薄暗い地下通路を、心弾む金雲の通り道に:CSデザイン賞受賞者インタビュー

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CSデザイン賞 一般部門 グランプリ 金雲のみち

単色やメタリック、蛍光、透明など、豊富なバリエーションを持つ装飾用シート「カッティングシート®︎」。そんなカッティングシートを使用した、適切で創造性に優れたデザインを発信・共有するアワード「CSデザイン賞」が今年で22回目の開催を迎えました。

ここ数年、空間をカラフルに彩ったものよりも、その環境がもともと持っている価値や特性を引き出している事例がグランプリを受賞しているCSデザイン賞。22回目の一般部門金賞に輝いた「金雲のみち」も、近年の傾向を象徴したような作品で、広島の横川駅近くの古びた地下通路を、金箔シートを効果的に使うことで一気に魅力あふれる空間に変化させています。

作品を制作したのは、広島市立大学芸術学部デザイン工芸学科立体造形分野を教える藤江竜太郎さんと、その教え子である富田菜月さん・亀山慶一郎さん(両名とも作品制作当時は大学4年生)。本記事では3名のコメントを通して、地域住民の相談がきっかけでスタートした作品制作、そしてカッティングシートが持つ魅力などについてお伝えします。

大学生が挑む、地元の地域課題

――制作当時、富田さん・亀山さんのお二人は藤江先生のもとで立体造形の分野を学ばれていたということですが、この3人でチームを組んだ経緯を教えてください。

藤江竜太郎さん(以下、藤江):私たちが在籍している広島市立大学は、普段から地元の方による依頼や行政課題が多く集まります。私たちはそういった課題に対し、学生を巻き込んで解決策を考えて実行するプロジェクトを頻繁に立ち上げているんです。今回の横川駅の自由通路のリノベーションプロジェクトも同様で、駅周辺に住む方から依頼があった際に学生に参加を募り、この2人が手を挙げてくれました。

藤江竜太郎

藤江竜太郎

亀山慶一郎さん(以下、亀山):地域プロジェクトへの参加は任意のものですが、大学の課題だけではなく、「一歩外に出て自分のデザインがどこまで通用するのか試してみたい」という思いがあり、富田さんを誘って本プロジェクトへの参加を願い出ました。また、今回依頼があった横川駅の自由通路は、通学で毎日通っていた道でした。普段使っている道の課題解決に貢献したいと思った点も、プロジェクトに参加したきっかけの一つです。

亀山慶一郎

亀山慶一郎

富田菜月さん(以下、富田):私にとっても横川駅周辺は、高校時代から馴染みのある街です。だからこそ、地域の方から依頼内容を聞いた時も共感できることがとても多く、自分のデザインで何かできたらと思いました。また、横川駅の自由通路が約60mということで、いままでこれほど大きな作品をつくったことがなかったので、チャレンジしてみたいと思い、亀山さんと一緒に手を挙げました。

富田菜月

富田菜月

受賞の要因は、作品の持続可能性が今の時代にマッチしたこと

――CSデザイン賞に応募したきっかけと、受賞した時の感想を教えてください。

藤江:以前も別の作品をCSデザイン賞に応募したことはあったのですが、箸にも棒にも引っかからなくて(苦笑)。今回も「出すだけ出してみよう」という気持ちで応募し、結果は期待していませんでした。ですので、受賞した時は本当に驚きましたね。

というのも、これまでのCSデザイン賞の受賞作品を見ていると、グラフィックデザイン性が強いものばかり。加えて、原研哉さんや佐藤卓さんなどグラフィックのプロの面々が審査されるということで、今回のような作品が選ばれることはないだろうと思っていたんです。

金雲のみち

藤江:しかし、今年の作品講評を見て、審査基準が少し変わったような印象を受けました。色鮮やかで洗練されたデザインかどうかよりも、すでにある古いものをデザインによってどのように活かしているか?そういった「持続可能性」という観点が重視されていたように感じました。私たちの作品が選ばれたのは、そんな時代の流れにマッチできたからだと思います。

あらゆる制限の中で導き出された、「金箔」と「雲」という答え

――「金雲のみち」を制作するにあたって、具体的にどんな依頼が大学にあったのでしょうか?

