空間づくりのプロフェッショナルとして、年間6,000件を超えるプロジェクトに携わる丹青社。商業施設や文化空間、イベントなどの空間づくりはもちろん、日本を代表するセレクトショップや飲食店の事業主と共に、その時代に則したお店づくりに取り組んできました。そんな同社が2021年に新たな取り組みとしてスタートさせたのが、次の時代のニューノーマルなお店を考える「NEXSTO~次世代店舗アイデアコンテスト2021~」です。
同コンテストの募集内容は「近い将来あなたが利用したいと思う『次世代店舗』のアイデア」。新たな体験を提供するデジタル技術を取り入れた店舗や、サステナビリティをテーマにした居心地の良さを感じる新感覚な店舗のアイデアなど、業種・業態を問わず、自由な発想を広く公募しました。
本記事では、同コンテストの開催目的や審査会、表彰式の様子など、本プロジェクトにおける一連の取り組みを伝えます。
一歩先を見据えたリアル店舗のアイデアを募り、実現を目指す
公募は2021年7月21日から10月18日まで行われ、集まったアイデアは188件。10代後半から70代までという幅広い世代からの応募があり、応募者それぞれがコロナ禍で感じた問題意識や自分が訪れてみたい夢の店舗など、多種多様な内容が集まりました。
同コンテストの特徴として挙げられるのは大きく2つで、1つ目はオープンイノベーションの一環として、審査員に丹青社のクライアントである有名アパレルメーカーやレストランチェーンなどが参画しているところでした。
【一次審査 審査員】
伊東治彦(株式会社ユナイテッドアローズ GLR本部 本部長)
木部厚作(株式会社カインズ 店舗建設部 デザイン企画グループ グループマネージャー)
時山正(ロイヤルホールディングス株式会社 設計建設部 部長)
畑瀬誠一郎(株式会社ベイクルーズ SHOP DESIGN Div SHOP DESIGN Sec.)
矢崎美奈子(株式会社アダストリア 店舗デザイン部 部長)
八幡全一(株式会社東急スポーツオアシス 専務執行役員 DX推進本部 本部長)
【最終審査 審査員】
寺田和仁(三井不動産株式会社 商業施設本部 商業施設営業一部 営業企画グループ グループ長)
江尻祐樹(ビットキー株式会社 代表取締役 CEO)
勝田隆夫(LINE-INC. CEO/Creative Director)
高橋紀人(Jamo associates CEO/Interior Designer)
上垣内泰輔(株式会社丹青社デザインセンター プリンシパル クリエイティブディレクター)
鈴木朗裕(株式会社丹青社 CMIセンター チーフプロデューサー)
そして2つ目は、優れたアイデアについて、同社がクライアントとともに実際の店舗に導入・具現化する可能性を探るというものです。審査は大きく2つに分けて行われ、一次審査はコンセプトシートやスケッチなどをもとにした書類審査、最終審査は一次審査を勝ち上がった7名によるプレゼンテーション形式での開催となりました。
今回、コロナ禍というタイミングではじめてコンテストを開催した丹青社。そもそも開催にいたった経緯について、以下のように主催者からのメッセージを発信しています。
「グリーンエネルギーやサステナブルといった新たな時代のキーワードが社会のあり方を変えようとしているいま、その潮流は、お店の空間づくりにおけるコンセプトの新たなピースとしても存在感を発揮しはじめています。ファッションやフードとテクノロジーを融合した『ファッションテック』や『フードテック』。環境にやさしく、持続可能を目的とする、『サステナブルファッション』や『サステナブルフード』。アパレルメーカーやレストランチェーンは、こうしたこれまでとは違う新たなニーズに応え得る『商品』や『サービス』のラインナップを増やし、従来の色合いに徐々に変化をもたらしています。
そしてその流れは、実際に商品を手に取ることができる売り場や、メニューを味わうことのできる飲食空間といった『場』や『空間』にも広がってきています。今回、丹青社は次の一手を模索すべく、実際にお店を展開するアパレルメーカーやレストランチェーン、フィットネスクラブやホームセンターなどの事業主、そしてお店づくりの第一線で活躍する空間設計者の協力のもと、一歩先のリアル店舗のアイデアを募集し、新たな試みで次世代店舗の実現化を目指します」
