小玉文×佐藤亜沙美が語る、パッケージと本のデザインにおけるこだわり(後編)

小玉文×佐藤亜沙美 写真

店頭に並ぶたくさんの商品の中から、色の組み合わせや文字のかっこよさ、絵や柄の美しさ、手に取りたくなる素材感など、そのデザインに強く惹かれて買ってしまったという経験はありませんか?

本記事はパッケージデザインとブックデザインにフォーカスを当て、グラフィックデザイナーの小玉文さんと、ブックデザイナーの佐藤亜沙美さんに対談いただき、お二人のこれまでの仕事をうかがうとともに、思わずパケ買いしてしまったものを持ち寄ってもらいました。

実はちゃんと対談するのは初めてという小玉さんと佐藤さん。素材や加工に対するこだわりや、そのモノの世界観を表現する圧倒的な強さを持つお二人に、普段なかなか話せないマニアックな加工方法から純粋に惹かれるもの、デザインをする上で注意していることやデザイナーならではの職業病などなど、前後編でたっぷりお話をうかがいました!

前編:二人のこだわりが色濃く出たお仕事
後編:思わずパケ買いしてしまったものと、デザイナーのこだわりと本音

――ここからは、お二人が思わずパケ買い(ジャケ買い)してしまったものを教えてください。まずは小玉さんからお願いします!

デザイナーの原点になった、水を固めたようなペットボトル

●TY NANT スティルウォーター

小玉:私が美大に落ちて浪人していた時に、たまたま手に取った雑誌『Pen』で海外のミネラルウォーターボトル特集の企画にこのボトルが載っていて、めちゃくちゃかっこいい!こういうボトルはどういう人が考えているんだろう?と思ったんです。その時はまだデザイナーという職業についてよくわかっていなくて、こういうものをつくる人もデザイナーなんだということをはじめて知りました。

TY NANT

イギリス・ウェールズ地方、カンブリアン山脈の自然で育まれたミネラルウォーター「TY NANT(ティ ナント)」。同じくウェールズ出身のロス・ラブグローブがデザインを手がけています。

佐藤:プロダクトデザイナーっていう職業をはじめて知った瞬間だったのでしょうか?

小玉:そうなんです。デザインしたのはロス・ラブグローブさんというインダストリアルデザインの巨匠で、オーガニックデザインの父とも呼ばれている方です。水の有機的な形をそのまま形にしたようなこのボトルデザインは、すごいな……と思って。国や性別とか年齢など、いろいろなものを超えて瞬間的に「良いな!」と思えるものをつくる仕事をしてみたいと、私の目標になりました。

佐藤:効率を考えたらシンプルなフォームになっちゃうけど、世界中に通じるかっこいいデザインですね。文字要素も最低限だし。水を形にするって視覚的にびっくりしますよね。水の形って想像できないから。

小玉:途中のラフスケッチも拝見したんですが、かなり抽象度が高いラフでした。実際には水はこういう形にはならないかもしれないけど、「水ってこういう感じだよね」というイメージをもとにデザインされたからか、皆が「水らしい」と感じる、感覚に訴えるものになっている気がしますね。

あと、なんとなくこのボトルで飲むと、水がおいしい気がするんですよね(笑)。パッケージの中でも特にボトルは身体的な記憶と結びつきが強い気がしていて、中身の水が同じでも、このボトルを手に持ってに口をつけて飲むことで、いい体験として残る感じ。本もそうだと思いますが、パッケージはそのブランドの志をお客さんに示す存在。買ったあと、持ち歩いている時や身近に置いているときに気持ちいい存在かどうかも大切だと思うんですよね。

佐藤:小玉さんをこの仕事に就かせたっていう威力もあるデザインですね。

小玉:自分がおもしろくない仕事をしてるなという時に「こういうものをつくりたいな」と、立ち戻れる原点ですね。

●Made in ピエール・エルメ マカロンボックス

小玉:直近でパケ買いしてしまったものも持ってきました。東京駅で展開していたピエール・エルメの限定マカロンで、縦書きのピエール・エルメがまずやばいな!と(笑)。この絵柄は「東海道五十三次」の日本橋のシーンですが、毛槍という槍の先端がマカロンに変わっている(刺さっている!?)アイデアなんですね。