藤江:「殺風景で暗い横川駅の自由通路は夜に通るのが怖い。どうにか明るくしてほしい」ということで大学にお声がかかったのですが、当初は外壁のデザインの依頼ではなく、小学生が描いた絵を外壁に飾ることはできないかという相談でした。しかし、この案には一点問題がありました。

施工前の自由通路。少し薄暗い印象を受ける。

藤江:それは、壁に絵が飾ってあると、道ゆく人の足が止まってしまうということです。この自由通路は、あらゆる人々が毎日通学や通勤に使う生活道路です。絵を飾る案では交通の妨げになってしまうかもしれないので、別の案を模索することになりました。また、明るくするだけなら照明を設置すればいいと思われるかもしれませんが、施工上の条件によって照明工事をすることができなかったんです。つまり、外壁のデザインだけで人の流れを止めることなく通路を明るくする必要がありました。

――多くの制限がある中で最終的に「金箔シート」を使うことに決めたのは、なぜだったのでしょうか?

藤江:横川駅の近くに長年箔紙を取り扱ってきた会社があったことから、地元の魅力をモチーフに、箔ならではの光沢で通路をきらびやかに彩れると考えました。しかし箔を外壁に貼るには、作業中に通行を止める必要があったため使用を断念。それでも何か方法はないかと模索して見つけたのが、今回使用した金箔を貼ったカッティングシートでした。カッティングシートであれば、少ない作業時間で施工を完了させることができるため、この自由通路の条件にはもってこいだと思いました。

作品施工時の様子

――富田さんと亀山さんはどのように制作に関わっていたのでしょうか?

富田:基本的に依頼者の方々とのやりとりは藤江先生が進めてくださり、大枠が固まった後に、私たち2人にプロジェクト内容の共有がありました。素材として金箔を使うことは決まっていたので、それを具体的にデザインに落とし込む作業を担当しました。

――デザインを担当する中で、どのようにアイデアを詰めていったのですか?

亀山:まず横川駅の自由通路の印象を考えていったのですが、ご依頼同様に僕にとっても閉ざされた空間のイメージがあったので、これを払拭するには通る人々に開放感を感じさせる必要があると思いました。そこで思い浮かんだのが、「雲」というモチーフです。空がまったく見えない通路だからこそ壁に雲をあしらうことで、開放的で気持ちのいい空間になる。そう思ってすぐに雲のイメージをスケッチし、富田さんに共有しました。

デザイン検討中の様子

富田:最初に雲のスケッチを見た時は、率直にとてもおもしろいモチーフだなという印象を受けました。雲ってまるで生きているみたいに変幻自在に形を変えられるじゃないですか。だからこそグラフィックにした時にいろんな形に表現できそうだとワクワクしたんです。

しかし、幅広い表現が可能な分、さまざまな方向にアイデアが広がりやすく、雲の選定が難しくなりました。どのようなグラフィックが最適なのか迷っている時、藤江先生から「長い通路を通る中でストーリーが感じられるようにしてはどうだろう?」というアドバイスをもらい、約60mという長い通路だからこそ活きる表現があることに気付かされました。

亀山さんと富田さんによるデザイン画の一部

富田:当初は1種類の雲でデザインを完結させる予定だったのですが、さまざまなバリエーションの雲で流れを感じられるような作品にすることにしました。あと、四季の流れを表現していて、それにより人が通路を歩くという行為にストーリーが生まれたと思います。

場所によって雲の数やデザインが違っています

亀山:あとは雲の種類だけではなく、配置にもこだわっています。たとえば、先の見えない曲がり角の部分は、一見すると行き止まりのように見えますが、人々を導くかのように小さな雲を複数並べました。そうすることで「この雲が向かう先に何があるのだろう?」と、ワクワクした気持ちで歩けると考えたんです。自分たちで自由通路の模型をつくるなどして通行する人々の気持ちを意識しながら、一つひとつの雲のレイアウトを模索していきました。

――自由通路をリニューアルする中で、デザイン面以外で苦労した点はありましたか?

