積み重ねた歴史を感じる酒蔵の前につくられた、ファサードが印象的な「金光酒造 蔵元直売所」。設計を担当したのは、広島・呉を拠点にインテリアデザイン、建築デザインのクリエイティブディレクション・設計を行うFATHOMの中本尋之さんです。
これから新しい歴史を積み重ねていく建物について、背景や課題としてあったこと、具体的な手法などについて教えていただきました。
■背景
広島県東広島市黒瀬町にある、創業明治13年から続く金光酒造の酒蔵に隣接された直売所の改修工事です。もともとは、国道沿いにある大きな酒蔵の広い駐車場にポツンと建てられた、20坪弱の木造平屋の建築物でした。
課題となったのは、どのような手法であれば、酒蔵の積み重ねた歴史の重さに負けないような重みを持たせながら、金光酒造5代目の革新的な挑戦を体現するような斬新さを表現することができるか?という点でした。
■コンセプト
国道沿いから見える登録有形文化財の酒蔵の大きな壁面をはじめて見た際、酒造りの歴史が積み重なった地層を見ているように感じました。焼杉の羽目板貼りに漆喰と街の特徴の一つである赤煉瓦の屋根。3つの素材が重なっていくことでその境界に現れる2本の線。伝統を長い間守り積み重ねることで生まれた美しい水平ライン。
隣接する直売所は、酒蔵から続く水平ラインを意識しつつ、一部分が有機的に隆起する新しいラインをつくり上げることとしました。
■特徴
既存建物の少し飛び出ていた庇部分の下方向にボリュームを持たせ、ラインをつくりました。日本酒は神のために造られはじめたと言われていることから、神社や仏閣を連想させるように漆喰で仕上げています。
この空間内に接する起点であるエントランス部分のラインを隆起させることで、これから直売所に訪れるすべての人々が、蔵の伝統や歴史に新たな1ページを加える起点になるようにという思いを込めました。
もう一つのラインはエントランスを中心に左右で機能を分けました。向かって右側は、明治初期の酒屋が道に隣接して縁側から直接上がれるようなつくりだった文献を目にして、同じように縁側の機能を持たせたベンチをL型につくっています。
エントランスの左側には、廃棄予定の日本酒のガラス瓶を砕いて混ぜてつくった窓台(窓の下に入れる補強材)があります。これは人研ぎで仕上げており、近代の技術であるガラスを化石のように歴史の地層に封じ込めました。
内部空間は異なる素材を有機的なラインで形成することで、発酵タンク内において泡が重なり合い増殖していく姿を目にした時に感じた、透明な液体が持つ、目には見えない生への躍動感を空間に表現しています。
素材は、煙突の煉瓦や杜氏が着ける藍色の前掛け、銅板や亀甲金網など、酒蔵において自然と取り入れられているマテリアルを、実際とは異なる使用用途として変換させました。
畑に囲まれた穏やかな水平ラインに生まれた小さな”ふくらみ”。これは受け継がれてきた長い歴史を守りながら、まだ見ぬ新しい景色に挑戦し続けている杜氏への思いの現れだと思っています。この想いが新しくできた隆起を起点に、アンテナのように波紋状に広がってくれればと願っています。
所在地 | 広島県東広島市黒瀬町乃美尾1364-2 |
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設計 | FATHOM |
施工 | FATHOM |
構造 | 木造 |
延床面積 | 32.2m2(改修部分) |
竣工日 | 2021年7月15日 |
撮影 | 足袋井竜也 |