体験の価値を自分たちなりに正しく企画、「パンをおいしくする」ことにフォーカスしたトースター

体験の価値を自分たちなりに正しく企画、「パンをおいしくする」ことにフォーカスしたトースター
家電メーカーのバルミューダが2015年の5月に発売したトースター『BALMUDA The Toaster』には、パンのおいしさを引き出すための5つのモードが搭載されている。トースト、チーズトースト、フランスパン、クロワッサン、クラシック。この5つのモードでパンはもちろん、グラタンやピザ、餅などさまざまな調理が可能だ。おいしく焼くための秘密は、バルミューダ独自のスチームテクノロジーと完璧な温度制御にある。いくつかの偶然や気づきが重なって実現したという興味深い開発の経緯、また試行錯誤の実験の裏側を、デザイナーとして一から開発に携わった松藤恭平さんに聞くことができた。

001

転機はドシャ降りのバーベキュー

僕たちがこのトースターをつくるにあたって目指したのは、「食感コントラスト」の強さでした。外側はこんがり、中身はもっちりふわふわ。たこ焼きやステーキのように、食感コントラストの強いものっておいしいんですよね。直火で、しかも強い火力でサッと火を通すことがコツなのですが、お店の焼きたてパンの食感を家庭でも実現しようと開発したのが『BALMUDA The Toaster』です。1秒おきにセンサーが反応することで、温度を巧みにコントロールしながら焼きます。通常のトースターは一定温度で焼き上げるものの、こうした温度制御機能を搭載したトースターはバルミューダならではです。

トースターをつくろうと思ったそもそものきっかけは、「毎朝食べているパンがおいしくないんだよなぁ……」という社長の何気ないひと言でした。忙しいなかでも、香りがよくておいしいパンが毎朝食べられたら幸せな気持ちで1日をスタートできるかもしれない。そんな思いから開発がスタートし、いろいろな意味で忘れられないのが2014年のバーベキューです。バルミューダでは毎年バーベキュー大会を行なうのですが、その年のバーベキュー当日は、長靴でいても膝まで泥まみれになるほどの大雨で、バーベキュー場にはポツンと僕たちだけ(笑)。

トースターの開発途中だったこともあり、たまたまスタッフの1人がスーパーで買ってきた食パンも焼いて食べましょうということで、炭火で焼いて食べたところものすごくおいしかったんです。まさに外側はサクサク、中はもちもちで、パンがあまり好きではない人もこれならおいしく食べられるねというくらい、スタッフ全員が納得の焼き上がりでした。「この味を家庭で実現できれば売れるんじゃないか」ということで、その時にゴールが決まりました。目指すべきおいしさの指標をスタッフ全員の共通認識として握れたことが、その後の開発にも大きく影響しました。

スチームと温度制御がカギに

バーベキューの翌日から、さっそく会社の駐車場にバーベキューセットを準備して食パンを炭火で焼いてみたのですが、バーベキューの時のおいしさがなかなか再現できません。グリラーを変えたり炭を備長炭に変えて焼いてみても、結果は同じ。ふと開発チームのメンバーが、「そういえばあの時は大雨が降っていたよね?」と気がついたんです。雨(水分)がパンの焼き上がりや食感に影響したのではないかと言うので調べてみると、確かにパンに霧吹きをしてから、魚焼きグリルでグリルするとおいしく焼けるという事実があり、そこからスチームに着目しはじめました。

給水口に5ccの水を入れて調理。運転が始まるとスチームが庫内に充満し、パンの表面は薄い水分の膜で覆われる

給水口に5ccの水を入れて調理。運転が始まるとスチームが庫内に充満し、パンの表面は薄い水分の膜で覆われる

そんな時、吉祥寺のパン屋さん『ダンディゾン』の方と知り合ったことで、開発チームで厨房を見学させてもらうことにしたんです。僕らはてっきり石窯やガス窯で焼いていると思っていましたが、そのパン屋さんが使っていたのは電気のスチームオーブンでした。その時にパンと水分が密接な関係にあることを改めて知り、蒸し焼きにすることで過度な熱を与えすぎずふっくらと焼けること、さらに電気で温度をコントロールしながら焼くことで安定しておいしいものが出せる、という2つの重要な要素にたどり着きました。