ピエール・エルメ マカロンボックス

富士山や日本橋が描かれた浮世絵をモチーフにした限定マカロンBOXには、白味噌とレモンのフレーバーや抹茶と黒ごまのフレーバーなど、限定マカロンが入っています。ロゴやベースのデザインは平林奈緒美さん、浮世絵のパッケージデザインは柏木円さんが手がけています。

佐藤:なんと可愛いアイデアなんでしょう~。

小玉:毛槍ってそもそも何かと言うと、大名行列の先頭などで振り歩くもので、この槍を投げ交わしてアクションをするみたいなんです。先端にマカロンがついた槍を「ひょいひょい投げ交わしたりするのかな?」と考えると楽しそうだなって。

出張前に東京駅で見つけてどうしてもほしくなったんですが、マカロンは要冷蔵なので、一番少ない3個入りの箱だけ買ってその場で食べて箱を持ち帰りました。あとからほかの2種類もほしくなって結局買いましたけど(笑)。一番大きな箱では、潮干狩りしているシーンの浜辺や鳥居の「神額」と呼ばれる部位にマカロンがついていたりします。

小玉さんが見本として持参した元の「東海道五十三次 日本橋」とくらべている様子。側面の「ピエール・エルメ」もロゴも独特の抜け感があります。

佐藤:かなり勇気のいる遊びですね!

小玉:そうそう(笑)。でもこの悪ふざけ感が逆におしゃれ!ロゴにも絶妙な抜け感があり、トートバッグやTシャツも売っていてほしくなってしまいました。この抜け感を出すためにかなり文字の形とか調整してるんだろうなと。こういう浮世絵を使っているものって、少し残念なデザインのものが多かったりするじゃないですか。これはおしゃれだと思った珍しい例ですね。

佐藤:たしかにこういう場合にあまり粋じゃないパターンも見かけますが、浮世絵の「粋」が踏襲されていますね。葛飾北斎や歌川広重がいま生きてたらやってそう。

●『本人』(太田出版)

小玉:これは10年前くらいに売られていた『本人』という雑誌です。誌面の前半にがっつりインタビューが載っているんですが、特集されている個性的な人々の魅力を引き出すフォトディレクションがいいなと思っています。暗い部屋の中で当時の二つ折り携帯を見ているひろゆきさん……、さんまさんの号のロゴの入れ方よ……!と(笑)。

雑誌 本人

太田出版から2008~2009年に発刊された『本人』。松尾スズキさんがスーパーバイザーを務める季刊誌(現在は休刊中)。

佐藤:おでこにがっつり入ってますね(笑)。しかも目線が(カメラに)きてないカット。

小玉:そうなんですよ!中にも少しずつ違うカットがたくさん掲載されているんですが、インタビュー時の喋りのライブ感を感じる誌面レイアウトがかっこいいな〜と。実は一度手放してしまったんですが、やっぱり手元に置いておきたいなと思ってまた買ったくらいです(笑)。さんまさんの号はこの写真を表紙に抜擢したのがすごい。さんまさんの素が出てる感じがいいというか。明るさ全開ではなくて、厳しさも優しさも見えて。

――佐藤さんはいろいろな雑誌や本を手がける際に、フォトディレクションで工夫していることはありますか?

佐藤:工夫とはまた違うかもしれませんが、本番用にかっちり固めたときよりも、ふっと力の抜けたテストカットが魅力的な場合も多いと感じます。昨年出版されたバービーさんの『本音の置き場所』のデザインをさせていただいたのですが、実は表紙の写真はバービーさんのメイクさんがスマホで撮影したものが採用されました。お二人の関係性があらわれていてとても素敵な写真です。

小玉:それを採用した勇気がすごいですね。

佐藤:カメラマンさんの写真ももちろん美しくて中面には使用していますが、気心の知れたメイクさんじゃないと見せないお顔をされていて。いかにリラックスしてもらうかも大切かもしれません。

小玉:いい写真ってそういうことですね。

様式美を勉強するためのパッケージ

――では佐藤さんがパケ買いしたものもご紹介いただけますか?

