独特の浮遊感と緊張感をまとった空間の中に、光、風、香り、音といった「目に見えない存在」を意識させるデザインをしてきた萬代さんの感性と、AGC旭硝子の最新技術はどのように融合していったのか?そして、ガラスという素材の概念を覆す新技術に対して、ミラノでの反響はどのようなものだったのか?AGC旭硝子 商品開発研究所の秋山順さんと、萬代さんの対話を通して紐解いていく。
目に見えない「音」をいかに表現するか
秋山順さん(以下、秋山):実は、この「音を生む」ガラスは偶然生まれたものなんです。以前に、電子部品に関連する仕事の中でガラスの振動を抑える研究をしていたのですが、その時に振動解析の知見を活かせば、逆に積極的に材料を揺らすこともできると直感的に気づきました。もともと私は趣味で弦楽器を弾くこともあり、振動イコール音楽というイメージがすぐに浮かび、そこから研究がスタートしました。やがて、社内技術と融合させていくことで、「音を生む」ガラスが生まれました。
萬代基介さん:AGC 旭硝子さんの研究室で音を聴かせて頂いた時、色々なことに使えそうだと感じたのですが、ビジュアルを主軸に置いたデザインが集まるミラノで、音という目に見えないものを表現するのはかなりの難題だなと(笑)。当初はガラスの容器などに水を満たし、音の振動で水面を揺らすような視覚的なアプローチも考えました。ただ、それでは「音」というテーマの本質からズレてしまう気がしたので、まずはガラスの純粋な美しさを見せる空間をつくり、その中で音を伝えていくというアプローチを取ることにしました。ガラスというのは、“耐久性”や“永続性”という特徴を持つと同時に、硬いものに当たると割れてしまう“脆さ”もある素材です。こうした特質を表現するために、一枚の大きなガラス板が破片となって散らばった瞬間のような空間をつくり、そこにガラスが生む音を重ね合わせていくことで、儚くも美しいガラスの新しい可能性を提示しようと考えました。
秋山:「音を生む」ガラスは、2枚のガラス板の間に特別な中間層を入れた新しいタイプの合わせガラスです。萬代さんのアイデアを素材の面から演出するにあたって、ガラスが生む音の良さを引き出す材料構成を考えると同時に、形状や板厚など意匠面にも気を配りながら検討していきました。特にガラス表面の美しさは当然のこと、エッジ部の光の反射具合なども考慮して作製を進めました。
萬代:音に関してもかなり特殊な鳴らし方をしています。原理的には、ガラスの板面を振動させることで音が鳴るのですが、振動を生む機構を直付けしまうと、どうしてもそこから音が鳴っているように見えてしまう。そこで、振動子をガラスから離して設置して、そこから糸電話のように音の振動をワイヤーでガラスに伝達する方法を思いつき、AGC 旭硝子さんにも相談をしながらモックアップをつくりました。ただ、その段階では、35枚ものガラスが会場の空間に配置された時にどうなるのかというところまでを想像することは難しく、音響空間設計を担当してくれた堤田祐史さんに、現地で調整していただきました。
秋山:通常の仕事は、事前に決められた仕様や納品日を目標に開発を進めることが多いのですが、今回は、まずはじめにつくりたいイメージがあり、それをいかに形にしていくかということを0から考えることが主題になりました。なかでも振動機構を隠しつつも高音質で鳴らすことは技術的に難しくて正直諦めかけたのですが(笑)、さまざまな可能性を探っていくことは我々にとって良いトレーニングになりましたし、厳しい状況下でもご自身のデザインを貫こうとする萬代さんの姿勢は凄いと感じました。
萬代:音響制作は津田貴司さんに依頼し、例えばトンネルの中だけど森にいるような、外への広がりが感じられる音をつくっていただきました。ふだん僕らは、窓ガラスを通して外の風景を見ていますが、今回は外にある風景が聴こえてくるような耳で見る窓としてのガラスをイメージしていました。
「音を生む」ガラスで提示した技術の先のデザイン
萬代:ガラスしかない会場から、なぜか音が聴こえてくるという不思議な空間になったのですが、それがすんなりと自分の身体に入ってくるような自然な環境がつくれたように感じました。例えば、すごいスピーカーシステムを組んで変わった音響体験を演出するなど、より強い形を提示することもできたと思いますが、「音を生む」ガラスはこれから用途を考えていく技術なので、さまざまな人にとって受け入れやすい柔らかな展示にして、未来の可能性を感じてもらいたいという思いがありました。
