60点以下の仕事はなくなる。深津貴之&drikinが語る「デザイナーの新しい働き方」

60点以下の仕事はなくなる。深津貴之&drikinが語る「デザイナーの新しい働き方」
東京・青山のTHE GUILD(以下、ギルド)オフィスに集まった2人のクリエイター。かたや、ユーザーエクスペリエンス(UX)の設計やコンサルティングを手がけ、ピースオブケイク社のCXO(Chief eXperience Officer)にも就任した、ギルドを主宰する深津貴之さん。一方、サンフランシスコ在住のソフトウェアエンジニアで、ガジェットを自腹で散財しつつ日々の生活を動画で発信するYouTubeチャンネル「DRIKIN VLOG」も人気のdrikin(以下、ドリキン)さん。先日ラスベガスで行われたAdobe MAXに参加した2人が、更新されるテクノロジーとクリエイティブの関係から「新しい働き方」について語る。
新しいカタチの組織「THE GUILD」

ドリキン:まず深津さんが主宰する「ギルド」からして新しい働き方だと思うんですが、そもそもギルドはどういった組織なんですか?

深津:フリーランスの集団でできた組織です。メンバー全員がそれぞれ法人を持っています。

――どういう目的を持ってそういう会社をつくろうと思ったんですか?

深津:単純にフリーランスと制作会社の中間みたいな業態の働き方ができるようにしたかったんです。フリーランスより安定していて、大きな仕事ができるという。つまり権限があるけれども、制作会社より拘束が少ない状態をつくりたかった。弁護士事務所とか、写真家の事務所に近い構造ですね。事業主が集まってゆるいネットワークというか同盟を組んで、全員の仕事の実績とチームを一個の法人パッケージとしてプレゼンテーションする構造です。メンバー全員が一定の予算を出し合って、オフィスの維持費やカメラなんかの備品を購入する運営費をまかなっています。

深津貴之さん(THE GUILD)

深津貴之さん(THE GUILD)

ドリキン:ギルドみたいな発想の会社はまだ少ないでしょうね。メンバーのミーティングはどれくらいの頻度で行っているんですか?

深津:メンバーに出社義務はないので、各自が自由にオフィスに来るという感じです。ミーティングは週に一回、1時間ぐらい、各自の仕事の空き具合の確認と、ギルドの予算をどう使うかということをコアメンバーで話し合っています。

ドリキン:フリーランスのメリットと企業のメリットをうまく取っていますよね。

深津:仕事はギルド宛に来るので、やりたい人が手をあげるという方式です。働きたい人はいっぱい働けばいいし、働きたくない人は働かなければいい。固定給もないから、働かなかなければゼロ。それだけだとフリーランスと一緒ですが、ギルドという永続性がある組織があるので、3年間イギリスに留学に行って戻ってきても仕事に困らない。ブランクがあってもゲームオーバーにならないという意味だと、フリーランスよりリスクヘッジできていますよね。

――ドリキンさんはサンフランシスコのグローバル企業で働いていらっしゃいますが、世界各地とのリモート会議なんかも多いでしょうね

ドリキン:多いですね。だからリモートワークの工夫がすごく発達していますよ。ミュートを上手に使って、仲間内で「向こうはああ言ってるけどどうする?」って相談したり、車とか徒歩とかでの移動中にも電話会議したり。でも、やっぱり音声チャットだけだと限界があるんですよ。だから最近はビデオチャットを活用するようになったんですが、ビデオチャットってあまり効率が良くないんです。結局会って直接話すのには絶対的にかなわない。

ドリキンさん

ドリキンさん

深津:情報のチャンネル量が違いますからね。

ドリキン:ですが、最近すごくブレイクスルーになったことがあって。人間の仕草でいちばん情報があるのは顔なんですよ。だからビデオ会議に出席する全員の顔をウェブカムで写すようにしたんです。そうすると、喋ってる時に相手のリアクションがわかるようになって、一気にオフラインで喋るのに近づいたんです。全然喋らない人でも、飽きてるのか、理解できないのか、本当は言いたいけど恥ずかしくて喋れないのかがわかる。これはすごい打開策でしたね。

――いろいろなことが劇的に改善されそうですね

ドリキン:働き方でいうと、ミーティングを減らしたいんですよね。僕は会社員なんですが、会社がある程度大きいと、同じミーティングを何度もしなくちゃいけないのが辛くって……。だから最近、YouTubeノリで、ミーティング資料も自分が登場して説明する動画をつくっているんです。コーディングもドキュメントを書くのがめんどくさいから、ライブコーディングで説明したりして。

――それは名案ですね!

