クリエイターの「わ」第2回:武井祥平

クリエイターの「わ」第2回:武井祥平

クリエイターからクリエイターへと、インタビューのバトンをつないでいく新連載「クリエイターの『わ』」。編集部がお話をうかがったクリエイターに次のインタビューイを紹介してもらうことで、クリエイター同士のつながりや、ひとつのクリエイションが別のクリエイションへと連鎖していくこと=「わ」の結びつきを辿っていくインタビューシリーズです。

前回の三澤遥さんからバトンを受け、今回お話をうかがったのは、クリエイティブスタジオ「nomena」代表の武井祥平さん。アーティストやデザイナーとの共同制作におけるテクニカルディレクションを数多く手がけ、最近ではパリで行われたnendoの展覧会のエンジニアリングを担当されました。8月にはオフィスを移転し、ビルを一棟借りて新しい拠点づくりをはじめたという武井さんに、ご自身の作品や仕事場のこだわりなどをお聞きしました。

作品紹介

「MorPhys」

nomenaの活動をはじめる前に、自分名義で制作したものなので少し前の作品ですが、学生時代につくった「MorPhys」はターニングポイントになった作品です。棒が伸縮することで形を変えるロボットのようなもので、一辺の長さが15cmから4mまでと、大きく変化します。

作品コンセプトは「コンピューター上の立体形状表現を現実世界でも表現する」というものです。コンピューターの中の立体形状は多くの場合、三角形の集合=ポリゴンで表現されます。どんなに複雑な形状も、小さな三角形に分割することで近似的に表現されるので、現実世界でも三角形の集合の立体形状であればコンピューターの中と同じような複雑な表現ができるんじゃないかと考えました。

伸縮には市販の巻き尺とマジックテープを使っていて、マジックテープを裏側に仕込んだ巻き尺を三角形に束ね、伸びる時はペタペタとテープが貼り合わさっていき、縮む時は剥がしながら元に戻るという仕組みです。「MorPhys」のようなもので建築物や仮設の構造物がつくれるようになると、ゆくゆくは動く空間がつくれるかもと思っていて、暑い時に空間自体が涼しい場所に移動するとか、使ってない時は小さくなってほかの用途に使えるとか、そんなことを想像しています。

「Transient Prussian Blue」

電気を加えることで色が変わるガラス「Prussian Blue Device」を使用したインスタレーション作品です。このガラス素材は産業技術総合研究所が研究しているもので、「作品を見る人がこの素材の用途や未来のイメージを想起できるものをつくってほしい」という依頼を受けて制作しました。

Transient Prussian Blue

「Transient Prussian Blue」。2012年に渋谷ヒカリエでの展示風景

このガラス素材は普段は透明な青色ですが、電気を流すと黄色、そして透明に変わっていきます。電気を使ったものはスイッチのオン・オフで瞬間的に変わるものが多いですが、これはインクが滲むようにじわーっと電極部分から色が変化していくんです。自然の移ろいやゆらぎを表現するにはほかにない素材なんじゃないかなということで、空の移ろいのような自然現象がもつ複雑な印象を表現しました。NOSIGNERの太刀川英輔さんとのコラボレイティブ・ワークでした。

Transient Prussian Blue

電気を流すことでゆっくりと青色から黄色、透明へと変化していく

この素材のおもしろいところは透明感なので、サッシなどには入れずに、電極も兼ねたクリップを使って留めることで、それらが損なわれない形で展示しました。

究極的には、電気やエネルギーをできるだけ使わないもののほうが良いと思っていて、自然のエネルギーを使ったり自分で巻いたぜんまいで動くとか、力技ではない、力みのないものをつくるのが目指しているところです。最先端のテクノロジーを使った新しい表現は僕らがやらなくても誰かがやるだろうなと思うし、僕らは「MorPhys」で使った巻き尺や「Transient Prussian Blue」のクリップなど、どこにでもあるものや安く手に入るものを使って、そのモノの特性を活かす作品や、まだ発見されていない表現をつくれるといいんじゃないかなと思います。

お仕事クエスチョン

Q.なくてはならない仕事道具はありますか?

こだわっている道具はあまりないんですが、常に机の上にあるのは「ミツトヨのデジタルノギス」ですね。設計するときにものの厚みなどを測るもので、精度の高い設計をするときには必要な道具です。

癖みたいになっていますが、たとえば手元にある紙とか、どのくらいの厚さなんだろう?って思うとつい測っちゃったりします。スケール感を身に付けることは精度にも関わるし、安定した壊れないものをつくるためには0.01mmの誤差が重要だったりするので、ノギスを使って日々いろいろと測ることで、ミクロレベルの世界の感覚を掴むようにしているというのはあります。

Q.あなたの仕事場とそのこだわりについて教えてください。

新しい仕事場は、もともとはほかの会社と一緒に借りる予定だったんですが、コロナの影響もあってnomenaだけでビルを一棟借りることになりました。近くには川や公園、裏手にはお寺があったりと環境としてはいい立地だと思っています。

nomena オフィス

8月に引っ越したばかりの仕事場の3階

1階は工作室として使おうと思っていて、4階は執務スペース。2階と3階は特殊な使い方をしたいなと考えています。たとえば、nomenaがコラボレートしているアーティストの作品を預かってメンテナンスしたり、作品を展示しておくことでアーティストが誰かに見せたいときにすぐに見せられるギャラリーのようになるといいなとか。nomenaとしても自分たちの取り組みを表現する空間メディアになるし、企画展をやるのもおもしろいかなと思っています。

あとは、コマに分けてアトリエや倉庫として期間貸しするような使い方ができるかなと。ここでお金儲けをするというよりは、この建物にいろいろなタイプの人たちが来て流動するような場所になると、僕ら自身の刺激にもなるし、建物自体が魅力を発するようになって、ここから今までにないおもしろい取り組みが生まれるような場所になるといいなぁと日々妄想してますね(笑)。

nomena オフィス

ビルの屋上から見た景色

Q.クリエイティブな仕事をする上で、大切にしている日課はありますか?