佐藤:すごくたくさん持ってきてしまったんですが、基本的に文字組みが大好きで、文字組みがきれいだと買ってしまっているんだなと今回気付きました。

●おしばなし文庫 はのはなし。

佐藤:これは子どもの抜けた歯を残しておくための木箱で、友人にいただいたのですが、子どもの成長記録だったり、子どもが大きくなったら渡したりするものなんです。私は今年出産したばかりで幼児を育てているのですが、子どもや妊婦が使うものがなんだか薄ピンクやクリーム色など甘い色使いのものが多くて、普段そういう色を買わない自分には選択肢が少ないなと感じていたのですが、これはクラシックな感じで素敵だと感じました。

おしばなし文庫 はのはなし。

木製のおもちゃやプロダクトをつくるMOQMOによる「おしばなし文庫 はのはなし。」。名前の通り文庫本のような箱を開くと、乳歯を入れるためのケースになっています。

佐藤:歯だけじゃなくて「へその緒のはなし」とかほかのシリーズもあって、統一されたデザインで展開されています。全部ちゃんと入ったらかなり圧巻なので、子どもが将来欲しいかはわからないのですが。あとは私自身、中性的なデザインや色が好きだと自覚しているのですが、小玉さんのデザインは男性性、女性性に寄りかからず普遍的だと感じます。硬すぎず柔らかすぎず、曲線も美しくて。

小玉:どちらかというとそうですね。反対に「女性らしいデザインでお願いします」と言われると少し困りますね(苦笑)。

●文字組みの見本

佐藤:文字組み見本として手に入れたものもけっこうあります。パッケージには様式美が大切だと感じるのですが、この書体を使ってこの組み方をするとこういう様式美になるのかという資料用に買っています。

佐藤さんが文字組みの見本として集めているものの一部。

小玉:昔のものって謎のイラストが入っていたりしますよね。

佐藤:ありますよね、なぜこれがここに!?みたいな(笑)。あとはさまざまな国で展開されている商品でも、同じパッケージで販売されている場合は、いろいろな言語が入っているデザインが多くて、全然読めないけどこうやって文字を組むとかっこいいんだとか。海外に行ったときはその国の文字組みがわかるものを買ってくることがありますね。

――今回は話しきれませんが、文字の選び方とかフォントの話も尽きないですよね。

佐藤:書体の話を始めたら尽きませんね。若い時は文字組み研究でいろんな時代の地図などたくさん集めていました。国会図書館に地図だけ見に行ったりしていました。

小玉:書体の組み合わせもすごいセンスですよね。この薬包紙のパラピンとかも変える必要がないからずっとこのデザインで来ているんでしょうね。

佐藤:現代版にアップデートされたら少しさみしいですね。

●イギリスや台湾などで買い集めた本

佐藤:今は難しいですが、以前海外に行った際に購入した書籍です。川端康成の小説や映画監督のエッセイなど、イギリスや台湾の本屋さんに立ち寄った際に手に取って、日本では見かけない加工や紙が特に気になったんですよね。

紹介していただいたのは、川端康成の『雪国』や『湖(日本では「みずうみ」)』、F・スコット・フィッツジェラルドの『フラッパーと哲学者』、映画監督のデレク・ジャーマのエッセイ『クロマ』、陳柔縉の『祝台博』。

佐藤:黒い表紙のフィッツジェラルドの本は、黒の用紙に表1から表4にわたって全面に箔押しが施されています。圧を均等にかけるのが技術的に難しそうなんですが、隅々まで美しく押されています。川端康成の『湖』は、凹凸があるパール入りの和紙にパール箔が押されていて、さらに凹ませるデボス加工が施されているように見えますね。

あと表紙にもたくさんスタンプが押されている『祝台博』という本は、おそらく日本統治時代のお店や企業などの解説とハンコが収録されている本です。レイアウトも文字組みも隅々まで格好良くて、カバーを外すととんでもない背表紙になっていたりします。日本だと断られそうな、かなり薄い紙に刷られた地図など付録もたくさん付いています。ほかの書籍もどうつくっているんだろうと思うような特殊な仕様が多いです。

小玉:私も以前、海外の本屋さんでジャケ買いしちゃいました。ロサンゼルスで買った英語版の手塚治虫の『ブラックジャック』と、水木しげるの『総員玉砕せよ!』は、どちらも漫画の装丁というよりも、レコードジャケットのようなカッコ良さ。内容が伝わりにくくてもOKという潔さを感じました。また海外で本漁りができる日が来るといいですねぇ……。

いち消費者の視点や最初の感覚を忘れずにデザインする

――さまざまな素材について詳しいお二人ですが、普段からリサーチしたりストック探しは行っていますか?

