ルイ・ヴィトン、モワナ、ロエベ、グッチといった一流店が連なる西武池袋本店北館の1階。このスペースの環境デザインも株式会社モーメントが担当している。アパレルは置かずに雑貨だけを集めたラグジュアリーなフロアにしたいという難しい要望に、驚きのプランニングで応えた。
エントランスの起点となるラグジュアリーな空間を、ほのかな光で演出
渡部:ラグジュアリーなハイブランドを集めた場所になるので、テーマを「VOYAGE(航海)」とし、船旅のような優雅な空間をつくることを提案しました。西武池袋本店のラグジュアリー化を象徴するメインエントランスとなるものです。
平綿:フロアは広いのですが、環境デザインでさわれる部分は、極端にいうと床と天井だけ。2週間ごとに売るものが変わっていく、プロモーションスペースが唯一さわることができる場所でした。この場所もラグジュアリーのブランドしか使えないという縛りがあって、グッチが入ってもルイ・ヴィトンが入っても、機能するような器をつくってほしいという要望でした。
床と天井しかデザインできないということをポジティブに捉え、光だけでデザインしようと決めました。照明器具をデザインして、ダウンライトと同等の照度を確保しながら、アイキャッチにもなる照明をつくることにしたんです。また、照度計算をもとに、各テナントから漏れる灯りで十分な空間照度が保てると判断し、照明を廊下には付けないという計画にしました。考案した照明器具は、船の帆をイメージしたもの。樹脂をゆるやかなカーブに成型して、中に1mm厚の紙のようなLEDの基盤を入れました。
過不足なく必要最低限にデザインする
平綿:前提として、日本の百貨店はものすごく明るいんです。明るいほうがセーフティーで、物がよく見えると思うのが普通ですよね。でも私たちのデザインのアプローチは、過不足なく必要最低限に、そこだけフォーカスできれば一店一店が際立ってくると考えました。海外では日本ほど、煌々と灯りをつけるという文化がありません。だから海外の高級ブランドともマッチングすると思いました。百貨店の1階の出入口はメインエントランスですから起点となるところ。明るさを抑えた1階から地下の食品エリアに下りたらより明るく感じ、食品が生き生きと見えたり、2階のファッションフロアへ行くとより明るくてメリハリが効いて見えるのではと考えました。光の演出でその起点となるような空間をつくれればと。
渡部:また、プロモーションスペースを囲うガラスの壁にはひとつ仕掛けを施しました。オンオフで瞬間的にパチッと曇りガラスに変わるようなフィルターが入っており、霧の中を推進する船をイメージしました。切り替えはタイマーでセットできるので、電圧を微妙に変えてブランドごとに曇りガラスに変わる時間を設定できるようにしています。
つねにオープンでいたいブランドはクリアな状態が長く続いたり、瞬間的にパシャっと目隠しのように使うなど、ブランドごとに設定を変えられます。「あれ?何か目の前に霞がかかったな」と、ほんのり気が付くような仕掛けにして、大人っぽく仕立ててみました。
平綿:上下階からのアプローチも「旅の入口」と捉えて同様のテーマでデザインしています。エスカレーターで1階に下りる際、ラグジュアリーフロアに向かう期待感を高めてもらうために、大きく弧を描いた天井につくり変え、必要最小限の光を等間隔に配置しました。下に行けば行くほど段々と暗くなるようにグラデーション状の塗装を施して、あたかもラグジュアリーフロアに吸い込まれていくような印象をつくりました。
また、エスカレーターの乗降口にプロモーションスペースで展開する商品を1点だけ置くことのできるディスプレイケースも設置しました。目に留まりやすいように光の効果を生かして、ケースを大きく見せるような工夫を施してあります
アイデアの検証に十分に応えてくれる、Vectorworksの確かな手応え
平綿:照明が十分かを立証するために、提案の段階からVectorworksを使ってパースを起こしてプレゼン時に見せています。自分たちでも時々見返してみるとびっくりするくらい、仕上がりと同じなんですよね。照明を廊下につけないという方針についてもVectorworksを使って照度計算し、図面に照射図も加えました。ただ、あまり前例のないことだったので誰も判断ができないという…。最終的にはクライアントから、「こういう空間って今までの百貨店の歴史では見たことがない」と、お褒めの言葉をいただきましたが、実際は完成するまで結構怖かったと言われました(苦笑)。明るいことが一般的な環境で照度を抑えた空間にチャレンジしたことは私たちも初体験でしたし、積極的にトライして良かったなと思っています。
平綿:Vectorworksで図面を描く時は「よし、図面を描かなきゃ!」っていうスタイルではなくて、スケッチをするように使っています。プランを描く時は、Vectorworksと、手描きスケッチを併用しています。ある程度手描きで描いたら肝心な大枠の線だけはVectorworksで引っ張って、その上からトレーシングペーパーをあて、また手で描く。さらにVectorworksで線を引っ張ってプリントアウトして……と繰り返していき、最終的に1枚のプランになるという方法です。
渡部:展開図以降、平面図、パースの段階で問題が起こりそうと予想できるところは前もってVectorworksで描いて検証します。手で描く作業、Vectorworksで線を引く作業、パースをつくる作業っていうのは、僕らの中では三位一体になっています。プロセスに分かれているのではなく、全部同時進行というか。もちろん雛形のデータは、Vectorworksから全部フォーマットしたものをもとにつくっているので、ソフト上も行ったり来たりしながら行っています。なので、Vectorworksはドローイングソフトでもあり、シミュレーションソフトでもあると思っています。
平綿:依頼者との関係で大切にしていることは、「良いものはしっかりと残す」ということ。たまに“今までとイメージを変えてください”という依頼もあるのですが、力を入れて全部変えすぎてしまうとパッと見たときのインパクトはあるのですが、その後使っていくなかで劣化してしまったりコントロールができない事態がしばしば起こります。ロフトの場合は什器をそのまま使うことを前提に考え、西武池袋本店の場合はこれまで手を付けられていなかったエリアをフィーチャーしました。照明の明るさの話もそうですが、必要なものが必要な分だけあるということは大事だなと思って取り組んでいますね。
構成・文:渡辺和夫(株式会社フレア) 撮影:木澤淳一郎
株式会社モーメント
http://www.moment-design.com/
エーアンドエー株式会社
http://www.aanda.co.jp
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