ドリキン:ものすごく効果的だったので、同僚もAdobe Premiere Proを使ってビデオをつくりはじめるようになりました。そういうことができるのも、クリエイティブツールが進化して誰でも扱えるようになったからなんですよね。最低限、人が見れるクオリティにするところはツールがやってくれる。

深津:だから、60点の仕事の金銭価値は無くなってきますよね。

ドリキン:僕みたいにYouTubeをやってる人はデスクトップのAdobe Premiere Proを使うけど、普通の人が動画を編集するならアドビのモバイルアプリで充分ですよね。将来的には、Adobe Sensei(アドビの人工知能/マシンラーニングのフレームワーク)が音声を解析して勝手に字幕にしてほしいです。

電脳化すると人格が増える……!?

深津:ミーティングを減らすといえば、僕はボイスチェンジャーが欲しい。去年のAdobe MAXで紹介されていたProject VocoとAdobe Character Animatorのセットがあれば、例えば電話会議だったら、僕っぽくアシスタントが喋ってくれれば仕事がすごく減る(笑)。

ドリキン:深津さんと同じくらいのナレッジが共有されてれば、ありですよね!

深津:fladdict(深津さんの作家としての名義)は1人のデザイナー/クリエイターの名前じゃなくて概念です……という風にできれば。インターネット上の概念です……みたいな。あるいはAmazon Alexaに喋ってもらうとか。僕だけだと解決できない場合は、アバターが2つ登場して喋るっていう。

ドリキン:それをやることで、深津さんにない能力すら補完できますね。

深津:いままでは、デザイン事務所というものがひとつの職能のユニットだったけど、個人あるいはひとつの人格の下に複数のアバターがあったり、アバターの下に複数のプロフェッショナルが統合されてひとつの人格を形成する……というプロフェッショナルなあり方は将来的にありえるでしょうね。

ドリキン:それってすごい!電脳化することで、個人が電子の世界に入ってロケーションとか時間の概念を飛べるというのは今まで簡単にイメージできたけど、別に一対一じゃなくていいんですよね。

深津:なので、fladdictというアバターと質とキャラクターが担保されているんだったら、ミーティングで提案するときでもメンタリングするときでも、戦略を言う部分は僕が担当して、事業やビジネスの話は別の人、というように同時に走ることは不可能じゃないと思いますね。

いま、僕も自分の顔のアバターが欲しいんですよね。Adobe Character Animatorを使って、YouTubeで配信したり、学校の授業を遠隔で済ませたりできるじゃないですか。勉強会とか、ブログを書くより口頭で話した方が早いっていう時にも、自分の姿を出して撮影セットをつくるのはしんどいけど、キャラクターが喋ってくれるならその必要もないので。

――YouTuberのドリキンさんもそう思いますか?

ドリキン:実は僕、すでにつくってるんです(笑)。アバターだと、実は動画を見ている側も飽きないんですよ。まったく同じ固定カメラで1時間話している動画は、絶対見てくれない。だから最近はYouTuberも2カメや3カメを用意して、フェイスアップ、バストアップなどのアングルを変えているんですよね。テレビで当たり前にやられていることが、YouTuberでも当たり前になっている。変化があると、集中力がそこで取り戻されるので。

深津:ちゃんと顔のパターンをつくるとなると100パターンは必要だから、デザイナーに発注しないと。誰かやってくれる人連絡ください(笑)。

――Adobe MAXに参加したおふたりに、Adobe Sensei以降のデザイナーの働き方がどうなっていくのか、見解をお聞きしてみたいです

ドリキン:将来的にAdobe Senseiでできることを紹介するコーナーがやばかったですよね。

深津:Adobe Senseiはいろんなものを塗り替える可能性は高いですね。

――デザイナーの脅威になりますか?

深津:脅威って考えているのは一部の人だけだと思います。

ドリキン:クリエイターって、2種類いるんですよね。Adobeのツールを使いこなせるということで生業が成立している人と、そのツールの前提の上に本当にクリエイティブなものをつくれる人。前者の“Photoshopを超絶使える!”みたいな人はAdobe Senseiには勝てないでしょう。

深津:そういう時代が訪れたら、クリエイティブ業界の値段が急落して、クリエイターが生きていけないんじゃないかって心配してる人もいるけど、歴史に学べば答えはもう出てるんですよ。写植機でものすごいタイポグラフィーをやってた人がDTPになってどうなったのか?生き残れた人とそうでなかった人の違いを考えればかんたんなことです。

ドリキン:エンジニアとクリエイターもまったく同じパターンがあるんですよ。プログラミングや、ソフト使いのテクニックばかりに走っちゃうことがありますよね。本来はその上で何かをつくることが目的なのに、ツールを使いこなすところに酔いしれてしまう。

