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桑沢デザイン塾 <デザインと日本文化>
梅花女子大学教授

田中貴子

神仏習合のイメージ

 
「デザインと日本文化」4回目は、田中貴子氏による「神仏習合*1のイメージ」の講義です。奈良から室町時代にかけての神仏習合の歴史と、そこから生まれた多彩な神や仏のイメージが説明されます。


日本の宗教世界

「日本の宗教というと何を思い浮かべますか?」塾生への問いかけから講義は始まりました。明治時代の廃仏毀釈*2などの例をあげ、「日本の宗教というと、いわゆる国家神道の印象が強いと思いますが、‘神仏習合’が(表現としては)近い」。
神仏習合とは、「外来の宗教である仏教の如来とか菩薩という仏と、日本に元からあった神祇*3信仰が合体して、日本の宗教世界に溶け込んだ」状態です。


神と仏の融合とその関係

仏教が伝来した奈良時代、「聖徳太子が仏教を称揚したこともあり、神と仏が融合していきます」。以前の奈良の宗教は神を奉るものであったのが、「仏が優位に立ち、神は仏の仮の姿である」という考え方が生まれます。これが‘本地垂迹’*4です。本地は上・元、垂迹は後をたどる、といった意味です。本地仏と垂迹神という関係を‘権現’*5と表します。


日本人との関わり方

「平安時代に、神と仏の関係が固まってきます」。「仏はたいそうな光を発していて、人間とは交われない。そこで塵になって、人間の世界は塵なんですね、人間と交わる」。これが‘和光同塵’*6(ひかりをやわらげて、ちりにおなじうす)です。「仏様は人間が簡単に交渉できる相手ではなかった。仮の姿である神になって、人間と交わるんです」。

「今までは神は形に現れないものとして考えられていたんですが、形あるものにしようという考え方が生まれてきます」。こうして平安末期には、垂迹画が大変多く作られるようになります。


神仏習合のネットワーク

「鎌倉、南北朝、室町初期の時代は、神仏習合の整理期ととらえています」。鎌倉時代、『日本書紀』が注目され「この神様は、密教では何々にあたる」などの様々な注釈がつけられるようになり、神仏習合は混沌の時代を迎えます。

神風が吹いたとされる元寇以降、「日本は神の国」との考えが高まります。神と仏の関係が入れ替わる‘反本地垂迹’などの思想や、水の神様が習合した弁財天のような神同士の習合など‘本地垂迹’は様々な意味を持つにいたります。「鎌倉中期から後期は、神と仏が編み目のようにして、神仏習合のネットワークが作られていきます」「室町時代には文芸にまで影響を及ぼすようになったんです」。


「様々なものが融合したかたちで日本の宗教文化はあるのです」。神仏がどのように描かれていったか、改めてその変遷をスライドでたどり、講義を終えました。


本シリーズのコーディネーター 松岡正剛氏が、今回の内容をうけて「仏教がやってきた時、すでに日本にはレセプションするものがあった。どういうレセプターがどう動いてきたかが、わかったのではないでしょうか」と続けます。「このレセプターがデザイン、文芸、芸能などに染みだしていく」「ここを読み取って欲しい」と塾生に確認を促し、質疑の時間が持たれました。
CLEAR.GIF 田中貴子氏
「日本の場合、神というのは、勝手にいろんなものに憑くんです。日本人が自分の信仰に合わせて(つじつまが合うように)神の姿を変えてきた。この神なら女性だろう、などと」
田中貴子氏





*1「習合」[しゅうごう]幾つかの・教義(主張)などをとりいれて、一つのものにまとめること
*2「廃仏毀釈」[はいぶつきしゃく]仏教を排斥して、寺・仏像をこわすこと
*3「神祇」[じんぎ]天地の神々
*4「本地垂迹」[ほんじすいじゃく]日本の神がみはすべてインドの仏が日本人民を救うために現れたものであるという、中世の説明法
*5「権現」[ごんげん]仏・菩薩が日本の神に姿を変えて現れ・ること(たもの)
*6「和光同塵」[わこうどうじん]仏・菩薩が衆生(しゅじょう)を救うために本来の姿を隠して、種々の姿になって現れること

※以上、用語の解説は全て『新明解国語辞典第四版』より引用

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八幡神影向図
八幡神影向図
山王権現
山王権現
稲荷明神
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清滝椎現
清滝椎現
山越の阿弥陀
山越の阿弥陀


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