シート素材メーカー・中川ケミカルが「CSデザイン賞」でつくる新しいデザイン表現

連載「なぜ企業はコンテストを開催するのか?」

株式会社中川ケミカル CSデザインセンターと社長・中川興一
コンテストはデザインに携わる方にとって、キャリアアップの登竜門として欠かせない存在だ。一方で主催となる企業・団体にとっては予算も労力もかかる事業。それでも開催するのには、確かな事業戦略とともに、社会や業界へ向けた揺るがない想いがある。JDNでは「なぜ企業はコンテストを開催するのか?」として、コンテスト主催企業へのインタビューを不定期連載する。

第1回は、1982年の創設から40年以上の歴史を誇るデザインアワード「CSデザイン賞」を主催する株式会社中川ケミカル。「CS」とは装飾用シート「カッティングシート®(以下、カッティングシート)」の略称であり、CSデザイン賞は同製品の新たな可能性を引き出した作品を表彰する。原研哉さんや佐藤卓さんをはじめ、審査員に名だたるデザイナーや建築家を迎えて開催を重ねてきた。

中川ケミカルはカッティングシートの生みの親。素材メーカーである同社がなぜデザインコンテスト開催に踏み切り、長きにわたり続けているのか、同賞を牽引する中川ケミカル代表取締役社長の中川興一さん、同賞創始者で会長の中川幸也さん、クリエイティブ ブランディング統括の小沼訓子さんにうかがった。

景観をより美しくするためにコンテストを開催

――中川ケミカルがCSデザイン賞を開催することになったきっかけを教えてください。

中川興一さん(以下、興一):1960年代に発売したカッティングシートは、それまで塗料を刷毛で塗って仕上げるのが一般的だった看板業界に一石を投じる新素材として開発されました。描いて塗るのではなく切って貼る。印刷されたデザインをそのまま貼り付けられるので、少ない工数でムラなく、安定した色彩表現で看板を仕上げられることが最大の特徴です。

発売当初から全国で説明会を開催し、カッティングシートのきれいな貼り方をレクチャーしたり、広告物の配布をしたりといったPR活動に力を入れました。ただ、当時の看板業界は職人の世界。職人さんに新素材のメリットを理解していただくのは容易ではありませんでした。しばらくはまったく売れませんでしたが、成田空港や国鉄でのサインに使用されたり、CIデザイン活動の波に乗ったりしたことで、一気に全国に広がっていきました。

株式会社中川ケミカル 社長でありCSデザイン賞を牽引する 中川興一

中川興一 株式会社中川ケミカル代表取締役社長。2013年より現職に就任し、会長からCSデザイン賞を引き継いで牽引している

中川幸也さん:事業が軌道に乗りはじめると、私たちはある問題にぶつかりました。街中を見ると、気泡が入っていたり、よれてしまったり、カッティングシートがきれいに貼られていない看板が多く見受けられたのです。カッティングシートは刷毛で塗るよりもきれいに仕上がりますが、貼り方にコツが必要でした。街の景観をより美しくしようと開発したにもかかわらず、カッティングシートが景観を汚す要因になってしまうかもしれないという懸念が生まれました。

思い悩んだ末に、日本サインデザイン協会の知人に相談して生まれた施策がコンテストの開催でした。職人さんだけを動かそうとするのではなく、素晴らしい使われ方を私たちが集めて世の中全体に広めれば、同製品の扱われ方もおのずと変化すると考えたのです。

素材メーカーである私たちにデザインコンテストを開催する知見なんてありませんでしたから、ツテを頼って東京五輪でデザイン専門委員会の委員長を務めた勝見勝先生に相談しました。そして先生の助言をもとに、カッティングシートを用いたデザイン事例を募集し、評価するCSデザイン賞を1982年に開設したんです。この時、業界全体の発展に貢献したいという志から、シート素材は中川ケミカル製品に限らないと決めました。以来、勝見先生をはじめ名だたるデザイナー・クリエイターのみなさまのご協力のおかげで、年々同賞の価値が高まっていったように感じています。

株式会社中川ケミカル 会長 中川幸也

中川幸也 株式会社中川ケミカル会長。生家が看板・内装業を営む環境で、1961年にカッティングシートの開発をはじめる。1966年カッティングシートの発売を開始。1975年に株式会社中川ケミカルを設立し2013年まで社長を務める。1982年にCSデザイン賞を創設した

CSデザイン賞 フライヤー

第4回から約40年の間、CSデザイン賞のポスター・フライヤーはグラフィックデザイナーの永井一正さんがデザインしている。著名デザイナーの長きにわたる協力があり、賞は発展してきた

コンテストを通じて、新しいデザイン、素材、加工技術の可能性を知る

――コンテストを開催するようになって、どのような反響や変化がありましたか?

