Vectorworks ベクターワークス活用事例

共存をテーマに、多様性を柔らかく包み込む空間を生み出す−MARU。architecture(2)

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写真:MARU。architecture

人もトカゲも植物も、みんなが心地よく暮らせる住居

森田:個人住宅では、大阪府箕面市にある「生態系と共に生きる家」が最近竣工したばかりです。立地は、都心部からのアクセスが良好な上に、温泉が出たり紅葉が有名だったりと自然に囲まれたエリアで、山から流れる大きな川と支流が合流する眺めのよい場所です。

2021年夏に竣工した、生態系と共に生きる家(写真:MARU。architecture)

住宅内部の様子(写真:MARU。architecture)

森田:施主はとても動物好きな方で、彼からの要望は、奥様と3人のお嬢さん、そして何種類も飼育されている熱帯性のトカゲと一緒に暮らせる家をつくりたいというものでした。トカゲといっても尻尾まで入れたら1mもある大きな種類もいて、そのトカゲを水槽などのガラスケースに閉じ込めるのではなく、自由に彼らの生態系をつくりながら、そこに人間も一緒にいるような状態が理想だとおっしゃっていました。

ただ、熱帯に生息するトカゲの適温は25〜30度である一方、人間は30度になると過ごしにくくなってしまいます。さらに、箕輪市は山に近く冬場の寒さも厳しい場所です。そこで、住宅の中心を暖かいトカゲエリアとし、それを囲むように人間の居場所、その外に箕面の自然があるというように入れ子の構造をつくる必要があると考えました。

一般的に、高断熱・高気密の家は外部に対して保温瓶のような閉じた状態になりますが、それでは川に面した自然豊かな立地は活かせません。そのため、高断熱を維持しながら外部環境に接続できる工夫として、壁を井桁状に配置しました。

壁を井桁状に配置することで、季節を問わず快適に暮らせるようになっている。

1階・2階 図面

森田:4枚の壁は、冬至の日の出、日の入りの時刻から角度を決定し、太陽光の当たり方をコントロール。壁自体は太陽光を蓄熱する分厚い珪藻土でできていて、トカゲに暖房が必要な冬は、この壁に直接太陽光が当たって保温するような効果が得られます。夏は、蓄熱する壁には一切太陽光が当たらないように開口の位置を調整。自然エネルギーを取り入れて、補助的にトカゲの環境と人間の環境を良くしていこうという試みです。これにより快適に過ごしながら、冷暖房が必要ない期間をできるだけ長くしています。

設計段階では、住宅の中心にある室内森を中庭として閉じてしまう構造も考えましたが、施主から「大きなケージを家の中央に配置しているだけでは、トカゲと一緒に暮らしていることにならない」というご意見がありました。そこで、1階にリビング、2階を各々の部屋にし、家族みんなが毎日このトカゲのいる室内森を通過することになるよう、階段を中庭の森の中につくったんです。それによりトカゲの環境を人間も享受できますし、中庭と一体となった室内テラスには、施主がトカゲと一緒に過ごせる書斎スペースも設けました。

2階への階段を室内森の中に設置したことで、トカゲの生活している様子をより身近に感じられる(写真:MARU。architecture)

写真:MARU。architecture

森田:室内テラスからは、トカゲのいる中庭越しに子ども部屋が見えたり、1階のキッチンではお母さんが食事をつくりながら、リビングでみんなが団らんする様子を眺めたりできるなど、中庭越しにいろんな家族の風景を楽しむことができるようになっています。直接目線が合うと居心地が悪く感じてしまう時もあるかもしれませんが、トカゲのための空間が挟まることで、お互いの気配は感じながらちょうどいい距離感を保てるんです。みんなが一日中一緒にいても居心地がいい。人間の環境にとってもこのトカゲのための中庭がすごく効果的なものになりました。

高野:動物や自然と暮らすのは、手がかかります。中庭の池にはカニや魚も住んでいますし、植物も含めて常に手入れが必要だったり、温度環境にも気を配るなど、どうケアするのかを考えながら暮らしていかなければなりません。ですが、人種やジェンダー、自然環境などの問題により、ボーダーレスに他者や自然とつながって生きていくことを一人ひとりが積極的に受け入れることが求められる時代になって、この家はある種それを体現しているんじゃないかなと思います。

森田:特殊な住宅のようですが、人間の住む環境を確保するだけではなく、庭のような半外部の外に開かれている空間をつくることによって、その周辺に生息する鳥や虫にとっても住みやすい環境になる。家の中だけでなく、まわりの自然とつながる植栽があったり、鳥が集まってきたり、虫が家の中に入ってきて、それをトカゲが食べてしまったり……。そこに住む人間や動植物が少しずつつながり、同じ環境の中で生きているという状態が、この家を中心に展開するとすごく夢が膨らむなと思います。

外部環境から構造を割り出して設計した高層集合住宅

集合住宅は、個人住宅とはまた違った課題がある。現在計画が進行中という東京都三鷹市の集合住宅は、計画地の環境や土地の形状で、難題を抱えていたそうだ。ウィークポイントをカバーする設計を行うため、ツールとしてVectorworksを活用し、安心して過ごすことができる住環境に昇華させたという。

森田:三鷹の集合住宅では、街の環境からのプランニングを試みています。というのも、計画地が三鷹駅に比較的近い2本の道路沿いの角地で、周囲にも同じような高層の集合住宅が迫っていたのが欠点としてありました。そこで、Vectorworksを使って日影計算や天空率計算を行ったんです。Vectorworksの図面を元に、まわりの集合住宅の住民との心理的な距離までダイアグラムであらわしました。