秋山:技術面では色々と複雑なことをしているのですが、そのからくりをうまく隠すことができました。空間にあるのはデザインと音だけだから、来場者は技術に意識を引っ張られることなく、コンセプトに集中できる。そういう展示がミラノでは求められていると思うし、単なる技術展示ではなく、その先にあるコンセプトや未来のデザインについて提示できたのはとても良かったと思います。
萬代:僕は建築の仕事を通して、技術の先にあるものをデザインしたいという思いを常に持っています。通常の仕事というのはどうしても慣習などにとらわれがちで、一定の範囲内で落とし込みを考えざるを得ない場合が多いのですが、今回は、まだ実用化されていない技術だったからこそ、原理的な部分のやり取りを重ねながら、技術の先のことまでAGC 旭硝子さんと一緒に考えていくことができました。
秋山:これまでも私たちはミラノで展示をしてきましたが、製品化されていない研究段階の技術を用いたのは今回が初めてで、非常に大きな挑戦でした。技術を公開するタイミングとしてはまだ早かったのですが、世の中にまだないものだからこそ、開発段階から広く公開し、さまざまなアイデアをいただくことがイノベーションを進めるきっかけになるはずだと考えました。実際に国籍、世代、性別を問わず多くの方の反応を目の当たりにし、想定していなかった業種も含め100社以上からご提案をいただくことができ、まさに私たちが期待していたものが得られました。
萬代:ガラスから音が鳴っているということを会場のスタッフが最初に説明するのですが、その後に展示を見てもまだ信じられない人が多かったようで、ガラスという素材の先入観を覆せたのではないかと思います。建築家というのは専門性が高い職業ですが、今回の仕事を通じて、企業が持つ素晴らしい技術を社会に広く開いていくという役割もあるということを改めて感じました。
秋山:萬代さんには、「音を生む」ガラスを用いた空間のデザインをトータルでコーディネートしていただくことができました。そのおかげでこれだけの反応が得られ、つながりのきっかけも数多く生まれました。お客様の反応を見ると、建材や窓などに限定されがちな板ガラスのイメージや価値観を覆していけるのではないかという手応えを持てましたし、今後もモノづくり、コトづくりを続けることで「音を生む」ガラスの価値をこれから発信し、ビジネスとしても成立させていきたいと考えています。
萬代:建築的な視点で見ると、ガラスというのはコンクリートと並ぶ数少ない耐候性のあるマテリアルなんですね。さらにガラスは水にも強く、透明でもある。こうした特性を活かしていくことで、建築からプロダクト、さらには車など、「音を生む」ガラスの用途は、かなり広がっていくのではないでしょうか。
取材・文:原田優輝 人物撮影:中川良輔 展示撮影:三嶋義秀
AGC旭硝子
http://www.agc.com/
http://www.agc-milan.com/mdw/2018/
2018年4月に開催された「ミラノデザインウィーク2018」に出展した、体験型インスタレーション作品「Soundscape」の帰国展が6月5日から京橋のAGC Studioで再構築して展示されます。透明なガラスが生み出すクリアな音を通して、日常に存在する「音」を、これまでとは違った感覚でぜひ楽しんでみては?
開催期間:2018年6月5日(火)〜7月20日(金)
時間:10:00‒18:00(日曜・月曜・祝祭日休み)
会場:AGC Studio
入場料:無料
主催:AGC旭硝子
http://www.agc.com/news/detail/1197160_2148.html
スペシャルトークイベント「ミラノデザインウィーク2018報告」
開催日時:2018年6月21日(木)
受付:18:00/講演: 18:30~20:00
パネラー:萬代基介(萬代基介建築設計事務所)、吉泉聡(TAKT PROJECT)、山田泰巨(編集者)、秋山順(AGC旭硝子 商品開発研究所)
会場:AGC Studio 2階セミナールーム
参加費:無料 定員70名(要事前申込・先着順)
イベント参加申込みはこちら
https://agcstudio-seminar-df95.peatix.com/