実現性と可能性がポイントとなった最終審査会
10月下旬に開催された一次審査では、審査員それぞれが188件のアイデアについて一つ一つ内容を確認して採点し、高得点だったものが最終審査に選出されました。最終審査では、ファイナリストとなった7名が審査員を前に、自身のアイデアのコンセプトや特徴などをアピール。その後、審査員同士で各アイデアに対する討論が行われ、最優秀賞の選定が進められました。
今回採点基準となったのは以下の4点。
1:革新性(業界の既成概念にとらわれていないものか)
2:実現性(「一歩先の未来(2022年/2023年)」に実現可能なものか)
3:集客性(リアル店舗へ足を運びたくなるような、ユーザーにとって魅力的に映るものか)
4:可能性(発想、着眼点に大きな伸びしろを感じさせるものか)
プレゼンテーションに対する質疑応答の中では、審査員から「どういうユーザーをターゲットに想定しているか」「リピーターを呼び込むために考えられることは?」など、具体的な質問がファイナリストに向けられました。また、各案に対して審査員それぞれが自身の立場から実現可能かどうか、どういう点に賛成できるかなど、参加者と意見を交換。さまざまな業態の事業主の視点や空間デザインの視点、空間演出の視点と、あらゆる角度から活発に議論が行われました。
はじめての開催というなかで、改めてどういう視点で価値を見出すのか再認識されたり、コンテストでアイデアを募り、エンドユーザーにも還元していくための、この場の意義が再確認されたりするなど、とても貴重な機会となりました。
プレゼンテーションのあと行われた審査では、審査員それぞれが採点した点数をもとにファイナリスト7点についての印象が話し合われ、最終的には上位2点での決選投票が行われました。
特に争点となったのは、採点基準である「実現性」と「可能性」のポイント。数年後の未来で実現が容易に想像できるものの強さと、反対に実現までハードルが高いが希望が持てたり夢を託してみたいものといった意見が各審査員の視点から交わされました。
最優秀賞は“密”を避ける新しい業態のレストラン
12月8日に丹青社本社で行われた表彰式にて、狭き門をくぐり抜けた最優秀賞1点と審査員特別賞5点が発表されました。今回発表にあたり、実現するまでアイデアの著作権など双方の権利保護の観点からタイトルのみの発表となりましたが、受賞作の内容を一部紹介します。
最優秀賞に選ばれたのは、福岡を拠点に活動する松岡秀樹さんの「避密のレストラン」。コロナ禍を受けて考えたという新しい飲食店の提案で、トラックと建築物を組み合わせるドッキングステーションという形のアイデアです。飲食店に出かけて食事をする「外食」と総菜やお弁当を買って家で食べる「中食」の間の意味として考えたという「中外食(ちゅうがいしょく)」にフォーカスしたもので、さまざまな場所での展開が考えられることや、コロナ禍で影響を受けた飲食業界の新しい風になるかもしれないという点が審査員から高評価を得ました。
実装レベルのハードルが少し高い点も挙げられましたが、最終的にはサプライ側、建築側、デベロッパー側などそれぞれからの視点が考えられていたことや、社会システムの提案という切り口だった点が評価されました。実現にいたる課題は多岐にわたりますが、可能性や期待感が大きかったことが決め手となりました。審査員からは、主催者である丹青社のアイデアを形にする具現化力をもって実現にいたると良いとの期待も寄せられました。
最優秀賞を受賞した松岡さんは、表彰式で受賞の喜びと実現に向けて進めていきたいと希望を話し、「これまではどうやってつくるのかという“How”の部分に重きが置かれていましたが、これからの店舗づくりはなぜつくるのかという“Why”の部分が重要になってくるのではないか」と、今後の空間のあり方についてもコメントしました。
また、審査員特別賞には、新しい試着体験が楽しめるアイデアや、店舗共用部に設置する可変可能な休憩所の提案など、全部で5点が選ばれました。
