桑沢が継ぐ心-すべての仕事に建築的思考を。大松俊紀×小川暢人×髙平洋平

桑沢が継ぐ心-すべての仕事に建築的思考を。大松俊紀×小川暢人×髙平洋平
桑沢デザイン研究所は、1954年の設立から優れたインテリアデザイナーや建築家を多く輩出してきた。ドイツ「バウハウス」の教育を手本とした教育は、卒業後の実践にも対応できる思考力や想像力をしっかりと身につけることができる。今回は、同校スペースデザイン分野の教育責任者の大松俊紀さん、卒業生であり今年から非常勤講師をつとめるインテリアデザイナーの小川暢人さん(BROOK Inc.)と髙平洋平さん(株式会社 内田デザイン研究所)に、桑沢デザイン研究所での学びや経験、スペースデザイン業界で必要とされることなどについて鼎談いただいた。

建築教育を基本にした可能性を拓くカリキュラム

大松俊紀さん(以下、大松):桑沢の場合、総合デザイン科(昼間部)は3年制で、1年次は全員基礎デザインを学び、2年次から4つの専攻にわかれます。私が担当するスペースデザイン専攻ですと、家具や照明などのエレメント・インテリア・住環境を3本柱に、モノから建築までが社会とどう繋がるかというミクロな視点とマクロな視点を往復して考える、思考を重視したカリキュラムになっています。デザイン専攻科(夜間部)は2年制で、昼間部の2、3年次と同じ内容を学べます。これは設立者である桑澤洋子先生が提唱したバウハウスの建築教育がベースにあります。

大松俊紀(桑沢デザイン研究所 スペースデザイン分野専任講師)<br />一級建築士。1999年にThe Berlage Institute, Amsterdam(ベルラーヘ建築都市研究所)を卒業。CHORA/Raoul Bunschoten(ラウル・ブンショーテン)、OMA ASIA(現RAD Ltd.)勤務を経て独立。大松俊紀アトリエ主宰として建築設計を行う一方、スペースデザイン分野専任講師として教鞭を執る

大松俊紀(桑沢デザイン研究所 スペースデザイン分野専任講師)
一級建築士。1999年にThe Berlage Institute, Amsterdam(ベルラーヘ建築都市研究所)を修了。CHORA/Raoul Bunschoten(ラウル・ブンショーテン)、OMA ASIA(現RAD Ltd.)勤務を経て独立。大松俊紀アトリエ主宰として建築設計を行う一方、スペースデザイン分野専任講師として教鞭を執る。

大松:今年から講師をはじめた2人は、そもそも桑沢デザイン研究所を選んだ理由はなんだったの? 小川さんは、大学にも通っていたよね。

小川暢人(以下、小川):ええ。でもデザインとは無関係の大学でした。学生時代は家具屋でアルバイトをしていて、元々家具やインテリアは好きだったんです。就職活動の時期になり、仕事をするならやっぱり好きなことがしたい、と桑沢の夜間部に入り直しました。大学と並行して参加する機会があった桑沢デザイン塾(同窓会主催の各分野のクリエイターによる講演会、勉強会、ワークショップ)で内田繁前所長の熱心な授業に感動したのが桑沢を選んだ理由です。

小川暢人(BROOK)<br />インテリアデザイナー。2008年にデザイン専攻科スペースデザインコース夜間部を卒業。Wonderwall Inc.を経て2011年に独立。PR TIMESやAtrae、アライドアーキテクツなど、成長企業のオフィスデザインを多く担当。その他、店舗インテリアや展示会、プロダクトの企画設計、監修などを幅広く手がける。現在スペースデザイン分野の夜間部で非常勤講師も務める

小川暢人(BROOK Inc.)
インテリアデザイナー。2008年にデザイン専攻科(夜間部)スペースデザインコースを卒業。Wonderwall Inc.を経て2011年に独立。PR TIMESやAtrae、アライドアーキテクツなど、成長企業のオフィスデザインを多く担当。その他、店舗インテリアや展示会、プロダクトの企画設計、監修などを幅広く手がける。現在、夜間部スペースデザイン分野で非常勤講師も務める。

髙平洋平(以下、髙平):桑沢は実は第2志望で、大学と同じ水準の教育が受けられる専門学校だと聞いて入学しました。元はビジュアルデザイン志望だったのですが、1年のスペースデザインの基礎的な授業とニューヨークで見た、リチャード・セラの作品から空間デザインの魅力を知り、スペースデザイン専攻に進みました。この二つがなければ今はどこかでグラフィックデザイナーとして働いていたかもしれません。

