非日常を踊る 第3回:CHIAKI

非日常を踊る 第3回:CHIAKI

2020年春、新型コロナウイルス感染症の影響で1回目の緊急事態宣言が発令され、文化芸術活動にかかわる人たちは大幅な自粛を余儀なくされた。フォトグラファーの南しずかさん、宮川舞子さん、葛西亜理沙さんの3名が、撮ることを止めないために何かできることはないか?と考えてはじまったのが、表現者18組のいまを切り撮るプロジェクト「非日常を踊る」だ。

コンセプトとして掲げられたのは「コロナ禍のいまを切り撮ること」と「アートとドキュメンタリーの融合写真」という2つ。プロジェクトは、タップダンサーやドラァグクイーン、社交ダンサー、日本舞踊家などさまざまなジャンルのダンサーがそれぞれの自宅や稽古場という「裏舞台で踊る姿」を撮影した、2020年を反映するパフォーマンスの記録となった。

本コラムでは、フォトグラファー3名が想いを込めてシャッターを切った写真と、南さんが各表現者にインタビューした内容を一緒に紹介していく。コラム第3回目となる今回は、ダンサーのCHIAKIさんの写真とインタビューを紹介する。

CHIAKI/ダンサー(撮影:南しずか)

2020年8月に撮影を行ったのは、ダンスホールやソカというカリブ系のダンスを専門にしているダンサーのCHIAKIさん。日本ダンスコンテスト「DANCEHALL QUEEN JAPAN2010」で優勝した経歴を持ち、アジア最大のソカフェスティバル「JAPAN SOCA WEEKEND」の主催者の1人でもある彼女。NPO法人ジャマイカ情報センターに所属し、カリブの音楽やダンスの魅力を発信し続けている。

自宅付近の公民館で撮影。和室でびしっとポーズが決まる印象的な1枚。

いまから約20年前、当時女子高生だったCHIAKIさんは、あるミュージックビデオで「ダンスホール」を踊る女性バックダンサーに魅了された。

CHIAKI:そのダンサーがお尻をぶんぶん振り回すんですよね。それって言ってしまえば、すごいセックスアピールで人によっては敬遠するかもしれないけど、それを堂々とするパフォーマンスが美しくて、強くて、カッコ良かった。

ダンスホールとは、70年代後半に発祥したジャマイカの音楽である。学校で誰もダンスホールを踊る人がいなかったため、CHIAKIさんは独学で踊り始めた。高等専門学校卒業後は、プロのダンサーの道を目指しはじめ、コンテストに挑戦して結果を残した。ダンサー仲間が増えていく過程で、渋谷の有名なクラブのショーケース(観客のためにダンスパフォーマンスすること)の出演にも声がかかるようになった。

着々とキャリアを積み重ねる一方で、2009年にはダンスホール発祥の地であるジャマイカへ飛んだ。

CHIAKI:私は日本文化が好きだし、ジャマイカ人になりたいって思ったことがないんですが、当時は(ダンスホールに関わるなら)ジャマイカ人の生活や文化に浸れば浸るほど正解みたいな空気があり、私もそういうふうにしなきゃいけないのかな?と、少しプレッシャーを感じていたんです。そこで知り合いから紹介してもらい、ジャマイカのスラム街に短期滞在しました。

当たり前ですけど日本でとはまるで違った生活が広がっていて、毎日銃で誰かが撃たれて亡くなったり、子ども3人も抱えているのに旦那が遊び呆けてるみたいなことが普通だったりと、いままでに自分がリアルに感じたことがない感情がそこにあるなと実感しました。

でも、改めてダンスホールに感動もしたんです。その剥き出しの自己顕示欲や剥き出しの性欲、剥き出しの暴力欲とか、マイナスなことなのにそういうものが音楽やダンスになることでこんなにもすごいエネルギーに、こんなにもカッコよくなるのかと気づかされたんですよね。