小沼訓子さん(以下、小沼):大きなもので言うと、同賞をきっかけに、工事現場で用いられる仮囲いがアートスペースに変わったことでしょうか。いまでは仮囲いに広告などが施されているのは珍しくありませんが、同賞が始まった当初は砂埃で汚れた布や板が用いられていることが当たり前でした。

そんな中で、同賞は「仮囲い」をテーマに作品を募集。貼っても簡単に剥がせるカッティングシートの特性と仮囲いの一過性が見事にマッチし、あらゆる現場の仮囲いでカッティングシートが使われるようになりました。いままで軽視されてきたスペースを新たなデザイン媒体に変えたことは、社会的な意味で非常に大きな貢献ができたかと感じています。

――同製品開発のきっかけである「世の中の景観を良くしたい」という思いが、CSデザイン賞を通して実現しつつあるということですね。

小沼:そうですね。同賞は当時、認知度が低かったカッティングシートをより多くの方々に知っていただき、可能性を感じていただくために開設した賞。しかし同賞が多くの人に知られるようになって、コンテストの意味合いも徐々に変化していきました。最近では意表をついたカッティングシートの使い方をする作品が増え、私たちメーカーが製品の新しい可能性を教えてもらう機会になっています。

 株式会社中川ケミカル取締役、クリエイティブ・ブランディング統括の小沼さん

小沼訓子 株式会社中川ケミカル取締役、クリエイティブ・ブランディング統括。2007年にカッティングシートの情報発信スペースであるCSデザインセンターを立案、設立。企画運営にかかわり、2022年より現職

仮囲い 菊竹雪

2002年にグランプリを受賞した菊竹雪さんの作品。ここから、仮囲いにデザインを施すことが普及していった

――応募作品から得た気づきが、事業につながることもあるということでしょうか?

興一:はい、コンテストのたびに新しい視点や情報を得られるので、素材メーカーにとって最高の環境にあると思います。例えば最近では、あえて気泡やヨレを用いてテーマを表現した作品がありました。これまで気泡やヨレをなくすための技術を追求してきた私たちでは、絶対に発想できないアイデアだと唸りましたね。カッティングシートの使い方はもちろん、カッティングシートを貼る場所、どんな施工業者が使っているのか。そういった情報を得られることも、事業戦略を考える上での一助になっています。私たちは素材メーカーなので、製品が売れた後にどのように使われているかを完全に把握することが難しい。コンテストを開催することで、製品の動向や世の中のトレンドを知ることができるのは、会社にとって非常に大きなメリットだと考えています。

小沼:コンテストを通じて得られた情報から新たなカッティングシートが生まれ、そのカッティングシートがデザイナーや施工業者の手によってまた新たな表現を生み出す。コンテストを長く続けることで、素材とデザインと加工技術の3つが互いに影響を与えあえるような関係を築き上げられたのではないかと感じていますね。

――CSデザイン賞には業界を牽引するデザイナー陣が審査員として名を連ねていますが、中川ケミカルの事業への影響はあったのでしょうか?

興一:カッティングシートを世の中に広めていくにあたって、日本のトップデザイナーたちに素材の魅力を理解していただくことは非常に意味のあることだと思います。作品を評価するには、素材への深い理解が不可欠です。そのため審査会では必ず当社から審査員へ素材の説明をします。

みなさん大御所でありながら、新しい素材が出ると貪欲に知識を深めようとしてくださる方ばかり。審査会で得た情報をほかのデザイナーに発信していただくことも多いので、同賞の開催は貴重なプレゼンテーションの機会だと捉えています。

原研哉さんと佐藤卓さん

CSデザイン賞一般部門審査会の様子。原研哉さんや佐藤卓さんをはじめとするデザイナー・クリエイター陣が参加する(画像提供:中川ケミカル)

人と人との繋がりが事業を発展させる

――コンテストは受賞クリエイターや審査員といった人との繋がりが生まれる場でもあるかと思いますが、CSデザイン賞はいかがでしょうか?

