかということを考えることもあったのですが、いまはそんなことよりも、デザイン組織としてひとつのものさしをつくっていくことの方が重要だと感じています。今後は、デザインに対する情熱やデザイナーという職業の魅力、さらには、デザイナーとしてどのような幸せな人生があるのかといった部分にも、同じものさしを共有できるような集団になれると良いなと考えています。
写真:高木亜麗 文:原田優輝 取材・編集:堀合俊博(JDN)
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