桑沢デザイン研究所が生んだファッションの心-中村淑人×三上司×渡辺奈菜(1)

桑沢デザイン研究所が生んだファッションの心-中村淑人×三上司×渡辺奈菜(1)
Vol.1 プロの感覚を育てる超実践主義と自立心を育む自由な校風
Vol.2 ファッションだけにとどまらない、デザインの可能性を拓く学び
Vol.3 現場で実感する、桑沢のファッションデザインの総合力

1954年の設立以来、桑沢デザイン研究所は多くのファッションデザイナーやアーティストを輩出してきた。ドイツのデザイン学校「バウハウス」のカリキュラムを軸とするだけあり、他のファッションデザイン系専門学校にはない総合力が身につけられると有名だ。そんな桑沢デザイン研究所で1990年代からファッションデザイン教育に携わってきた中村淑人先生を中心に、かつての教え子であり現在非常勤講師もつとめる、「TSUKASA MIKAMI」のデザイナー三上司さんと浴衣などを扱う「SUPER SEVEN」のデザイナー渡辺奈菜さんに、桑沢デザイン研究所の独自性やファッション業界で求められることについて鼎談をおこなっていただいた。

Vol.1 プロの感覚を育てる超実践主義と自立心を育む自由な校風

中村:桑沢デザイン研究所(以下、桑沢)はバウハウスをモデルとして、ファッションジャーナリストだった桑澤洋子先生が設立されたデザイン専門学校ですが、数あるファッションの専門学校の中から2人はなぜ桑沢で勉強しようと思ったの?

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中村淑人(桑沢デザイン研究所 ファッションデザイン専攻専任教職員)オンワード樫山を経て、恩師吉田三郎に師事。本田技研工業青山ウエルカムプラザ・HONDAレディーのユニフォームをはじめ、ショールームやイベントユニフォームやさまざまなアパレルメーカーのライセンスブランドに参加。

渡辺:私は京都の美大を中退後、桑沢に入学しました。映像を学んでいたのですが、元々興味があったファッションをやっぱりやりたい、それなら東京だろうと。いろいろな学校を調べ、最終的に入試にデッサンがあった桑沢を選びました。美大を受験する時にデッサンをはじめとするモノを見る訓練の重要性を実感したのですが、ファッション系でそこまでやる学校は珍しいと思ったんです。転学組や中退組の学生が多いことも決め手のひとつでした。

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渡辺奈菜(nanoma design) 2007年にファッションデザイン専攻を卒業。イッセイミヤケやメルローズなどでの勤務を経て、現在はフリーランスのデザイナーとして活動。ファッションデザイン専攻の非常勤講師も勤める。
http://superseven.thebase.in

三上:高校時代には服づくりをしようと決めていたのですが、ファッションだけの学校だと視野が狭くなりそうで…。幅広い知識が学べる学校を探していた時に、桑沢ならデザインの基礎から総合的に学べることを知り、入学を決めました。刺激に溢れた渋谷という立地も大きな魅力でしたね。

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三上司(TSUKASA MIKAMI) 2004年にファッションデザイン専攻を卒業。国内のコレクションブランドでのインターンを経てエイネットに勤務。その後、電通に転職し、営業局にて6年間勤務。現在は自分のブランドの制作と運営をおこない、ファッションデザイン専攻の非常勤講師も勤める。
http://tsukasamikami.jp

中村:2人ともファッションだけでないという点に興味を持ったんだね。では少し話が前後してしまいますが、そもそもファッションを志した理由を教えてください。

渡辺:私は子供の頃から洋服が好きで、小学校高学年くらいからミシンを使って洋服をつくったり古着をリメイクしたりしていました。進学を決める際に、一度は進路に迷って美大で映像の勉強をしていましたが、友人の映像作品などのために再び衣装として服をつくるようになり、改めて本気で勉強したいと思いました。

三上:高校時代の恩師の影響が大きいです。また、「dumbtype」というアーティストグループの影響で身体表現に興味を持っていたので、そういう表現の道に進みたいなぁと漠然と考えていたのですが、「服」という身体とモノの間のような抽象的な存在に次第に魅かれるようになりました。

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渡辺さんの浴衣などを扱う「SUPER SEVEN」。写真はシミがついて着られなくなった浴衣を濃色で染め直したもの

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三上さんのブランド「TSUKASA MIKAMI」のコレクション

中村:現在の1年次は五感を使った「基礎造形」、視覚伝達・生活用品・空間演出・衣からなる「基礎デザイン」などを学びます。渡辺さんは美大の授業も経験したわけだけど、雰囲気や内容はどうでしたか?

渡辺:「社会に出てからどうするか」を常に考えて動く実践的な授業だと思いました。大学の授業も楽しかったのですが、課題重視で卒業後の見通しはつけにくかった気がするので…。プロになってからということを見据えたカリキュラムがありがたかったですね。

中村:なるほど。では目標にしていた人やライバルなどはいた?

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三上:具体的に誰かを目標としていたわけではないですが、刺激をくれる仲間はたくさんいました。仲の良い友人がグラフィック科にいたのですが、文化祭で服を見たと声をかけてくれたんです。作品の写真を撮ってもらったりいい思い出になっています。実は今、グラフィックの仕事を依頼するのは桑沢時代の同級生が多いんです。社会に出ると横の繋がりはできにくいですが、当時の友達とは仕事のことも対等に話せるのが嬉しいですね。

渡辺:私もライバルと言われると同級生ですね。クラスにはギャル系からアキバ系までいろんな雰囲気の子がいて、私とはまったく別の視点を持っているのでいつも驚かされていました。卒業後の今もみんなが各方面で活躍する様子に刺激を受けています。

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