【最優秀賞】
・「避密のレストラン」松岡秀樹(フリーランス)
【審査員特別賞】
・「AMEBACHAIR ~店舗共用部に設置する可変可能な休憩所の提案~」香月真大(SIA一級建築士事務所)
・「Dorayaki design cafe」三浦和俊(miuka design)
・「『#試着してみた』くなる店舗」藤原隆太郎(TRYANGLE DESIGN)
・「アフターナインショッピング」野村萌夏(東北芸術工科大学)
・「BRICOLAGE」塚本洋介、中山晴貴(ambiguite studio)
体験を生み出すリアル空間の新しい可能性
今回、一次審査および最終審査の両方に参加した丹青社の上垣内泰輔さんと鈴木朗裕さんは、初開催したコンテストについて、以下のようにメッセージを寄せています。
上垣内泰輔さん:大きなパラダイムシフトを後押しする形になった新型コロナウイルス感染拡大の波。その中で「クリエイターや経営者は何を考え、何を想像したのか」、多くの応募者がこの問いに対し、さまざまな課題とそのソリューションを提示し、実際に店舗づくりに携わる方々が審査する形で最優秀賞を選出しました。これからも時代の変化と共に商業空間のあり方を考えるプラットフォームとして、クリエイターと企業を結ぶ機能を持ったコンテストとして成長していってほしいと思います。
鈴木朗裕さん:空間は体験を通じて想いや価値を伝える「体験のメディア」です。今回応募いただいたアイデアは、インテリアデザインや空間内の仕掛けにとどまらず、訪れる人の体験を強く意識したものが多くありました。体験を深堀りする視点も多種多様で、オンラインコミュニケーションをはじめとしたテクノロジーの進化が、リアル空間の役割を変化させつつある時代に、今そこで起きる体験を生み出すリアル空間の新たな可能性を改めて感じました。
コンテストに参加した応募者、そして審査に参加した審査員から厚い期待を集めている同コンテスト。まだ次回開催は未定ですが、来年、再来年も続けていきたいと同社も意欲を持っています。目まぐるしく変わる社会の中で、また多様な応募者の新たなアイデアがここで生まれて実装されていくことを期待したいと思います。
プロジェクトの“中の人”に聞く
小林統(株式会社丹青社 取締役常務 ※2022年2月より取締役専務)
今回、初開催となった同コンテストについて、プロジェクトの一連の流れを見守ってきた丹青社の小林統さんにお話をうかがいました。
――今回のコンテスト開催について、率直な感想や振り返ってみて感じたことをお聞かせください。
今回の「NEXSTO~次世代店舗アイデアコンテスト2021~」は、日々クライアントに寄り添いながら仕事をしている営業メンバーからの提案ではじまりました。コロナ禍以降のニューノーマルといわれる時代に、さまざまな方が「店舗」や「空間」に対してどのような意見や考えを持っているのか聞いてみたいと思いましたし、事業の活性化にも結びつくのでぜひ開催したいと考えました。
コンテスト自体は、今の世の中に提案しがいのあるアイデアがたくさん集まり、想像していた以上に盛り上がった印象を持っています。また、最終審査会・表彰式などリアルな場がつくれたことで、審査員の方々や応募してくださったみなさんと率直で真摯なコミュニケーションが取れ、今だからこそ大変貴重で、真剣にこれからを一緒に考えていく気運を高めることができたと感じています。
今回、コンテストのノウハウを持っていた丹青社グループの株式会社JDNとも連携し、丹青社としてはじめての試みにチャレンジしました。私たち自身、次の一手を模索しているわけですが、さまざまな方々とのネットワークを活かしながら、次世代の空間を真剣に考えているという企業としての姿勢をみなさんとも共有できたのではないかと思います。
――募集テーマがやや抽象的な分、応募者側は難しくもあったと思います。その中で188もの案が集まったのは、これからの店舗空間のあり方に多くの方が可能性を見出しているのだと実感しました。