小玉:今回はこのプランで行くぞ!と考えてから、詳しい業者さんに聞いたりリサーチしたりしています。加工に関しても自分から探したり勉強する時間がなかなかつくれないので、その都度知り合いの業者さんに「誰かこういうことが得意な方知りませんか?」と聞くことが多いですね。そういうことの繰り返しや伝手で“おやっさん”みたいな方にも出会えています。

佐藤:私はそこにしかないものが好きで、海外に行った時は日本じゃ手に入らないものや謎の文字組みのもの、あと日本語がめちゃくちゃに扱われているものは買っておくことが多いです。そういうものはなかなか自分の中にある知識だけではでつくれないので、見本にして集めている時期がありました。最近はインスタグラムやネット上でみかけたものをものをスクショしておいて、後からオンラインで手に入れたりすることも多いですね。内容量の組み方とか参考になります。

小玉:ああ、ありますね。裏面の原材料表記は文字の大きさ8ポイント以上ゴシック体とか決まっています。

佐藤:そうなんですね。あと訴訟のリスクのあるものは、ものすごく注意書きが書いてあったり。

小玉:「頭にかぶらないでください」とかありますよね(笑)。パッケージには、たしかにこの世界ならではの様式というものもあるんですが、それを重視しすぎてしまうと面白くない発想になってしまうこともあるので、まずはできるだけ囚われずに考えたいなと思っています。最終到達目標がさっきの水のボトルだとすると、様式重視の考え方ではあそこにいけない感じがするというか。

小玉:前に矢沢永吉さんが良いことをおっしゃっていたんです。スタジオでレコーディングをしていて、スネアの鳴りがよくないから何度もリテイクされていたそうなんですが、ふと、「自分が最初にロックンロールをやりたいと思ったときには、“ここのスネアがよくない”とか思ってなかったよな……」と思ったそうなんです。細かいところにこだわるよりもまず「一発インパクトのあるサビをつくりたい」、そこにいちばん大事なものがあるんじゃないかと。私も、初心の視点を忘れずに、常に新鮮な気持ちで仕事に取り組みたいなと思っています。

佐藤:なるほど…!ちょっと関連する話かなと思うんですが、私は年々色校への赤字が少なくなってます。昔はちょっとやりすぎでは!?って言われるくらい赤字を入れていたんですけど、いまはほぼ赤字を入れないことも増えてきていてびっくりします。

小玉:そうなんですね!矢沢さんの話と近い気がします。良い方向に熟練されていくとそういう風になっていくのかもしれないですね。私は今現在、文字組みの細かいところを気にして見てしまうほうです。以前はカラオケに行ったときに、流れてくる歌詞の文字の「“く”の前後空きすぎ!」とか思ってました(笑)。

佐藤:わかる~!(笑)職業病苦しいですよね……!

小玉:(笑)。そういうところを見すぎているのかもしれないと思う時があります。

佐藤:本当ですね。このパラピン紙のような作為のないデザインのインパクトには敵わないなと思う時があります。デザインが専門ではない、たとえば営業の方が組まれたポップや本の帯とかすっごいパワフルで、訴求力があるというか。プロがいくらこだわって手を入れても、「いま売れてます!」って力いっぱい手描きで書いてあるほうが力強かったりして(苦笑)。

私も日常生活で家にあるものとか、「あそこを80%小さくして、こっちを120%にしたらちょうどいいのにな」とかずっと思ってしまったり、文字組みが気になって情報が頭に入ってこないことがありますね(笑)。