本をじっくり読む時間が年々取りづらくなってきているので、自宅から仕事場に通う車中でオーディオブックを聴くようにしています。いま「サピエンス全史」と「ホモ・デウス」を聴いて影響されてます(笑)。僕の場合、活字を読むより耳で聴いたほうが頭の中にイメージが湧きやすいということに最近気付きました。

あと、明治から昭和にかけて流行した「浪曲」という大衆芸能が好きでよく聴いています。浪曲のおもしろさは、現代とは違った人々の日常や“当たり前”に触れられるところですね。例えば昭和初め頃の録音を聴くと、3年前の話をし始めるときに「ちょうど今から3年あと」という表現が出てきます。考えてみれば、過去から未来へ続く軸線上に自分が未来の方を向いて立っているのであれば、たしかに過去は“前”ではなく“あと”になるはずですよね。こういった些細なことからもこの100年くらいの間に日本人の世界の捉え方や“当たり前”が変化しているんじゃないかな、ってことに気付かされます。

Q.アイデアが浮かぶためにしていることはありますか?

常にいろんなタイプの仕事をするようにしています。現代アーティストの作品づくりのサポートだったり、デザイナーとのコラボレート、あるいはメーカー企業との研究開発など、いろいろな案件に携わらせてもらっていますが、それぞれの領域で必要とされる思想や言葉、価値観がまったく異なります。一日に何度もマインドセットを切り替えなければいけないんですが、そのおかげで多面的な考え方ができたり、偶然の発見を呼び込めたりするんじゃないかって考えてます。

あなたのクリエイターの「わ」

◯影響を受けたデザイナーやクリエイター

建築構造家と呼ばれる、セシル・バルモンドという方がいて、彼は建築を成り立たせるためにはどういう構造があればいいかということを考える人なんですね。伊東豊雄さんとかレム・コールハースなどの巨匠からとても信頼されていて、彼自身も数学や美術など幅広い知識に造詣が深く、そういう広い感性があるから巨匠のアイデアも理解できると思うんですけど、「セシルがいたからあの建築は完成した」っていうことがいっぱいあるんですよ。

僕自身、あまり自分がデザイナーとかクリエイターだという意識はないんですが、表現を追求したいっていう意識は強いので、自分が尊敬する表現者から信頼されて「この作品は武井がいないとできなかった」という立場になれると自分はすごくうれしいんだろうなって最近思うんです。なので、セシル・バルモンドみたいな人はひとつのロールモデルなんだろうなと考えています。

◯前回の三澤さんからの質問:これからは、アーティストとしての作家活動も意欲的にされていくとお話をされてましたが、最終的にどういった場所にたどり着くことをイメージして日々のプロジェクトに取り組んでいますか?

さきほど、セシル・バルモンドのような方がロールモデルだとお話ししましたが、僕も表現者として何かアピールしたいという気持ちと同じくらい、自分が尊敬する人から信頼されることや、より高い表現をするために誰かが自分を必要としてくれることも喜びではあるので、その両方を今後も追求していくんだろうなーと思っています。

◯ご紹介したいクリエイター

武井さんにご紹介いただくクリエイターは、DOMINO ARCHITECTSの大野友資さんです。

大野さんは、デザインスタジオ「YOY」の小野さんの紹介で知り合って、今までただの飲み友達だったんですけど、知識の幅がものすごく広いんですよね。建築家という肩書きを知らなかったら「いったい何をやっている人なんだろう?」って思うぐらい(笑)。あまり自分を前に出すことをしない自然体な方ですが、すごくするどい視点で世界を観察されているように思います。実はいま、新しい仕事場の空間全体のデザインを大野さんに依頼しているんです。ちなみに、nomenaの新しいCI/VIを現在開発中で、それは三澤遥さんにお願いしました。

◯大野さんへのメッセージと質問

大野さんは本業の建築はもちろん、哲学や芸術、マンガやゲームといったサブカルチャーにいたるまで本当に幅広い知識をお持ちで、僕にとっては「知の巨人」といった印象の方です(笑)。

ご家族と過ごす時間をとても大切にされていることも大野さんの奥深さを感じるひとつの側面ですが、仕事とプライベートのバランスを保つために意識していることはありますか?

次回のクリエイターの「わ」は、大野友資さんにお話をお聞きします。

タイトル画像:金田遼平 聞き手:石田織座(JDN)

武井祥平

武井祥平

1984年岐阜県生まれ。高専で電気工学、大学で認知心理学を専攻。2006~2010年株式会社丹青社。2012年東京大学大学院 情報学環・学際情報学府修士課程修了。同年、クリエイティブスタジオnomena設立。工学的な発想から生み出される独自の空間表現が、さまざまな分野から評価されている。気鋭のアーティストやデザイナーとの共同制作におけるテクニカルディレクションも数多く手がける。受賞歴に、東京大学総長賞(2012)、電気情報通信学会MVE賞(2012)、東京都現代美術館ブルームバーグ・パヴィリオン・プロジェクト公募展グランプリ(2012)、DSA日本空間デザイン賞金賞(2017)、日本サインデザイン協会SDA賞優秀賞(2017)ほか。2019年より東京大学大学院 情報学環 非常勤講師。

https://nomena.co.jp/