そうですね。最優秀賞に選ばれた「避密のレストラン」ですが、これからはスタンドアローンで何かするのは難しい世の中になってくると思いますので、さまざまなサービスを組み合わせたような発想がやはり必要だと強く再認識しています。また、レストランという業態に限らずもっともっといろいろな業態を組み合わせることで、可能性もさらに広がるのではないでしょうか。最近よくいわれる「協業」という部分をシステム化できると、誰もがより一層安心して楽しめる空間をつくり上げることができるのかもしれません。
一方で、あえてリアル空間のあり方を提案したアイデアなどもインパクトがありました。我々もリアルな空間を創造して交流を生み出す提案を行っていく企業なので、そうした作品がピックアップされたことも嬉しかったですね。
――最終審査では「実現性」という部分もキーになりましたね。
あまりにも机上の空論だと今回のコンテストの主旨とかけ離れてしまうので、審査員の方々にもそこは念頭に置いていただきました。最優秀賞を選定するプロセスも、「実現性」と「夢」が拮抗するなど非常におもしろい議論になったと思います。今回参加いただいた審査員の方々も一定のマーケットに限定されず、飲食やアパレル、ホームセンターなどさまざまな業態の方々に入っていただけたので、多様な視点からバランスの良い議論をいただくことができました。
最終的な選定ポイントとしては、実現性もありながら、やはり「夢」の部分も大きかったのでしょう。次世代の店舗ですから、将来に向けた楽しみや希望があった方がワクワクします。
――試着姿を撮影・比較・保存・活用できるデジタルミラー「MYCLO」など、これまで御社が取り組んできた次世代店舗に向けた取り組みを踏まえ、これからの空間づくりにおいてどのような考え方が必要だと思いますか?
私たちが提案する空間づくりには欠かすことのできないキーワードのひとつに「体験価値」というものがあると思います。購買もECサイトとの連動が重要となる中で、リアルな空間はどうあるべきかを踏み込んで考える必要がありますが、かといって必ずしも広いスペースが必要なわけではありません。さらに今は、店舗も万人受けではなく、個人の嗜好にカスタマイズしていく必要があります。お店を利用される方もさまざまな思いをもって来られるので、そこに我々がどうフォーカスし、どのようなアイデアを提供していけるかが鍵になってくると思います。
――今後も同コンテストが開催されることを期待していますが、次年度以降の開催に向けての展望を教えてください。
ご参加いただいた審査員の方々、応募者のみなさんからの続行の要望をいただけましたし、当社としても今後も何らかの形で続けていけるといいなと思っています。今回予想以上に多くの応募をいただき一定の成果は上げられましたが、まだまだ工夫の余地があるのではないかと感じています。次年度以降もコンテストが続き、知見が積み上がっていくことで、さらにいろいろな広がりが期待できるのではないかと考えています。
取材・編集・文:石田織座(JDN) 2P目インタビュー文:開洋美
●NEXSTO~次世代店舗アイデアコンテスト2021~
https://www.tanseisha.co.jp/nexsto/
●丹青社
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●NEXSTO~次世代店舗アイデアコンテスト2021~ 関連情報
https://www.tanseisha.co.jp/news/info/2021/post-39859
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【関連イベント】
●オープンイノベーションで拓く新時代の店づくり~次世代店舗アイデアコンテストの開催を通じて~
https://www.tanseisha.co.jp/news/info/2022/post-40243
日時:2022年1月26日(水)15:15~16:15
会場:パシフィコ横浜 展示ホール プレゼンテーションB会場(SCビジネスフェア展示会場内)
登壇者:寺田和仁、矢崎美奈子、上垣内泰輔、鈴木朗裕
内容:本コンテストのテーマ「次の時代のニューノーマルなお店づくり」について、審査員として参画した2名と丹青社の2名によるトークセッションが行われます。