髙平洋平(株式会社 内田デザイン研究所)<br />インテリアデザイナー。2011年、総合デザイン科(昼間部)スペースデザイン専攻を卒業。株式会社 内田デザイン研究所にて、ホテルや旅館の改装や展覧会の会場構成、プロダクトなどのデザインを担当。「IN-EI ISSEY MIYAKE展」や今治市の田中仏光堂などの制作に参加。2017年に開催された「WANDER FROM WITHIN展」では、家具から展覧会までのデザインを一括して手がけた。現在スペースデザイン分野で非常勤講師も務める。

髙平洋平(株式会社 内田デザイン研究所)
インテリアデザイナー。2011年、総合デザイン科(昼間部)スペースデザイン専攻を卒業。株式会社 内田デザイン研究所にて、ホテルや旅館の改装や展覧会の会場構成、プロダクトなどのデザインを担当。「IN-EI ISSEY MIYAKE展」や今治市の田中仏光堂などの制作に参加。2017年に開催された「WANDER FROM WITHIN展」では、家具から展覧会までのデザインを一括して手がけた。現在、昼間部スペースデザイン分野で非常勤講師も務める。

大松:たしかに。桑沢の昼間部1年生ではまず4専攻すべての基礎を学ぶので、髙平さんのように新たな方向への興味が開かれる学生も多いんですよ。

走りながら考えること

大松:在学中に特に印象に残っている授業や出来事はありますか?

小川:授業では、市瀬昌昭先生が仰った「八百屋のおじさんもデザインしているんだよ」という言葉が心に残っています。デザインを学び始めた頃はかなり不安を感じていたのですが、デザインは特別な人のためのものではないと教えてくださった。それで不安が消え、はじめて「僕でもやっていけるかも」と思えたんです。

髙平:僕は「木で自分の手が気持ちよい形をつくる」という桑沢伝統のハンドスカルプチャーの授業です。これは自分の中にしか答えがないので、ひたすら自問自答をしながら形をつくっていくんです。そして妥協なしに自分なりの答えが探し出せた瞬間に、これだ、と腹落ちした感覚があったんです。これが私の答えだと自信を持って伝えること。正解のない世界で答えを導き出すデザイナーにとって不可欠の感覚が、その時に得られた気がします。それから、大松先生の「篠原一男の住宅を研究する」授業も印象に強く残っていますね。偉大な建築家の思想を分析し、自分の解釈を加えた住宅をその隣に新たに設計するという経験は貴重でした。

大松先生による「篠原一男の住宅を研究する」授業の一例。左が篠原一男の住宅、右が生徒が考えた隣の住宅

大松先生による「篠原一男の住宅を研究する」授業の一例。左が篠原一男の住宅、右が生徒が考えた隣の住宅

大松:これは、実際に私が依頼された仕事をベースに課題にしたものなんです。篠原一男がつくった有名な住宅を生徒一人ひとりに設定し、その隣に住宅を建てるとしたらどういう建築にするか?を考えるというものです。篠原一男の住宅は難解ですし、深く考えられるのではと思って出している課題なので、髙平くんのように言ってもらえると嬉しいです。

桑沢は他の学校と比べても課題が多いと思います。専攻に分かれてからもエレメント、インテリア、住環境の課題が並行し、提出が重なることも多いから。でも体力的、精神的なタフさは身につくと思いますよ。学生の頃は大変ではなかったですか?

髙平:社会に出た今は、むしろそれでよかったと感じます。桑澤洋子先生の「走りながら考えなさい」という言葉がありますが、現場では待ってはもらえないですから。僕は3年の間に海外にも数回行きましたが、課題の合間にアルバイトをしたり時間を捻出したりするのも苦ではなかったです。時間をやりくりすることは、デザイナーになる上では必要なことという気持ちも大きかったですしね。

小川:それに、自分の考えや思いがしっかりとあれば、課題の相談にはいつでも乗ってくださる先生方ばかりでしたからね。学生と先生の距離が近かった気がします。

誰もが「桑沢の学生らしくなっていく」校風

大松:桑沢は他の美大との繋がりも少ない分、濃い世界で育っている気がするんですよ。プロダクトやファッション、ビジュアルと幅広いコースの子と接するから、そこでたくさんの影響を受けていく。多様性のある濃密な日々を暮らせることが、ある種、「桑沢らしさ」をつくっているのかなと。

髙平:確かに、日々の生活の中で「桑沢の学生になっていく」感はありますね。例えば、僕は在学中に内田先生がニューヨークで行った展示の設営に、有志で参加したんです。貴重な場にいられたことはもちろん、旅費のためのバイトをしても行きたいというくらい価値を見出している学生が他のコースにもたくさんいて、彼らと集えたのは嬉しかったですね。