興一:コンテストを通じて生まれた繋がりは、かけがえないないものになる。そう信じて主催者として参加者同士の交流が深まるような機会をつくりたいと考えています。コロナ禍以前は、授賞式の後に必ず懇親会を設け、受賞者同士や審査員との交流を促していました。ここしばらく懇親会は中止にしていましたが、2024年から復活させる予定です。

また、受賞者と中川ケミカルとの繋がりは、コンテストの枠を超えて広がることもしばしばあります。特に学生部門では完工後に応募する一般部門と違い、デザイン案を募集し、受賞決定後にデザイン案をもとに施工します。その施工時に受賞学生と中川ケミカルでコミュニケーションを取りながら詳細を詰めていくため、より関係を深められるんです。

賞を通じてカッティングシートの魅力を知った学生が、デザイナーとなって当社に発注する。受賞して終わりではなく、その後もビジネスパートナーとしてお付き合いが続いていく点も、CSデザイン賞を開催するもう一つの意義だと思います。

CSデザイン賞学生部門の受賞者と、複合文化施設スパイラルのガラス面に施工された受賞作品。応募、受賞、実現化と長い時間をかけて企業が学生とコミュニケーションを醸成できるのも、コンテストの魅力だ(2020年撮影:高比良美樹)

コンテストはデザイン業界全体を底上げする存在へ

――人との繋がりのほかに、コンテストの主催者として大事にしていることはありますか?

小沼:デザインをそのまま壁面に貼り付けられるカッティングシートは、グラフィックデザインと空間を結びつける独特の分野を発展させた素材です。だからこそカッティングシートの開発会社として、グラフィックデザインと空間が掛け算で織りなす新たな可能性を見出し、世の中に発信する責務があると感じます。CSデザイン賞を通じて業界全体の底上げに寄与するという意志はこれからも変わらずに持ち続けていきたいと考えています。

同賞の応募事項に発注者とデザイナーだけでなく、施工会社の記入欄を設けているのは、その意志の表れです。業界の発展には、素材とデザインだけではなく、施工業者によるカッティングシートの加工技術の向上が必要不可欠。「CSデザイン賞」を通して、素材とデザインと加工技術が互いに進化しつづけ、デザインの質向上に貢献していきたいと考えています。

――最後にCSデザイン賞における今後の展望を教えてください。

興一:生まれたばかりの素材の可能性を引き出したいという信念からはじまった賞ですが、40年という時間の中で、ゼロが1に、1が100に……とコンテストとしてどんどん成熟してまいりました。それは単にデザインが進化したからというだけではありません。それに応えるために素材や加工技術が進化してきた結果だと思います。

長年CSデザイン賞を開催して感じるのは、いまの日本におけるシート素材のデザインや加工技術は世界トップレベルだということ。しかしそのことをグローバルに発信しきれていない状況に歯痒さを感じています。日本国内でのCSデザイン賞の認知度は上がってきましたが、今後は世界の認知獲得も視野に活動を広げていきたいですね。そして最終的には、カッティングシートの力で世界中に美しい景観をつくり出せたらと思います。

中川興一 株式会社中川ケミカル社長。原研哉さんをはじめとする審査員とともに、CSデザイン賞を牽引する。

執筆:濱田あゆみ(ランニングホームラン)、インタビュー撮影:加藤雄太、取材編集:猪瀬香織(JDN)

株式会社中川ケミカル
https://nakagawa.co.jp/

CSデザイン賞
https://www.cs-designaward.jp/

株式会社JDNでは、多くのコンテスト(コンペ・公募・アワード)の開催を長年支援しています。コンテスト開催にあたっての手引きをご用意しておりますので、ご興味のある企業・団体の方は、ぜひ下記よりお問い合わせください。

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