木村吉成と松本尚子による、木村松本建築設計事務所。京都を拠点とし、住宅を中心に新築やリノベーションを問わず、幅広く建築設計を手がけている。特に最近は外部の建築家、大工、デザイナーなどとコラボレーションを行う機会が多いという。この「ハイツYの修理」はそうした仕事の進め方のきっかけとなった作品のひとつであり、設計・施工の加藤正基、施工・設計のいとうともひさ、coco、ファブリック・設計のfabricscapeというチームで進められた。チームの一員だった加藤正基も交え、コラボレーションの極意や、住宅の内装にカッティングシートを使うことをはじめとする素材の用途を読み替える面白さなど、クリエーションのポイントをうかがった。
200万円で賃貸住戸を改修した「ハイツYの修理」
-「ハイツYの修理」はどんなきっかけではじまったプロジェクトですか?
木村吉成さん(以下、木村):「ハイツYの修理」は、1階に店舗、2、3階に6室の住戸が入る築30年超のハイツで、52.47m2、3DKの1住戸を改装するという小さなプロジェクトです。クライアントさんは古い物件ばかりを抱える不動産オーナーです。賃貸住戸の改修は、管理会社にお願いして200万円で水まわりの更新やクロスの貼り替えをするみたいなことの繰り返しで面白くないと雑談の中でおっしゃっていて、ならば200万円で一般的なマンションやハイツの更新とは違うやり方を考えましょうと軽いノリではじまりました。でも金額的に厳しいので、どうしたものかと……。
-そこからどのような経緯で、いまの形に至ったのでしょうか。
木村:最初は木村松本建築設計事務所でやっていて第1案も出して気に入ってもらえたのですが、低予算での賃貸住戸の改修にはより適した方法があるのではないかと考え、施工者を入れてチームでやることを検討しました。伊藤くん(伊藤智寿/株式会社いとうともひさ)という、30歳くらいの特殊大工に声をかけたら面白がってくれて、もっと人数を増やしましょうと提案され、加藤くんもその中にいました。
加藤正基さん(以下、加藤):僕は独立したてで、伊藤くんの手伝いもしていたので、その流れで一緒にやることになりました。
チームでつくると「自由度」が上がる
-伊藤さんが入ることによって、何がどう変わるのですか?
木村:設計が即座に金額に反映されるので、見積りを待つタイムラグがなくなり、金額に反応してまた設計するというふうに往復しながら進められるのがいいところです。また彼は自分で何でもしようとする人で、塗料で気に入るものがなければ自分でつくってしまいます。今回も床に敷いたコンクリート平板をつくってくれました。予算の関係で1枚300円くらいの市販のものが買えなくて、でも乾式で土間を仕上げたいと相談したら、伊藤くんが「僕がつくります」と言ってしまい、彼は大変な目に遭いました(笑)
加藤:みんな昼間は工事をして、夜はタイルを打っていました。
木村:最初は100円ショップで買ったA4サイズのトレーにコンクリートを流し込んでつくろうとしたけど上手くいかなくて、型枠を組みましたが、A4サイズは踏襲しました。建材に身の回りの寸法大系が入り込むと身体と近づくかな、というのは半分冗談なのですが、やってみました。
松本尚子さん(以下、松本):伊藤くんは建築学科出身でマインドはデザイナーなのです。設計と施工の役割を分けず、全員が設計をし、施工もほとんどのメンバーが行いました。
木村:僕たちが考えてみんなに伝えるというのではなく、みんなで考えていることを全部テーブルに出して全員で高めていくやり方をしました。
-いいチームですね。ただ、チームでやる設計は手間がかかりそうですが。
木村:そうですね。一人あたりの設計料も少なくなります(笑)。
-やっぱりチームで進めることで、最終的な施主の満足度も高くなるのでしょうか?
木村:それはあります。僕たちの場合、チームで設計する理由はクライアントさんにとって自由度の高い建築にしたいからです。設計をつづけていくと「上手く」なって手癖がつくというか、こんなときはこうするのが正解だと自己様式化していくのが嫌で、違うのではないかと。僕たちが最初から排除のプロセスで仕事をしているのがそもそもの間違いで、どこに飛んでいくのかわからない設計プロセスをつくる必要がある。そのために一番いいのは、違う考えの他者と問題を共有しながら進めることです。
-「ハイツYの修理」には、使う人にとっての自由度の高さが感じられますが、プロジェクト当初からそのような考え方は、チームで共有できていたのでしょうか?
木村:昨今のリノベーションのご時世では、ローコストで、合板の壁に釘が打てるから自由度が高いというのは記号化されていて目新しくもなく、そこをトレースしても仕方ありません。リノベーションだからできること、これまで考えられていないリノベーションの方法を考えようというのは決めました。築年数の経った建物の経歴を引き受けようというのは最初に確認しました。間取りは一切変えないで、扉を外したり壁を入れたり、表面の素材を変えたりしながらも、原型がわかる状態を目指しました。
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