周辺建物との距離/視線ダイアグラム。グラデーションの色が濃いほど距離が近いことをあらわしている

森田:この図ではグラデーションの色が濃いほど距離が近いということをあらわしていて、例えば、後ろのマンションのベランダは、この集合住宅に向いているため心理的な距離が近いことが分かります。一方、比較的閉鎖的な窓や壁が向いている部分は、物理的な距離は近くても人の視線が気になることはありません。計画中の集合住宅は、この分析をもとにバルコニーや窓の位置を調整しています。

建物が縦に長く倒れやすいため、構造的に成り立たせることも注力しました。そこで耐震壁を中央に集約して安定させ、そのまわりは自由にプランニングできるようにして、開口部分の位置を決めていきました。

さらに、こちらは賃貸物件のため、「成型の部屋の方が、借り手がつきやすい」という不動産業者の視点も考慮しました。土地が不定形で狭いので、メインとなる部屋は成型で確保しつつ、ベランダや収納、デスクスペースなどを外側に張り出していくことでプラスアルファの余剰空間を豊かにつくることがコンセプトとなっています。この張り出し部分をどこまで広げられるかは天空率計算で導き出しました。Vectorworksであれば、図面上で形を変えると連動して計算もできるので、こういったプロジェクトには非常に適したツールであると感じています。

三鷹の集合住宅の模型。真ん中に立つ細長い模型が、該当の建物。

高野:天空率計算により、スラブ(構造床)をどこまで張り出せるのかということをVectorworksで3Dを立ち上げてシミュレーションし、さらにそれを模型に落とし込んで確認しながら外形を検討しています。

森田: 3Dはファサード(建物の正面デザイン)のパターンなどを一斉に検討することに向いています。また、居住者の視点で内部に入り込んで、どう見えるのかを確認しやすいのですが、一方で、構成を俯瞰的に見るのは、模型の方が体感的にわかりやすい部分もありますね。ですからどのプロジェクトでも、3Dを立ち上げることと模型をつくることを同時並行で行っています。

「生態系と共に生きる家」の模型。細かなところまで精巧につくられている

誰もが主役になれて、多様性を受け入れられる未来を建築から

公共施設の設計で注目を集める「MARU。architecture」だが、根底にある考え方は住宅設計でも変わらない。最後に、公共施設をはじめとした建築への向き合い方や、今後の展望についてうかがった。

森田:さまざまなお仕事をさせていただいていると、地方の自治体は人口減少で弱体化しているところが多いように感じます。そうなると、これまでサービスを受ける側だった住民も、行政に関わらざるを得ない。市民が自分たちで使う場所として、それをどのように運用するのかというところからまちづくりは始まるので、そのきっかけとして公共施設はとても重要です。その意味でも、その土地の方々とコミュニケーションをしながら地域の理解を深めていくことは重要ですね。

写真:seki takuya

高野:公共施設を手がける上では、その土地の風土を、身体感覚的に理解するように意識しています。例えば、土佐市の複合文化施設の案件で感じたのは、海に向かって外にひらかれている視野だったり、幕末に改革を起こした人間性みたいなものが、今も脈々と続いているイメージ。また、街の産業構造や、それが過去から現在までどう変遷してきたのかなど、政治や文化にも興味をもち、それを感じながらつくることを大切にしています。

公共施設を、地域の住民が自分ごととして捉えて活用していくためには、地域の風土に根づいたメッセージが重要だ。その自覚が、公共施設だけでなく設計に向き合う際の姿勢としてあらわれている。

高野:公共施設では、意思がはっきりと表明されたものをつくることが大切だと考えています。それがメッセージとして多くの人に伝わると思うからです。松原市民松原図書館で言えば、「池の中に建つ大きい箱」という伝わりやすいメッセージがあって、でも実際に行ってみると、外観だけでは伝わらないそれぞれの感じ方があります。伝わりやすいことと伝わりにくいことの両方を含めて、みんながそれぞれの思いを共有しあえるということも公共性と言えるのではないでしょうか。

写真:MARU。architecture

森田:公共性という意味では、「生態系と共に生きる家」をつくる中で感じたのは、トカゲのように熱帯の特殊な環境で生きている生物とも、人間は共存できるんだなということです。日頃から、ガラス張りで透明な建築でもそこには必ず境界面が発生してしまうという悩みを感じていたのですが、室内に外があってもいいし、半屋外みたいな人間の居場所があってもいい。人間も動植物も中も外もなく、それぞれが居心地のよい場所をその時々に選択して過ごせるような暮らし方ができたら建物はもっと自由になるのかなと感じます。

高野:今後はさらに、建築の中でいろいろなものが共存できるような関係をつくっていきたいですね。一つの考え方だけに閉じた建築ではないものを手探りしながら、それを発展させて具体的にどのような設計手法で実現できるのかを考えたいです。

森田:私たちが今いるこの事務所の空間も、それを実感できる場所です。上野という土地柄や建物のつくりから、観光客の方が多く通り、写真を撮ったり、話しかけられることもあるんです。事務所自体が閉じたコミュニティにならないことで、事務所内のコミュニケーションも円滑になっていく。それは、公共施設でも住宅でも重要なことですね。

文:小野口真絹(Playce) 撮影:井手勇貴 取材・編集:石田織座(JDN)

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