小玉:私の場合は特に知識に引っ張られがちなので、さっきの矢沢永吉さんとか営業さんの手描きの話とか、知識を入れながらもそうではない素人目線というか、最初の感覚を持っていたいと思っています。

佐藤:「かわいい」「かっこいい」とか直感的な部分を大事にしたいっていうのはありますよね。

小玉:そうです。あと、デザイナーとして歳を重ねていて辛いと感じるのは、ほかのデザイナーが手がけた良いデザインを自然な目で見られなくなる時があるんです、「悔しい!」とか「これ私やりたかった」とか(苦笑)。いち消費者として見られなくなっているから、いつか、フラットな目線に戻したいんですよねー。

佐藤:小玉さんが一番嫉妬するポイントはどこですか?

小玉:うーん、たとえば『本人』で言うと、ひろゆきさんをこのディレクションにしたのはうまい!パラレルワールドでこれ自分がやりたいな!という感じですかね。いいなと思う反面、悔しいというか。

佐藤:そうか~。パッケージはまだ私が純粋でいられる領域かもしれないです。自分から遠いから純粋な気持ちで買えちゃうというか。でも私も本はありますね。「かわいいな、悔しいな…買うのは来月にしよう!」とか(笑)。

小玉:ちょっと置いておくんですね(笑)。

制約があるからこそ面白いものがつくれる

――少し別の角度からですが、加工方法や技術面から表現を考えることはありますか?

小玉:私はあまりないですね。普段の仕事はその“もの”がよく見えるようにすることが大事なので、「この加工をやりたいから」という欲求とうまく合致することは確率的にあまりないと思います。反対にそれをやりたいがために始めたのが、自腹でつくる自社の年賀状のはじまりみたいなところがあって。

佐藤:きっと加工から入ってしまうと表現がずれていってしまうのかもしれないですね。やってみたい技術をストックしておいて、依頼内容に対して「あっ、あのアイデアはここで使える!」みたいな表現の方が純粋な気がします。“やってやった感”が出すぎているものって、デザイナーがやりたかっただけじゃないかな?と少し引いてしまうというか。そういう私もそう思われているかもしれないんですけど(笑)。

小玉:いえいえ、佐藤さんのお仕事は目的に応じて表現されていますよ!

佐藤:でもコズフィッシュにいた時はよく祖父江慎さんから「やりすぎじゃないかな……」ってときどき言われてました。祖父江さんを見習っていたつもりだったのですが(笑)。デザイン過多だと作品そのものが隠れてしまうよと言われた時があって、それは今もずっと気を付けています。だからこだわるポイントや新しいことをやるなら一カ所だけとか。このピエール・エルメの箱の浮世絵の色を白黒にしているのも、マカロンを引き立てるために抑えたってことなんじゃないかなと。

小玉:たしかにそうですね。私はデザイン検討時にスタッフに、黒とシルバーの2パターンを見せて「どっちがいい?」って聞いてみんなが「黒」って言ったときに、「えっ、光ってるほうがよくない?!」って押し気味に言っちゃうことがあって……(笑)。

佐藤:明らかにこっちって言ってほしいみたいな(笑)。その欲を抑えるのが大変ですよね。

小玉:逆に、クライアントさんには「もっとやってほしかったのに!」って言われることもあるんですが、佐藤さんはどうですか?

佐藤:出版は最初から予算が決まってしまっていることも多いので、最初に「今回は何もできません!」って釘を刺されることも多いです。ドリームプランと想定された予算でおさめるプラン両方を提出して、意外とドリームプランが通ることもありますが、「全然おさまりませんでした!」と返ってきたときは、「そ、そうですよね…!」と(苦笑)。

小玉:なるほど、常にフルスロットルなんですね(笑)。

――ひとつの仕事におけるゴールというか、自分の中でここを超えたら終わりにしているという目安はありますか?