深津:デザイナーは消えるんじゃなくて市場規模が小さくなるだけなので、単価は安くなるか、あるいは超高くなるかでしょう。将来自分の仕事があるのか不安な人は、いま存在するフローとかタスクを順番にあげていって、それが5年後くらいにどうなるだろう、ということを順番に見ていけば、大体見当がつくんじゃないですか。

ドリキン:文字詰めであれば、普通のテキストレベルは自動化されるけど、ロゴタイプの文字詰めは人がやるでしょうね。また画像を切り抜く作業も自動化されるでしょうが、切り抜いてコラージュ的作品をつくっている人の仕事はなくならないでしょう。つくった過程を自分で意識できるとよりクリエイティブなものをつくれると思いますが、将来のAdobe Senseiしか知らない世代はそういったことを意識できるんでしょうかね?

深津:僕は逆に、それは気にしない方なんです。僕らも0.1ミリの単位でぶれずにカラス口とか引けないし。その世代の子たちはコンセプトや意思決定のところでものすごい精度を勉強して行くんじゃないかなとは思います。

ドリキン:じゃあ、スタート地点が変わるだけで、逆にスタート地点がここに上がるからより上に行ける。確かに、そこに不安を持つ必要はない。

深津:そこで僕らが、若い世代の子に「お前らは手で字も詰められないのか」って言うんですよ(笑)。テクノロジーを使いこなせるハイテクじじいが最強だと思いますけどね。1ミリもぶれない線を引ける精度でやりながらデータ解析もできる(笑)。

――そこでクリエイターの個性ってどうなるんでしょうか?

深津:自分で10本くらい線を引いて、Adobe Senseiに見せればあとは生成してくれるんじゃないですか。あと数年すると、“自分らしい”字詰めっていうのは、バウハウス7割に、ヤン・チヒョルト6割入れて隠し味にグーテンベルグを振ったセットをセーブしておく、みたいになるんじゃないですか。あとは昔のデザインの偉人の作品を学習したロボ・グーテンベルクみたいなのが出てくるでしょう。

ドリキン:しかも巨匠がどんどん強くなっていってね。完全にラスボスじゃないですか。

深津:ラスボスが成長してって。けど、そういうことだと思うんですよ。死んだヤン・チヒョルトは日本語の字詰めはできないけど、Adobe Senseiに宿ったヤンチヒョルトは学習して源ノ角ゴシックをヤン・チヒョルト流に(笑)。

ドリキン:ある程度極めたら未来永劫生きられるってことですね。

深津:死んでもスライダーのパラメーターとして生きていける。アドビのスライダーとかプリセットメニューに登録されるっていうことがすごい名誉になるかもしれない。テクノロジーは魔法に近づいていくと思うんですけど、Adobeが持っている召喚魔術書の1ページに「ヤン・チヒョルト召喚」って記述されるみたいな。

――いろいろお話を聞いてきましたが、日本でも11月28日にAdobe MAXが開催されるんですよ

ドリキン:Adobe MAXってすごくいいイベントなんですよね。電脳化で盛り上がってきたけど、最後はやっぱり生身で感じるものだから。モチベーションを充電するかのような空気がありますね。

深津:人間は空気が伝染する生き物だから。空気の伝染はやっぱりオンラインだと弱いところがあるんじゃないですかね。音楽フェスはYoutubeで代替できないですからね。行った方がいいですよね。いろんなイベント。情報のチャンネル数がやっぱり違うから。

ドリキン:あれは何でしょうね。見えないオーラでもないけど。絶対エネルギーがきますよね。

深津:ミラーニューロンが画面だとあんまり発火しないみたいな。

ドリキン:オンラインで気になったら、現場に飛び込んでみていいと思いますよ。

取材・文:齋藤あきこ 撮影:後藤武浩

「Adobe MAX Japan」11月28日に開催!
日本でも2017年11月28日(火)、パシフィコ横浜にて開催されるクリエイターの祭典「Adobe MAX Japan」。昨年は2,000人以上の来場を記録し、大好評を博した。米国アドビ システムズのデジタルメディア事業部門担当エグゼクティブバイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーであるBryan Lamkin(ブライアン・ラムキン)や製品担当者たちが登場し、最新機能をプレゼンテーション。またメディアアーティスト、落合陽一さんによる基調講演や、製品の活用術を学ぶセミナー、今後の製品に搭載されるかもしれない機能をプレゼンする「Beer Bash」など、盛りだくさんのイベントを開催。事前申し込みで参加費無料!お申込みはお早めに。詳細は公式サイトにて。
https://www.event-web.net/adobemaxjapan/