藤江:一番は、限られた予算の中で課題を解決しなければならなかったことです。地域から大学に寄せられる相談は資金が潤沢でないケースがほとんどのため、作品に使いたい材料や手法があっても、思い通りにそれが実現できるとは限りません。

今回のプロジェクトも、予算と施工条件の関係で使えるカッティングシートの枚数に制限がありました。しかし、決められた条件の中でさまざまな素材や方法を模索しながら最高の作品をつくりあげることが、我々にとっての醍醐味です。だからこそ、学生にとって地域プロジェクトはとても意義のある経験になると思っています。

――制限がある中で制作した作品が、実際に施工されたときの感想を教えてください。

富田:施工当日は私たちも作業に立ち会って、図面を手に雲を貼る位置を指示しながら業者のみなさんと一緒に作品をつくっていきました。だからこそ、大きな作品をみんなでつくりあげた時の達成感はいまでも忘れられません。

金雲のみち

亀山:自分のつくったグラフィックが街の一部になっていることに、ただただ感動しましたね。また、施工が完了した時に近所に住む小学生が通ったのですが、通路を見て、「通学路が進化しとる!」と嬉しそうに言ってくれたんです。僕たちのデザインで少しでも通る人の気持ちを明るくすることができたのかなと、とても嬉しかったですね。

通常の金箔にはない、金箔カッティングシートの魅力

――これまでにカッティングシートを使用した経験はありましたか?

藤江:2人はほとんど使ったことはないと言っていたのですが、私は展示会場の窓ガラスなどにサインやテキストを貼る際によく使っていました。また、子ども向けのものづくりワークショップを開催した際に、色付きのカッティングシートを材料にしたこともあります。なので、手軽に貼ったり剥がしたりできるカッティングシートは、後で剥がすことを想定しなければいけない場合に使用するものというイメージがありました。そのため、パブリックアートなどの長期間展示する作品の制作で使用したことはなかったんです。

しかし、今回の作品で使用してみて、カッティングシートの用途の幅が大きく広がったように感じています。特に金箔シートは繊細な光を表現できるので、いままで使われてこなかった場所にも使える可能性が広がっているのではないかと、カッティングシートを見る目が変わりました。

金雲のみち

本作で使われたのは、「MATERIO BLS-001 洋金箔シート」

――富田さんと亀山さんは初めてカッティングシートを使用してみて、いかがでしたか?

富田:この作品は当初金箔を壁に貼り付ける予定でした。金箔を貼るには職人さんの高度な技術や何日もの時間が必要でしたが、「MATERIO BLS-001 洋金箔シート」を使用することで、4~5時間で施工が完了できました。短時間で仕上がることで、サプライズのように一気に空間の印象を変えられる点がカッティングシートのいいところだと思います。

亀山:僕は、パソコンでつくったデザインデータをそのままシートに出力できることが、カッティングシートの最大の魅力だと感じました。今回の作品では雲のディテールをミリ単位でこだわっていたので、それが寸分の狂いなく通路の壁に反映できたことで、カッティングシートの可能性を肌で実感しました。今後チャレンジする機会があったら、また違うモチーフでカッティングシートを使ってみたいです。

プロジェクトでの経験と自信を糧に、3人それぞれの道へ

――最後に、みなさんの今後の展望について教えてください。

亀山:今回のプロジェクトを通して、もっと大きな空間で作品をつくりたいという思いが大きくなりました。また、現在は医療機器メーカーで製品全体のデザインに関わる仕事をしているのですが、機器を使用する人の視点を大切にしながらデザインすることは引き続き意識していきたいと思っています。そして、個人的な創作活動においては自分にしかできない表現を磨きつつ、ゆくゆくは個展を開くことが目標です。

富田:今回のプロジェクトで、デザインで課題解決をすることのやりがいを強く実感しました。実は横川駅の自由通路は、空間の暗さだけでなく猛スピードで走る自転車の存在も問題の一つでした。その問題に対して、今回空間を明るくすることだけでなく、人の流れをコントロールすることも意識しながら金雲をデザインしようと考え、左側通行になるように左右の壁で雲が流れる向きを変えて配置しました。大学を卒業した今後も、デザインで問題を解決するような作品をつくっていきたいと考えています。

藤江:以前は県外に出て作家活動を行なっていたのですが、コロナによってそういった発表の場が減ってしまいました。その代わりに、最近は地元広島の課題解決プロジェクトに力を入れています。そうした活動の中で、今回のように学生の力によってできた作品が格式ある賞を受賞し、全国で知ってもらえる。それが学生を指導する身として本当に嬉しかったんです。

今回の金賞受賞は、学生でもプロに認められる作品がつくれるということの証明になったと。だからこそ、これからも創作活動を通して学生が第一線で活躍できる可能性を伝えていければと思っています。そして最終的には、学生自身がそこで得た自信とともに自分の道を切り拓いてくれたら、これ以上の喜びはありません。

■CSデザイン賞 公式サイト
https://www.cs-designaward.jp

文:濱田あゆみ(ランニングホームラン) 取材・編集:石田織座(JDN)