小玉:当たり前かもしれませんが、「締切」は大事だと思います(笑)。締切までは試行錯誤の時間ですね。その期間をかけてどんどん盛り盛りにしていくわけではなくて、削る検討も行い、どこに着地するとベストかを探るという試行錯誤です。

佐藤:コズフィッシュに在籍していたときは「10割まで根を詰めずに、8割のところでストップして完成にさせて」と言われていました。手を入れすぎると鮮度が落ちてしまうから細部までやりたくても手放したほうがいいと。そうすると新鮮さを残したまま、人の思考が介入できる余地を残せるよという意図だと思います。だからやりすぎてて死んでるよって言われることがありました。やればやるほど完成度が上がるように思えるけど、手に取る人から見ると完成されすぎてて人が入れなくなっちゃうというか。

小玉:そのエピソード面白いですね。だからこそ何の制約もなく、佐藤さんがフルスロットルでやったらどんなすごいものができるのかは見てみたいですけどね……!

佐藤:誰もこんなものつくれって言ってないみたいな、デコラティブなものができてしまうかも(笑)。でもやはり締切や予算とか何かしら制約がないとシャープな佇まいにならないのかもしれません。クライアントワークが面白いのは、まわりから外部的な圧力としてそこがシャットダウンされるところで、その中で遊んでいいよという状況だからこそ楽しくもありますね。制約がゼロになってしまうと面白いものがつくれないんじゃないかなと思います。

――そう聞いていると小玉さんの年賀状はすごいですね。

佐藤:仕事と自主制作で思考を分けていらっしゃいますよね。

小玉:完全に違いますね。失敗しても誰からも何も言われないし、すべってるほうが面白いかもくらいで(笑)。しかしクライアントワークの場合は最終的に届く人もたくさんいるので、佐藤さんが言われた8割ってわかるな〜と感じました。レオナルド・ダ・ヴィンチがモナリザをずっと持ち歩いて描き続けていたように、佐藤さんが完全無制限状態でものを作ったらどんなものができるのか見てみたい気はしますね。

佐藤:うーん、どうでしょう……。私の場合は時間をかけすぎると変な力みが出て自然ではなくなってしまうことが多いので、できるだけ時間をかけずに仕上げたいと今は思います。

デザイナーのエゴとの向き合い方

――では最後に、今後手がけてみたいものについて教えてください。

佐藤:私は小玉さんの話や作品を見ていてパッケージ楽しそうって思いました!

小玉:ありがとうございます!今日お話をしていて、パッケージと本のデザインってけっこう近いと思ったんですよ。お店でどう見えるかを意識するところとか、商品の志をどのように視覚化するかというところは共通項が多いなと感じました。

佐藤:たしかにそうですね。ただ、私は駄菓子屋の孫なので、駄菓子屋スピリットがあるから、パッケージをやり始めるとそっちのチープデザインにベクトルが向きすぎちゃうんじゃないかなって怖いんですけどね(苦笑)。

小玉:私は本をやってみたいなと思います。本は1ページずつぎっしり中身が詰まっているからやることがすごくあるし、本のほうがパッケージよりも立体としての密度があるなという気がしています。

佐藤:小玉さんのスタイリッシュなデザイン拝見したいです!でも、そのうちもうお腹いっぱいだ!ってなっちゃうかもしれません(笑)。私、今日お話するまでパッケージには小玉さんらしさが投影されてるって思ってましたけど、けっこう別物ってきっぱり考えてることが意外でした。

小玉:ある程度は個性が出ちゃっているとは思うんですよ。でも「小玉さんの好きなようにお願いします」と言われると思考回路が変になっちゃいますね。普段はロックンロールとか好きなので、急にメタルのCDジャケットみたいな世界観に寄っちゃうと怖いですし(苦笑)。

佐藤:依頼したい!めちゃくちゃハードなやつ。

――制約を設けないような、デザイナーのエゴがマックスの企画展とかやると面白そうですけどね。

佐藤:デザイナーの思考が表出してビジュアル化したようなものが並んでいる展示。クライアントワークとのコントラストも興味深いですね。

小玉:面白いですね、それ!じゃあその時は佐藤さんに100%を出していただいて(笑)。

佐藤:量産は無理っていうものができ上がっていると思います。一つはできたけどって(笑)。

撮影:西田香織 取材・文・編集:石田織座(JDN)

●小玉文
https://bullet-inc.jp/
●佐藤亜沙美
http://www.satosankai.jp/