何を背景に並べるか、表現者の人となりが見えてくるような印象づくりも徹底して準備を行っていた。

ジャマイカに行った翌年、日本のダンスコンテスト「DANCEHALL QUEEN JAPAN2010」で優勝したCHIAKIさん。同コンテストはダンスホールの個人戦のダンスバトルで、日本のダンスホールを踊る女性ダンサーの中でナンバー1と認められたという証拠である。

CHIAKI:4回目の挑戦で、もちろん優勝して夢がかなったしすごく嬉しかったんですが、その当時ずっと抱えていた「私はすごいということを見せたい!」という一つの自己顕示欲が、優勝したことで完結したのを感じましたね。目標に一区切りついたところで、ふと気になったのはソカでした。

ソカは、カリブ海の島国トリニダード・トバゴ共和国が発祥の音楽なんですが、私がよく聴いているプレイリストを見直したら、ソカとダンスホールが半分ずつになっていたので、「じゃあ、トリニダードに行っちゃおう!」みたいな勢いでした(笑)。

CHIAKI:2011年に初めてトリニダード・トバゴに訪れたんですが、衝撃を受けましたね。「みんなようこそ!一緒に踊って楽しもう!」というハッピーなカーニバルがソカのルーツになっているので、トリニダード人は来訪者に優しいんです。同じカリブ海の国でも、スラム街の貧困がルーツのダンスホールと真逆の雰囲気で、いつの間にかトリニダードのカーニバルに自然と馴染んで、笑顔で踊っていました。

ソカを体験したことで、自分の新しい側面に気づいたんです。ダンスホールはすごく好きなんですけど、性格的にはソカの方がフィットしたんですよ。すごくおこがましい発言ですが、私はダンスホールを追い求めていたけど、ソカが私を選んでくれた気がしたというか。

ブーツのひもなど、細かなディテールを調整している様子

実はCHIAKIさんは、トリニダード生まれのアメリカ人の方と2019年の秋に結婚式を挙げ、本来ならいまごろアメリカで一緒に暮らしている予定だった。新型コロナウイルス感染症の影響からアメリカで永住権を取得する手続きが中断してしまい、いまは夫と離れて暮らしているという。

CHIAKI:ただ、現状はポジティブに変換できていると思っています。私はダンスをメインの仕事として生活することがずっと夢で、それに追いついたんですけど、結局は自分の時間がなくなっちゃったんですよね。コロナの影響で、一回仕事が全部まっさらになった時に、自分の夢に執着しすぎて、すごく息苦しかった自分に気づき、身近にある幸せを全然味わってなかったなって思ったんですよね。

思いがけず、ぽっかりと空いた空白の期間に、生き方を見つめ直したという。ダンスが人生のすべてだったCHIAKIさんだが、数カ月だけでも夫と時間を共にすべく、仕事の9割をほかのダンサーに引き継いでアメリカのフィラデルフィアへ飛んだ。

CHIAKI:夫は看護師なので心配でしたし、こういう世界的な危機の時に夫婦が一緒にいるのは当然だと思いました。フィラデルフィアでは、夫婦一緒にご飯をつくってNetflixを見るなど、のんびりとした日常を過ごしました。夫とゆっくりテレビを見るなんて、いままでしたことなかったのですごくいい時間でした。これまではダンスや音楽が中心ならほかのことは犠牲にしていいと思っていたので(苦笑)。

日本に帰国してからも、以前のようにがむしゃらに仕事をするのはやめました。自分を表現することはもちろん楽しいけど、カリビアンミュージックを好きな立場として何ができるのかたくさん考えて実行していきたいと思います。

パンデミックが起こる前から、ジャマイカ政府主催のダンスコンテストを日本で開催するコーディネートをしたり、カリビアンのハッピーですごく良い音楽や、そのダンスを子どもに教えるなど、活動の幅を広げているCHIAKIさん。ダンスを、ただカッコいいと憧れていた10代の頃とは違う。自ら考えて一歩ずつ進んでいく大人の女性の姿は、力強く美しい。

取材・執筆:南しずか 編集:石田織座(JDN)タイトルイラスト:小林一毅