OPINION LEADER グエナエル・二コラ(2)

OPINION LEADER グエナエル・二コラ(2)

(この記事は2010年4月21日に掲載したものを、再構成して掲載しています)

仕事なんてない。自らアクションを起こす。

グエナエル・ニコラさんは、常に複数のプロジェクトを抱え、多忙な毎日を送っている。7時に起床し、自宅に併設したオフィスで9時から仕事を開始。その間に、必ず家族と夕食をとってその後仕事に戻るというのが彼の生活リズムだ。プレゼンテーションの前日に22時に就寝する以外は、深夜2時まで仕事に没頭する。自身が代表を務めるオフィス「キュリオシティ」を設立し、今年で13年目。現在スタッフは計13名にも上る。数々のメディアに取り上げられる人気デザイナーだけに、次から次へと仕事のオファーもあるのではないだろうか。

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ニコラ:仕事なんてない(笑)。基本的には、自ら企業やクライアントにさまざまなアクションを起こして、返事が来るのを待つだけ。これは昔も今も変わらないスタイル。10のプレゼンテーションから1のプロジェクトが実現するという感じだから、うちの事務所はプレゼンテーションの数がとても多いんです。デザインって、たくさんの手間と時間を要するから、ビジネス的に成り立たせるのは難しい。だからこそ、刺激を受ける実験的な仕事とコマーシャルワークのバランスを大切にしています。もちろん、コマーシャルワークのなかにも実験的な要素を含ませることもできるから、楽しんでプロジェクトに取り組んでいます。

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「PERFUMEXPERFORM」は、2002年に六本木のアクシスギャラリーで開催されたエキシビション。

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「PERFUMEXPERFORM」展示会の後、同時期に発売される各ブランドのパフュームのパッケージを一同に集めた。

フランス人でありながら、20年あまり日本を拠点に活動を続けているグエナエル・ニコラさん。海外のエキシビションでも高い評価を受けるが、作品を見て、日本人デザイナーが手がけたものだと勘違いする人も多いという。それは、彼の作品に“日本の美意識”が感じられるからではないだろうか。彼に、世界の国々と比較し、日本のデザインが優れているのはどんなところかを尋ねた。

ニコラ:確かに、自分の作品が日本人デザイナーより“日本的”だという自覚はある。でもそれは、自分が見た日本の文化をありのまま引き出しているからだと思う。ある意味、日本人は日本人であることにコンプレックスを持っていて、“日本的”なものを斜めから捉えたりしているんじゃないかな。

日本人は好奇心やチャレンジ精神が旺盛で、どんなアイデアもスタイルも受け入れられる、柔軟性に富んだ気質を持っている、とグエナエル・ニコラさんは言う。それが、日本を活動の場として選ぶ理由のひとつであり、彼のクリエイションにとって重要なキーワードでもある。

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「ダイナミック&モダンラグジュアリー」をテーマとしてデザインされた「ANAクラウンプラザホテル大阪」のロビー。グエナエル・ニコラさんのデザインは、この新しいホテルブランドへの変化を最も象徴的なものとした。

ニコラ:私は、モノの持つ歴史や文化だけからデザインを生み出すのではなく、それらを一度リセットして、違う視点からアイデアやインスピレーションを得ることで、新しいストーリーを作りたいのです。ある意味で、東京は何でもあり、という場所。だからこそ実現できるんだと思います。

優れたデザインは誰でもできる。大切なのは…

2009年3月、東京・表参道のルイ・ヴィトンで開催された「LIGHT-LIGHT」。アイデアの基は、自身の子供が遊んでいた、バスケットに載ったボールをストローで吹くおもちゃだ。単純なアイデアで誰もが知っているおもちゃだが、子供は夢中で遊んでいた。またそれを見ているグエナエル・ニコラさん自身も楽しかったという。“楽しい”というそのシンプルな体験を作るプロジェクトが「LIGHT-LIGHT」である。

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2008年にイタリア・ミラノ、翌年に東京・表参道で発表した「LIGHT-LIGHT」は、足を踏み入れるとただただその美しさに見入ってしまう。グエナエル・ニコラさんの思想をそのまま表したかのようなインスタレーションとなった。

空気圧によってピンポン球がダンスを踊るように浮いたり沈んだりするこのインスタレーションは、LEDが内蔵された筒状の送風機を80台並べるという仕組みで、構想から実現まで2年半もの歳月を要した。空気圧はプログラミングされており、一定位置でゆらゆらと揺れ動く光のボールがなんとも幻想的で美しい。

これは2008年のミラノサローネにおいて「TOKYO WONDER」として発表した作品でもあるが、デザインに携わる人もそうでない人にも、体感してほしいという思いから、日本での展示場所を探した。約半年間、ルイ・ヴィトンにアプローチを続け、東京・表参道のルイ・ヴィトン表参道・LVホールでこのインスタレーションを実現させることとなった。

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「LIGHT-LIGHT」

ニコラ:“優れたデザイン”は誰でもできる。最も大切なのはコミュニケーション。つまり、エッセンス(要素)をどのように理解して、自分のアイデアをコネクトさせ、デザインに落とし込めるかだと思います。デザインもモノもインターフェイスに過ぎない。私が関心を持っているのは、モノが実際に使われる瞬間。そう、それが“リアリティー”なのです。だから、コンセプトワークやリサーチだけのプロジェクトもよく声をかけていただきますが、断ってしまいます。

たとえば彼のデザインしたモノや、空間に触れた人が何らかのアクション(行動)を起こした時、たとえそれが彼の予想を反するものだったとしても、それがリアリティーとなる。人がデザインに触れ、何らかの体験をすることで、デザインと人が相互作用を起こす。それが、グエナエル・ニコラさんの目指すデザインである。グエナエル・ニコラさんが生み出すデザインは、一見すると無駄をそぎ落としたストイックなものだ。しかし、見て、触れて、体感すると、情動に訴えかける何かが存在していることに気付かされる。それは、デザインは“人”が存在してはじめて成立する、という思いが彼の根底にあるからだろう。

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「日本経済新聞社本社ビル」のエントランスホールには、近年、変貌を遂げている丸の内・大手町エリアにシンボリックなアイコンを作りたいという思いから、新聞輪転機をイメージしたダイナミックなオブジェを配した。

人とクリエイションの繋がりを作り続けるグエナエル・ニコラさんに、職業は何かを聞いた。

ニコラ:私はデザイナー。自分でアイデアを生み出し、インテンション(意図)を決定していくのは、デザイナーにほかならない。文字を連ねた企画書を作ったり、こうやろう、ああやろうと意見を述べるだけのプロデューサー的存在では、気がおさまらないんです(笑)。どうしたらいいのかという答えは、自分が一番知っているからね。