理屈はわかったものの、どうやっておいしく焼くか。ここからは実験に次ぐ実験の繰り返しでした。僕が入社して間もない時期でやることもあまりなく、なんとなく実験担当になったのですが、最終的に5000枚以上の食パンを焼きました(笑)。かんたんな試作機をつくって、スイッチを手元で切り替えながら焼き加減を調整し、途中で霧吹きをかける。こうすることでおいしく焼ける加減を探りました。最初の1500枚はひたすらこの作業を続けましたね。

img6

結果、パンを焼くのにポイントとなる3つの温度帯がわかりました。60℃前後でパンがふっくらふくらみ、160℃前後でメイラード反応という褐色が起こる。さらに220℃前後で一気に焼き上げることでサクサクの食感をつくる。これはトーストモードの焼き方ですが、クロワッサン、チーズトースト、フランスパンそれぞれで最適な温度帯は違います。その条件が出たところで残りの3500枚は、たとえば余熱がある時とない時、電圧が高い時と低い時、8枚切りと6枚切り、どういう条件でも安定しておいしく焼くための実験に費やしました。最後の方は、パンを持っただけで1g単位の重さの違いまでわかるようになっていました…(笑)。

はじめは何をどうすればいいかまったくわからなかったのですが、大学で理系を専攻していたこともあり、とにかく実験した条件をもとに1回1回詳細なデータを取ろうと考えたんです。データとして証拠を残しておけば、自分が迷った時の足がかりになりますよね。おいしいパンをつくるための教科書はあっても、おいしいトーストを焼くための教科書はなかったので、そこは大きなハードルでした。

5000枚のトースト、すべて1回1回詳細なデータを記録してきた

5000枚のトースト、すべて1回1回詳細なデータを記録してきた

さまざまなパンでいちばん「おいしい」焼き加減を探った

さまざまなパンでいちばん「おいしい」焼き加減を探った

体験の価値をユーザーと共有する

「パンをおいしく焼く」ことを追求したのはもちろんですが、トースターの見た目にもこだわりました。当初は、生活感のないスマートでかっこいいものを想定していたのですが、話し合いを重ねる中で「なんかおいしそうな形してないよね」という話になったんです。

じゃあ、おいしそうなものが出てくる形ってどういう形? と考えた時に、ヨーロッパにあるような昔ながらのオーブンの形を社長が思いついた。イメージしたのは、映画『魔女の宅急便』でニシンのパイが出てくるオーブンです。よく見ると、重厚さ、クラシカルな見た目に加えて窓が小さいんです。熱を逃がさないという点で理に適っているので、あのオーブンの形をイメージしてデザインしました。窓が小さいと不思議と覗き込みたくなるんですよね。最後の1分は一気に焼き色が変わるので、特にチーズトーストが焼ける様子などは子どもが見ていても楽しいと思います。

パンによって、中が温まりはじめる温度、表面が色づき始める温度が異なるため、5つのモードが用意されている

パンによって、中が温まりはじめる温度、表面が色づき始める温度が異なるため、5つのモードが用意されている

音についても、デジタル家電なのでデジタルっぽい音を出すこともできますが、クラシカルな見た目に合う音で、かつ朝鳴っても耳障りでない心地よい音を何パターンも検証しました。

開発段階では「こんな高いトースター売れないよ」という方もいましたが、僕たちが「おいしい!」と感じた体験をたくさんの人に同じように体験してほしくて、限界まで下げたのがいまの価格なんです。たとえば見えない部分まで徹底的につくり込むなど、価格を上げようと思えばいくらでもできますが、お客さんは製品ではなく「製品がもたらす効果」を買ってくれているはずです。だからこそ「モノ」としての変なこだわりは捨てて、「パンをおいしくする」ことにフォーカスしました。

僕たちは商品に対する知識がほぼゼロの状態から開発をスタートさせる必要があるからこそ、体験から考えざるを得ないのですが、体験の価値を自分たちなりに正しく企画することで、これからもお客様によい製品を届けていければ嬉しいです。これも技術がないからこそなのですが、焼き方の実験にしろここまで時間をかけてやっているところは、ほかにあまりないんじゃないかなと思います(笑)。

バルミューダ株式会社 クリエイティブ企画室 デザイナー 松藤恭平さん

バルミューダ株式会社 クリエイティブ企画室 デザイナー 松藤恭平さん

BALMUDA The Toaster
https://www.balmuda.com/jp/toaster/

構成・文:開洋美