小川:僕の場合はクラスメイトの影響が大きかったですね。最も刺激を受け、ライバル視する関係でした。課題では全員がプレゼンさせてもらえないのでがんばっていたし、グループの一人の家に集まってはよく徹夜で仕上げていましたね。もう一つ、僕は昼に設計事務所のアルバイトやインターンをしていたんですが、その時ですら成績の上位から呼ばれるんです。だから、他に負けたくないと必死でやっていた気がします。

小川さん在学時の作品(2年後期、店舗インテリアの課題)

小川さん在学時の作品(2年後期、店舗インテリアの課題)

髙平:友人はよきライバルですよね。成果物に対して率直に意見を言いあえる仲間ができたのもよかった。デザインって自分で作り上げるのものではなく、多くの人の意見によって完成されますよね。ですから学生時代に人の意見を真摯に受け止め、受け入れる柔軟さを身につけられたこともありがたかったです。

2009年、ニューヨークでの設営の様子(Photo:淺川敏)

2009年、ニューヨークでの設営の様子(Photo:淺川敏)

大松:改めて、桑沢デザイン研究所の魅力はどういう部分だと思いますか?

小川:学校の規模感でしょうか。大学に比べると、授業も建物も人との関わり方も密度が高いと感じます。

髙平:多様な経歴や背景の学生が多く、いろいろな意見が聞けること。最近は少し平均化されつつありますが、特に幅広い年齢の夜間部生との交流があるのは貴重だと思います。

プロとしての思考に活きる学び

大松:仕事をしていて、当時の学びが活きていると感じる時は?

小川:ものと社会がどう関わるかを考える時です。仕事をする上で、自分の思考に軸がないといいものはつくれません。またどの段階で実験を加えるかなど、多面的に物事を見る必要もあるのですが、学生時代の思考の訓練が役立っている気がします。

小川さんがデザインした「M.STAGE TOKYO」。医療関係の会社のリフレッシュスペース。コミュニケーションの活性化を考えデザインされた。

小川さんがデザインした「M.STAGE TOKYO」。医療関係の会社のリフレッシュスペース。コミュニケーションの活性化を考えデザインされた。

髙平:デザインもビジネスの上に成立しますから、制約もあれば意見がぶつかる時もあります。だからこそ「自分がなぜそうするのか」という信念が重要だと思います。内田先生は日々、「人間のことを考えろ」と仰っていました。「デザインは人間、社会、自然を繋げる行為だ」という内田先生の言葉を意識しながら、今も図面を引いています。

Khora-Collection。髙平さんがデザインに携わった、「Wander from Within」での家具。茶室をイメージしたという家具からは、日本の間合いや礼節といった空気感が伝わってくるよう。

Khora-Collection。髙平さんがデザインに携わった、「Wander from Within」での家具。茶室をイメージしたという家具からは、日本の間合いや礼節といった空気感が伝わってくるよう。

大松:我々はいつも、建築の教育を中心に空間に携わるすべての学生に通ずる学びを意識してカリキュラムをつくっています。現在はインテリア系に就職する学生が多いですが、建築的思考でものを捉えられる学生を育てたい。そして、「装飾に陥らないデザインとは何か」という本質を学んでほしいと思っています。

大松:では最後の質問。空間を扱う業界で活躍するのに必要な力ってなんでしょうか?

小川:空間では人が一番大事ですよね。ですから、そこにどんな人がいるか、その周囲や社会について考えられる力があることでしょうか。あとはタフさだと思います。

髙平:「正直さ」ではないでしょうか。例えば内田先生は持論を通すためには議論も厭われませんでしたが、責任は自ら取り、嘘はつかない方でした。だからこそ思想に共感する人が集まり、任せたいというクライアントが後を絶たなかったのでしょう。やはり、先生の正直さが人を惹きつけていたと思います。それから山本耀司さんは、デザイナーは「美」に人生を捧げなければならない、とおっしゃっておりました。デザイナーとして美しいものを選びとれる審美眼。を養う努力が日々必要だと僕も心に留めています。

大松:彼らのような信念のあるプロになるには、新しいものと古いものにバランスよく興味を持つことが特に大事です。私は、建築というものは学問というよりは思考のプロセスだと考えています。モノや人を社会という大きな存在にどう繋げるのか。その考え方さえできれば、どんな業界でも活躍できると思っています。

取材・文:木村早苗 撮影:木澤淳一郎

桑沢デザイン研究所
〒150-0041 東京都渋谷区神南1-4-17
電話:003-3463-2431(代)
http://www.kds.ac.jp/
スペースデザインコース特設サイト
http://kds-sd.com/